『般若心経とゴータマ・ブッダ----仏教の新しい読み方』のご紹介




宮元啓一『般若心経とゴータマ・ブッダ----仏教の新しい読み方』
春秋社、2004年3月刊行予定


    あとがき


 本書は、『般若心経』の正しい解釈を示すことが最終的な目標であります。しかし、そのためにこそ、一見して迂遠に思えるかもしれませんが、仏教は、ゴータマ・ブッダのいかなる天才的独創性を根拠にして成立したものであるのか、そして、初期大乗仏教が、とくにその修行方法において、いかにゴータマ・ブッダの仏教と断絶したものであるのかを明確に示す必要が絶対にあるとわたくしは考えました。そのため、本書は、見てのとおりの構成になっているわけです。連続性ももちろんあるのですが、最初期の仏教との圧倒的な断絶性がわからなければ、『般若心経』は永遠にその心髄が理解されないでしょう。
 その圧倒的な断絶性のなかで、大乗仏教はインドの大地に凄まじい勢いで湧き起こったのです。ブッダ(仏)への燃えるような憧れのなかで、大乗仏教は、誰でもがその気になりさえすればブッダになれる(自利の完成)、そして、ブッダのように、迷いと苦しみの海に溺れるすべての衆生を救済できるようになる(利他の完成)と宣言しました。
 そうなる道が、新たに考案された菩薩行でした。菩薩行には、波羅蜜による行と誓願による行とがありますが、いずれにしても、立てた誓いのことばを何が何でも守り通し、そうやって守り通されて真実となった誓いのことばの、その真実の力によって、所期の目的を達成しようというものです。
 ゴータマ・ブッダ以来の旧来の仏教では、涅槃への道は出家のみに開かれており、それは、戒定慧の三学に専心することだとされていました。そのためには、ブッダの教えを完璧に頭に叩き込む人並みはずれた記憶力と、多くの厳しい掟をしっかりと守る忍耐力と克己力と、生活のための労働をしないがゆえに得られる、修行のためだけに確保される厖大な時間がなければなりませんでした。これは、一般の民衆には難行に過ぎ、かつじっさいのところ不可能です。しかも、そうして涅槃という目標に到達しても、なれるのは阿羅漢であってブッダではないとされました。ブッダでない阿羅漢は、慈悲心を発揮して民衆救済に奔走することはありません。
 だからこそ、西暦紀元前後に興った大乗仏教は、旧来の仏教を厳しく批判しました。そうして大乗仏教は、旧来の仏教との断絶性をものともせず、誰でもその気になればできる菩薩行という、仏教にとってまったく新しい修行方法を宣揚したのです。
 このような、旧来との断絶性をものともしない熱い思いをもって、大乗仏教は興され、展開されたのです。しかし、大乗仏教徒が菩薩行にすべてを賭ける熱い時代はそう長続きはしませんでした。
 西暦紀元後二世紀半ばから三世紀半ばにかけて活躍し、大乗仏教で最初の学派である中観派を興した龍樹は、大乗仏教を称賛するがために、それがゴータマ・ブッダの仏教に直結していて、いかなる断絶性もないこと、仏教の正統を行くものであることを、学問的に明らかにしようと猛烈に努力しました。この努力は成功を収め、大乗仏教の思想的基盤が確立されました。そして、以来、大乗仏教は、インド思想、哲学界に大きな地歩を占めることになったのです。
 しかし、龍樹をはじめとする大乗仏教の学匠たちは、旧来の仏教との連続性を強調し、断絶性を否定するのにあまりにも熱心でありすぎたため、旧来の仏教との断絶性をものともしなかった大乗仏教運動の熱は、急速に冷めることになりました。そして、菩薩行は、無理矢理、旧来の戒定慧の三学と同一視され、結局、大乗仏教は、主に民衆が担う仏教ではなく、出家中心の仏教へと再び回帰していったのです。
 これまでの仏教学は、この皮肉なプロセスを明らかにしてきませんでした。ですから、浅学菲才の身でいうのも気が引けるのですが、このプロセスを丹念に追うことは、これからの仏教学の大きな課題のひとつであるはずだと、わたくしは考えます。
 断言してもよいのですが、『般若心経』は、大乗仏教運動の炎が、本当に高らかに燃え上がっていた時代に成立したものです。史料的な観点からしてもっとも重視してしかるべきなのは『八千頌般若波羅蜜経』だとは思いますが、何せ分量が多いので、熟読して読み通すのはなかなか困難です。その意味で、極端といってよいほど短い『般若心経』こそは、わたくしたち一般の民衆にとって、大乗仏教興起時代の燃えるような高邁な精神にじかに触れることのできる貴重なことこの上ない経典なのです。

 さて、最後になりましたが、このような貴重な経典を一貫した論理で解釈できるにいたったみずからの僥倖に感謝するとともに、本書の出版を快く引き受けてくださったばかりか、構成面でやや荒削りだった草稿に巧みで細心きわまりない手を加えてくださった、春秋社編集部の佐藤清靖氏には、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

     二〇〇三年一二月
     冬晴れの日に                             著者しるす

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