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NO.57
2002年5月10日  -誰のためにの巻-

 連休中の梅雨のはしりのような雨の後、昨日今日と穏やかな天気が戻って来ました。早朝の散歩は素晴らしい気分です。全山の新緑が活き活きと目に飛び込み、脳髄に快い刺激を与えてくれます。血液が浄化され、精神が軽やかに澄んで行く、肉体の生理と精神の活動が渾然一体に溶け合うような不思議な感覚です。
 ふと、変なことを考えました。この緑、無数の木々の葉はどの位あるのだろう、一枚一枚付けていくとしたら大変だな、自然は凄いことをしているんだなと思ったのです。馬鹿馬鹿しいと一笑されそうですが、或いは気が変になったのかと訝しがられるかも知れませんが、一瞬そんな思いに包まれ圧倒されていたのです。自然の力は凄いとしか言いようがありません。
 しかし、私はそんなに素直な男ではありません。本当の私は狭量で卑小で頑固な人間です。我ながら情けないと思いながら、譲ることの出来ない一片の矜持に縋って流れに逆らっている少数派の一人なのです。現在この社会の大勢にはうまく適応できない部類の人間なのかも知れません。
 この国は民主主義の国であり、基本的に多数決の原則が支配しています。しかし、この原則が正しく運用されるためには、当然のことながら個人個人が正しい人間でなくては正しく成立しないと言うことになります。もし、悪者や馬鹿者が過半数以上の多数を占めたら、と考えるのはあまりにも悲観的すぎるでしょうか。人間は何処まで信頼できるのでしょうか。昨今の政治不信や信じがたい不祥事の数々をどう見たら良いのでしょうか。
 さて、ここまで書いて、手が止まって仕舞いました。気分転換に庭の草取りをしていたらいつの間にか霧が流れはじめ、細かい雨も降り出しています。濃い霧に包まれて庭の外は見えなくなり、私の世界は今とても狭いものになっています。この狭い視野の中では考えることもついつい姑息なことになりそうな予感がしています。私だけの感覚なのでしょうか、外界の風景は不思議に人間の心理に影響するようです。
 庭に目を転じるとツツジや山吹の花が散りかけ、シャガの花も色あせてきましたが、紫蘭と鈴蘭が咲き始め、金蘭や銀蘭などの山野草も控えめな小さな花をつけています。
 誰のために花は咲くのか、誰のために鳥は鳴くのか、笑われそうですが、最近繰り返しそう思うのです。花が自分のために咲いてくれていると本当に信じることの出来る人は幸せだなと思います。所詮人間は自己中心にしか生きられないのか、自然は人間の思惑などどこ吹く風とあるべき姿をあるがままに見せてくれているように感じられてなりません。
 人は誰のために生きるのか、これも難問です。誰のためでもない、自分のためであると力強く確信できたらどんなにか幸せであろうと思います。私のような中途半端な者は何時までも大いなる矛盾と結論のでない未知の中で右往左往するしか無いのかも知れません。  では、また。
 





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