はじめに
仕事をしながら、ニュースを見ながら、何かしら心に触ってくるものがある。これは何か深い意味がありそうだ」などと思ったり、「ちょっと詳しく調べてみたい」などと考えたりするような何かのことだ。だけど、結局忙しさにかまけてそのままほっぽらかしになってしまうことがほとんどだ。情けないことに、そんなことがらについて誰かと喋るとき、ついテレビやら雑誌やらで見かけた意見をオウムみたいにそのまま話している自分を発見したりする。
まずいよ、それは。毎日暮らしているリアリティが誰にでも、ある。それを基盤にして人はモノを考え、その人にとってしか見えない世界の姿を捉えていかなければならないんじゃないだろうか。そうでなければ、僕もあなたも違いがなくなってしまうじゃないか。
というわけで、僕が日常出会うことがらを題材に、ふと考えたことや感じたことをここでは書きつづっていきたい。もちろん豊富な資料を駆使したり入念なリサーチをしたりなんてことは一切していない。身の回りの経験や知識を使って身の回りのことを考える。そこには自分なりの、 世界に対する解釈が出てくるだろうし生き方みたいなものも反映されてくるだろう。これはそんな試みなのだ。当然、あんまり大きな声では言えないアヤシゲな見解も登場する。だから、タイトルは「つぶやき試論」。 コンセプトは「たとえ間違っていても、僕にとってリアリティがあればOK!」ということ。読んでくれたあなたも何かのリアリティを感じてくれれば、うれしいです。でも、あまり本気にしないでくださいね。
九四年、ペットボトルの夏。
それに最初に気づいたのは七月の半ばごろだった。マンションを出ると、目の前の電柱の根元を囲うように数本の輝く物体が置かれていた。透明アクリルのような質感のそれは、一種SF的な何かに思えた。こわごわ近づいてみると上部にはスクリュー式の蓋がある。それでその物体の正体がペットボトルであることがやっとわかった。しかしそれがただのゴミとしてそこに置かれたのでないことは一目で理解できた。わざわざラベルが剥がしてある上に、中は透明な液体で満たされていたからだ。夏の日差しを受けて、ぎらぎら光るペットボトル。これは一体何なんだ!想像力を刺激するにあまりある物だった。
もうお分かりのように、イヌネコよけペットボトルである。九四年、あの夏日本中に蔓延した奇怪きわまるブームであった。いくつかの雑誌や新聞で話題にもなり、僕は必ず目を通した。しかしその当時の報道を整理すると、どの記事も
●これはネコ(あるいはイヌ)よけのためのものである。
●ネコはキラキラ光る物が嫌いであるという性質を利用したものである。
●この方法は荒川区(あるいは尾道)で発生した。
●ラジオ(あるいは六月初頭の朝日新聞)で紹介されたことをきっかけに爆発的に広まった。
●科学的根拠は薄弱(獣医のコメント付き)。
という五つの内容に尽きていた。夏の間、猛暑の住宅街で数限りなく怪しい光を放っていたペットボトルは夏の終わりとともに十月頃にはすっかり姿を消した。効き目がなかったのだろうか。ボトルの姿は消えたが、僕の疑問はそのまま残った・あれは一体何だったんだ!
ペットボトルをめぐる
僕的謎その一
:イヌネコはいつから人間の敵 になっていたのか?
