本稿で「自己」というのは、サンスクリット語でいうAtmanとpuruXaのことである。そうしたサンスクリット語には、ほかに「自我」「霊魂」「霊我」などの訳語もあるが、ここでは簡略のため「自己」で統一しておく。英訳では、ego, self, soul, spiritなどがあるが、本稿を英文化することがあれば、もっとも中立的なニュアンスをもつselfを採用するであろう。 インドでは、さまざまな哲学流派が、さまざまな自己論を展開してきた。筆者は、そうした自己論のうちいくつかは、見かけの相違にもかかわらず、基本的な発想法として通底するものがあるのではないかと考えている。本稿の第一の目的は、そうした通底する基本的発想法を摘出して、いわば本格の自己論とでもいうべきものを提示することである。また、そうすることによって、それでは統括されない、変格ともいうべき自己論の本質的な特徴があぶり出されることになる。本稿の第二の目的は、そうした変格の自己論と本格の自己論の関係を明らかにすることである。 手順として、まずインドにおける自己論の基礎を築いたヤージュニャヴァルキヤの議論の要点を追跡し、それとの対比でさまざまなインド哲学諸派、仏教における自己論を論じていき、そのなかで本格と変格の自己論の差異点を明らかにしていきたいと考える。 また、自己論の主要な論点としては、「自己と心身の異同問題」「自己認識の可能性」「自己と世界の関係」が考えられるので、これらを順を追って検討することとする。
一、自己と心身の異同問題
ヤージュニャヴァルキヤは、『ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド』第三章のなかで、ウッダーラカ・アールニを論争相手としてつぎのように語っている。
「地のなかに住し、地とは別のものであり、地が知らず、地を身体とし、地を内部で 統御しているもの、これがなんじの自己であり、内制者であり、不死なるものである。 (三・七・三) 水のなかに……。(三・七・四) 火のなかに……。(三・七・五) 中空のなかに……。(三・七・六) 風のなかに……。(三・七・七) 天のなかに……。(三・七・八) 太陽のなかに……。(三・七・九) 方角(空間)のなかに……。(三・七・一〇) 月と星宿のなかに……。(三・七・一一) 虚空のなかに……。(三・七・一二) 闇のなかに……。(三・七・一三) 光のなかに……。 以上が天体にかんするものである。(三・七・一四) さてつぎは、有るものにかんするものである。 万物のなかに……。 以上が有るものにかんするものである。(三・七・一五) さてつぎは、個体にかんするものである。 気息のなかに……。(三・七・一六) 発声器官のなかに……。(三・七・一七) 眼のなかに……。(三・七・一八) 耳のなかに……。(三・七・一九) 意のなかに……。(三・七・二〇) 皮膚のなかに……。(三・七・二一) 認識のなかに……。(三・七・二二) 精子のなかに……。……」(三・七・二三)
これを少し、後代の哲学的発想を用いながら整理してみよう。 地から光までは、宇宙的環境をなす要素である。仏教でいえば器世間をなす要素である。ヤージュニャヴァルキヤは、自己は、環境のなかにあるけれども環境とは異なるものであり、環境を内部で制御するもの、つまり環境をその環境たらしめているもの、すなわち環境を内から照らしだすものであるといっている。また、地、水、火、風、虚空は、(身体五元素所成説によれば)身体を構成する元素である。したがって、身体ということについていえば、自己は身体のなかにあるけれども身体とは異なるものであり、身体を内から照らしだすものだということになる。 万物というのは、仏教でいえば有情世間(生物)に相当する。これも、個体という観点からすれば広く環境のうちに入るであろう。 気息は生命エネルギーであり、発声器官と精子(おそらく生殖器官と解してよいであろう)とはサーンキヤ哲学でいう行為器官であり、眼、耳、皮膚は知識にかかわる外的器官(感官)であり、意は心という内官であり、認識は感官と内官とを合わせた認識器官より生じた心作用である。ヤージュニャヴァルキヤは、自己は、これらすべてのなかにあるけれどもそれらとは異なるものであり、それらを内から照らしだすものであるといっている。 これをさらに整理統合してみれば、自己は、心作用と心と身体と環境とのなかにあるけれども、それらとは異なり、それらを内から照らしだすものだと、ヤージュニャヴァルキヤは主張していると考えることができる。これを図にしてみれば、つぎのようになる。
