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私は決して国粋主義者ではありませんが「日の丸の旗」はとても美しいと思います。世界に誇ることの出来る素晴らしい旗だと思っています。白地に赤い丸と言う極限の単純さ、太陽のシンボリックな表現、この簡潔さと明確さは比類の無い美しさだと思います。 オリンピックが開幕し、いきなりの柔道の金メダルラッシュは日本人として嬉しい限りでした。それが日本の伝統的な柔道と言う種目であったことに強い感銘を受けました。最近の日本には残念なことが多すぎたように思えてならなかったので、この喜びはひとしおです。日本人である前に地球人でなければと言う指摘も当然あると思いますが、やはり生まれ育った日本に強い愛着も矜持もあるのが自然だと思うのです。表彰式の国旗掲揚の瞬間は、受賞した選手と共に「日の丸」を見上げて本当に美しいと思ったのでした。そして思わず口を衝いて出たのが小学唱歌の「ああ!美しい日本の旗は」と言う一節でした。このような気持ちをもてたのは久しぶりのことです。 さて、今年の夏は記録的な暑い日が続きました。真夏日と熱帯夜の連続です。麓の町や都会に比べればこの山はかなり涼しいのですが、それでも例年には無い高温が続いて些かばて気味でした。それが昨日の明け方は少し寒いくらいの爽やかな気候になりました。 三日前は終戦記念日でした。でも私は終戦の日とは思っていません。私は「敗戦の日」だと思っています。敗戦を終戦と言い換えるのは好きではありません。あくまで敗戦は敗戦でしか無いと思います。 思えば59年前の8月15日、私は広島県の旧制中学の一年生、僅か12歳の少年でした。学生と言っても授業は殆ど無く、毎日が勤労奉仕と言う名の土方仕事と農作業で、その合間には教練と言って戦争のための軍事訓練に明け暮れていたのでした。その日も何か重大な事が起こったらしいと言う程度のあやふやな情報しか無く「終戦の詔勅」も天皇陛下が国民を激励されたのだと誤り伝えられたのでした。翌日の午前中にやっと本当のことが判って、家でも村でも学校でも大騒ぎになり、虚脱の瞬間が白昼夢のように心に焼き付けられ茫然自失、何も考えられず何も手に付かない混乱の日々が続いたのでした。 そして「日の丸」はまるで軍国主義の象徴、悪の権化のように扱われる不幸な時代がやって来たのでした。その後の戦後59年間、様々な変化と推移はあったものの、その本質は敗戦を終戦と言い換えた日本人の精神の曖昧さの歴史であり、自ら勝ち取ったものでは無い民主主義と自由の乱用による一種の中毒症状であるような気がしてなりません。 こう言う感想はしばしば過激な自虐主義のように扱われ、その後の私の人生は社会の大勢では無い少数派の闘いと足掻きの連続となりました。齢を重ねるに従って沈黙して荒波や逆風をやり過ごす術も多少は身に付きましたが、やはり本性は隠すことが出来ず、しばしばトラブルに巻き込まれているのが実情です。従ってこの際「日の丸の旗は美しい」くらいのことはごく当たり前に言わせてほしいと思います。 では、また。 |