「イヌネコよけ」と当然のように言われていたペットボトル。だけど、そんなにイヌネコは嫌われていたのか?だが、イヌもネコも相変わらず大人気だしペットブームも続いている。どうやら糞や小便が迷惑だ、ということのようだ。でも、「イヌネコは好きだけど、その排泄物だけ嫌い」なんて勝手な話が一体あるんだろうか。ペットボトルは住宅街中を埋め尽くしたが、なぜあんなに情熱を込めてイヌネコを(あるいはその排泄物を)排除しようとしなければならなかったのか。
試論その一
:清潔ブームとコミュニティの
崩壊
●清潔ブームと臭いの排除九〇年、「朝シャン」ブームが起きた。以降、口臭・体臭防止剤や抗菌グッズの人気な ど、いわゆる「清潔ブーム」へと続いていく。この年、九四年は抗菌ペンなどを始めとする抗菌グッズが登場した年でもあった。どうもこのころから日本人はバイ菌や臭いを過度に嫌うようになったらしい。イヌネコの排泄物を排除しようという強迫観念はここから来ているのではないか。翌九五年には、ついに人間のウンコの臭いを消す錠剤までが発売された。次いで排泄物 消臭剤入りのペットフードも登場。イヌネコの排泄物の臭いばかりか、自分のウンコの臭いまでも忌避するようになっていく日本人であった。
●バブル後住宅地でのペット排泄物の「公害化」「ペット公害」という言葉が出てきたのも、この頃。手元のイミダスで調べてみると、面白いことが解った。公害紛争処理白書によれば、この年各自治体に寄せられた苦情件数は七万六千強。そのうちなんと約二万件がペット関係の苦情だったという。しかも前年比八%増。七大公害に対する苦情の数は前年より減っているのに、である。ちなみにこの翌年のペット関係の苦情は倍加している。しかし、ヘンな話ではある。ペットは個人の持ち物。自分の所にウンコをされたら、その飼い主に文句をつけるのがスジではないか。こんな物、「公害」ではなく「私害」じゃないの。何で役所に訴えるのだろう。そんなツッコミを入れたくなるが、とにかくペットの排泄物を「公害」として認識する人が増えたことは確かなようだ。
ところで九六年十月、水戸市や春日井市で奇妙な条例が発令された。その名も「糞害防止条例」。Aの家にBのイヌネコが糞をしたとする。するとAは市に通報する。通報を受けた市は係員をB方に派遣・調査をする。調査を拒むと強制捜査が発動される。調査を受け、事実関係が判明すると改善命令が出され、これに従わないと罰金が課される。同様の条例を作った自治体は十件ほどあるらしい。
この方式は、マンションやアパートにおける苦情処理を思い起こさせる。例えば住人Aが深夜に騒ぐとする。眠りを妨げられた隣人Bは大家や管理会社に苦情を持ち込む。大家ないし管理会社はAに注意する。少なくとも近隣のつきあいのない都市部では、苦情はこうして処理される。そう、どうやら自治体はアパートにおける大家の役を振り当てられてしまったようなのだ。
新しく人口が流入したり、流動が激しい地域では(アパートのように)隣人同志の直接コミュニケーションがない。コミュニティーが成立しないか、あるいはすでに崩壊してしまっているのだ。バブル期の八六年から九〇年までは空前の住宅ブームであった。郊外の多くの住宅地はその時期にやってきた外来者が多いだろう。そんな地域の住民間の問題処理にあたっては自治体が大家ないし管理会社役を期待されるというわけだ。バブル後の九四年に至ってペット問題が「公害化」せざるをえなかった要因はそこにあるのではないか。
ペットボトルはそんな状況の中で置かれた。効果がないと言われながらもペットボトルが住宅街のそこかしこに置かれた理由も納得できる。ペットが近寄らないようにするというよりは、飼い主に対する無言の抗議としてではなかったか。面と向かった抗議の代償行為として人々はボトルを置きまく ったのだった。
ペットボトルをめぐる
僕的謎その二
:なぜ、「ブーム」だったのか?
ペットボトルブームが終息した後の住宅街に、ペットボトルに替わる「イヌネコよけ」はついに現れなかった。そんなにイヌネコに迷惑していたのなら、ダメとわかった時点で別な手段をとってもよいはずだ。ダイエットマニアの女だって、リンゴダイエットがだめならパイナップルとかやっているじゃないか。するとあれは単に「流行ったから自分もやってみた」だけだったんだろうか。そうだとしたら、なぜ流行ったんだろうか。
ペットボトルは、廃物利用への情熱を奇妙にそそるモノらしい。イヌネコよけの後には、「風車」があった。ペットボトルの胴体を切って羽根を作り、金属の棒を通して地面に差す。光る羽根は烏を防ぎ、回転の振動は地面に伝わってもぐら避けになるという。その後登場したのはロケット。ペットボトルはおもちゃ分野に進出した。現在風車は結構郊外の風景の定番として定着しつつあるしロケットも一部でかなり流行っていると聞く。イヌネコよけペットボトルだけがブームとして一気にピークに昇りつめ、そして瞬時に消えたのだ。
