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忘れられてる「ロゴスの穴」です。2007年は、どこに載せようか迷ったものを載せたいと思います。
ますます冷遇されるこのコンテンツ(涙)
お釈迦さんとダイエット|
※このエッセーは、F・E・ヨガライフ協会で発行する月刊新聞「未来」の新年号(2005年)に寄稿したものです。 | あけましておめでとうございます。今年もヨーガとともにインド哲学もよろしくお願いいたします。 「一年の計は元旦にあり」と言われますが、今年こそはダイエットしようと思われている方に、こんなお話はいかがでしょう。東南アジアに伝わる古い仏教聖典(『サンユッタ・ニカーヤ』)の中にあったダイエットのお話です。 コーサラ国のパセーナディ王は、一ドーナの量のご飯を食べるのがならいだったそうです。一ドーナとは、あまりよくはわからないのですが、およそ七ポンド、つまり三キログラムくらいのようです。カレーと混ぜて食べていたのかもしれません。それにしてもすごい量ですね。だから、王様は食べ終わってから、大きなため息をついたのでした。苦しかったんですね。そのとき、お釈迦さんは、ため息をついたのを知って王様に次のように言いました。 「常に心を落ち着けて食べ物をえても食事の(ほどほどの)量を知っていれば、苦痛の感覚は弱く、ゆっくりと消えていき、寿命を保つのである」 そこで、王様はスダッサという若いバラモンにこの詩偈を習って暗記するように言いつけました。そして、食事のたびにこの詩偈を唱えるように言ったのです。そして、詩偈を聞いては、徐々に食事の量を減らし、最後は一ナーリカーにまで減らしたと言います。これは細い管につめられる量でとても少量を意味しています。王様は、すっきりした身体をなでながら「尊師は、二つの利益を与えてくださった。現世の利(このスリムなボディ)と来世の利とである」と言ったそうです。お釈迦さんはむずかしいお話をするだけではなくて、こんな悩みも解決してくれていたんですね。 今年こそは、わたしも、ダイエット、三日坊主になりませんように。 |
人間が求める三つの望み|
※このエッセーは、F・E・ヨガライフ協会で発行する月刊新聞「未来」の新年号(2006年)に寄稿したものです。 | ※「インドの医学書」とあるのは、『チャラカ・サンヒター』という紀元後2-3世紀の内科の医学書を指しています。 インドの医学書は、現代の医学書とはとてもちがっています。哲学や倫理など医学とはまったく関係ないような話しも含まれているのです。心や精神も含めて治療すること、それが古代インド医学のあり方です。 医学書には、人間は三つの望みをもつべきだとあります。それは、長寿の望み、財への望み、天界(てんがい)への望みです。 長寿の望みが一番なのは、命尽きればすべてが尽きるから。健康な人は健康を維持し、病気になったら怠けず病を治しなさいとあります。 次に、財産も必要です。「資産をもたずに長寿を得ても、これ以上惨めなことはないから」と書いてあります。なるほどもっともです。 さらに、善い人に咎められないような職業に就きなさいと、倫理的に生きることも勧めます。医学書に書いてあることとしてはちょっと奇妙ですが、お金儲けばかりにはしってストレスの多い現代社会を考えると、これも、精神的な医療と言えるでしょうか。 三番目の「天界」は、現代人にはピンときませんが、輪廻転生を信じるインド人が求める来世の「幸せ」です。インドの医学書が幸福の追求を掲げているのは、現代人には、うらやましく、そして、何かホッとする内容ですね。 さて、わたしたち現代人は、どんな幸せを願うでしょう。「生き甲斐のある精神的に豊かな生活」でしょうか。長寿の望みに答えた現代医学は、今は、豊かな生活の実現に向かっているようです。「幸せの追求」、ここもぜひ考えてほしいものです。あ、いや、これは、ヨーガが医学に代わって答えてくれますね。 |
インドから来た神さま帝釈天|
※このエッセーは、F・E・ヨガライフ協会で発行する月刊新聞「未来」の新年号(2007年)に寄稿したものです。 | 忙しい現代のわたしたちは、日頃は神さまにもご無沙汰のことが多いですが、それでも、お正月になりますと、あらたまった気持ちで初詣に出かけたりいたします。そこで、神さまのお話を一つしてみたいと思います。 仏教を通して日本にやってきたヒンドゥー教の神さまはたくさんいます。その中に、帝釈天(たいしゃくてん)といわれる神さまがいます。寅さんの映画の中でも「帝釈天の産湯を使い…」と言われてますから、おなじみの方も多いでしょう。この「帝釈天」は、どんな神さまかといいますと、インド最古の文献『ヴェーダ』にでてくるインドラという名の神さまです。たいへん力の強い勇猛な戦士です。ヴァジュラ(金剛杵)という武器をもって、それを投げつけ悪竜ヴリトラを倒します。 インドラという語には「最勝」という意味があり、「主」とか「帝」とか訳されます。「帝釈天」とは「神々(天)の中で最勝の者シャクラ」という意味なのです。「シャクラ」はインドラの別名で「釈」の字が相当します。「天帝釈」と訳されたり、音写して釈提桓因(しゃくだいかんいん)などとも言われます。簡単に「天主」と言われることもあります。 インドラは、雨の神さまで、山の翼を切って大地を安定させたと言われています。昔、山々は翼をもち自由に飛び回っていたのだそうです。インドラ神は、山の翼を切っておとなしくさせたと言われています。それで、翼は雲になって、いつも山のまわりをただよっているのだということです。 このように、古い『ヴェーダ』の中では、一番人気のインドラ神だったのですが、時代とともに人気も地位も落ちてまいります。かわって、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神やシヴァ神が力を得てまいります。弱い神さまになったインドラ神は、仏教の経典にもしばしば登場して、仏法を守る守護神となったのです。こうしてみると、インドの神さまはけっこうたいへんですね。 |