現在のヨーロッパの主要な民族と遠い祖先を同じくするらしい、アーリヤと自称する民族がインドに持ち込んだ多神教のヴェーダの宗教(バラモン教)では、いわゆる「神」には二種類あるとされる。すなわち、「デーヴァ」(deva)と呼ばれる神々と「アスラ」(asura)と呼ばれる神々とである。漢訳では一般に、前者は「天」、後者は「阿修羅」「非天」とされる。 「デーヴァ」は、「輝く」を意味する動詞語根「ディヴ」(div-)からの派生語であることがはっきりしているが、「アスラ」の本当の語源はいまだ不明である。ざっと見渡したかぎりでは、「デーヴァ」と呼ばれる神々は、太陽神スーリヤ、サヴィトリ、プーシャン、雷霆神インドラ(・シャックラ)、曙光神ウシャス、風神ヴァーユ、雨神パルジャニヤなど、環境的自然現象を神格化したものが中心になっているのにたいし、「アスラ」と呼ばれる神々は、太陽神アディティなどもあるが、律法神ヴァルナ、契約神ミットラ、堰堤神ヴリトラなど、人間の文明に関するものごとを神格化した神々が多くいる。 もともとは、デーヴァもアスラも、この宇宙や人間社会の秩序に関わる役割を果たし、互いに宥和的であったものと考えられるが、すでにインド最古の文献である『リグ・ヴェーダ』という聖典では、巨大な力を持つ一部のアスラがデーヴァの領域を侵犯し、それをデーヴァの側が、武勇と奸智に長けたインドラを派遣して退治するという内容の神話が数多く語られている。このころから、デーヴァは明るく正しい神々、アスラは薄暗く不気味で時として悪事を働く神々というイメージが作られ始めていたということである。 やがて、『ブラーフマナ』と呼ばれる一群の文献に見られる神話や説話では、アスラはますます悪神のイメージを強くしている。そして、西暦紀元前六〜五世紀の仏教興起時代になると、アスラのなかでも悪神のイメージの強い神々は悪魔(mAra)にまで格が下がり、アスラのなかでも善神のイメージを保ち続けていた律法神ヴァルナなどは、力を大幅に削がれたかたちでデーヴァのグループへと移行していった。 さて、本稿で問題とする「デーヴァター」というのは、「デーヴァ」にいわゆる抽象名詞を作る接尾辞「ター」が付いたものである。「デーヴァター」という語は、『リグ・ヴェーダ』以来用いられているが、より多用されるようになるのは、西暦紀元前八世紀ぐらいの成立と見られる『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』などのウパニシャッド文献からである。それから二〇〇年ほど下った時代に成立した仏教の古い文献にも、「デーヴァター」という語は頻繁に見られる。 わたくしは、『リグ・ヴェーダ』について確言ができる能力を持ち合わせていないので、本稿では、西暦紀元前八世紀以降の文献、それも、『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』と古い仏教文献に出てくる「デーヴァター」についてのみ考察を加えることにする。 中村元博士は、仏教文献のなかでもとくに成立が古いと見なされる『サンユッタ・ニカーヤ』の第一集を和訳している(中村元訳『ブッダ 神々との対話----サンユッタ・ニカーヤT』岩波文庫、一九八六年)が、その「解説」のなかの「〔付論〕神々について」(三四二〜三四六ページ)において、「デーヴァター」の語義について考察を加えている。それを要所のみ摘出して紹介すれば、以下のごとくである。 「devatAはdevaのあとに、抽象名詞としての語尾 -tA が付加された抽象名詞であって、神たる状態('condition or state of a deva')、神性(divinity)を意味する。さらに神的な存在(divine being, deity, fairy)を意味する。実質的にはdevaと同じことであり、崇拝される存在はみなdevatAと呼ばれる。