両股関節変形症を患って
 (人工股関節置換手術を受けて)

入院 手術日 退院日
第一回目の手術/左足 平成11年3月10日 平成11年3月19日 平成11年4月18日 一本杖にて
第2回目の手術/右足 平成11年9月1日 平成11年9月7日 平成11年10月6日 一本杖にて

    
昭和50年代初期の頃に、左足付け根に異常を感じ始めて、長い歳月足の稼働領域に不自由を覚えながらも、我慢してきましたが、ついに両足の手術に踏み切りました。一回目の左足手術後、確実に歩行が楽になっていることに気づきました。そして、今回残りの右足も手術を終えまして、また一段と足の動きが軽くなりました。幸い両足手術に伴う後遺症やハンディも少なく、今は手術をしてよかったと思っています。【10月8日記】  
        

     K大病院構内にて       
  
  平成11年4月 散り始めた桜の木の下で 。
     左足の手術を終えて 杖で歩けるようになった頃 。    

手術への長い道のり

1.初めての診察
2.血液検査
3.二度目の診察
4.つぶれた股関節
5.初めての採血(血液検査のため)
6.自己血採取(貯血)
7.第三内科【腎エコー】
8.第三内科【心エコー】
9.第三内科【心電図】
10.インフォームドコンセント
11.肺機能検査

1.初めての診察

職場で転倒
平成十年四月、職場で英文タイプライターのコードに足を取られて転倒しました。左足の膝を床に強打してしまい、ものすごい音がしたと、同じ部屋にいた人達から何度も聞きました。外傷はなく、そのときは痛みもあまり感じませんでした。

何故そんなことになったのか、状況を振り返ってみました。夕方で、かなり体も疲れていたこと、両手に書類を持って、OA室に行こうと立ち上がったとき、前々から足下に絡まっていて気になっていたコードに足をとられそうになり、正常な両足ならうまく裁けたのでしょうが、股関節の稼働領域が狭くなっていましたから、かばうことも出来ず思い切り床に膝を打ち付けてしまったと言うことです。

強打した膝は一週間後、痛みが増してきました。特に階段を下りるときに、ぐきっという感じの激痛が走るようになり、かなり腫れているような感じでした。

近所の整形外科

あまり苦しいので念のために、家の近所の整形外科を訪ねました。 膝からトレイ一杯の皮下出血の血を抜いてもらいました。そして、膝と左股関節のレントゲンを撮ってもらいました。
このとき、私はすでに股関節に異常を感じて十数年経っていました。歩き方もおかしかったし、整形外科の医師が見逃すはずもないと思ったので、そろそろ年貢の納めどきかと自分から症状を訴えて撮ってもらったのです。
膝は打撲以外問題なし。 左股関節は、末期症状で、人工関節を入れる以外道はないといわれました。 「右は大丈夫ですか」 このとき医者は何度も聞き返しましたが、私は左だけ悪いと信じていました。右側は、少し開きにくい程度で痛みもなく、何か支障があっても、それは左足をかばうせいだと思いこんでいたのです。

K大病院へ
近所の整形外科から、K大病院を紹介され、平成10年5月14日、初めて股関節の診察を受けました。 その日は、5月の連休明けということもあったのでしょうか、朝八時前に受け付けをして、診察が終わったのが四時近くでした。それも、紹介していただいた先生は患者さんが多くて、もう一人の別の先生ならすぐに診察してもらえますが、と看護婦さんに促されて、一瞬迷いましたが相当疲れていたのでお受けすることにしました。

診察前にレントゲンを撮りました。両足の股関節です。左だけなのにどうして両方撮るのかと納得いかなかったのですが、診断の結果、
「お気の毒ですが両方です。むしろ右の方が症状が進んでますよ」
と、言われて、呆然となりました。
結局、患者さんが多くて手術は早くて半年から一年待ちとなりました。 次回の診察はなんと半年先の11月の9日と決まりました。

予診
話は前後しますが初診のこの日、主治医に診てもらう前に、若い医師から予診がありました。15分くらい、問診がなされるのです。股関節にいつ頃から症状が出始めたかとか、どんな治療をしてきましたかとか、、、。問診の医者は、若い研修医でしょうか。私の説明を克明にメモしていました。


