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新年は穏やかに明けました。その後初雪や激しい寒波と風に見舞われ、天候不順を予感させられていましたが、この所はまた静かな日々が戻ってきました。先日の成人の日も去年の荒れ模様からすると、ニュースで見る限りでは比較的に無難な様子で、先ずは目出たし目出たしと言った所でしょうか。 しかし、考えてみると人間は成人になるのに二十年もかかるのですね。感想を聞かれた新成人の中には「酒や煙草をおおっぴらに楽しめる」とか「悪いことをすると名前が出るから困る」とか程度の低い連中もいて、手放しでは喜べません。もっとも、自分の二十歳の頃を振り返ってみると、あんまり偉そうなことも言えないかなという気もします。時代の違いと一言で切って捨てるには社会の仕組みや人間不信の根があまりにも複雑で重層的になり過ぎていると思います。 ここでいきなり狸を持ち出すのはいささか乱暴かも知れませんが、私たちの仲良し狸たちはたった一年で成長し大人になり親になります。そして無邪気な子狸の時と違って非常に用心深くなります。思慮深くなると言うよりは臆病になると言う方が正しいかも知れません。そうしなければ野生の世界では生きて行けないのだろうと感じさせられます。今も風雨の強い日や雪の日を除いてほぼ一日一回は訪問してくれますが、近くに見知らぬ人がいたり、車が走ったりするとすぐ茂みの中に隠れてしまいます。最近の時間帯は大体夕方に固定してしまいました。従って、天気の悪い日などはその姿や表情がよく見えないこともあり、淋しかったり残念な気もするのですが、狸たちの安全のためにはその方が良いのだと諦めています。この山の野生動物たちにとってもう一つの問題は、前回もお話したようにここが禁猟区ではないと言うことです。あと一ヶ月、直接狩猟の対象になる鹿や猪は勿論のこと、それ以外の狸や兎たちにとっても、銃声と猟犬の脅威は続きます。 はぐれた猟犬を探しに来る人や車が毎日のように姿を見せ、のろのろと走り廻っています。私の日課の散歩も飢えた猟犬に囲まれる危険性があって、思い通りにはいきません。家内と一緒の時は用心のための棒を持ち歩く有り様、これこそ用心棒ですね。 さて、ごく最近のことで、この状態が続くかどうかは判りませんが、狸たちのやって来る場所に珍客が現れました。イタチです。明るい赤茶色のすばしっこく可愛い子です。いや、本当のところは大人か子供かも判りません。体長30cmあるか無いかの小ささなので、つい子供のような気がしただけです。たぶん、狸にやるおやつの匂いにつられて姿を見せるようになったものと思われます。ただ、狸の好きな殻つきピーナッツには興味がないようで、これで競合することは無さそうです。 しかし、狸と違って人間には慣れそうも無い気もするのですが、一つ付き合って見ようかなと思案しているところです。イタチの好物は何なのでしょうか、どなたかイタチに詳しい方お見えになりませんか。 では、また。 |
昨日やっと狩猟期間が終わりました。三ヶ月間の解禁中の休日は不快と不安の連続でしたが、これでちょっと気が楽になりそうです。おまけに有り難いことに今日は早朝から雨降りです。狩猟期間も雨の日はさすがにハンターも現れませんでした。個々のハンターに恨みがある訳ではありませんが、生き物を罠や猟銃で殺したり食べたりするのが楽しいとはなんたることかと、ついつい腹立たしく思ってしまうのです。 深夜から降り始めた雨がどんどん激しくなり、庭のここかしこに水たまりが出来、傾斜地の一番下にある池も潜水状態で今にも溢れそうです。久しぶりの降水量なので、山の木々も深い霧の中で喜んでいるような気がします。このところ比較的暖かい日が続いていたので、庭の梅の蕾も少し膨らんで来たようです。「春遠からじ」とか「梅一輪、一輪ごとの暖かさ」を実感させられるような雨なのです。 しかし、よく考えてみれば未だ二月の半ば、本当の寒さはまだまだこれからかも知れません。そして春を待ち遠しく思うのは、やはり自分が年寄った分だけ心身共に弱気になっているのかなと思わずにはいられません。 もし無事であれば、間もなく私は七十才の誕生日を迎えることになります。こんな年寄りになるなんて全く考えてもいなかったのに、いやはや、何と言ったら良いのか、徒に馬齢を重ねるとはこのこの事かと気恥ずかしくなります。思い巡らすと子供の時や青年時代には、自分が年寄りになるとは思っていなかったのです。身の周りの老人たちはみんな最初から老人であったような錯覚がありました。 そして、最近の自分を省みてはっと気づいた事があります。それは自分の過去の思い出ばかりが懐かしく、何かと言えば思い出に浸っていたと言う事実です。つまり私の意識の中には全く未来と言うものが消えていたのでは無いかと言う忸怩たる思いです。これではいけない、明日に希望を持とう、未来の夢を見よう。年齢なりに積極的に生きなくてはと、こう考え始めたら何かしら前途に光明が射して来たような気分になってきたのは不思議です。憂鬱だった狩猟が終わったことだし、もっと元気を出して行こうと思います。 ただ、それでも心配なのはある人から聞かされた「害獣駆除」という言葉です。禁猟期間中に猟をするために害獣駆除と言う制度があるそうです。いや、制度と言う名の方便ではないのかと声を大にしたいのが正直な気持ちです。実態はきちんとした調査もしないで、地方の有力者の多い猟友会の希望や申請に従って期間外の狩猟を合法化する手段に過ぎないと極言する事情通の人がいます。無気力に許可する官公署との長年の癒着の結果であると怒りをあらわにする人もいます。 山の中に住む私たちにとっては、誤射の恐怖やはぐれた猟犬に襲われる危険を思うと、人や家畜の被害のニュースは決して他人ごとではありません。駆除しなければならないものは野性動物では無く、他にあるのではありませんかと言いたいですね。 では、また。 |