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NO.42
2001年6月30日  -七色の声の歌い手は誰かの巻-

 鳥の鳴き声にはそれぞれの種によって特徴のあるリズムやメロディがあります。それが時と場合によって恋唄になったり、縄張り宣言になったりします。また、地鳴きとかぐぜりと呼ばれる鳴き方もあります。しかも一羽の鳥が何通りかの鳴き方をすることもあるので、全ての鳴き声を覚えるのはなかなか難しいと言わねばなりません。
 この山に移り住んで間もなく三年になろうとしていますが、鳴き声だけで識別出来る鳥はそんなに多くはありません。ウグイスやホトトギスのように際立って特徴的な鳴き方をするものは別として、経験を積まないと聞き分けられないことが多いのです。と言うのは同じ種の鳥でも個体差もあり、季節や場所などに依っても微妙に違っていたりするからです。最近ようやく近辺にいる鳥たち幾種類かを鳴き声だけで判断出来るようになりつつあります。それはホホジロ・メジロ・シジュウカラ・ヒヨドリ・アオゲラ・コゲラ・カケス・キセキレイ・キジバトなどですが、その他にも聞き分けられない沢山の鳥がいます。
 鳥の鳴き声については、昔からいわゆる「聞きなし」と言われる表現方法があり、ホトトギスの「テッペンカケタカ」とか「特許許可局」は有名で誰にでも判りやすいのですが、中にはどう聞いてもそうは聞こえないと言う種のものも少なくないように思います。人の言葉に置き換えると、どうしてもその意味にとらわれて無理が生じる気がしてならないのです。或いは私の耳が良くないのかも知れません。しかし、本当は純粋に音として聞く方が良いのではないかと思います。
 さて、表題の七色の声の持ち主ですが、何度聞いても判らないのです。素晴らしく魅力的な鳴き声で、続けざまに何種類かの鳴き方を二小節ずつ繰り返すのです。それはある時はオーボエで鳶のように鳴き、続けてホホジロに似た複雑な囀りを奏で、更にピッコロに変わってカラ類の特徴的な繰り返しをなぞるかと思うと、仕上げはビオラでヒヨドリみたいな短い声を聞かせて去ると言った具合で、さながら小編成の管弦楽のような楽しさです。
 初めは近くの何種類かの鳥たちが鳴き交わしていると思ったのです。しかし、何度も聞いていて、同じパターンが繰り返されていることに気付きました。しかもこの音楽家は編曲もするらしく、間にクラリネットやチェロの小曲を挟んでみたりもするのですから、誠に不思議と言うか多彩な才能の持ち主と言わねばなりません。
 そして更に、この鳥の音楽会の会場は神宮林と私たちの住む山との谷間であることが多いので、谷から谷へとても良く響くのです。しかもこの谷の片側は神宮の原生林で倒木や立ち枯れの大木が多いのでアオゲラやコゲラなどのキツツキ類も居て、この打楽器奏者たちが加わることもあり、心憎いばかりの舞台設営と音響効果です。
 鳥類図鑑によると、他の鳥の鳴き真似をするのはモズだとのことですが、未だこの会場でその姿を見たことはありません。ぜひ会ってみたいものですね。  では、また。


