その28
「出会い」であい
1.であうこと。めぐりあうこと。2.知り合い。交際。3.男女の密会。
(広辞苑)

[解説]
「出会い」に皆が熱くなっている。
「出会い系」サイトは花盛りだし、合コンやパーティもいまだに隆盛らしい。
「運命の出会いは存在する!」「運命の男と出会う!」「いつかきっと現われる素敵
な出会いをキャッチしたい!」「犬猫みたいに出会いたい!」「出会い上手な女にな
りたい!」「あなたの運命の出会いを予測!」
「出会いをつかむ人、逃す人」「出会いのヒント」「出会い〜体から始まる恋もある」。
エクスクラメーションマークだらけのこれらの文はみな、最近の雑誌の特集記事の見
出しだ。まるで日本人はみな、「出会い」に向けて欲情しまくっているようである。
その反作用の部分が最近続発する「出会い系」がらみの犯罪なのだろうか。
「出会い系」がらみの記事で、こんな声を見つけた。「同じ人と2回会うより、違う人3人と2回ずつ会った方が得」
「出会った人が多いだけ、人生が豊かになる」
なるほど、と思った。最近の「出会い」とは、特定の相手との長期の人間関係の進展とは関係ないらしい。
そういえば、若い奴等の惚れた腫れた話を聞くと、たったの3日間デートしたりセックスしたりすることが「つきあう」ことのようだし、
そんな仕方で3日間「つきあ」った後会わなくなると「別れた」なんて言っている。
これでは次々に「出会い」がなければやっていけないわけだ。
我々の男女関係は、この30年程の間にまず「結婚」から「恋愛」を分離し、次には「恋愛」と「セックス」を分離させてきたが、
最近はどうやら「関係」から「出会い」を分離させたようなのだ。
先程あげた記事のタイトルはどれも、切迫したような「出会い」への飢えを感じさせる。
それは殆ど「さもしさ」さえ感じさせる程だ。
「『出会い』はすばらしい」「『出会い』が人生を変えた」「自分の可能性を広げる『出会い』」などなど、「出会い」の効用が説かれることも多い。
確かに「出会い」は恋愛や仕事、ものの考え方などなど、人生に甚大な影響を与えることもある。
だが、ここまで皆が「出会い」に飢えているように見えるようになったのはなぜなのだろうか。
我々の男女関係の歴史をちょっと振り返ってみよう。
1.「合コン」から「ねるとん」まで〜70年代後半〜80年代中盤
「男女の出会い」を目的とするツールは何も「出会い系」サイトが初めてではない。
大規模に「出会い」が求められた初めての現象は、70年代後半の「合コン」ブームだった。
70年初めまでの学生運動が既に退潮したキャンパスでは、ポパイやオリーブなどの雑誌を受けて、
ファッションや遊びなどの消費文化が浸透し始めていた。雑誌「ぴあ」の登場がこの時代をよく物語っている。
「大学生は遊ぶ」という常識は、ここから始まっている。
このころは、受験熱が盛んになり、大学からホワイトカラー社会人へ、というルートが常識化しつつある時期でもあった。
大学生の数は激増し、大学自体も大型化・郊外化を進行させ「大学の大衆化」が進んでいた。
特に女子大生・短大生が増加したのもこの時期の特徴だ。
このころの大学生は地方出身者が大半を占めており、サークルを中心に友人を求めることが
多かったが、このような中で「異性を求める」ために盛んに行われたのが「合コン」だったのだ。
このことは、この時代の学生の消費文化が「カップル消費」を前提にしていたことに起因する。
ユーミンの歌や、雑誌で紹介される消費生活を実現するためには相手が必要だったのだ。
このころ雑誌「ホットドッグプレス」「ポパイ」などが毎号のように「デートマニュアル」を特集して
話題になったのは、このような事態を受けたものである。
「カップル消費のための相手作り」というのが日本ではじめて求められるようになったのだ。
現在の若者の消費も「カップル消費」が多くの比重を占めるが、80年代、この傾向はさらに加速していた。
雑誌では「居酒屋」「カフェバー」「ディズニーランド」「フレンチレストラン」「シティホテル」
「DC/キャラクターブランド」などの新しい消費アイテムが続々紹介され、70年代若者消費文化の洗礼を受けたもの達は、
こうした傾向に追随していく。後発世代も同様であった。
70年代の合コンは、カップリングという目的をあからさまにはしていなかったが、80年代の「ねるとん」は、
もう赤裸々に「それ自体が目的」とされており、カップリングへの欲望がさらに切実になっていたことをうかがわせる。
「相手」を猛烈に求めないことには、現在の「ナウ」な消費文化についていけず、
「ネクラ」などという最悪の評価を受けてしまうのだ。
(ちなみに、このような消費競争から降りてしまったのが、「オタク」である。)
そんなわけで70年代に大学生であった社会人たちは、学校を卒業しても、「社会人合コン」を続行した。
