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人にはそれぞれ好みがあります。それはありとあらゆるものについて、自分の価値観を示すものだとも言えます。と言うことは、とりもなおさず自分の人生観や死生観や自然や人や物に対する姿勢の在り方であり、接し方処し方に他ならないと思います。 テロや戦争が好きだと広言する人はあまり居ないと思うのですが、現実にテロも戦争も頻発し、歴史上それが絶えたことはありません。平和は決して長続きしないのです。 名目や口実は様々でも、本質的に争いが好きな人達が多いのでは無いでしょうか。争いは嫌いだが正義のためには戦わなくてはならないと言う論調があります。本当にそうなのでしょうか、自分のことを省みると恥ずかしながら、何とも確信が持てません。自分の中にも「小さな正義」と言う名の日常的な怒りや規範があります。身勝手な理由づけがあります。とても他人のことをとやかく言えません。 でも難しい理屈はさておいて、先ず最初にテロや戦争は好きではないものの筆頭に挙げさせてもらいましょう。では、好きなものの第一はと問われると、これは沢山ありすぎて困ってしまいます。最初にテロだの戦争だのと大上段に振りかぶってしまったので、例えば「蕎麦」が好きとか「日本酒」が大好きとか、「優しく聡明な女性」に滅法弱いとか俗なことが言い難くなりますね。 しかし、実はこんなささやかなことが大変重要なんだと私は思っています。この山に住み始めてまる四年、風や光がどんなに生きる力になるか、雨や霧がどれほど優しい憩いになってくれるか、虫も鳥も野生動物たちもその生き方と死に方でどれだけ慰め教えてくれるか、それは樹木や山野草も同じです。花も落葉も物言わぬそれらが語りかけてくれるものは無限です。心の奥深くしみ込んでいく地下水のように感じられます。 さて、この山の自然は素晴らしいものなのですが、いいことばかりではありません。かなりハードなものもあります。烈しい気候、恐ろしいマムシやスズメ蜂、藪蚊やブヨやダニなど嬉しくない存在も多いのです。 更に、好ましくないのは、この素晴らしい自然を汚して行く人間です。山道を走る車の窓から空きカンやビンやポリ袋のゴミを投げ捨てたり、火のついた煙草の吸い殻をはじき飛ばしていく人達。草の陰や落葉の間に何時までも残されるそれらの人工的な異質な醜いもの。そしてそれがもたらしかねない危険と災害の恐れ。不快と暗澹たる思い。 人間とは何と複雑怪奇な存在なのかと思わざるを得ません。人様のことをあげつらう前に自分自身が先ず理解し難い存在なのかも知れません。 やはり、あんまり大袈裟なことでは無く、自分の身の丈に合った物差しを素直に使う生き方が楽なようですね。 では、また。 |