2.血液検査

初診の日、診察後ついでに血液検査のための採血も済ませて下さい、と診察室で指示を受けたのに、時間切れで後日6月4日に来診といわれました。どうやら外来での採血は午後三時までらしいのです。採血だけのことで会社を休むのは困ります。次の検診日の11月19日にしてもらいました。 病院まで地下鉄やタクシーを利用して、約1時間半かかります。病院での待ち時間など計算すると、一日かがりの来院になります。そのとき、私は採血の意味があまり分かっていなかったのです。手術に際して、色々な体の故障を見つけるための採血はとても大事なことなのです。
「6月4日には来られないんですねえ」
と、主治医の先生が何となく残念そうにおっしゃっていたのを、今になって思い出します。 私にしてみれば、5月に初めて診察を受けて、二回目が11月とは、なんてのんびりした診断だろう、血液検査もそれほど急ぐことはないだろうと思ったのです。その上手術は半年から一年待ちと聞かされたのですから、入院や手術に慣れていない私は、仕事を優先に考えてしまいました。

3.二度目の診察/11月19日

初診から約半年後の受診でした。 整形外来の常で、まず診察の前にレントゲン撮ります。整形外来は外来棟の二階にありますが、レントゲン室は別棟の一階にあり、整形から歩いて5分かかります。健常な人には何でもない距離が、両股関節の悪い私は、汗びっしょりの苦しい道のりです。

レントゲン撮影にはまず、受付を済ませます。そこから少し離れた、待合いホールというところで、呼び出されるのを待ちます。そこは広くてテレビが置かれて、ソファーも座り心地がよいのですが、撮影の患者が多いと二時間待ちという日もあります。

撮影の部屋は、胸部、体幹、四肢、、、など、いくつかに分かれていますが、私は股関節の撮影のとき、胸部、と書かれた部屋から呼ばれたこともあります。 股関節レントゲンは、技師によってはたいそう時間をかける人もいますが、たいていは苦痛もなく速やかに終了する楽な検査でした。寝台の上に上向きに寝ころび、技師の指示で、息を止めたり楽にしたりしながら撮ります。

撮影後、再び受付で会計窓口に書類を提出して、整形外来へ戻ります。ここでまた長い時間待ちます。待ちくたびれて疲れ切ったときに順番が回ってきます。 初診の時と同じ先生から、色々とレントゲンの結果を説明されました。
待ち時間や、検査室の様子は総合病院と、そうでない単科病院とではかなり違うと思います。


4.つぶれた股関節

レントゲンを見せてもらいました。 素人目にも分かるほど、股関節の骨頭がつぶれて、全く隙間がありませんでした。 特に右足は内傾が始まっていて、脱臼する方向に向いていると言われました。

問診中、手術の日がなかなか決まらなかったのですが、その日、3月17日【これは先生の勘違いで、正しくは19日でした】と決まりました。そして入院も3月10日と。私は、年内に手術できるものとばかり思っていたので、がっかりしました。
先生は、股関節を使い切って下さい、と言われました。そうは言われても、稼働域が狭く、疲れやすく、また少しは痛みもありましたから、動き回ることは苦痛でした。

人工関節を入れても、長い歳月には少しづつずれてくるといわれました。それは個人差があり、十年、十五年後ということで、先生はそのときになって、手術するのいや、と言わないようにと言われましたが、そんな先のこと、まだ一度も手術していない私には分かりません。でも、相当な歳になって、手術なんてやはり嫌です。

この時点では、入院中に両足の手術をやってしまうことになっていました。後で決まったことなのですが、厚生省から、一個人の長期入院は出来るだけさけるようにとのお達しがあったとかで、結局片方づつ、一度退院してから残りの足の手術をすると言うことになりました。これは実際に左足の手術を受けたとき、正解だと思いました。同時に両方を切るなどなどあまりにも負担が大き過ぎて、自分には無理だと体感できたからです。

満開の桜

4月初めのK大病院構内にて
 (この頃しびれが発生して一寸辛い時期)

5.初めての採血(血液検査のため)
私は、粉薬が飲みにくい。苦い薬の味を味わわずに済むなら、痛い注射の方を選ぶ【点滴は別問題】。でも、目の前で、自分の血が抜かれてゆくのを眺めるのはやはり気持ちのよいものではありません。 二度目の検診の11月19日、先生との問診が済み、最後に一般採血室へ。採血室は同じ外来棟の一階にあり、エレベーターを利用すれば、それほど足には負担はありませんでした。 まず、廊下をはさんで向かいの検査受付で、手続きをしてから、向かいの採血室へ。部屋には常に十人くらいの医師がいます。これは他のページでも書きましたが、採血はいつもスムーズに済みます。小さなガラスの容器に、五本も採血する時もあれば、三本で済むことも。細い細い静脈の私でも、この部屋の先生は一度も失敗しません。
その日も、あさ九時前に入って、全部終わったのが三時過ぎでした。大病院は本当に大変です。