わが国の学者はこの語を「神格」と訳すことがある。天神神祇というのがそれに当るであろう。雲井昭善『巴和小辞典』には「神祇」とも訳している。しかし、「デーヴァター」は、はたして「神たる状態」「神性」を意味するのであろうか。また、「デーヴァター」は「実質的にはdevaと同じことであり」といいながら、わが国の学者は「神格」と訳す人がいたり「神祇」と訳す人がおり、長井先生は「devaよりも低級の神」「鬼神」を意味すると講義で語ったとし、かつ最初期の仏教においては「低次の神を意味すると言えよう」と述べていることは、はたして「デーヴァター」の語義をめぐる真相を明かしているのであろうか。 この疑問を解明し、最後には、名詞組織の語に接尾辞-tva, -tAが付加されて出来るいわゆる抽象名詞が、たんに抽象名詞といってよいのか否かを考察するのが本稿の目的である。 最古のウパニシャッド文献である『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』には、インド最初の哲学者ウッダーラカ・アールニが息子に詳細に「有の哲学」を説く個所がある。その中核部分(六・二・一〜六・三・四)はつぎの通りである。 「愛児よ、太初、これ(世界)は有(sat)のみであった。唯一で第二のものはなかった。ところがある人々は、『太初、これは無のみであった。唯一で第二のものはなかった。その無から有が生じた』という。「有」というのは、この場合、いわゆる宇宙の原理ブラフマンに相当し、根本的な実在原理という意味である。この有から熱が、熱から水が、水から食物がというようにして、まず、根本原理である有と、派生原理である熱・水・食物の三原理が成立する。しかる後、有はみずからの思惟によって熱・水・食物のなかにみずから自己(みずから省みての自己、自己反省による自己)を伴って入り込み、それらを三重にし、名称(いわば形相、エイドス)と形態(いわば質料、ヒュレー)とを流出せしめる。流出せしめられた名称と形態というのは、世界の森羅万象のことである。 有も、それから順次派生した熱・水・食物も、すべて「デーヴァター」と称されている。しかし、見ての通り、この有の哲学は神話を語っているのではない。したがって、安易に「神」とか「神格」とかと訳すわけにはいかない。 しかしなお、「デーヴァター」は、「神」を意味する「デーヴァ」からの派生語である。そして、有の哲学のこの部分は、「デーヴァター」と称される有、熱・水・食物という、根本原理と三つの派生原理から、世界の森羅万象が流出論的に創造される過程を語っている。したがって、これら諸原理は、世界を創る力だということになる。 世界を創る力を持つものは、『リグ・ヴェーダ』以来の神話ではいうまでもなく神(世界創造神)である。世界創造神(デーヴァ)が持つ世界を創造する力(世界創造神の世界創造神たるゆえん、世界創造神性)、それこそがデーヴァターだといいうる。そこから、非神話である有の哲学における世界の創造において、世界を創る力が、他に適切ないい方がないがゆえに、神話的な響きを持つ「デーヴァター」という語によって表現されたのだと考えることが可能である。 あるいは、ウッダーラカ・アールニがインド最初の体系的な哲学である有の哲学を説くまで、すべては神話によって世界の去就が説明されていたのであるから、初めて哲学に接する人の理解のために、あえて神話的な響きを持つ「デーヴァター」という語が用いられたのだと考えることも可能である。 いずれにせよ、「デーヴァター」が、「デーヴァ」と違って、かなり直接に「力」という概念と結びついていることを、ここで確認しておきたい。 ちなみに、『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』にたいするシャンカラによる最古の註釈を見ても、「デーヴァター」については何の説明も施されていない。