心作用、心、身体、環境をさらに限定して心と身体のみを取りだせば、自己は心身とは異なるという見解が得られる。これは、古く仏教の五蘊非我説そのものである。というのも、五蘊のうちの色蘊(色かたちの集まり)は身体に相当し、受蘊(感受作用の集まり)、想蘊(識別作用の集まり)、行蘊(想起作用の集まり)、識蘊(判断作用の集まり)(1)は、総じては心のことであり、五蘊のいずれもが自己でないということは、自己は心身とは異なるという主張と等値であるといえるからである。 また、これはインド哲学一般の見解でもある。 サーンキヤ哲学では、心身は非精神原理プラクリティから流出したものであり、本来、精神原理である自己とはまったく別ものであるとされる。そして、自己の独存(kaivalya)をもたらす区別知(viveka)は、究極的には、心身と自己と画然とを分けて知ることにほかならない。 ヴァイシェーシカ哲学でも、自己は、元素よりなる身体(人間のいる世界では、生物の身体は地の元素のみよりなるとされる)(2)および心である意とは一貫して別ものして扱われている。 ただし、サーンキヤ哲学では、自己が関心をもつことによって非精神原理が流出を開始すると論ずる点が、自己が心身と環境を照らしだすとするヤージュニャヴァルキヤの論点に通ずるのであるが、ヴァイシェーシカ哲学は、流出説(pariNAma-vAda)ではなく新造説(Arambha-vAda)(3)を説き、心身と環境が自己によって根拠づけられるというような見解は採らない。この点、ヴァイシェーシカ哲学の自己論は、ヤージュニャヴァルキヤの自己論を本格とすれば、変格と位置づけることができる。 なお、仏教の唯識説では、識の特殊な転変(流出)によって世界(心身と環境)が現出するとされるので、この点はヤージュニャヴァルキヤの発想と軌を一にする。
二、自己認識の可能性
ヤージュニャヴァルキヤは、『ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド』第四節の有名な「マイトレーイーとの対話」の最後の部分でつぎのように語っている。
「すなわち、あたかも二元があるかのような場合、一方が他方を見、一方が他方を嗅ぎ、一方が他方を味わい、一方が他方に語りかけ、一方が他方を聞き、一方が他方を考え、一方が他方に触れ、一方が他方を知る。 しかし、この者にとって、一切がまさしく自己となった場合、この者は何によって何を見るのであろうか。何によって何を嗅ぐのであろうか。何によって何を味わうのであろうか。何によって何に語りかけるのであろうか。何によって何を聞くのであろうか。何によって何を考えるのであろうか。何によって何に触れるのであろうか。何によって何を知るのであろうか。 それによって一切を知ることになるもの、それを何によって知ることができるのであろうか。 かのものは、『に非ず、に非ず』としかいいようのない自己であり、不可捉である。なぜなら、把捉されないからである。かのものは不壊である。なぜなら、壊されないからである。かのものは無執着である。なぜなら、執着されないからである。かのものは、束縛されることなく、よろめくことなく、傷つくことがない。 ああ、知る者を、何によって知ることができるであろうか。 と、マイトレーイーよ、なんじは以上のことを教えられているのである。ああ、まことに、不死であるとは、このようなことなのである」(四・五・一五)
この文章のうち、自己認識の可能性に触れた個所は、「それによって一切を知ることになるもの、それを何によって知ることができるであろうか」「かのものは、『に非ず、に非ず』としかいいようのない自己であり、不可捉である」「ああ、知る者を、何によって知ることができるであろうか」という文である。ここからすぐにわかるように、ヤージュニャヴァルキヤは、自己は認識不可能であると主張している。この主張は、真理は知りえず、語りえない、という神秘主義的態度を素朴に主張しているわけではない。そうではなく、ヤージュニャヴァルキヤは、ここで、認識主体は認識対象とはなりえない、という意味で自己は知りえないといっているのである。 認識主体は認識対象とはなりえないという理屈は、後代の不二一元論の開祖シャンカラが著した『ウパデーシャサーハスリー』(4)に明快に説明されている。それは以下のとおりである。
