![]()
今年は異常気象の連続でした。特に台風の多さと被害の甚大さは、今更ながら自然の猛威を思い知らされたと言わざるを得ません。比較的穏やかな気候のこの地方でも死者が出るような土石流の発生や河川の氾濫が続きました。私達夫婦の大好きな奥伊勢地方でも宮川村での被害は特に胸を塞がれる思いでした。日本一の清流と言われた渓谷美が濁流となって荒れ狂い、何度となくドライブした川沿いの県道が山崩れでずたずたに寸断されている情景はテレビニュースで見るたびに辛いものでした。私達の家の窓からでも麓の横輪川の堤防の決壊で道路が冠水し田畑が水没しているのが見えました。いつも見慣れている静かな宮川の流れが卵を呑んだ蛇のように川幅を拡げ膨らんでいるのはとても不気味で不安なものでした。 さて、台風から一週間を経て穏やかな日が戻っては来ましたが、被害を受けた方々はこれからが大変だろうなと気掛かりです。幸い我が家は全く何の被害もなく、無事でした。嘗て伊勢神宮の神宮司庁職員が、この山は天照大神の神徳で守られており、過去二千年災害に遭ったことは無いと断言したことが有りましたが、そのとおり今回も何事もなく済んだのです。今、伊勢神宮は神嘗祭の最中で大変な混雑だと思われますが、一度お礼参りに行かなくてはと思っています。 台風の前後の長雨の所為でしょうか、毎年十一月頃に咲く朝熊リンドウ(筆リンドウ)が三週間も早く一斉に花開きました。いや、まだ開いたとは言えないかもしれません。その名のとおり筆を立てたような青い蕾が姿を見せたのです。それは薮の下草の間や、道の脇に数えきれないほどの数です。今年は特に多いのかもしれません。逆に今年あまり見られないのがアケボノソウの花です。自然は気まぐれなのでしょうか、毎年同じように見えて決して同じではありません。例えばこの山に多い山桜やソメイヨシノなどの桜の紅葉は今年は殆ど見る間もなく散ってしまいました。夏から一気に秋へ転換したようで、初秋の感じが無いのです。地球全体の異常気象がもはや避け難い現象として進行しているのでしょうか、欲望のままに好き勝手なことばかりして来た人間に自然が警告してくれているのでしょうか、何処かで歯止めを掛けなくては取り返しのつかない事態に陥ってしまうと思います。 ところで、そんなことを知ってか知らずか我が愛しの狸たちは益々私達に慣れて、成長し可愛くなっています。「おやつ」の補給も楽ではありません。何しろ親子8匹が朝夕精勤にやって来るのですから。最近では呼ばなくても我が家の周りに待機しているようです。昔から里山の動物として馴染まれている狸ですから、人間に慣れるのも早いのでしょう。但し、自動車や犬や他人には非常に警戒心が強く、ちょっとその気配がしただけで素早く薮の中に逃げてしまいます。それはそれで彼らの安全のために良いことだと思っています。野性の生き物とどこまで仲良くして良いものか、大変難しい問題ですね。 では、また。 |
大型台風23号が荒れ狂って去りました。台風一過、嘘のような青空の朝です。でも未だ強い風は吹き募っています。我が家のTVアンテナは吹き飛ばされて、隣地の松の木の枝に引っかかっています。従って今はニュースはラジオだけが頼りです。全国的に大変な被害が出ているようで、今更ながら大自然の脅威と人間の無力さを思わずにはいられません。中でも自分に関わりのある地名を耳にすると胸が痛みます。それは自分が少年時代を過ごしたところで山崩れが発生し、何軒かの家と何人かの人が行方不明になったというニュースでした。家内の実家のすぐ傍らで丁目までが同じだったので氏名が報じられるまで気が気で無かったのです。たまたま今回は身寄りや知人では無かったものの、最悪の不幸な結果に暗然たる思いでした。私の記憶の中でこの山崩れした山の岩や砂や植物の色や形は、殆ど生理的な感覚の記憶として残っているのです。 --------------- 昨日までの台風の吹き戻しも収まって、今日は大変穏やかな朝です。良く晴れて宮川の河口から伊勢湾・三河湾まで見晴らすことが出来ます。前回22号台風で水没した麓の田園や冠水した道路も、その後の素早い復旧作業のお陰でしょう、今回は無事で、気のせいか行き交う車の動きも活発なように感じられ、とても気分は爽快です。 さて、「自然に学ぶ」と力んで題して書いてはいるものの、正直に言うと何をどう学んだのかよく分かってはいないのです。漠然と人間の卑小さやいい加減なご都合主義の醜さに気詰まりしているだけかも知れません。その時その時の、その場限りの適当な判断や解釈に安住し安堵しているだけなのかも知れません。私の思いは全く気まぐれとしか言いようがありません。