シャンカラにとっては「デーヴァター」の意味は自明に過ぎて、説明しなければならないことばではなかったということである。 『サンユッタ・ニカーヤ』の第一集には、デーヴァターや「神の息子」という意味のデーヴァプッタが数多く登場する。とりわけ、冒頭の第一篇は「デーヴァター・サンユッタ」というタイトルが付けられている。そのなかで、若い修行僧サミッディにまつわる話(第二章第一〇節「サミッディ」)には興味深い点があるので、それを抜粋しながら以下に紹介する。訳文は中村元訳(『ブッダ 神々との対話----サンユッタ・ニカーヤT』岩波文庫、一九八六年)による(二八〜三五ページ)が、中村博士が「神」と訳している「デーヴァター」は、あえて原音のまま「デーヴァター」と表記させていただくことにする。
デーヴァターは、「現に目のあたりに経験されるものごと」と「時を要するものごと」とが、自分とサミッディとでまったく意味が違うことにとまどい、尊師(ゴータマ・ブッダ)はどのように説かれたのかとサミッディに質問する。しかし、サミッディは、まだ自分は出家となって日が浅いので、詳しく説明できない、だから、じかに尊師に質問してほしいと答える。デーヴァターは、尊師は近づき難いお方だからといって、仲介をサミッディに頼む。サミッディは了解し、デーヴァターを連れて尊師のもとに赴く。 サミッディの話を聞き、尊師はそのデーヴァターに向かってつぎのように語りかける。 一八 そのとき、尊師は詩句を以てデーヴァターに呼びかけられた。 このあといくばくかの尊師との問答があったのち、デーヴァターは最後につぎのように語る。 二三 「尊いお方さま。尊師が簡略に説かれたこの事柄の意義を、わたしはこのように詳しく知ることができました。以上で「サミッディ」という名の節が終わる。いかなる世界においても、ことばによっても、心によっても、身体によっても、いかなる悪をもしてはならない。諸々の欲楽を捨てて、よく気をつけて、しっかりと念い、ためにならぬ苦しみに身を委ねるな。」 ここに登場するデーヴァターは、本文中に明かされるように、具体的には女の夜叉(ヤッキ)である。ただ、「ヤッカ」についての訳註において、中村博士は、不思議なことに、この語は「神霊の女性形(yakkhI)」(ヤッキー、つまり「女夜叉」)だといっているが、正しくは「ヤッキ」(yakkhi)である。また同じ訳註のなかで、中村博士は「今この箇所では女神を意味していたのであろう」とも記している。「デーヴァター」を「神」と訳しているのは、結論的には正しくなくもないのであるが、「女神」とまでいっては問題が起きる。 たとえば、『世界の名著T バラモン教典 原始仏典』(中央公論社)の四四〇〜四四三ページには、同じ「サミッディ」の抄訳が収録されており、そこでは「デーヴァター」は「鬼女」と訳されている。そしてその訳註には、「原文では女神であるが、あとにヤッキー(夜叉女)と出てくるので、『鬼女』と訳した」とある。この訳者は、「デーヴァター」の原義を「女神」と解しているが、これは、「デーヴァター」が「ター」が付加されているがゆえに女性形の名詞となっていることからの完全な誤解にもとづいている。 このように、「デーヴァター」をどう解釈して訳すべきかについては、これまで多くの学者のあいだで、さまざまな混乱や誤解が行われてきた。 と、それはともあれ、「サミッディ」では、初め、デーヴァターは若い修行僧サミッディを、修行など無益で、世俗世界の喜びこそあなたに相応しいと誘惑をかけるが、やがてサミッディの話を聞き、そしてゴータマ・ブッダからじかに話を聞き、ついに仏教の出家修行僧が行っていることの意義を正しく理解するにいたっている。 同じ文献に出てくる他のデーヴァターのことばをいくつか列挙してみよう。 まず、第T篇第一章第二節「解脱の道」から同章終わりにいたるまで登場するデーヴァターは、ゴータマ・ブッダと詩句を交えて長々とことばのやりとりをする。