悪夢の辞典 〜現代用語のクソ知識〜

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その2
振られるふられる

言い寄った異性にはねつけられる。ひじ鉄砲をくう。(広辞苑)

[解説]
 三島で27歳の男が交際を断った女子高生を刃物で刺し殺した。桶川の女子大生殺人事件も、振られた風俗店主が殺し屋を差し向けて殺したものだった。最近この手の「振られ男」による女性殺害事件が目立っている。

 ところで最近「振られる」「振る」といった言葉を目にしなくなった。もっとも筆者自身がそんな言葉を使う年齢を疾うに過ぎていることもあろう。しかし街中で耳にする会話や雑誌でも、「NGだった」とか、「別れた」とか「交際を断られた」とかばかりで「振られる」という言葉が使われる例は少ないように思う。まれに使われるケースもあるが、「何かにに誘ったが断られた」「すっぽかされた」というような軽い意味合いに転用されている場合が多く、本来の辞書的な意味で用いられてはいない。

 歌謡曲では、かつては「振られる」シチュエーションは定番だった。ところがこの世界でも最近は振られ状態を歌ったものはなくなっている。私見ではどちらも「振られる」という言葉を歌詞中に持つ、82年あみん「待つわ」とやはり同年のマッチ「ふられてBANZAI」を最後に、振られた状態を生々しく歌う唄は消えている。その後は松任谷由実小田和正に代表されるような、「別れを回想する」タイプの歌詞にとって替わられるのだ。最近ではウルフルズ「ガッツだぜ!」に「振られても」という歌詞があり、珍しく感じたものだが、この曲は後でも触れる「応援ソング」の系譜に属するものであり、振られ状態を歌ったものではなかった。どうやら82年以降、「振られる」はほとんど死語化してしまったようなのだ。

 昔は「交際する」あるいは「交際を申し込む」ことと「振られる」可能性ということは密接に関連していた。

 言い寄る時には、「振られる」可能性というリスクを充分に意識したうえで、その危険を承知で臨んだものである。「振られる」時の覚悟というものはあらかじめあったのだ。もともと恋愛に拘らず人間関係は相手あって成り立つもの。望み通りにいけばラッキー、だめでも運命と思って諦めるしかないものだろう。そんなことは小中学生でさえ認識していたとおもう。「振られる」という言葉の存在は、そうした人間関係のままならさや、自分の思いの挫折の可能性を子供にさえ認識させる意味があった。だから、「振られる」ことが語られない時代とは、「挫折を認められない時代」なのだ。

 それでは「振られる」が死語化したこの18年とは何だったのか。その経緯は、岡村孝子の動向が象徴している。「振られ」が正面から主題化された最後の唄の1つである「振られてBANZAI」は、<嫌われておまえの涙/まずいぜホント/俺を振るなんて>と「振られ」を否認したい心情を一時は見せながらも最後には<燃え尽きた恋に悔いはない>と「断念」に至る「振られ=断念」という正統的な「振られ唄」であったのに対して、もう一方のあみん「待つわ」には、振られた気持ちを唄いながら<いつまでも待つわ/いつかあなたが振られる日まで>と、「断念」を拒否し相手への執着を捨てない、というストーカー的心理の萌芽がすでに見られ、そのことが「振られ唄」の定型を破る過剰さとなってこの詞を特徴づけていた。そしてあみん解散後岡村は「あなたの夢を諦めないで」と唄って多くの共感を得ることになるが、ここで「待つわ」での「断念」を認めないストーカー的過剰さは「挫折を認めない」「欲望の全肯定」として明確な形を取ることになる。

 「断念の拒否」がストーカー的回路を経て「挫折の否認」「欲望全肯定」へと至る岡村の道筋は直ちにZARDそのほかの欲望全肯定「応援ソング」へ引き継がれ、歌謡曲の大きな1ジャンルを形成することになる。この種の唄は渡辺美里らを経て、バブル最盛期に全盛を迎える。91年「愛は勝つ」(KAN)同年の「どんな時も」(槙原敬之)92年「それが大事」(大事マンブラザース)などだ。これらが欲望全肯定&ストーカー礼賛ソングであったことは今の目から見ればあまりに明らかだ。これらの唄が巷で共感を呼んでいたちょうどそのころ宮崎勤が幼女を次々に殺し、また新潟では9歳の幼女が監禁状態にされ、三島の現在27歳の振られ男が初めて振った女にナイフをふるったのは偶然ではない。<傷ついてもいい愛したい(ZARD)あるいは<愛は勝つ>という詞には、「愛」が相手との共同性であるという視点が完全に抜け落ち、自分の勝手な欲望を愛と名付け肯定する異常心理が明確にみいだせる。宮崎らはこの心理をそのまま行動化したわけなのだ。バブル後ストーカー事件が顕在化するが、98年の「ガッツだぜ」に至ると、その歌詞)は、何回も家に押しかけたり電話を懸けたり花を贈ったりして最後には相手を殺害した静岡の振られ男の行動をそのまま唄にしたようなものであり、純度100%のストーカー礼賛ソングとなっている。

