二回目の手術  右足手術の入院日記
  K大医学部付属病院整形外科 南病棟二階


 初めての手術だった左足の時は、入院中メモをとるゆとりがありませんでした。

 3月と9月の入院体験、重複する項目もあるかと思いますが、これまでは主な症状、初めての病棟の様子などをまとめてみました。ここからは、9月入院の一日一日を日記形式で書き留めてみます。


H.11.9.1 水曜日 入院  
夫の運転する車で朝八時に家を出る。通勤ラッシュに巻き込まれるかと心配したが、スムーズに走れる。十時までに病室に入ることになっていたのが、九時半に到着。駐車場から病棟まで少し距離あり、私は先に受付へ。夫に沢山の荷物を専用ワゴンで運んでもらう。
 入院の受付、南病棟一階、見慣れた光景。様々な患者が行き来する。今日からまた、3月の手術の時と同じ日々を送るのかと、しんみりしてしまう。左足の手術から半年近く経つと、手術にたいしてまた新たな感覚が蘇り、少々緊張感が走る。受付を済ませて、病室のある二階の整形外科の詰め所へ。
 
顔を覚えて下さっていた職員の方達の笑顔に少し気持ちが和む。病院は、冷たい感じと、どこか患者を甘えさせてくれる空気がないまぜになっている場所か。
Y看護士さん  「いらっしゃいませ」とにこやかにおどけて見せた。
W看護助手さん 「またよろしくね」 小柄でも活発なはつらつウーマン。
I主任看護婦さん 「Uさん、お元気そうで」 責任感の強い、感の鋭い人。
M看護婦さん 「お元気そうね」美人で優しい人。
 共にこれからお世話になる、懐かしい顔ぶれ。

 部屋番号204号室 五人部屋に決まる。 手術の前々日まで過ごすことになるだろう。
12時 昼食  メニューは 米飯、しらたき、牛肉のすき焼き風、なめたけなどのお吸い物【あんかけ風】、小松菜と芝エビのおしたし。 前回の入院で薄味は覚悟していたので、全部食べることが出来た。
 病棟医O先生から、詰め所の中にある処置室に呼ばれる。術前の触診である。細長い寝台の上に仰向けになる。上半身は半袖のTシャツ、下半身はパンティだけの姿にされて、足の曲がり具合や開き具合を調べられる。とにかく、力一杯腰骨など押さえつけられるので痛いことこの上ない。そのうち、クーラーの利いた処置室は寒くなり、困ったなと思っていたら、
「Uさん、寒くないですかぁ」
 と、カーテンの端からII看護主任さんが覗いてくれた。
 待ってましたとばかりに、
「寒いです」 と、泣きついた。
「寒いはずですよ。22度ですから。少し温度上げますね」
 心配りに感謝。
 O先生の診察続く。しびれの箇所がないか調べられる。前回の手術で、右側の体に少ししびれが発生したので今回はその予防をしながらの手術になるだろう。
 やっと終わった。45分くらいかかった。それにしても、痛かったなー。後で足の付け根あたりを見てみたら、あおあざだらけ。そしてこの痛さが、私とO先生の戦いの始まりであった。

 触診が済むと、詰め所の廊下で身長と体重を量り、次は小さな部屋に呼ばれて、O先生の問診が始まった。
 結局3月の左足の手術前の問診と一緒で、いつ頃から症状が出始め、それからどんな経緯をたどって今日に至ったかを説明することになる。とにかく、十年も二十年も前のこと、正確に説明できるわけもなく、前回と同じことの繰り返しに、少し閉口した。
 このとき、インフォームドコンセントは9月6日と決まる。
「任せて下さい」
 とO先生が胸を張って笑いかける。
 若い研修医の先生である。

治検者のこわーい話
 入院したばかりのこの日、午後七時過ぎ、O先生と主治医のI先生から、治検者の話をされる。昼間問診を受けた部屋で、血栓予防のいい薬があるが、日本ではまだ認可されていない。でも外国ではどんどんいい結果が出ているので、今回の手術に際して治検者になってくれないかといわれた。 私はお断りした。
 従来から使用されている薬でお願いすることにした。
 この新薬に関して、数枚の印刷物が渡されたけれど、認可されていない薬だと思うと、恐くて部屋に帰ってからも読まなかった。
 日本は、病気を治療するための薬は認可が下りやすいが、病気を予防するための薬に関しては厚生省から認可が下りにくいのだと、先生の説明。どんな薬も副作用はある。私の知識のなさかも知れないけれど、この国で認可されていない薬を体に入れられて、とんでもない副作用が出たりするのは嫌だと思った。 その夜は、恐い話をされて私は神経が高ぶっていた。
畜尿
 夜、看護婦さんから話があり、前回の手術前にはなかった畜尿が義務づけられた。9月1日の夜10時から9月2日の夜10時までの間、畜尿をすることになった。
 夜八時の検温、血圧が157と高い。治検薬の話のせいか。
 そんなことは忘れて早く寝よう。
 第1日目が終わる。