詩句の部分だけを見るとつぎのようである。 傍らに立って、そのデーヴァターは、尊師のもとで、次の詩句をとなえた。 同、第二章第一節「歓喜の園」では、ゴータマ・ブッダがいうには、あるデーヴァターが天の「歓喜の園」を見ない人々は真の楽しみを知らないと語ったのにたいして、他のデーヴァターがつぎの詩句をもって答えたという。 以上の二人のデーヴァターは、見た通り、仏教をよく理解し、仏教にたいしてたいへん親和的な態度を取っている。愚かなる者よ。拝まるべき人たち(聖者)がどのように説かれたか、ということをそなたは知らない。 これは、古い仏典に見られる多くの「悪魔」(mAra)たちが、仏教の出家にたいして敵対的で、ことあるごとにゴータマ・ブッダを論駁しようとしたり、修行僧たちを脅したりすかしたりして世俗に戻るように誘惑しようとしたりしているのときわめて対照的である。 かつ、仏滅後数百年してから作成された仏伝ならばいざ知らず、最初期の仏典には神話的な潤色が皆無といってよい。しかも、デーヴァターといい悪魔といい、その言動は一般の人間のそれと何ら変わるところがない。 そこから、つぎのように考えるのが、もっとも合理的で自然であると思われる。 すなわち、ゴータマ・ブッダの時代、出家というものは、後世のように、世俗の人々からこぞって尊敬を受けていたわけではない。 世俗宗教であるヴェーダの宗教(バラモン教)を主宰するバラモンたちのかなりの部分は、あくまでも世俗主義の立場に立ち、出家の存在を認めようとしなかった。その一方で、一部のバラモンたちや、それ以外の階級の人々は、おおむね出家の存在を認め、高く評価していた。 そこで、ゴータマ・ブッダは、出家にたいして敵対的な態度を取る人々(および恐怖心を起こさせる自然現象など)を、一種の隠語として「悪魔」と呼び、弟子たちに警戒させるとともに、そうした「悪魔」をいたずらに恐れることはないと諭した。一方、出家に理解を示し、とくに仏教にたいして親和的な態度を取る人々を、やはり一種の隠語として「デーヴァター」「デーヴァプッタ」(神の息子)などと呼び、「悪魔」と呼ばれる人々とは異なった対応をするように弟子たちに諭した。 ただし、「デーヴァター」などと呼ばれる人々は、仏教に深い理解をしばしば示すが、仏教徒そのものではない。というのも、デーヴァターたちは、ゴータマ・ブッダに、「そなた」「あなた」「ゴータマよ」といって呼びかけているからである。こうしたことは、仏法僧に帰依し五戒を守ると誓った正式の仏教徒には許されないことであった。正式な仏教徒は、ゴータマ・ブッダに呼びかけるときには、あくまでも「尊師」「健勝なるお方」(如来)といういいかたをしなければならなかった。 よって、最初期の仏典に登場するデーヴァターたちは、仏教徒ではないけれども仏教にたいへん親和的で好意的な世俗人たちのことを指していると考えるべきである。 そしてしかも、ゴータマ・ブッダやその弟子たちの前に姿を現すそうした好意的な世俗人たちは、けっして「デーヴァ」とは呼ばれず、かならず「デーヴァター」あるいは「デーヴァプッタ」と呼ばれる。 また、ヤッカ(夜叉)、ヤッキ(女の夜叉)は、超人的な力を持つけれども天の神に較べてはるかに低級な神である。しかし、後に帝釈天が唱えたとされるようになる詩句を唱えた「デーヴァター」がヤッカなどの低級な神であったとは考えられず、やはり帝釈天並みの高級な神であったはずである。 したがって、第一節での中村元博士の引用のなかに出てくる「デーヴァターは低級な神である」とする長井真琴博士の説は正しくない。 さらに、ゴータマ・ブッダなど、人間の前に姿を現し人間とじかに接触する神は、高級であれ低級であれ、デーヴァではなくかならずデーヴァターである。