バブルに向かう好況期には、六本木や新宿などで毎夜のように多数の合コンが開かれ、
カップリングが行われた。彼らはそんな風に出来たカップルでスキーに行き、
サーフィンをし、ディズニーランドで遊び、クリスマスにはフランス料理のディナーの後、ホテルでセックスに励んだのであった。
2.「ワンランク上の恋愛」の時代〜バブル期
バブル期には上記の傾向にさらにターボがかかった。
ティファニーのリングがクリスマスプレゼントの定番になるなどの高級化が起こり、消費のレベルがさらに上昇した。
女性の総合職が大量採用されたのもこの時期で、雑誌等では彼女らを「キャリアウーマン」
と持ち上げ、そのステイタスにふさわしいファッションやライフスタイルが奨励され、
マンションを買うことなどが新しい消費スタイルとなった。
女性雑誌では「恋も仕事も」が合言葉になり、新たなカップル消費が求められていた。
この時期、すでに「恋愛」とセックスは分離していた。
女性が複数の男と付き合うことなど常識化していたし、
そのことが女性にとっては自分の「商品価値」の指標とみなされるようになっていた。
「アッシー」「メッシー」「ミツグ」「本命」などと女性が男性を使い分けていたことは、まだ記憶に新しいかもしれない。
ここで重要なことは、消費文化に追随するために始まった「男女交際市場」の中で、
女性も男性も、自分自身を「商品」のようなものとしてみなすようになった、ということだ。
合コン世界では女性は「スッチー」がブランドとなり、女性にとって男性の「商社マン」
「銀行マン」などと付き合うことがステイタスになったりした。
交際相手選びは「ブランド商品選び」と変わらなくなったのだ。
この時期の消費は持ち物のランクで相手のランクを評価する、というシステムで起動していたが、
その消費原理が男女交際にも持ち込まれたのである。
「三高」という言葉がこのころの意識のありかたを物語っている。
「ワンランク上の恋愛をする!」なんて記事が女性誌をにぎわせていたことからも
わかるとおり、誰もが当然のように、現在付き合っている相手がいても、ランクの高い方にいつでも乗り換えるべく、
いつでもよりよい相手をゲットすべく皆虎視眈々と合コンに向かうのがこの時期だった。
ここで「関係(交際)」は長く続くもの、という意識は消滅し、
「商品のように取替え可能なもの」「暫時的なもの」へと変化を遂げた。
83年のドラマ「金曜日の妻たちへ」は、恐らく初めて「結婚後のカップリング」をとりあげてこの事態を先取りしていたが、
86年にスタートした大人気ドラマ「男女7人」シリーズなどの「トレンディドラマ」の
ほぼすべてが「三角関係」を偏執的に主題化していたことは、この時期の「男女関係」の決定的な変質を物語っている。
「出会い」が恒常的に求められる、という状況はかくして発生した。
現在の「出会いブーム」の起源は、直接的にはここに求められる。
80年代を通じて男女関係の「消費」化のイデオローグであったユーミンは
男女関係が異様な姿に変化したバブル真っ只中の88年に、突然「これからは純愛」などと言い出す。
80年代的な男女関係のありかたの婉曲な反省にも思えるこの言葉だが、
80年代を経過して意識の変容を遂げてしまった我々の「男女関係の見直し」は、
いくらユーミンのCDが売れようとも行われなかった。一旦変わってしまった生活意識は、もう元へは戻らないのだ。
「人間関係」が「人間消費」へと変質したことがこの時代の特徴だが、同時期に流行した
「異業種交流会」もこのような「関係の功利性」を勢いづけた。
「異業種交流会」とは、好況によって大量採用が行われたことにより企業が異業種に進出したことに
端を発している。こうした部門に配属された若手サラリーマンが、商売ネタを探すために集会を行っ
たのだ。こうした人たちにこのころ流行したネットワークビジネス系の人や、
バブル乗り遅れ系業界のサラリーマン達が合流していったのである。
このような世界では「出会いのすばらしさ」が強調され、それは交流会系の人々のイデオロギー
のようになっていたが、それはもちろん、「商売になる限り」の話である。
3.不倫と援助交際とストーカーの時代〜バブル後から95年頃まで
「消費」を機軸に「男女関係」のありかたを変化させてきた我々に、バブル崩壊は転機をもたらした。
「消費」というはしごがはずされ、男女関係のありかたが、宙に浮いてしまったのだ。
このことは消費に捉われない新しい男女関係の出発点になりえたはずなのだが、事態はそうは動かなかった。
我々の「男女交際」は70年代からバブル期までの10年余りの間に、
「暫時的」「功利的」なものになり、また結婚と恋愛とセックスは完全分離を果たしていた。
そのうえ、我々はいつでも、次の「出会い」を求めずにはいられない体になっている。
バブル後の「男女関係」もこのことを当然の前提として推移することになったのだ。
