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前回、本居宣長の奥墓に詣でたことの感想を書きました。そして、この偉大な人物について自分が何も良く知らなかったことに気づきました。そこで言い訳か思いつきのように本居宣長について学びたいと思い、本居宣長記念館に行ったのです。そして何かが観えて来たのかどうか、今回はそのことを書いてみたいと思います。 記念館は松坂城址の深い緑の中にありました。そして偶然なのですが、今行われている企画展のタイトルが「宣長の見方」であったことに驚きました。しっかり学べよと言われたような気持ちで一生懸命見学してきました。 先ず結論を言うと、ますます判らなくなってしまったと言うのが正直な感想です。展示も解説も懇切丁寧で、初心者にも充分理解でき、興味も湧き、申し分無いものだったのですが、何故か今ひとつしっくり来ないもどかしさが募ったのでした。それは、或いは宣長の圧倒的な几帳面さ、丹念で倦むことのない持続力、当時の人としては希有な知識と世界観など、到底凡人の理解の及ばない大人物の業績に溢れかえっていたからかも知れません。 見終わって会場のソファーに座ったら、何故か大きな溜息が出てしまいました。私の物差しでは測りきれない大きさと言うしかありません。疲れたと思いました。でも心地よい疲れでした。 記念館に隣接して移築された住居「鈴屋(すずのや)」を見学して庭園に出たら、一陣の涼しい風が吹き抜けて、その向こうに松阪の街の風景が眩しく見えました。私はごく最近松阪の街の歴史や文化にひかれて、この街が大好きになりましたが、宣長は誕生から死ぬまでこの町に住みこの町を愛したとのこと、二百数十年前はなおのこと風情のある美しい町であったろうなと思えるのでした。 宣長は著書の随筆「玉勝間」の中で伊勢国の風物に惜しみない賛辞を述べているようですが、その国誉めはまことに具体的で「海のもの、山野のものが豊かで、気候は温和で、大神宮に詣ずる旅人が絶えない、その賑わいは天下にならびなし、土が肥えていて田のものも畑のものも良い、中でも松阪はことによき里」と絶賛しているのです。自分の故郷については誰でも身びいき以上の想いがあると思いますが、宣長にはそれ以上に自信と誇りがあったことが良く判ります。この点は全く同感で我が意を得た思いです。中でも「風はよく吹く国なり」と言う一行には思わず笑ってしまいました。私の住むこの山では風が強いため、雨も雪も下から降るのです。百数十年前から同じで変わっていないのだなと妙に親近感を覚えたのでした。 かくして私の本居宣長への旅は終わったというよりは、益々興味が湧いてこれから始まると言うことになりそうです。従って今回のテーマも今の所は何も観えてこないと言うことが観えてきたと言うべきなのでしょうか。 では、また。 |
一昨日は土用丑の日でした。連日の暑さもますます鰻登り、酷暑の日中と熱帯夜の連続で収まる気配はありません。この山では下界よりは4°〜5°低いので何とか凌ぐことが出来ます。永住して間もなく6年になろうとしていますが、未だにクーラーのお世話になったことはありません。その点は大変有り難いのですが、この暑さ続きではだんだんばて気味で食欲も減退、鰻を食べたいとも思えません。 今年は梅雨も空梅雨のまま明けました。でもその間に二度も激しい台風が吹き荒れて大量の雨を降らし、例年を上回る雨量でした。東北や北陸でも大規模な水害に襲われて大変な被害があったようです。地球の温暖化と防止策が叫ばれて久しいけれど、事態はますます深刻なように感じられます。自然は人間の奢りを窘めるように様々な試練を課して警告しているように思われてなりません。しかしながら無力な私はただ呆然と事態を懸念し、心配はしても無為に日々を過ごしていくしか無いのでしょうか。残念ながらそれが現実のようです。 さて、今回のタイトルは我が愛しの狸たちの赤ん坊が無事に生まれたかどうかについてのお話です。実は親狸たちの普段の様子や行動から、もう生まれている筈だと考えているのですが、一向に姿を見せてくれないので気を揉んでいる所です。