6.自己血採取と高血圧
(手術のための貯血
)
第一回目の左股関節手術に向けての貯血
手術の二週間くらい前から始めました。
自己血の保存期間は約3週間と聞きます。 輸血部自己血採取処理室にて400ccづつ採血され、二回で合計800CCが貯血されます。貯血の量は手術の種類や、患者本人の体調によって違うようです。
血液検査のために採る一般採血室とはまるっきり違う雰囲気の採血室に入ると、まず貯血袋に患者本人が氏名を書き込みます。クラシックのBGMが静かに流れています。寝台が二台置かれていて、たまたまその日は医師二人看護婦一人が対応していました。
(予約制なので、患者の少ない日は、私一人だけといもことありました。)こういった検査棟での処置は、レントゲン以外、とても静かで重々しい空気が流れているのです。私はかなり緊張していました。
貯血は血圧を計りながらされます。その日、なんと200近い血圧に、みんなびっくり。何度計り直しても高い、高い。でも気分は悪くないので、そのまま自己血は採れました。 終了後、輸血の先生から整形に連絡され、私の高血圧は大騒ぎに。でも至って元気でした。
輸血部から整形外来に戻ると、ベッドに寝かされ何度も血圧を計ってもらいましたが、やはり高い。
「ヘモグロビンをこんなにとっても、高いねぇ」
と、顔見知りの看護婦さん。
普通、自己血採取の後には、血液製剤のような、体の調子を整える注射をするそうなのです。私の場合は、高血圧なので輸血部の医師の指示で、その注射はときとして血圧を上げることもあるので、注射は無しということになりました。
その後、高血圧治療のために第三内科ということろで検診を続けることとなりました。
第二回目の自己血採取後も、例の注射はなし。

7.第三内科 腎エコーをとる
自己血採取の時、高血圧だと分かり、その後第三内科で血圧コントロールの治療を続けることとなりました。整形の先生が予約をしておいてくれました。
第三内科は、まず診察の前に、検尿のための尿を採ることになっています。それから、体重も計っておきます。受診する科によって、前もってすることが異なり大変です。 第三内科での初めての診察の日、名前を呼ばれて部屋に入ると、そこは腎エコーの部屋。 ベッドに横たわり、腹部に冷たい液体を塗られます。パソコンでいうマウスのようなものを這わすのに、スムースにいくようにとのことです。 腎エコーなんて生まれて初めての体験。何が出てくるのかと緊張しました。でも痛くもかゆくもない検査。モニターに映る私の腎臓。見ても何も分からない。三十分位で終了。
再び廊下で待っているとやっと診察室へ。整形外科の先生からの紹介状を見せました。
「腎臓はきれいですよ」
と、さっきの腎エコーの結果にほっとした。
階段を上るときの息切れ、驚くほど出る汗のことを話しました。心臓の様子を見るために、次回、心電図をとることになりました。
第三内科での薬 降圧剤を処方され、朝一錠服用することとなる。薬名はロンゲス1.0グラム。

8.心電図
3月10日の入院後の検査
心電図の部屋は、外来棟から離れていて、レントゲン室のある検査棟の二階にあります。病棟や、外来棟と違って、こちらは人通りが少なくて、とても静か。それだけに緊張します。前もって受診していた第三内科の看護婦さんの指示通り、検査室の前のソファーで待っていると、予約制なのですぐに名前が呼ばれました。
ドアを開けると、薄ピンクの清潔なカーテンでベッドが仕切られています。曲名は知らないけれど、静かなクラッシックが流れていて、初めて受ける心電図検査に少し気が楽になりました。担当の医師も若い女性でした。 ただベッドに上がるのに一苦労。足が思うように上がらないのは本当に不便。手を貸そうとする医師の手助けを断り、自分のやりやすい格好でベッドに上がりました。
部屋は程良く暖房が効いています。 足首、両手、胸のあたりなどに器具をくっつけられて、じっと寝ているだけ。三十分位で終了。
「お疲れさまでした」 と、丁寧に言葉がかけられます。 ベッドに上がる前に脱いだスラックスや靴下を必死で履き、汗ばんでしまいました。 生まれて初めての心電図、どんなことをされるのかと恐かったけれど、何のことはなかったなぁ。