H.11.9.2  木曜日 入院2日目
痛い採血  
 朝食は八時に運ばれてくる。
 今日は朝食の前に、O先生がやって来て採血される。  私の静脈は細くて探しにくいらしい。左手より右手からの方が見つかりやすいので、採血や点滴は右手にしてもらう。
 O先生、私の右手を思い切りゴム管で縛り上げた。私の肌が襞状態になった。痛い。注射針が刺され、そのうち手がぶるぶる震え出す。それでも先生は採血し続けた。こんな痛い採血は初めて。何も言えずに我慢したけれど、先生が部屋を出て行ってから腕を見ると、なんと一面に点在出血が現れた。
 前回の左足手術の時には、採血にも点滴にも一度も痛いと感じたことのなかった私、すっかり落ち込んでしまった。これから何度となく採血され点滴されるだろう。その度にこんな目に遭わされるのかと。。。
 もう一度腕を見ると、青く腫れ上がってきた、、、。 検査、検査の一日  この日は検査の連続だった。
 レントゲン撮影(股関節、腰、胸部)
 心電図  
 二度目の自己血採血
 神経内科受診
 肺機能検査
 第三内科で血圧の検診
  手術前の股関節の稼働域を調べるためリハビリ室へ  
 リハビリ室での稼働域検査は、自己血採血の直後、看護助手さんが呼びに来て、すぐに行ってくださいとのこと、廊下で休憩していた私にはちょっと酷だった。この検査には、最高に速く歩く検査があり、すべて終わったとき少し気分が悪くなった。もちろん、自己血採血の後、廊下で少し休んで行けば済むことだったのですが、ついついノーといえない私の悪い癖で、言いなりになってしまったのでした。
 抗生物質の適応検査と、血液型検査そして動脈採血
 この日はこれで検査も終わりかと思っていたら、夜八時過ぎにO先生現れる。
「めっちゃ痛いことをしに来ました」
 ベッドの足下に、5、6本の注射針などを持った先生がニッと笑っていた。
 写真は、適応検査のときにO先生が印したマジックの跡のほんの一部、このようなマークが私の腕に数カ所散乱していた。
 ま、これはよいとして、動脈採血の前に、私はO先生に条件をだしました。
 まず、1に麻酔をしてくれること、2によーく浸潤してから、針を刺すこと、と。
「そんなことするのですか。麻酔も痛いですよ」  
 O先生はせせら笑いましたが、私はこれだけは引けませんでした。静脈採血で、あんなに痛いのだから動脈ならなおさらのこと、防御策をとらねばと思ったのです。
 私の勢いに負けてO先生は、麻酔薬をとりに行ってくれました。
 O先生は慣れない手つきで、必死で私の手の付け根に垂直に注射針を突き刺しました。  緊張の一瞬、ちくりとしましたが、大した痛さではない。
「次に浸潤して下さいね」
 私に言われたとおりO先生は麻酔の跡を軽くもみました。どれくらい時間を置けばいいのか、先生も分からないようで、何度か注射針をさしかけては、
「痛いですか」  
 と、訪ねる。
 うまく感覚が麻痺しかけたときに、注射針を垂直に突き立てて、何とか無事に動脈採血は終わりました。
「出来るものですねー。こんなの初めてです」
 と、O先生は動脈採血に麻酔する事が珍しかったよう。
 ともあれ、注射の痛いO先生とも、何とかこれで動脈採血は付き合えそう、少し安堵した2日目でした。メモ帳には、バンザイ、バンザイと書いてあります。

