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NO.35
2001年4月12日  -せっかちな春の巻-
シジュウカラ

 この山にもやっと春らしい春が訪れました。麓の桜が散る頃、ここでは染井吉野と山桜が殆ど同時に開花しはじめています。レンギョウやタチツボスミレや水仙も一斉に開花しました。紫木蓮の蕾が今にもはじけそうに膨らんでいます。ヤシャブシの穂と若芽が揺れ、馬酔木の白い花と赤い新芽が見事な対比を見せています。山沈丁花の花もほのかな甘い香りを漂わせています。間もなく山法師やウツギや山吹の花も咲き始めるでしょう。
 雪国の春は爆発的にやって来ると聞きますが、温暖な伊勢でも私の住むこの500m余りの山は、今年は一気呵成の春の乱舞になりました。
 今年はいつになく冬の気候が不順で、2月21日麗らかな日差しの中で鶯の初鳴きを嬉しく聞いたのに、翌々日には真冬の寒さに逆戻りし、夜は強風が吹き荒れ零度前後の低温続きでした。次に鶯の声を聞いたのは3週間後です。今は遅れを取り戻そうとするように朝まだ暗いうちから夕方まで賑やかな大合唱です。
 餌場には常連のホホジロとカケスが来ています。去年その餌場の近くに巣箱を2個懸けたのですが、ホホジロが巣作りを始めたのに途中で止めてしまいました。鳥類図鑑の巻末に「巣箱の懸け方」が載っていて、餌場の近くは警戒して巣作りしないとあるのを見て、今年は場所を変えなくてはと思っていたのですが、長い冬に油断していたらいつの間にかシジュウカラが巣作りを始めていました。二羽の番いが仲良く巣作りに精を出しています。一羽が羽毛や枯れ草の切れ端をくわえて巣箱の中に入ると、もう一羽が傍らの木の枝に止まって囀るのです。それはまるで巣作りの応援歌のようでもあり、当たりを警戒して注意を促しているようでもあり、誠に微笑ましく楽しい情景です。たぶん巣を作っているのが雌で囀っているのが雄だと思うのですが、終わると必ず二羽が一緒に飛び立ちます。
 今度こそうまく産卵し孵化して巣立ちまで行ってくれると嬉しいのですが、果たしてどうでしょうか。出来るだけ邪魔しないようにと思って、庭歩きの楽しみを我慢しているのですが、どれくらいの期間が必要なのか、気の揉めることです。なにしろこの性急な春の訪れで、しなければいけない庭仕事は山ほどあるのです。
 これを書いている最中にふと庭を見たらもう一つの巣箱にヤマガラの番いが来ていました。去年ホホジロが途中で放棄した巣箱です。中の清掃を始めたようです。落ち葉をくわえては外に捨てています。さてこれからどうするのか、じっくり観察しようと双眼鏡を構えていたら、ふいに飛び立って行ってしまいました。帰ってきてくれると良いのですが。
 これでますます庭へ出るのが難しくなりそうです。せっかちな春はいろんな姿を目まぐるしく見せてくれるようですね。  では、また。