その結果、バブル後の我々の男女関係には、様々な歪みが目に見える形で登場することとなった。
その最初の現象は、「離婚」であった。
有名会社や一流会社に勤めていた夫が、倒産やリストラによる転籍・失職などを理由として
離婚されたのである。妻としては夫の勤務先のブランド目当てに結婚したのだから、
勤務先に価値がなくなれば、夫の価値もなくなるのだ。バブル期の男女関係の、
ある意味では当然の帰結であった。バブルが終わっても、80年代的な意識は変わらなかったのだ。
88年にユーミンが提案したような「男女関係の見直し」がこの時こそ求められるべきだったのだが、
それも結局「不倫」という形に落ち着くしかなかった。
バブル期同様「別の相手を見つければOK」という、「消費」の文脈でしが我々は対応できないのだ。
リストラ期に始まった「不倫ブーム」とは、そんな意味合いを持っている。
さらに、80年代に男女関係から「関係性」が剥落したことは、
「ストーカー」の大量発生に帰結した。ユーミンが提唱する「純愛」も、
既に相手との具体的な交流・関係の中で発生するものでなく、
「自分の思い込み」の世界だけで生成するものになっていたのだ。
95年ころの「援助交際」も同様に80年代男女関係の帰結である。
バブル時代の「アッシー」「メッシー」「ミツグ」「本命」などと言う女性の
交際パターンは、既に事実上の援助交際だったのである。
「援助交際」とは、80年代の「消費」と「男女関係」のパターンが、世代と形を変えて再演されたにすぎないのだ。
4.「出会いブーム」の時代〜95年から現在までの男女関係
冒頭に挙げた雑誌記事のような「出会い」特集が出現するのは95年以降である。
これは、「消費の冷え」が本格化しつつあった時期と重なっている。
80年代を通じて我々の「男女関係」と「消費」は分かちがたく結びつき、
男女関係は消費の論理に支配されるようになっていた。
モノを消費するように、男女関係も消費されるようになっていた。
だから、95年以降の「出会い熱」はおそらく「消費の冷え」と関連している。
本来はモノに向かう「消費欲」が、不況で行き場を失い、それが「男女関係」に向かって流れ込んだのだ。
「時間消費」という観点からも同様なことがいえるだろう。我々の「暇」つぶしは、
サービスや品物を購入するという形で、長い期間金であがなうようになっており、
「消費」によらずに時間を使う方法をもう我々は失っている。
そこで「暇」を持て余したバブル後の人々は、「サービスや品物」の代わりに、
「男女関係」を消費するのだ。「相手」がいなければ、「消費」ができない、
「カップル消費」に馴致した我々の体は、「消費」が無くなっても
自動的に「相手」を求めてしまうようになってしまっている、ということでもある。
「松屋」の290円の牛丼やらマクドナルドのテイクアウトやらを公園で食べながら、次の日曜日の暇つぶしのための
相手の女を(男を)ゲットするために、ケータイから「出会い系サイト」にアクセスする。
それが、今の「出会い」の実態だ。
「沢山出会ったほうが得」というような感覚も、消費の場面での感覚と変わらない。
「沢山の候補の中から相手を選ぶ」という、「出会い系」の一番のメリットも、
「商品選び」の選択方法そのままであることを強調したい。
要するに80年代からバブル時代を経て、我々の中では、
現在「モノ」と「人」との区別がつかなくなってしまっている、ということなのだ。
「出会い」を求める我々だが、「出会った」あとは、何をしていいかわからない。
カップルが喫茶店で、それぞれが別々の雑誌を見ていて、会話もない。
「出合い系」デートで、「とりあえず、セックスしてみる」と言う者が男女とも多いのも、
「性欲」として解釈するより、「他にやることがないから」と考えたほうが
納得がいく。そしてセックスをしても、それは二人で別の雑誌を見ているのと変わらず、
相手を「モノ」として利用してそれぞれがオナニーをしているようなものである。
我々には、もう「関係」を発見し、維持するための方法論も無くなっているのだ。
「関係」と「出会い」も、もう、別のものに分かたれてしまった。
「関係性」ではなく、「モノ」として人をみること。
男も女も一時的な消費物として異性を見ること。
それが80年代からバブル期を通過した我々の意識のありようだ。
そしてこのことが現在の「出会い」ブームの背景なのである。
「人」を「モノ」としか見ない時代にあって、その最先端の現象である「出会い系」サイトが、
金がらみの犯罪や強姦などの温床になっているのは、
いわば当たり前のことなのだ。
誰もが「消費者」となることを強いられる時代に、たとえ裁判官や教師だってそのことを免れたわけではない。
彼らも時代精神に忠実だっただけの話である。誰が彼らを非難できるだろうか。