 「<振られ唄の消滅>から<挫折の否認><欲望の全肯定>を経て<ストーカー礼賛ソング>へ」というのが82年以降からの唄の大きな潮流であった。言い換えれば、ストーカー心理は「断念・挫折の否認」「欲望の全肯定」をうたう唄によって、実はすでに多くの人々によって支持され肯定され、内面化されていたのである。このことの背景には、バブルを頂点として急激な消費拡大が行われた80年代における意識の変化がある。この時代、身分や収入や年齢などに拘らず「誰でも何でも好きなものを買ってよい」という「消費の前の平等」の旗印のもと、「消費により個性が顕現する」という幻想が生まれ、雑誌等メディアによる巧妙な欲望開発を受けて人は消費競争に走っていった。「欲望の全肯定」「挫折の否認」はこの時代の肥大した経済を動かすために行われた欲望開発の産物なのだ。槙原敬之の「どんな時も」の中の<僕が僕であるために/好きなものは好きという気持ちを抱きしめたい>という詞は、この時代には好きなもの=欲しいものを追及することに最優先的な価値があり、それを断念することは、「アイデンティティの喪失」として受け取られていたという事実を雄弁に物語っている。自分イコール欲望であり欲望を肯定することは自分を肯定し、消費資本主義社会を肯定することであったのだ。そして「断念」することは消費社会の中での自己実現を否定する「死の宣告」であった。バブルの最中に「欲望全肯定ソング」が流行したのにはこうした事情があった。同時期の「性格改造セミナー」で行われていたことや「ポジティブシンキングブーム」も「自分の肯定」を中心としていた。「挫折の否認」「欲望の全肯定」はこの時代のエートスとなっていたのである。

 ところがバブル経済が破綻するとこのようなエートスは矛盾にさらされる。経済膨張時には男性はモノを介した女性との関係を追及し、女性はモノの消費に加え、雇用拡大のためキャリア関係に自己実現を求めていた。

 しかし経済条件が変化すると、カネはなく物が買えないので女とつきあえなくなるし、女性のキャリアウーマン幻想や横文字職業幻想など吹っ飛んでしまったのであった。それにも拘らずこの時代に作られた「欲望全肯定」「挫折の否認」というエートスは消えることなく心の中に住み着いており、人に相変わらずバブル時のような振る舞いをしいる。そしてそれは現在では不適応行動として現象してしまう。男性のばあいの「ストーカー」、女性の場合の「自分探し」がそれなのだ。どちらもバブルの後遺症なのである。

 このような「欲望全肯定」のバブル時代の影響を若年にして受けてしまった人達が「断念」を知らないストーカー殺人者となった。ストーカーが顕在化したのは繰り返すがバブル崩壊直後からである。80年代には「努力すれば受け入れられる(買える)」「受け入れられない(買えない)ということは(消費のもとの平等の原則からいって)あってはならない」というのが原則であった。そんな消費世界を生きてきた彼等には、その信念を否定するものは許しがたいのである。彼等を「振る」ことは、彼等の信条を否定することになる。彼等が振られた相手を殺すのは、自分の欲望が否定されることを回避するためなのだ。「断念」や「挫折」を相手を殺すことによって回避するのである。これが現代的なストーカー殺人のメカニズムなのだ。

 「振られる」という言葉の死語化は、あの時代に相手のことなど斟酌できなくなるほど肥大してしまった自我が登場することによって始まった。要するに「振られる」という言葉を殺したのは我々だった。

 メディアでは「ストーカー殺人の動機がわからない」と口をそろえていっているが、バブルの時「応援ソング」を口ずさみながら消費にいそしんできた我々には、その動機は本当はほとんどわかっているはずなのだ。

追記:本稿中では触れる余裕がなかったが、ユーミンの唄も80年代の消費社会での実存的経験にある決定的な影響を与えている。このことについては別の機会に論じてみたい。また現在、自我肥大で身動きの取れない若者のための音楽があらたに発生している。ドラゴンアッシュ、椎名林檎、グレープバインなどである。唄ではないが326(ミツル)もこの群に含まれると考えている。このあたりの事情も別の折りに論じるつもりである。

bbs
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