NO.36
2001年4月16日  -美しい贈り物の巻-
鹿が落とした角

 去年オタマジャクシを連れ帰った山上の池を見に行ったら、予期に反して全く水がありませんでした。そこそこ雨も降っていたのに雨量が少なかったためなのか、池底に何か変化があって水が溜まらないのか、焦げ茶色の石の原なのです。池の下側の小道には水の滲み出ている所もあり、そういう場所には必ずある猪の「ぬた場」もあったのに、肝心の池には湿り気すらありません。からからの荒涼たる風景です。
 がっかりしながら近づいた時、石の上に妙な物を発見しました。それは遠目にも何か異質な物の存在を感じさせたのです。近づく前に、同行していた長女が「鹿の角?」と声を上げ、私たち夫婦は「えっ!」と絶句、まさかと思いながら駆け寄ると、なんとまさしく鹿の角が目前にあるではありませんか。それはまるでつい先ほどそこに置かれた物のように汚れ一つ無く、磨かれた置物のように横たわっていたのです。
 私たち夫婦が驚いたのには訳があります。これまでずっと疑問に思っていたのが、この山に暮らし始めて2年半、動物の死骸にも骨にも一度も出会ったことが無かったので、一体動物たちは何処で死ぬのか、何処へ行ってしまうのかと言うことだったのです。
 周辺の道という道は勿論、獣道も道無き道も草原も林も歩ける場所入り込める所は殆ど歩き尽くしたのに、これほど多くの動物たちがいるのに、骨のかけらすら見たことが無く、無論自然の中で野生の鹿の角を発見したのも初めてのことだったからです。
 色々な想像を巡らしたことはあります。我々の目に触れない秘密の場所がある(この伏線は少年時代に見た絵本に象の秘密の死に場所が描かれていて象牙の山があった)とか、食物連鎖で他の動物や昆虫や微生物が綺麗に片付けてしまうとか、落ち葉や藪の中に隠され埋もれているとか。私たち夫婦は「不思議だね、何故だろう」と言い合うだけで、それ以上はなす術がなかったのでした。それが突然目前に出現したのでした。嬉しいと言うよりは驚きの方が強かったのも当然です。
 手に取って見ると根元が楕円形(計測して見ると長径45ミリ短径37ミリ)で底面は白くざらざらした角質、角の長さ34センチで3本の小枝に分かれ先端部を入れると計4つの枝角があります。この角は鋭く磨かれ飴色がかった白で、根元まで斑状の凹凸模様があり、凸状の部分は鯉焦げ茶色です。
 後日、長女からFAXが届き、「ニホンジカでは1歳で1本・2歳で3本・3歳で4本で、4本まで。これ以降毎年生え替わる。春に古い角が落ち、初夏に袋角が成長、袋角とは角となる骨を包むビロード状の皮膚で内部に血管が通い、角は成長して9月頃表面の皮膚が剥がれて枝角になり、その大きさと体力で雌の獲得能力が決まる。枝角は繁殖の終わる12月〜3月頃、角の根元(角座)から落ちる」とのこと。
 さて、この一本の角は誰からの贈り物なのでしょうか。贈り主に会いたいものですね。  では、また。


NO.37
2001年4月22日  -新顔の鳥たちの巻-
エナガ

 麓の集落では田植えの準備が始まったようです。水を張った田圃の水面が光って、何枚もの鏡を置いたように拡がって行きます。畦道にはタンポポが咲き、土筆がスギナに変わり、間もなく賑やかな蛙の季節の到来でしょう。
 でも、この山では先日お話ししたように、まだ目まぐるしい春の真っ最中です。庭の山茶花や紫木蓮や水仙の花が散り、代わって山吹が咲き始めました。山野草ではイカリソウ・ホトケノザ・イヌフグリなどが可憐な姿を遠慮がちに見せています。山桜も散って八重桜が濃いピンクの花びらを開き始めています。我が家の庭の池には、冬眠して越冬した蛙が数匹住んでいるようなのですが、オタマジャクシが誕生するのはまだ先のことのようです。去年の春に比べると随分遅れていて気掛かりです。
 一方、とても元気良く見えるのは野鳥たちです。先日庭の巣箱で巣作りをするシジュウカラとヤマガラのお話をしましたが、シジュウカラの巣作りは今もまだ続いています。こんなに長い日数のかかるものなのか、少し心配です。ヤマガラの方はあれきり姿を見せません。単なる気まぐれだったのでしょうか。
 気まぐれと言えば、3日ほど前にムクドリが庭にやって来ました。ムクドリをこの山で見るのは初めてのことです。元来平地の鳥ですから、たった一羽でこんな所に来るのは珍しいと思います。多分好奇心の強い冒険者だったのでしょう。庭の隅から隅まで落ち葉をかき分け苔をひっくり返し、とても熱心に歩きまわりました。可笑しかったのは、餌場に近づきながら頭上の餌には全く気づかず、その下を通り過ぎてカケスやシジュウカラの食べ滓のピーナツの殻などを咥えては撥ね飛ばしていたことです。地上を歩きながら餌を探す習性からなのでしょうが、1m50pほど上の餌場には豊富な食べ物があるというのに最後まで気づかず去ってしまいました。
 もうひとつの新顔の訪問者がありました。それはエナガです。シジュウカラ・ヒガラ・コガラと似ていますが、胸元の黒いネクタイ模様が無いのと尾が長いのですぐ見分けがつきます。エナガはカラ類と混群をつくることもあると聞きますが、庭に来たのは二羽の番いでした。巣の材料を探しに来たのです。家内が羽毛枕の高さを調整するために抜き取った羽毛を、シジュウカラの巣作りに役立ててもらおうと巣箱の下に置いた所、肝心のシジュウカラは使わず、エナガの番いが見つけた訳です。それは傍目にもはっきり判る喜びようで、一種の興奮状態に見えました。咥えきれないほどの量を咥えて飛び立とうとすると、一、二枚の羽毛が嘴を放れて飛んでしまい、戻っては慌てて咥え直すがまた同じことが起こると言う繰り返しなのです。しかし、すぐ学習したと見え上手く運ぶようになりました。それは雨の日を挟んで一週間くらい続き、今は一枚の羽毛も残っていません。
 さぞかし立派な巣作りが出来て、エナガの雛たちの夢も安らかなことでしょう。  では、また。