H.11.9.3 金曜日 入院3日目  
この日、股関節のCT撮影。
 CT室はとても静かできれい。明るいし時間も短くて、それほど負担ではない。三月の時は初めてだったのでいろいろ心配したが、、。ただ、脳に振動が伝わり慣れるまでちょっといやだった。
 呼吸器内科を受診する。
 呼吸器内科は、前回の手術で血栓が飛んだので、そのことで簡単な問診がなされた。入院中の外来受診は、依然看てもらった医師とは限らないので、毎回初心者のような気持ちになってしまう。前回退院時の受診でのレントゲンも、精査も不要でしびれの方も大丈夫という診断だった。今回も、大丈夫でしょうということになる。
入院後初めて、洗濯する。
 相変わらず乾燥室は暑い。前回は、部屋のロッカーに沢山のハンガーがかかったままで、それを使わせてもらったが、今回は売店で三本二百円のハンガー二組を買う羽目に。退院時にしっかりと家に持ち帰ろうと心に誓う。
 この日、プリントが配られ、私の手術の具体的な日程が決まりました。
 手術は9月7日午前九時30分開始と決まりました。  この前と同じ午前中の朝一番のスタートです。
 朝一の手術は時間がづれること無くスタートできるのでラッキーだった。

H.11.9.4 土曜日 入院4日目
 この日、麻酔医の問診あり。
 ベッドにて、手術当日担当するであろう麻酔医の問診を受ける。前回も気になっていた、前歯の差し歯をおられないよう頼んだところ、その麻酔医は他の患者の前歯を折ったことがあると白状され、私はかなりショックを受けた。手術は全身麻酔なので、少しでも呼吸しやすいように管を気管の半ばまで差し込む、そのときに口をこじ開けるので、入れ歯ははずしてから手術室に向かうけれど、取り外しのきかない差し歯はそのままにしておくことになる。患者に麻酔が罹ってから管は挿入される。私は何度も懇願した。
「手術が終わって気が付いたら、前歯がないなんてことに絶対ならないようにして下さい」
  麻酔医は、謙虚に受け止めているけれど、前歴があるだけに私は気落ちしていた。  
 もう一つ、大事なことは、前回左足の手術の時、麻酔から醒めた私は、ひどい嘔吐を繰り返してとても辛かったので、今度はもう少し楽にさせて下さいと頼んでみた。その結果、個室から手術室に向かう直前、軽い安定剤の筋肉注射と一緒に、胃液を押さえる注射をしてもらうことになった。
 麻酔医からの注意事項として、手術前日である9月6日は、食事は午後八時までに取り終わること。同午後十時以後はミルクなど消化に時間のかかるものは飲んではいけない。そして、水、湯、砂糖水、茶なども午後十二時以後はとってはいけない、との注意が口頭とプリントにてなされる。
 これは前回で知っていたので問題なかった。

H.11.9.5 日曜日 入院5日目  
 この日、一時外出の許可を得て、自宅にもとる。たいした用などないのだけれど、病室にいるよりはパソコンが出来るし、少しの開放感を味わう。パソコン通信、ニフティーの患者交流館にレスを送る。  
 翌日夫も仕事で
朝が早いので、夕方の四時には病室に戻っていた。

H.11.9.6 入院6日目
 個室に移る。前回で分かっていたので、204号室では、持ってきた荷物類は最小限しか広げないでおいたので、移動もすっきりとできた。
 個室は222号室。前回は225号室。今回はツタの建物により近い場所。  
 手術前日は、午前中に入浴を済ませる。再度処置室にて、手術部位の消毒、滅菌ガーゼが当てられる。  そのあと、手術前日の麻酔科での問診。整形からは、私を含めて5、6人の患者が明日手術を受ける。膝関節の手術の人、足の癌の人なども一緒に麻酔科へ向かう。
 麻酔科では、先日の担当医とは違う医師が問診する。手術当日は二人の内どちらかが私を担当することになる。
 この日も、麻酔が切れた後の嘔吐のことを言うが、なかなかいい返事は返ってこなかった。覚悟しよう。  泣いても笑っても明日は、第2回目、右足の手術なのだ。  この日インフォームドコンセントあり。予定時間より2時間近く遅れて始まる。 「もう、よく分かってるね」  と、主治医。
 場所も、詰め所の片隅で行われた。どうも前回とは丁寧さが違う。2度目なので、詳細を聞く必要もなく、三十分くらいで終了。立ち会いには前回と同じで娘に聞いてもらった。 同席は、主治医、執刀医、研修医の3名。
 待ち時間が長くて疲れてしまう。私たちとは遠く離れて住んでいる娘には明日のこともあるので、私たち夫婦の住む家に戻らせた。 夜は、はやる気持ちを押さえて、まあまあ寝れたほうか。

