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朝晩はめっきり涼しくなりました。 東海地方を襲い伊勢湾台風以来の被害をもたらした長雨と豪雨の後、すっきりとした晴天が続いたと思ったら、一足飛びに初秋の気配です。特に風のある日は半袖のシャツでは寒いと感じるほどです。もともとこの山は気象庁の天気予報の気温より3〜4度は低いのが常なのですが、それにしてもこの急激な季節の変化は驚きです。 そしてここ三日ばかり降り続いた雨のせいで又一段と秋が近づいた感があります。蝉に代わって昼までも虫の声が絶えません。エンマコオロギやスズムシなどの他いろいろな虫たちの鳴き声が聞こえます。バッタの類は鳴かないと思っていましたが、河原バッタやトノサマバッタなども鳴くのです。バッタは飛び立つ時にピチピチと細い枯れ枝を折るような音を出すので、注意をひかれて見ていて鳴くのに気付きました。 その他ジィーと長く鳴く虫もいますが、まだその姿を見たことはありません。きっと草の葉陰や落ち葉の下に居るのだと思います。こうして昼夜を通して鳴き続ける虫たちを聞いていると、小さな生命が一所懸命生きているのだなぁと実感させられます。 昔から秋の虫の声を愛でるのは風流の一つとされていますが、この山の虫たちの大合唱で、一つ一つの声を聞き分けることは出来ません。身近な庭の中だけでもどれほどの数の虫たちが居るのか見当もつきません。庭を散歩する時でも注意していないと踏みそうになるほどです。 鳥たちが木々の間や草むらの中を忙しげに飛び回るのは、きっと虫を食べるためなのだと思いますが、このこと一つをとっても両者のために良い方法は無いのだという現実があります。自然の掟はどこまでも厳しいのですね。 こうして考えてみると、虫の声もただ快いとか楽しいとは言えない気がしてきます。広い世界、大きな地球、そして広大無辺の宇宙の中では、人間も動物も虫もたいして変わりないのだと言う想いに打たれます。そして、そうであればこそ自分たちの命をそれぞれ大切に生きなくてはならないのではと、我ながら神妙なことを思ったりしています。 早足で訪れ、早足で去っていく短い秋、そして虫たちにとっては厳しい冬の前の精一杯の生命の歓喜の歌のように感じられ、そっと応援したいような気分です。 さて、私はどんな命の歌を唄えるのでしょうか。 では、また。 |
朝五時すぎ、まだ真っ暗な西の空にまん丸な月があります。かなり強い風が木々に風の唄を歌わせています。つい先日まで暑かったり涼しかったり、不安定な季節の変わり目でしたが、もう今朝はきっぱりと秋です。 早いものでこの山に住んで丸二年が過ぎました。最初の一年は何もかもが初体験で無我夢中でした。二年目にやっと少し落ち着いておさらいをした感じです。でもまだまだ判らないこと知らないことが数多くありそうです。去年の自然は今年の自然ではありません。雨も風も光も決して同じとは思えません。無論受け止める自分自身が同じではあり得ない訳ですが、自然の懐はとてつもなく深いと思わずにはいられません。 さて、今日はこの山に咲く花のお話です。以前、ササユリの開花や布袋葵の花についてご報告したことはありますが、本格的に花のお話をするのは初めてだと思います。散歩や山歩きの時、思わず足を止め屈み込んで見とれる花はたくさんあります。 今咲いているのは、アサマリンドウ・ヒヨドリジョウゴ・マツカゼ草・アケボノ草・ツユクサ・ヤマシロ菊・ヤマハギ・オニアザミ・タムラ草・マツムシ草・ワレモコウ・キキョウなどです。総じてあまり派手な形や色彩ではありません。地味で目立たない花たちです。ヤマハギやオニアザミ以外は普通に歩いていては多分見過ごして仕舞うことが多いでしょう。それほど小さいのです。小さい上に他の草や灌木の陰に隠れていることが多いのです。従って見つけようと言う意志が無いと目に入りません。私はこの態勢を「モード」と呼んでいます。即ち「山野草探索モード」です。つまり集中力が必要なのです。 こうして見つけた花たちを写真に撮ったり記憶したりして図鑑で調べます。初めて見る花の名を図鑑の中に発見した時の嬉しさは格別です。つい最近の例では「アケボノ草」がそうでした。庭の池の傍らにいつの間にか自生した草が花を開いたのですが、何という花か判らないまま、散歩中に渓流近くの小道で同じものを見かけることになりました。たまたま遊びに来てこの花を見た長女が帰宅した後、「あれはアケボノ草では?」とFAXで教えてくれたのです。「こんな模様があるはず」と花弁のスケッチが添えられていたので、あらためて近くに寄って観察した結果、小さな五弁の花びらの一つ一つに実に繊細清楚な文様を発見、図鑑で確認することが出来たのでした。解説に曰く「和名は曙草、花は白色または黄白色、花の裂片に黄緑色の蜜線溝と黒緑色の斑点、その色合いと文様を夜明けの空に見立てたもの」と。曙草とは言い得て妙、素晴らしい表現だと思います。 最近、私は園芸種の花に全く興味が無くなってしまいました。これでもかこれでもかと言わんばかりに溢れる色彩や香り、華やかな姿かたちに虚しさを感じてしまうのです。 さて、今まさに夜明けの空、清少納言にお許しを頂いて言えば「秋も曙」ですね。 では、また。 |