NO.38
2001年4月29日  -シジュウカラの巣作り、その後の巻-

 4月12日にご報告したシジュウカラの巣作りは、その後も根気よく続いていましたが、1週間ほど前から行動パターンに変化がありました。どう変わったかと言うと、雌鳥が巣箱の中に入ったまま暫くの時間出てこなくなり、雄鳥はやって来ると傍らの木の枝で「ピーツウ・ピーツウ」と高らかに囀った後、巣箱に飛び込むのです。双眼鏡で観察していて判ったのですが、小さな虫を咥えています。笹の葉に似た形からオンブバッタのように感じられました。餌を運んでいたのです。嘴に餌を咥えたままあんなに見事に囀るとは知りませんでした。これは驚きの新発見でしたが、それよりも既に産卵を終わり抱卵の段階に進展しているのではないかと言う期待でわくわくして来ました。
 その後長時間観察していて、この給餌行動にも二つのパターンがあることが判ってきました。その一つは餌を渡すとすぐ飛び立っていくもので、その速さと言ったらほんの一瞬のことで注意深く見ていないと気づかないほどです。もう一つは雄が餌を咥えたまま囀ると、雌が巣箱の出入り口に出てきて慎重に周囲を警戒した後、雄のいる枝に飛んで行き、餌を受け取ると一緒に飛び去ってしまうと言うものです。何処へ何をしに行くのでしょう。時間を計ってみると10分のこともあり20分の時もあり一定ではありません。戻ってくる雌鳥は必ず一羽だけで、囀ることもなくひっそりと巣箱に入ります。この二つのパターンの雄鳥は何しろ行動が素早く個体が認識出来ないので、餌を運んでくる雄鳥が同じ雄鳥かどうかもよく判りません。何故巣箱を出て餌を受け渡しするのか、何処へ行くのか、何のために、疑問は深まるばかりで、ふと人間界の風潮に照らしてあらぬ妄想を逞しくしてしまうこともあります。もしかして不倫?或いはシジュウカラは一妻多夫?又は懸命の抱卵に疲れた雌鳥を健気な雄鳥が気分転換に連れ出している?そう、この最後の想像が一番健全で正しいと思いたいですね。
 卵は何個あるのか、いつ頃孵化するのか、無事孵化したとしても巣立ちはうまくいくのか、心配は果てし無く続きます。しばしば巣箱の中を覗いて見たい衝動に駆られますが、今はじっと我慢の時です。
 今日は「みどりの日」、暫く振りの柔らかな雨にこの山の緑もようやく本格化してきました。浅葱色や明るい黄緑や優しい紅色の新芽など、くすんだ濃い緑の常緑樹の間に快いアクセントをつけて濡れています。この雨の中でもシジュウカラの給餌は続いています。まだまだこの山には虫の数はそう多くないはず、かなり遠くまで飛ばないとありつけないでしょう。頑張ってほしいとは思いますが、虫の立場で考えれば思いは複雑にならざるを得ませんね。  では、また。


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