ここから、わたくしたちにじかに働きかけを行う神、わたくしたちの前に臨在して力を及ぼすことのできる神、そうした神は、「デーヴァ」ではなく「デーヴァター」と呼ばれる、つまり、デーヴァターには「人間界に臨在して働きかける力」があるが、デーヴァにはそれがない、ということである。 このことについては、後に西暦紀元前後にはっきりとした学派を確立したミーマーンサー学派(ヴェーダ聖典祭事部の解釈学を事とする人々)が、祭祀の場の上空に勧請した神を、「デーヴァ」ではなく、一貫して「デーヴァター」と呼んでいることも、大きな証左となるであろう。祭神は、「イシュタ・デーヴァ」ではなく、かならず「イシュタ・デーヴァター」なのである。神は、デーヴァではなくデーヴァターとなって初めて、祭祀の施主の願い事を叶える力を持つのである。 サンスクリット語の文法では、名詞組織の語に-tAおよび-tvaという接尾辞が付けられると抽象名詞となると説明されるのがふつうである。 たとえば、go-(牛)に-tvaを付けて出来るgotvaという名詞は、確かに「牛性」(英語ならばcowness)と訳しうるし、また、それ以外の訳し方もあまり考えつかない。 しかし、「牛性」というのは、西暦紀元前四世紀に確立した文法学派でも、それより二〇〇年ほど遅れて成立したインド最古の哲学学派であるヴァイシェーシカ学派でも、それは、角があって垂肉があってという、ここにいる、あそこにいる、あるいは過去にいた、あるいは未来にいるであろう個物(vyakti、「具体的な現れ」が原義)のすべての一々に内在(臨在)する普遍(sAmAnya, jAti)であるとされる。 そして、「牛性」という普遍は、すべてのそうした個物を「牛」と呼ぶ名称付けの根拠(SabdAnAm pravRttinimittam、これには普遍以外にいくつかあるが、ここでは普遍についてのみ言及することにする)であるという重要な本質を担っているとされる。これを別な角度からいい換えれば、「牛」という語が、そう呼ばれてしかるべきすべての個物を指示できるのは、ひとえに「牛性」という普遍の力だということになる。 西暦紀元後一三世紀以降に、ニヤーヤ学派がヴァイシェーシカ学派を吸収して出来たナヴィヤ・ニヤーヤ(新論理)学派は、語がその対象を指示、意味することができるのは、語に「力」(Sakti)があるからだと説明する。 これを、古来の文法学派やヴァイシェーシカ学派の術語でいい直せば、その力こそ普遍が持つ力にほかならない。 ヴァイシェーシカ学派や新論理学派では、術語としては、ある語に-tvaが付けば(普遍的)属性の概念、-tAが付けば関係の概念を表すのが一般的であるが、関係の概念、たとえば原因性(kAraNatA)も、原因に相当するものに内在(臨在)し、それを原因としてわたくしたちに認識せしめる力である。 いずれにせよ、-tvaが付こうが-tAが付こうが、それによって出来るいわゆる抽象名詞は、わたくしたちが日本語や英語などでイメージするたんなる抽象名詞にとどまるものではなく、「内在、臨在する力」を表すものである。 以上から得られる結論はつぎの通りである。 「デーヴァター」は、「デーヴァ」の単なる抽象形ではなく、わたくしたちのすぐ身近に臨在する力、あるいは力を持つものとしての神、あるいは世界に内在し世界を流出せしめる力としての世界創造原理である。 このようにして、デーヴァはわたくしたちからは隔絶したところにいて、さしあたりわたくしたちには何の力も及ぼさないが、デーヴァターは、この世界、このわたくしたちの目の前に臨在、ないし内在して、わたくしたちに力を及ぼすもの、あるいは力そのものである。 西暦紀元後五世紀後半に活躍した文法学派の学匠バルトリハリは、すべての語(=すべての世界要素)は力(Sakti)および力を持つもの(Saktimat)であると述べている。その解釈を正確に行う暇は今はないが、いずれにせよ、インド人の頭のなかは、わたくしたちの想像が及ばないほど力の概念に溢れているといえるであろう。 |