H.11.9.7 入院7日目 火曜日 手術当日
 朝、6時前に目覚める。
 看護婦さんがやって来て、これから浣腸します、と。
 これはトイレの中でしてもらえるので、安心。足が不自由なので、こういった方法をとるのだろう。前回は、浣腸の結果を看護婦が確認しに来たけれど、今回はトイレの構造が改善されていて、用を足すとセンサーが働いて即水が流れるようになっていた。結果をチェックしようにもできない。ともあれ浣腸無事クリアする。
 部屋に戻る途中、204号室で一緒だったAさんが見舞ってくれた。
「頑張ってね。私も、すぐだから」
 Aさんは、10日が手術予定日。5月に右足、もう片方の左足の手術を控えている。 Aさんの励まし、とてもうれしかった。気持ちが楽になった。
 まさに戦友である。不安で苦しいのは自分だけではない。
 個室に戻り、下半身は下着は付けずにパジャマのズボンだけはくことになっている。 上半身はそのままタンクトップとパジャマの上着を付ける。手術後に着せてもらう、和式の寝衣、T字帯、白いパスタオル二枚は、昨日詰め所に届けてある。
 午前8時 ストレッチャーが運び込まれて乗り移ると、看護婦さんから、安定剤と胃液を押さえる注射をされる。麻酔薬の点滴を入れる静脈の位置を決めて、そこに透明のシールを貼られる。手術室に入ってから探さなくてもよいよう、針の入りやすい箇所に貼られる。今回は、右足の手術なので左側が下になる。シールは下になる腕の方に貼られた。
 
 午前8時20分 ストレッチャーに載せられたまま手術室へ向かう。多ぷん安定剤が効いているのだろう、極度の緊張感から解放されている。整形病棟を出て、中央棟の四階へ。あっと言う間のこと。  
 手術室につながる部屋に入る。右肩に、麻酔医の顔が覗く。
「こんにちは、Uさん」
 濃いグリーンの手術着、マスク、帽子に身を包んで、麻酔医は手元で何か、細い管のようなものを細工しているのが視野の隅に入る。前回は、このあたりで口元に当てられた麻酔で気が遠くなったけれど、今回は、足もとや腕に何かしているのがかすかに分かり、ストレッチャーから左側の大きな広い濃いグリーンの台に乗り移るまで覚醒していた。が、やがて足もとからじんじんとしびれがやってきてあっと言う間に分からなくなった。
 手術終了。
 顔の上で看護婦さんに名前を呼ばれて気が付いた。  
 実際にはもっと早く気が付いているらしい。麻酔から醒めてから、気管の管が抜かれるのだが、それはたいていの患者は覚えていないと言う。私も二回とも管のことは知らずに済んだ。
 目を開けるとすでに和式のねまきに着替えられていて、個室に運ばれ始める。前回はこのあたりで、胃液をたっぷり吐いてしまい、苦しい苦しいといいながら、個室に戻った記憶がある。今回はがたがた体が震えて止まらない。
「がたがたします」
 と、訴える私に誰か男性の声で一言。
「そうね」
 研修医の先生か、主治医か、執刀医か、麻酔医か分からないけれど何ともそっけない返事、、、。私はどうなるの。
「がたがたします」
「うん」  
 こんな会話が繰り返されながら、寒くもないのに震えて個室に戻った。
 どうやら娘と夫がいてくれているらしい。 「まだ震えてるなぁ」  
 二人の会話が聞こえる。
 やがて、ふるえが止まりかけて、落ち着く。
「あっ、止まったみたいや」
 娘と夫が私の方を心配そうに見ているのがぼんやりとわかる。
 その後、嘔吐に見まわれる。
 あれだけ、麻酔医にお願いしたのに、仕方ない、私の体質なのだろう。
 まだ何も飲めない。大腸や胃が働くまではがまん。
 それでも、らくのみで口の中をしめらせることは出来るので、娘にらくのみを手渡してもらう。冷蔵庫でよく冷えたミネラルウオーターを一滴口に含む。ありがたい。ナースコールしなくてもこうして娘がいてくれて。
 娘がいてくれてよかった。
 体には血圧計、点滴、自己血の輸血など器具やら針やらが付けられたまま。
 何度となく嘔吐する。 娘が心配そうにしている。
 それでも、前回よりは精神的にしっかりしているのが自分でも分かる。
 これから一日一日よくなるのだと、自分に言い聞かせた。

『右足手術の入院日記』