| はしがき 本書は題名のとおり、「わかる」仏教史ということで、従来になく短い分量のなかで、仏教の流れをくっきりと浮き彫りにすることを目標としています。そのため、本書執筆にさいしてもっとも留意した点は、問題を整理し、端正な単純化を施しつつ、いかに押さえるべきことがらをすっきりと押さえるかということでした。わかりのよい文章を書くことの成否は、ひとえに、どれだけ書かないでいられるかという、決断力、胆力にかかっていると、昔、尊敬するあるアメリカの学者に教わったことがあります。本書を執筆しているときにつねに脳裏にあったのはその教えでした。 本書の読者はおそらくほとんどが日本人ですので、本書は、日本仏教の源流を明らかにするために、インド仏教史、中国仏教史、日本仏教史と並べました。また、今日の日本人にとってもなにかと関わりのある南方上座部仏教とチベット仏教の歴史についても、ごく簡潔ながらそれぞれチャプターを設けました。 いちばん分量が多いのはインド仏教史の部分で、全体の六割を占めます。こうなったのは、仏教とはどのようなものであったのかを知るためにもっとも重要なのは、誕生の地で仏教がどのような展開を見せたのかをよく知ることだと確信するからです。 まずはインド仏教をよく理解していただき、それとの対比の上でわたくしたちの足下にある日本仏教を捉えることによってこそ、日本仏教の特質、歴史的意義がほんとうに深く理解できると考えるからです。 長い時間をかけてインドで作成された仏典は、時系列、つまりインド的文脈を無視したかたちで中国に入ってきました。日本仏教の側から見ますと、それを中国の偉大な学問僧たちがシャッフルし、中国的文脈のなかで整理し終えたものを、日本が頂戴したというかっこうになります。本書では、中国仏教史は、そのような観点からのみ執筆しました。ですから、もちろん、単独の中国仏教史を書けば、まったく異なる書き方になるはずです。 さて、そのインド仏教史ですが、わたくしはそれをできるだけインド思想、インド哲学全体の流れのなかで捉えようと努力しました。多くの仏教学者は、インド仏教をそれらから完全に孤立したかたちで語ろうとしますが、それはおかしいと思うのです。インド仏教も、インド思想、インド哲学の内にあるものだからです。 本書に斬新なところがあるとすれば、最大のものはほかならぬこの点です。この観点からすれば、たとえば、ゴータマ・ブッダ(釈尊)は輪廻思想を否定したと論ずるなど、言語道断、論外中の論外です。 また、わたくしは、インド哲学の研究を志してからこのかた、坐禅やヨーガも実修し、三昧、つまり主客未分で無思考な状態を数多く体験してきました。本書で、少しくどいほど、三昧は智慧を得る手段ではありえないといっているのは、文献上の事実、理屈もさることながら、みずからの実体験をも踏まえてのことです。 最後に、執筆者であるわたくしの手の内、つまりわたくしの仏教にたいするスタンスを明かしておきましょう。わたくしは、宗教的には仏教徒ではなく、出世間への強いあこがれをもつアニミストです。 ですから、わたくしは、仏教については、強烈な哲学的関心はもっていますが、宗派的関心はまったくもっておりません。わが国の仏教学者のほとんどは、みずからの宗派の教義とか、わが国の仏教諸宗派が基盤にしている大乗仏教とかの視点から仏教を見ようとしてきました。ですから、従来にない本書の第二の特徴は、まさにこの点にあるといえます。わたくしが仏教を取り扱うさいにすることは、そうしたスタンスから、極力私心のないアカデミックな態度を貫くことだけです。 著者しるす はしがき T 仏教誕生 1 仏教が生まれたころ 輪廻思想の流行 解脱へのあこがれ 出家の出現 さまざまな沙門たち 仏教と似ている六師外道の教え 2 ゴータマ・ブッダの生涯 家系 誕生 憂うつな若い日々 出家となる----大いなる道へ 試行錯誤の六年間の修行 目覚めた人(ブッダ)となる 説法をはじめる----大いなる教えへ おもな弟子たち おもな在家信者たち 完全な涅槃に入る----大いなる死 3 ゴータマ・ブッダの仏教 どうやって覚るか----戒定慧の体系 苦楽を離れた中道という立場 教義の中核----四聖諦説と縁起説 無常と非我 帰依すべき三つの宝----仏法僧 在家が守るべき戒----自発的な努力目標 出家の戒律----罰則つきの厳しい掟 デーヴァダッタが反逆したわけ 慈悲は修行の手段 身分差別を否定する平等主義 U 初期仏教(原始仏教) 初期仏教とは? ゴータマ・ブッダの教えの伝承----第一結集 ゴータマ・ブッダ神格化の道 良くも悪しくも出家至上主義 出家生活の原点----頭陀行 さまざまな瞑想法 V 部派仏教 サンガの分裂で部派仏教時代へ 仏教の広がりとアショーカ王 経典の整備と高度な教学研究(アビダルマ)の発展 ギリシア文化との接触 無我説へのとまどい----正量部の教義 非連続の連続----説一切有部の教義 無常と実在----経量部の教義 過去仏と未来仏の信仰 ゴータマ・ブッダの前生物語----菩薩の活躍 讃仏運動----大乗仏教への助走路 W 大乗仏教 大乗仏教とはなにか? 大乗仏教の起源はなにか? 無数にいる現在仏 スーパースターの観音菩薩 仏像の作成はじまる 1 初期大乗仏教 空を説く般若思想 深遠な教えを説く華厳思想 楽園を説く浄土思想 理想主義の法華思想 2 中期大乗仏教 だれでも仏----如来蔵思想 すべては心のなか----唯心論思想 3 大乗仏教の哲学 ことばを超えて跳べ----中観哲学 心の深層を探れ----唯識哲学 4 密教と後期大乗仏教 後期大乗仏教とはどのようなものか 密教とは 『大日経』と胎蔵曼荼羅 『金剛頂経』と金剛界曼荼羅 その後の密教の展開とインド仏教の消滅 X 上座部仏教(南方仏教) スリランカの仏教 東南アジアの仏教 Y チベット仏教 チベット仏教とは? ツォンカパとダライラマ Z 中国仏教 1 仏教の伝来 シルクロードから中国へ 伝統思想に合わせる----格義仏教 2 南北朝時代の仏教 鳩摩羅什の活躍 整備されていく仏教 国家と仏教の関係はどうだったか 3 隋唐時代の仏教 花開く仏教 玄奘三蔵の大活躍 いろいろな学派、宗派が栄える 4 宋代以降の仏教 宋代の仏教の特徴 禅宗と念仏 その後の中国仏教 [ 日本仏教 1 はじめのころ 仏教伝来 聖徳太子は日本仏教の祖 鎮護国家の仏教 東大寺と大仏の意味 南都六宗 2 平安仏教 平安遷都と仏教 苦労した最澄 世渡り上手の天才、空海 比叡山、繁栄する 山岳仏教さかんとなる 末法思想の流行と浄土教の隆盛 3 鎌倉仏教 時代の流れ 決断の人、法然の浄土宗 悩みぬいた人、親鸞の浄土真宗 すべてを捨てた一遍の時宗 文化人、栄西と臨済宗 厳格の人、道元と曹洞宗 情熱的な日蓮の活躍 旧仏教がんばる 4 室町から安土桃山時代の仏教 浄土真宗ブレイクする 一向一揆しきりに起きる 優雅な五山仏教 5 江戸時代の仏教 その特色 幕府による厳しい統制----葬式仏教はじまる 民衆レベルの仏教 あとがき |