狸たちとの付き合いがまる4年になり四代目の三匹が毎日朝夕訪問して来ることは、既に何度かご報告済みですが、その様子から子供が生まれていることはほぼ確実だと思われ、何時子供たちを連れて来てくれるのかが目下の最大の関心事であり楽しみなのです。今朝も5時から6時にかけて三匹が別々にやって来て例の「おやつ」を食べて帰りましたが、つい3日前まではパンは殆ど食べずにくわえて巣へ運んでいたのです。生まれて少し成長した子供に食べさせるために、交代でテイクアウトしていたものと思われます。 家内の記録している「狸の出席簿」によると、子供のお目見えは毎年一定ではありません。一昨年は7月19日、去年は8月7日とその年の気候などの条件に因ってかなり違っているのです。様々な危険があると思われるので、神経質な用心深さは当然のことと思いますが、最近数日間のぴりぴりした臆病さは、いよいよ初お披露目の時が近づいたのでは無いかといやがうえにも想像を掻き立ててくれるのです。 今までの経験では3匹乃至は4匹でしたが、はたして今年は何匹が生まれているのか、無事に育っているのか、何時どのようなかたちで姿を見せてくれるのか、興味と期待は日増しに募るばかりです。 人間社会の醜い争いごとや事件をよそに、自然や野性の健全な営みの美しさ有り難さにどんなにか慰められ救われていることか「たかが狸、されど狸」。感謝。感謝。 では、また。 |
[7月26日] 今日は妙な日だった。連日の真夏日にも係わらず朝早くからひぐらしが鳴いたり、ミンミン蝉が鳴いたり、おまけにツクツク法師も聞こえた。初夏と真夏と晩夏がごっちゃになったような不思議な感じだった。変なことが無ければ良いが。鶯やホトトギスは長閑に何時もと変わらないのに。 [7月27日] 午前4時50分。何かの鳴き声が聞こえたような気がして目覚めた。意識がはっきりしてきて子犬の甘え声のような鳴き声だと判った。反射的に起き上がって窓から外を見下ろすと、檜と雑木の間音40メートル余り離れた斜面を走る狸が2匹、そしてその後を懸命に追う小さな黒いものが見え、すぐに子狸であることが判った。最初2匹に見えたがもう1匹いた。少し遅れてもう1匹が続いていた。計3匹だ。待ちに待った子狸がやっと姿を見せてくれたのだ。しかしいつもの習慣で窓を開け「おはよう」と声を掛けたら驚いた子狸は全員一目散に繁みの中に駆け込んでしまった。 親たちにおやつを投げてやり見守っていると、おやつに釣られて恐る恐る顔を出す。親の口許に寄ってねだるが、親は叱責するように小さく鳴いて追い払う。そんなことを繰り返す内に、徐々に学習すると見え、自分でパンの耳をくわえて薮の中に隠れる子も現れる。やはりいろいろな性質や特徴があるのだろう。殻付き落花生は噛んでみるもののうまく実を取り出せない。親たちのおこぼれを舐めている。その内だんだん雰囲気に慣れたようで、子供同士じゃれあったり駆け回ったり賑やかなことだ。こちらの頬は崩れっぱなしだ。お祭りは30分余りで終わった。親たちは私の「バイバイ」の声と手の合図で巣へ帰って行った。これはここ1年余りの繰り返しのなかで彼らが学習したことだ。もちろん子供たちも後に続く。 午後4時30分。いつものように親狸たちが現れた。子供たちが続いてやって来る。おやつの時間が終わり、母狸が横になると子供質は我先に乳房に群がる。それを見て驚いた。なんと全部で5匹いるではないか。朝は3匹しかいなかった。あとの2匹は巣穴から出る勇気が無かったのかもしれない。5匹の子供は多少体格や性格の差があるようだが、目まぐるしく動き廻って個々の弁別は到底出来そうも無い。瞬く間に時間は流れ別れの時は来た。隣で家内がふうっと溜め息をついた。 夜8時頃、家内が何か気配がすると言い懐中電灯で窓の下を照らすと3匹の子狸が居てこちらを見上げている。光には怯えないようだ。夜のおやつを少しだけ与えて帰した。 [7月28日] 今日も昨日と全く同じだったが、かなりこの環境や状態に慣れたようだ。この後どうなっていくのか、期待と心配が交錯する。 では、また。 |