NO.43
2001年7月6日  -三度目は野兎の子の巻-

 ササユリやヒメシャラやヤマボウシの花が咲き終わりました。今咲いているのはテリハノイバラと数種類のスミレくらいのものです。この山で花かと見紛うのは馬酔木や数種のカシ類の二度芽で、遠目には花としか見えない美しさです。その他にはモミジイチゴの赤い実やナガバモミジイチゴのオレンジ色の実が彩りを添えています。
 さて、先日狸の子に二度逢ったことをご報告しましたが、今度は野兎の子が出て来ました。この山では野兎は珍しくはないのですが、子兎を間近に見たのは初めてです。しかも随分長い間付き合ってくれたばかりか我が家まで訪問してくれたのには大感激でした。
 散歩の帰り我が家まであと100mほどと言う所で、前方に小さな生き物が見えた時はこの山に多いキジバトだと思いました。ところが右に左にちょこちょこと歩いている姿は今まで見たことのないものでした。体長20cm足らず、黒褐色で小さな頭に3cm位の縦長の耳、黒い円らな目、折り畳まれた小さな後ろ足を見て、やっと兎の子だと判ったのです。その子は全く警戒心も無く無邪気に私の方へ近づき、靴の傍10cmにちょこんとうずくまったのです。私は身動きが出来ませんでした。ちょっと屈めば手の届く位置です。小さな丸い背中の柔らかそうな毛が微風に揺れていました。時折前足で口の回りを撫でるような仕種をするだけで動きません。随分長い時間が過ぎたような感じがしました。実際はどうだったのか、考えてもよく思い出せません。暫くは思考停止の状態でした。
 やがて、その子は私の周りを回ってぴょこぴょこと歩き始め、時には勢い良く小走りになったり、道端のモミジイチゴの実に立ち止まったりしながら、まるで道案内でもしているかのように進んで行きます。私はそっと後ろをついて行きました。するとどうでしょう、驚いたことに我が家の門扉をくぐって中へ入ったではありませんか。6cmほどの隙間を抜ける時、軽く頭をぶつけたと見えコツンと小さな音が聞こえました。
 私は家内に知らせてやろうと小さく叫びながら後を追いました。子兎はたたきを通り、ウッドデッキを横切って庭に入り、松の木の根元で立ち止まりました。漸く知らせに気付いた家内も見守る前で、子兎はフェンスの下をくぐって外に出て、ブロックの土台から60cmの高さを少し躊躇しながら飛び下り、後は一目散にもと来た方へ走り去ってしまいました。その後ろ姿の可愛かったことと言ったらありません。何度も何度も「もう一度逢いたいね」と話合ったことです。
 ところが、それから1週間ほどの間に3回も庭にやってきてくれたのです。そしてとても寛いだ様子を見せてくれます。どうやらお気に入りの場所は、ミドリハコベの生えている草むらのようです。ひとしきりハコベを食べると、うずくまりまるで居眠りでもしているかのように動かなくなります。驚かせたくないので何時帰っていくのかは見ていません。
 家内はニンジンをその場所に置いて待っています。はたして食べに来てくれるでしょうか。野生の子兎はニンジンなど全く未経験だと思うのですが。  では、また。


NO.44
2001年7月11日  -兎の勝手でしょの巻-

 先日ご報告した野兎の仔は、その後毎日庭に来ています。よほど我が家の庭が気に入ったのでしょうか、滞在時間もどんどん延びています。ただ未だ良く判らないのはその行動パターンが一定では無いことです。ある朝は5時とか6時と言う夜明けにもう来ていて、目を半眼にして休んでいたり、ある日は真昼になってやっと姿を見せるかと思うと、次の日には散々焦らした挙げ句こちらが諦めた頃、ふと夕闇の迫る木陰に座っていたりするのです。
 野兎は夜行性の動物だと理解していたのですが、昼間でも庭中を走り廻ったり、草を食べたりすることがあります。そうかと思えば8時間もうとうととまどろんでいる時もあります。ときおり目覚めてまるで猫のように背伸びをしたり、後足で耳の辺りを掻いたり、揃えた前足の間に頭を埋めて耳を寝かせていたり、足を舐めて顔を撫でたり、その一つ一つの動作や姿態が可愛く、見飽きることはありません。
 家内の用意したニンジンは、匂いを嗅いだだけで食べては呉れませんでした。次に置いたサヤエンドウも同様でした。懲りもせずに今度の供物は小松菜ですが、これも多分駄目だと思います。野生の兎にとっては人間の食物は未知で警戒せざるを得ないのかも知れません。とにかく、食物によって仲良くしようと言う試みは今の所失敗続きです。
 更にもう一つ上手く行かないことがあります。それは写真を撮ることです。望遠カメラを持たない悲しさで、近寄る度に逃げられています。昨日はフラッシュに驚いたのか、フェンスの外へ逃げだして長いこと帰ってきませんでした。もう来なくなってしまったのかと気を揉んでいたら、12時間振りに姿を見せてくれました。やれやれ一安心とほっとしたのですが、そうなるとまた写したくなるのが人情と言うものです。家内がそっと近づいてやっと一枚取ることが出来ました。ちゃんと写っていると良いのですが、今度もフラッシュにびっくりしたのか一目散に駆けだして藪の中に消えてしまいました。
 以下「たぬきち」と「たぬこ」の会話。
 「今度こそ帰って来ないかも。あんまり追っかけ回さない方がいいよ」
 「大丈夫よ。少しは慣らした方がいいのよ」
 「そうかなぁ」
 「今度はそっとしておきましょうね」
 「帰って来てくれるといいが」
 「きっと帰って来ますよ。お気に入りの場所もあるし」
 「俺たちがこんなに入れ込んでるんだから、気持ちが通じるかな」
 「ずっと住みついて呉れるといいわね」
 しかし、相手は野生の兎の仔です。単なる気まぐれに終わるかも知れません。「そんなこと兎の勝手でしょ」と言われてしまうかもしれませんね。  では、また。


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