しかしながらまた片方では蟻が蟻塚を造るように、こつこつと小さな努力を積み上げれば良いではないかと思うこともあるのです。斯くして、我ながら自分で自分が判らないと言う堂々巡りの迷路に迷い込んでしまうのです。一体どうしたら良いのでしょうか。日の光も風も空も雲も木々も野生動物も花も虫もただそこにあるだけです。本当の答えは多分自分自身の心の中にあるのでしょうね。 嘗て知ることや学ぶことがとても楽しかったと言う記憶があります。好奇心の塊だった若い頃がありました。じっとしていられないと言う活動的な心身の持ち主だったことがありました。何事にも過剰なくらい自信満々の時期があり、順風満帆の時代がありました。そして失敗続きの悪循環にもがいた暗い思い出、歯を食いしばった懸命な努力の日々。あの懐かしい時は一体何だったのでしょうか。 ところで、庭に四十雀のために立てた巣箱の柱があります。肝心の四十雀は他の巣箱に営巣し、この夏小型のスズメバチが住み着いていたのですが、23号台風のために倒れて傾いてしまいました。蜂たちにはとんだ災難だったでしょう。慌てふためいているのがよく判ります。かなり興奮している状態なので、危険で近づけません。柱を起こしてやりたいのですが、今まで何度も蜂に刺されたことのある私は蜂の毒のアレルギーで、命懸けの作業になりかねないので躊躇っています。暫くはそっとしておくしかないでしょう。蜂たちにはこの事情は判ってもらえないでしょうが。 では、また。 |
今朝はこの秋一番の冷え込みでした。天気予報によると全国的に気温が下がったようですが、青空が広がって澄んだ大気が快い朝でした。そして今朝の散歩にはもう一つ嬉しいおまけがありました。道の前方20mで鹿が草を食べているのに出会ったのです。2頭のうち1頭はすぐ私たちに気付き、いつもの鹿の習性どおりその場に固まってしまったのですが、もう1頭の方は全く無警戒のままゆっくり草を食べ続けてその姿を堪能させてくれました。しばらくして2頭が弾かれたように走り去った後、更に1頭の大きい鹿が現れ、これはすぐに2頭の後を追って薮の中へ駆け込みました。こうした鹿に遭う楽しみもあと僅かで終わります。何故なら猟期が始まってしまうからです。 私達の住むこの山は伊勢志摩国立公園内にあり、永住者もあり別荘も多いのに禁猟区では無いのです。伊勢神宮の所有する神宮林は動植物の保護区域なのですが、隣接するこの山は私有地と私有道路で構成されているにも係わらず、長年の悪習のまま行政も警察も見て見ぬふりをしているとしか言いようがありません。猟期中は誤射や流れ弾や猟犬などが怖くて、散歩も思い通りには出来ないのです。管理会社も困ったと言うだけで、積極的な対策を講じようとはしません。そのうち人身事故でも起こらない限り改善されないと言う、我が国独特の情けなく悲しい実態なのでしょうか。猟をする人のご意見を聞きたいものです。私は猟そのものや、正当な害獣駆除を否定する訳ではありません。 さて、今年は異常気象の連続だったせいか、紅葉らしい紅葉がないまま秋が深まっていくように感じていたのですが、今朝の散歩であちこちに小さな紅葉を見つけて少し安心しました。南側の斜面では台風の風に耐えて残ったハゼの葉が赤く染まり、日陰ではヤブレガサや蔦が黄色く色づいていました。遠くの山を眺めると緑の中にも優しくくすんだ秋の色が影を落としています。やはり時は確かに秋を刻みつつあるのでした。 散歩から帰って庭に座っていたら、足元で一匹の蜂がよろよろと動いています。数年前に小鳥用の巣箱をつけた柱を何本か立てたのですが、その内の一つに小型スズメ蜂が巣を造っていて、どうすることも出来ないまま放置していたところ、先日の台風で柱が倒されて蜂の巣も大混乱に陥り、危険で近寄れなくなっていました。二三日で混乱も収まり、巣の修復も終わったとみえ、蜂たちの行動も日常に戻っていたのです。その蜂に何かが起こったのでしょうか、よく見るとそれは一匹ではなく他にも数匹が地面を這い回っているのです。何か異変が起こったのは間違いないと思いますが、何が原因なのかは判りません。蜂たちは大変弱っていて攻撃される危険も感じられなかったので暫く観察していると、その一匹が動かなくなってしまいました。一瞬、何かとても不吉なものを感じて立ち上がった時、空中から羽音がして一匹の蜂が来るのが見え、肩先をかすめて飛び去りました。私はほうほうの態で家へ逃げ帰りました。 死んだ蜂に何が起こったのでしょうか。ただ事では無いと思うのですが、考え過ぎでしょうか。死んだ蜂は生きていた時そのままに黒い目が光っていました。何か見えないものを見ているように。 では、また。 |