「認識主体は認識手段を待ってはじめて、われわれにとってそうしたものとしての存在が確立されると、もしかりにいうならば、いったい、認識しようとする欲求は何に属するというのか。そもそも、認識しようとする欲求をもつものこそが認識主体であるというのは、万人が認めるところである。また、認識主体に属する認識しようとする欲求は、認識対象を対象とする以外にはなく、認識主体を対象とすることはありえない。なぜなら、〔認識しようとする欲求が〕認識主体を対象とするとすると、認識主体と認識主体を認識しようとする欲求とは無限後退するという過失に陥るからである。認識しようという欲求の対象である認識主体(a)にも別の認識主体(b)があり、その認識主体(b)にも別の認識主体(c)があると、欲求が認識主体を対象とするとすると、まさにそのようになるのである。認識主体である自己は他の何ものによっても媒介されることがないから、認識対象とはなりえないのである。なぜなら、世間では、認識対象は、認識主体がもつ欲求と記憶と努力と認識手段の発生に媒介されてはじめて、われわれにとってそうしたものとしての存在が確立されるのであって、さもなければ、認識対象を対象とする知識などこの世にありえないことになってしまうからである。また、認識主体自体が、同じ認識主体がもつ欲求などのいずれによるにせよ、何ものかによって媒介されていると想定することは不可能である。さらに、記憶は、記憶の対象を対象とするのであって、記憶の主体を対象とするのではない。同様に、欲求は、欲求の対象を対象とするのであって、欲求をもつものを対象とするのではない。〔記憶が〕記憶の主体を対象とするとか、〔欲求が〕欲求をもつものを対象とするとかした場合にも、先と同じく、両者が無限後退するという過失に陥ることは避けられないであろう」(「散文篇」九九)
すなわち、もしも認識主体が認識されたとしたら、それはもはや認識対象なのであるから、それを認識する認識主体が別になければならない、というように、どこまでいっても、認識主体は常にわれわれの背後に回り抜け、けっして認識されえないのである。これは、単純な神秘主義的主張ではなく、論理的帰結にほかならない。つまり、認識主体は、認識主体ということばの意味自体からして、認識されえない、というわけである。自己は認識されえないのである。 ちなみに、ヴァイシェーシカ学派、ニヤーヤ学派は、はじめのうちは、自己は、知覚(直接知)によってではなく、推論によってその存在を知ることができるとしたが、新論理学派時代になってから、自己は知覚の対象であるというのが定説となった。なぜそうなったのか、今のところ判然としない。もしかすると、ヨーガ行者は、ヨーガを行じているときに到達する特殊な境地のなかで自己をじかに知る、という話(『ヴァイシェーシカ・スートラ』九・一三)が知覚論一般のなかに組み入れられたためかもしれない。しかし、いずれにせよ、そうした定説は、変格の自己論と位置づけることができるであろう。
三、自己と世界の関係
ヤージュニャヴァルキヤが開発した本格の自己論では、右に見たように、自己はけっして知られえない。したがって、われわれは、「こういうものが自己である」と言語表現することができない。それでもなお、あえて言語表現すれば、「甲は自己ではない」「乙は自己ではない」「丙は自己ではない」というように、われわれが知りうるすべてのものを片端から主語にして「〜は自己ではない」いう命題を無数に連ねるほかないことになる。そこでヤージュニャヴァルキヤは、先のように、「かのものは、『に非ず、に非ず』としかいいようのない自己(neti netIty AtmA)であり、不可捉である。なぜなら把捉されないからである」(5)といったのである。 もちろん、このヤージュニャヴァルキヤによる言語表現は、自己が言語表現できないことをいわんがためのものであるから、逆説的なものである。自己は、われわれが知りうるもののなかにはけっして入ってこないのである。ところで、われわれの知りうるものの総体が世界である。とすると、自己は世界の外にあることになる。これは、ヤージュニャヴァルキヤのことばから帰結される重要な結論である。 シャンカラは、『ウパデーシャサーハスリー』のなかで、これに関連してつぎのように語っている。
「〔自己が存在することは〕否定できないから、『に非ず、に非ず』といって〔自己が言外に〕残されたのである。人は、『これはわたくしではない(idaM na Aham)、これはわたくしではない』といったふうにして、〔自己に〕到達するのである」(「韻文篇」二・一)