9.心エコー
入院後の検査 これをとるとき、すでに入院していました。予約制なので、病棟に看護婦さんから呼び出しがあります。整形外科病棟を出て、北病棟という内科系の病棟に向かいます。新館なのできれい。病室はすべてドアが閉まっている。整形は、車椅子が通るのでいつもドアは開けっ放し、しかも建物が古いので汚い。そんなことを思いながら部屋に入りました。
細長い狭い部屋。寝台に寝ころび、胸のあたりに冷たい薬を塗られる。これは腎エコーの時といっしょ。 やはり、三十分ほどで終了。
その場で、
「心臓そのものには異常はありません。肥大もしていません。軽い程度の不整脈は時々あるかも知れませんが」
と、これ以上の精査は必要なしと診断が下りました。
ひとまず安心して、部屋を出ると、整形では見られないすばらしい風景が窓外に広がっている。晴れ上がった青空、緑の山々、しばし足を止めて眺めていました。

10.インフォームドコンセント
打ち合わせ通り、夕方の五時半から始まる。 担当医と病棟の先生つまり研修医の先生から、手術同意書など手渡され、人工関節の見本を見せてもらいました。チタンという材料から出来ている細長い、足の骨の部分に入れ込むサンプルは、持ってみると思っていたより重い。担当医は、体の中に入れば重いとは感じませんよと言われた。でも、そのときは、体の中にこんな重いものが入るのかと、妙な気持ちがした。
もう一つ、(下図)プラスティックのような円盤形の見本も見せてもらう。実際には縁を削って筋肉などに触れても痛くないように加工するという。これも人工のものなので、使っている内に摩耗するらしい。少しづつ、かすが溜まったりもすると言う。自分の骨は常に成長したり生きているけれど、人工の関節は活性していないから、生体である部分とにズレが生じ、そのために再手術する必要も起きると聞いて、先のことなのに憂鬱になる。
二十年も前のデータでは、手術後10年から15年くらいは人工関節も問題ないらしい。現在は、素材もよくなっているし、術後20年くらいは大丈夫と聞かされる。出来れば永久に再手術しないでいたいと思いました。 話は、術後に必ず出来る血栓の怖さに及ぶ。血栓が肺に飛ぶと命にかかわるという。血栓の飛ぶのを防ぐには、術後、足首をよく動かすことだという。どんな手術にもデメリットは付きものだろうが、今回はこの血栓がくせものらしい。
およそ1時間に及ぶインフォームドコンセントだった。二人の先生方は、とても好意的で、私はすべてをお任せしようと心を決めることが出来ました。
チタンという金属で出来ている プラスティックのお皿みたいなもの


11.肺機能検査
手術の前にはいろんな検査がある。鼻をつままれ、先生の言うとおりの息の仕方をする訓練。先生は、私の右横に並んで座って、ジェスチャーとかけ声でリードする。
「ハイ、吸って吐いて吸って吐いて。。。」
そのピッチが段々早くなる。 もっとがんばれもっとがんばれ、とけしかけられる。するとその気になってくる。でも、没頭しているとき、ふっと我に返り、先生の声が裏返っていたり、私と一緒になって吸って吐いてをやっているのを見て、急に笑えてきて困ったなあ。
先生は何人もの患者に毎日毎日こんなことをし続けているのだ。
手術時には、全身麻酔のため、気管の半ばまで管を入れて息がしやすいようにするらしい。術後に麻酔が覚めたときにも、自分で息がうまく出来るように、こんなテストがあるとのこと。
結構苦しいテストだったけれど、
「大変よろしい」 と、太鼓判を押されて、自信がついた。



4月  病室から構内に出ると、はこべが茂っていました。

 少し持ち帰って、コップに生けてみました。

ドングリのひとりごと


個室に移る前日、主治医の先生によるベッドでの簡単な触診があった。先生は、私の骨頭があまりにも上の方にあるので、こんな上にあるのかと、おもしろそうに笑っていた。 この時点でもまだ左右どちらの足を先に手術するか決めかねていた。最初症状が出始めたのは左足、ずっと右足を頼ってきた。ところが、右足の稼働域もかなり狭くなっていたので、迷った。迷ったけれど、結局悪い悪いと思ってきた左足を先に手術することに決めた。 手術の時の体の格好は、手術する足の方を上に、つまり体を横にしてしますから、と説明される。こうしていろいろ近くでお話を伺うと、次第に不安が少なくなるのが分かった。

 手術までにはこのほか股関節のCT撮影、麻酔科の受診、術前の股関節稼働域の検査などありました。

『左足手術後の様々な症状と処置』

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