まなめ先生


1999.6.1 から15日間。教育実習に行きました。
私がいったのは、自分の出身校でもある栃木県立S高校。
一年生に数学を教えてきました。

私は妙子と同様に、先生になるために教育実習をしに行った人ではありません。
単位さえ、資格さえ取れればいいと思っていた人です。
実際、教育実習の前に来年度の就職先へ内定が決まっていました。
「それなら教職取らなきゃいいんじゃない?」
これは多くの人に言われました。
しかし、私は実習をしたかったのです。

小さい頃から先生に憧れていたわけでもありませんでした。
ふと自分の小学校の時の文集を開いたら
将来の夢は「アナウンサー」と書いてあったくらいです。
でも、昔から「テストが作りたい」と、テストのたびに思っていたのです。
もし自分が先生ならこの問題を出すのに、と思いながら勉強したものです。
こう思う時、「先生になりたい」と思っていたことは事実ですが。

しかし、実習直前は不安で不安でたまりませんでした。
そしてあがり性の自分にちゃんと授業が出きるのか。
「自分は先生にならない」という事実がかなりの負い目でした。
特に高校時代にお世話になった先生に対して。
それがいっそう私を不安にしていきました。
おかげで不安を紛らわすために何度「妙子先生」を読んだことか・・・。
私、協力するよ。あなたがたが「面白いもの」を見つけるために、
それが私にとっての、「先生」の意味だから。

妙子のこのセリフがなければ、あの時の自分を励ますことはできなかったかもしれません。

そして迎えた教育実習初日。
前日にあいさつの練習もせず、ドリフも見ず、
ましてや青少年犯罪都市密着24時も見ずに、予定通りに家を出ました。
が、電車に乗り遅れました(笑)
とりあえず親に自動車で送ってもらい、どうにか遅刻せずにすみました(^^;;
ハプニングは教育実習の醍醐味ですよね(爆)

おかげで不安はどこかにいってしまい、教育実習も順調にいきました。
最初のホームルームでの自己紹介は緊張してしまって自分でも何を言っていたのか
良くわからないほどでしたが、だんだんと生徒とコミュニケーションして、
顔や名前を覚えるようになると授業もすんなりとできるようになってました。
昼休みや放課後に、職員室にまで数学を教わりに来た生徒が来た時には、
「自分は彼らの先生なんだな」って実感が湧き、
なんとなくニッコリと幸せ感じてました。

ただ、妙子先生を読んで予想していたものと一番違ったことは
「暇だ」ということです。
はっきり言って、実習中職員室でボケーッとしている時間が長かったです。
だって1時間に2ページしか進まないのに何を予習したらいいんですか?
実習日誌も1日2ページだけという、かなり楽。10分かかりません。
おかげで先生と関係ない話でずっと盛り上がっていたという印象しか残っていません。
他には、自分以外の実習生の教科が違ったせいか前半はなかなか実習仲間に会えませんでした。
その分、先生方とはつながりが多く、市内の小中高対抗のバレー大会に出させてもらったり、
飲み会に連れていってもらったりしました。

いろいろありましたが、私にとって教育実習の15日間は非常に楽しかったです。
実習先は自分の母校だし、実習仲間も高校時代の友人なのに、
すべてを新鮮に感じることができました。
そして私が受け持った2クラス60人の中では、
私は「先生」であったという事実を、記憶を残してきました。

そして、私は「まなめ先生」になれたのだろうか?
自分ではなれたと思っています。いつもの自分でした。
生徒ではなく、友達として接していたところにそれを感じました。
もちろん、それが実習生としては良くはないことだとしても・・・。
やはり自分はどこに行っても変わらないもので、先生になったのではなく、
友達として、みんなの分からないところを教えて、手助けしただけでした。
「先生は生徒に影響を与えはするが、生徒を生むことはできない。
生徒は先生に影響されながら、先生に影響を与えて先生を変えることができる」

私は、生徒によって大きく成長させてもらった、そんな15日間でした。


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書き終わって思ったこと:まとまってないし、主旨ないし。 もう公開しないでおこーかと思いましたよ。でも約束だったしね。 読んでくれた方、本当にありがとうございました。そしてごめんなさい。 次はちゃんと書く内容をしっかり決めてから書きます。 今回は題名がすでにあって、思い付いたことを準に書いただけなのだ、えっへん。