このことばからは、あたかもシャンカラは自己を肯定し、世界の内に位置づけているかのような理解が生ずるかもしれないが、それは間違いである。先の節でも見たように、シャンカラは、自己はけっして知りえないと明言している。また、自己のみが真実在で世界は虚妄だというのは、不二一元論のスローガンですらある。シャンカラにとっても、自己はあくまでも世界の外にあるのである。「人は、『これはわたくしではない、これはわたくしではない』といったふうにして、〔自己に〕到達するのである」という一文は、そうしたふうにして「わたくし」を徹底的に世界から疎外することによってしか、自己に到達することはできないといっているのである。シャンカラは、そうした努力によらずして「わたくし」が世界から完全に疎外される状況について繰り返し言及している。それは、熟睡時、失神時である。 「自己は世界の外にある」ということを、ヤージュニャヴァルキヤはつぎのようにも語っている。(第一節で引用した文章に直接続く。)
「〔自己は〕見られることがなく見る者であり、聞かれることがなく聞く者であり、思考されることがなく思考する者であり、知られることがなく知る者である。これより別に見る者はなく、これより別に聞く者はなく、これより別に思考する者はなく、これより別に知る者はない。これがなんじの自己であり、内制者であり、不死なるものである。これより別のものは苦しみに陥っている」(『ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド』三・七・二三)
したがって、自己は、世界の外にあって世界を見る者であり、世界の側から見られることはけっしてないということになる。 こうした考えは、そのままサーンキヤ哲学の自己論となる。サーンキヤ哲学では、精神原理である自己は、非精神原理(ここから流出したものが世界である)の外にあってこれをじっと見る者だとされる。このことを、サーンキヤ哲学は、観客と踊り子でたとえる。すなわち、自己である観客は、世界である踊り子をじっと見るのであり、踊り子はじっと見られるのである。自己が世界を見るのをやめたとき、みずからの役割を果たし終えたとして世界は収束して活動を停止する。このとき世界は解脱し、自己は独存状態に入るとされる。 ヤージュニャヴァルキヤの自己論の核心を正確に継承したこのサーンキヤ哲学の自己論を、今度はシャンカラが巧みにみずからの自己論に取り込んだ。シャンカラは、自己は見る者であることを強調するため、しばしば自己を「見ること」(dRSi)と表現した。もちろん、シャンカラにとって、自己は世界の外にある。自己のみが真実在であり、世界は虚妄なのである。自己は世界を見るが、世界は自己を見ることがない。虚妄の世界を成り立たせている無明が取り払われたとき、世界は消滅し、自己のみがひとり残る。 このように見ると、こうした自己論は、唯識説を彷彿とさせることがわかる。唯識説は、もちろん公式には無我説を前提としているので、自己ということはいわないが、率直に考えれば、唯識説も、相分を見る見分の背後に、真実在の見る者を想定している。見分、相分として分裂して展開している世界は虚妄分別(無明)の所産であるが、虚妄分別を取り払って究極的な無分別知にいたれば、境識倶泯で世界は消滅し、人は真実在のうちで完結した存在となる。と、このように見ると、唯識説は、じつはヤージュニャヴァルキヤの自己論を、「自己」ということば抜きに忠実に継承したものであることが判明する。 ここまでくれば明白であろう。シャンカラは、何かと不備な旧来のヴェーダーンタ哲学を一新するために、唯識説とサーンキヤ哲学から大量にアイデアを取り込んだが、これは、ほかでもなく、唯識説もサーンキヤ哲学も、ヤージュニャヴァルキヤの自己論、世界論をほかのどの哲学よりも忠実に継承したものだからなのである。 新造説に立つヴァイシェーシカ哲学などの自己論、世界論は、そうした意味ではかなり変格である。新造説では、自己は世界の内にあり、自己を含む世界をそうしたものとして照らしだす超越的存在を認めない。 ただ、こうした変格の自己論も、本格の自己論から説明をつけることは可能である。すなわち、変格の自己論の自己は、世界(模様入りのフィルムと考えてみる)を透かし通して鏡のようなものに写しだされた写像の自己であると考えてみればよいのである。その鏡のようなものには世界も写しだされているので、写像の自己は世界の内にある。鏡のようなものにある世界と写像の自己は、同時に成立しているものであるから、一方が他方を照らしだすという関係にはない。世界のなかには心身も含まれるから、自己は心身とは異なるとはいえ、心身との結びつきによって、写像の自己は、当然ながら多数性を帯びて輪廻転生する。こう見ると、一元論哲学が個我(jIva, jIvAtman)と呼んでいるものは、じつは写像の自己にほかならないことになる。 これを図で示せば、つぎのようになる。
