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朝から冷たい雨が降り続いて霧も深く、一段と秋の趣が増して来ました。私たちがこの山に移り住んで丸三年と一ヶ月になります。 1998年10月1日に引っ越して来たのですが、思い起こすとその日もやはり雨と霧でした。引っ越し荷物の運送屋さんが、こんな山の上に本当に家があるのかと不安がったものでした。そして霧の中で鹿の群れに出会って都会暮らしの若者たちは大興奮、荷物搬入の間もその話でもちきりでした。 昨日のことのように懐かしく思い出されますが、もう三年も経ってしまったのかと感慨一入です。 この三年の間に窓から見える風景が少し変わっているように感じられます。庭の木々の梢がほぼ1m位伸びて視界が狭くなっているのです。特に庭の中央にある松の木は枝も大きく張って、家内は切り倒して欲しいと言い始めました。庭の日照にもかなり影響があり植物の成育の障害にもなるので、やむを得ないかなと思っています。 その松の木に張られている数多くの蜘蛛の巣に小さな水玉がたくさん光っています。小さな蜘蛛の小さな巣なので、天気の良い時には殆ど気付かないのですが、今は鈍い銀色の紋様のように光っています。この降りしきる雨の中で蜘蛛は一体何処に身を潜めているのか、生き物のそれぞれのしたたかな生き方には感心させられます。 ところで、「蜘蛛の糸」と言えば芥川龍之介の短編を連想しますが、私はつい最近散歩の途中で見たトカゲを思い出しました。それはウツギの枝から宙づりになり手足を懸命にばたつかせてもがいていたのです。大きな蜘蛛の巣にうっかり引っ掛かり逃れようと暴れた結果、破れた巣の一本の糸に絡まれて釣り上げられた魚のように空中で跳ねていたのでした。暫く観察していましたが、逃れる術も無くただ甲斐ない足掻きが続くばかりです。蜘蛛の方も何処に隠れているのか姿を見せません。恐らく予想外の大物の獲物に慌て途方に暮れていたのでしょう。何時まで待っても埒があきそうに無いので、枯れ枝を拾って救出作戦に出ることにしました。でも道から5m位離れていて、手を伸ばしても届きません。そこでやむなく枯れ枝を折って投げつけることにしました。しかし、これがなかなか上手く行かないのです。細い糸に命中させるのは思いのほか難しいのです。やっと何回目かに当たりましたが、糸は切れません。蜘蛛の糸がこんなに強いとは知りませんでした。考えてみれば、体長約15cmのトカゲを宙づりにしていたのですから当然と言えば当然かもしれません。やっと太めの長い枝が当たって糸が切れ、一瞬にトカゲの姿は崖下の落ち葉に隠れて見えなくなりました。 さて、この出来事はトカゲにとっても蜘蛛にとっても良い結果だったと思いたいのですが、果たしてどうでしょうか。 では、また。 |
野兎のクッテルちゃんは全く姿を見せなくなりました。代わって登場したのは狸です。フェンスの下を掘って穴を空けていることに気付いたのは十日ほど前のことです。誰が入って来たのか初めは判りませんでした。でも消去法で想像してみると、穴の大きさや動かしている石の重さからして狸以外は考えられない、猪にしては小さいし、兎やイタチでは無理だと思われるのです。そして、庭にその証拠が残されていました。糞です。しかし、狸の溜糞と言って同じ場所に続けてする筈なのに、一週間ばかり放っておいてもその気配はありません。違っていたのかと思い始めた頃、庭の外の藪の中でかさかさと動物の足音が聞こえ、じっと目を凝らしていると狸が姿を見せました。枯れ草の間から顔を出して辺りを用心深く見渡した後出て来てころころと体を振るようにして歩み去りました。 「とても愛嬌があって可愛かった」と告げると家内は「私も見たかった」と残念がり、林檎や柿の皮などを穴の周辺に撒きました。そして部屋の窓から時々観察することにしたのです。初めの何回かは夜の間に無くなっているだけで、その姿を見ることは出来なかったのですが、数日前の昼間「来てる、来てる」という家内のはしゃいだ声に駆けつけてみると、一匹の狸が美味しそうに柿の皮を食べていました。ふんわりとした銀茶色の毛並みが光り、顔の上半分が白く、目から下が黒い隈取りという美しい姿です。よく観察すると、今までイメージで思い込んでいた動物とは違う活き活きとした姿でした。その上、基本的には夜行性だと思っていたので、親狸を真昼に身近に見られるとは思っていませんでした。 食べ終わるとまだ未練があるのか辺りをぐるぐる嗅ぎ回っています。そこでパンのかけらを持ってきて窓を開けると、とたんに驚いて素早く藪に隠れてしまいました。パンを投げ窓を閉めて見ていると、そーっと顔を出し、パンを咥えるとススキの陰に隠れて食べています。二度三度それを繰り返しているうちに慣れてきたと見え、舌打ちで合図しながらパンを投げると出てくるようになったのです。しかも、時にははっきり私たちを意識しながら出て来て、抛ったパンの落ちるのをじっとみつめてその方向に走るのです。 これなら餌づけすることは出来そうだと思いましたが、さてどうするかここは思案のしどころだと二人で思い悩むことになりました。餌づけした場合、楽しみは増えるに違いありませんが、野性の生き物の採餌能力を失わせる恐れもあり、これは慎まなくてはならない、結局「おやつ」程度にしようと言う結論になりました。 さて、この餌づけは上手く行くでしょうか。まだ成功している訳でも無いのに、想像だけはどんどん広がり、呼べば姿を見せるようにならないかとか、来春子狸を連れてくるようになると嬉しいとか、今私たちの話題は専らこのことに集中しています。 「捕らぬ狸の皮算用」にならなければ良いのですが。 では、また。 |