試論その二
:高度消費社会における「物と の付き合い方」の変貌
●捨てることをめぐるダブルバインド〜廃物利用への奇妙な愛情吉本隆明は、日本の高度消費社会への転換のメルクマールとして「ペットボトル入りの水の登場」を挙げている。それまで日本人にとってタダ同然だった水が、健康や美容、安全を付加価値として商品として流通する。これがモノが行き渡った後の消費のあり方を表している。「単に必要だから買う」のではなく「付加価値を買う」社会が現在の消費社会なのだという。
もちろんこれ以前にも「付加価値」というものは、あった。ここで例に挙げたいのは豪華な過剰包装である。ウイスキーの豪華な木箱やビン、菓子の箱や金属の缶、綺麗な包装紙、ひもなどのことだ。ただの菓子や酒を偉そうに見せるため、付加価値をつけるための高価な装置である。
我々はこういった過剰なモノに、いままでどう対処してきたろうか。捨てずにため込んできたのである。普段使い道がない高価な、しかし意味のない不要なモノ。この手の「過剰」に対して、伝統的な感性を持つ我々は常にアンビギュアスな態度をとってきたのだ。捨てるのは後ろめたい、だから要らないけどとっておく。しかも、いつか「使い道」があるだろうからという言い訳をつけて。
かつて我々の社会は「リサイクル社会」であった。醤油や酒のビンなど容器類は使い回しをしたし、和服など被服類は服から、布団へ、また布巾をへておむつにと最後まで姿を変えて使い込んだ。高度成長期以降我々を取り巻く環境は「使い捨て文化」へと変貌したが、伝統的な心性はこれに納得できない部分を残しているのだ。
ちょっと前まで僕だって鍋を持って豆腐や掻き氷を買いに行ったし、靴や鞄も修理して使っていたのだから、容器を捨てるなんて絶対に後ろめたいのだ。かつての「捨てるな」というモノとの付き合い方は、「捨てろ、そして新しいモノを買え」という消費社会下のモノとの付き合い方へと変わっていっても、まだ僕らの心の底に残っている。「捨てろ」と「捨てるな」。この二つの矛盾した命題に引き裂かれたダブルバインド状況にあるのが現在の我々なのだ。
この混乱を解決しようとしてでっち上げられたのが「廃物利用」(=使い道)というコンセプトである。モノを捨てたくない僕らは「使い道ができるまで」という留保を付けて捨てることを回避・遅延させ、そして「使い道」「廃物利用」という名目で「捨てる」という行動を隠蔽するわけだ。「廃物利用」をすればモノは捨てていないことになる。
煙草の箱でつくった人形、牛乳パックでつくったおもちゃや和紙などの、中途半端な奇妙な品々。この中途半端さ・むりやりさが、いわゆる「廃物利用」の本質だ。先に挙げた「リサイクル」を戯画化したような、むりやりでっちあげたような利用法。リサイクルの真似をしながら、リサイクルではありえない。「リサイクル」は実際に役に立つが、廃物利用は役に立たないモノをむりやりでっちあげるのだ。 「廃物利用」はリサイクルと異なり、限りなく「捨てること」に近いのだ。
こうした役に立たない品物を作ることに対する奇怪な情熱は、「捨てること」に直面することに対する狂おしい抵抗の姿である。あるいは、「捨ててるけど捨てていない」という不可能な状態を作ろうとする、自己欺瞞への情熱だ。この異常心理が次から次へと不可解な「廃物利用」グッズを作り出す。本当は捨てたいのに、もっともらしい理屈を捏造しなければ捨てられないのだ。
ここでようやくイヌネコよけペットボトルのブームの秘密に触れることができる。みんなペットボトルを納得のいく「使い道」で捨てたかっただけのだ。「ペット公害を避ける」という、もっともらしい「使い道」=捨て方が提示され、そのまま捨ててしまうことに抵抗感を持っていた人々が、我も我もと乗ったのである。そうして、捨てることに対する葛藤を、「廃物利用」という自己欺瞞を用いて解除したのだ。気持ちよくモノを捨てることはなんと不可能なことなのだろうか。
一九九七年、夏。
三年前のペットボトルブーム。あの事件の背景を追ってきた。ペットボトルを通していろんな角度から見えたのは、現代日本人の異様にゆがんだ姿 だった。伝統的なモノとの付き合い方がスポイルされたり、身体観まで人工的に作り替えられたり(臭いのない人体)、まともなコミュニケーションも成立しない地域社会が成立したり・・・。高度消費社会が強いる、こんな条件が人々の行動をいびつにしているようにみえる。しかし、後戻りはできない。この条件を前提にしてしか未来はないのだ。だが、ここまでヘンになってしまった僕たちにどんな未来がありえるんだろうか。
書き終えてミネラルウオーターを飲む。ふと思い立ってイヌネコよけペットボトルの様にラベルをはがしてみる。三年前と同じくSF的にきらきら光るペットボトル。でも、初めて発見したときみたいにワクワクした気持ちには、もうなれない。
九七年、夏。ペットボトルは未来からやってきた墓標のように僕の机の上に、ある。