結び
以上の考察から、つぎのことがいえる。 語りえぬものがある、という見解をベースに据えた考え方を神秘主義というならば、ヤージュニャヴァルキヤは明らかに神秘主義者である。しかし、かれの自己論は、強固な論理に裏打ちされながら、徹底的に考察しつくされたものであり、その意味できわめて合理主義的である。かれの自己論は、仏教をも含むインド哲学界に決定的に強い影響を及ぼした。かれの自己論を本格としてみると、ヴァイシェーシカ哲学など、多元論哲学における自己論は変格といえるが、その変格も、本格の射程内に入るのである。こうした理解を通してみると、ヤージュニャヴァルキヤの「自己の哲学」が、予想をはるかに超えて完成度が高いことが、改めて認識されることになるのである。
註
- (1)受、想、行、識についてのこのような訳語や解釈は、『倶舎論』の「界品」にある説明にもとづく。従来、想は「イメージ化作用」、行は「意志作用」、識は「識別作用」といったような解釈が行われてきたが、これでは心の作用を一貫したものとして説明したことにはならない。想(saMjJA)というのは、受によって得られた知覚情報の中身を、言語化、概念化する以前に識別、区分する作用(言語論でよくいわれる分節化作用)である。たとえば、視覚でいえば、受によって与えられた一面無区別の知覚風景を、色やかたちによって区分けすることである。行(saMskAra)は、記憶、ないし記憶からことばや概念を取りだして、想によって識別された知覚情報と照合する作用のことである。行は、ものごとを形成する力、ないしそうした力をもつもののこといい、インド哲学では、メンタルには記憶を指すというのが一般的である。行を意志とか意志作用とする実例を、筆者は知らない。たとえば、ヴァイシェーシカ哲学でいえば、意志というのは、欲求(icchA)と嫌悪(dveXa)か、あるいはそれにもとづく努力(prayatna)に相当し、記憶である行とは完全に区別される。識は、こうしてことばや概念と照合された知覚情報をもとにして、たとえば「これは牛である」というように、具体的に判断を下すことである。と、このように受から識までを解釈することによって、われわれは、情報受容から判断にいたる明快なプロセスを得るのである。筆者の解釈はこのように首尾一貫して合理的である。従来の解釈は、おそらく何の根拠にももとづかないものであると思われる。ただし、仏典のなかで五蘊のいちいちの語義解釈を行っているものは僅少であるようなので、筆者の解釈がまちがいなく正しいとするためには、なおしばらくの検討を要する。
- (2)この議論にかんしては、K.Miyamoto, The Metaphysics and Epistemology of the Early VaiSeXikas (Pune: Bhandarkar Oriental Research Institute, 1996), pp.152-159を参照されたい。
- (3)Arambha-vAdaをこのように訳し、宇井伯寿博士以来用いられてきた「積聚説」という訳語(ならびに「構成説」などの派生的訳語)を排した理由については、ibid, pp.105-114, 宮元啓一『牛は実在するのだ! インド実在論哲学『勝宗十句義論』を読む』(青土社、一九九九年)、一〇六ページを参照のこと。
- (4)SaGkara's UpadeSasAhasrI critically edited with Introduction and Indices by Sengaku Mayeda (Tokyo: The Hokuseido Press, 1973) による。
- (5)『ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド』四・五・一五。同じ文章が、同、四・四・二二にも見られる。
|