|
三 峡 下 り(2) 長江三峡は、西の奉節の白帝城から西の湖北宜昌の南津関までの全長192kmもあり、瞿溏峡(くとうきょう)、巫峡(ふきょう)、 西陵峡からなっている。瞿溏峡
土家族の奇習?
白帝城の内部城壁には色々な絵が描かれている、その1つは棺桶の周りを一晩中踊りあかす土家族の人達である。別の壁画は百数十メートルも ある崖渕に棺桶を設置する図であった。 土家族の娘は婚礼の前夜、別れる母や父、兄弟姉妹のことを想い泣きながら大声で歌い明かすと云われている。それに対し通夜では、何故 死んだ人のまわりで踊り狂うのであろうか? 結婚や死に対する概念が我々と違っているのであろうか。 巫 峡
![]() 峡上航標站(航路標識を示す信号所) 宜昌から重慶まで660キロあるが、現在は航行に危険な個所が140ヵ所、上りあるいは下りのいづれかのみで 航行できない個所が46ヵ所ある。2000年8月重慶から出発した船が、巫峡に入った所で転覆、死者及び行方不明者 計15名の転覆事故を起こした。その数日後 瞿溏峡でも転覆で11名が行方不明となっている。 2000年の場合、上半期だけで長江では17回の転覆事故が発生している。 写真の標識で、ある時間帯が上りか、下りの単方向の運行であることをあらわしている。 ダムが完成すれば湖面の広さは わが国の琵琶湖の3倍もあるので、水運が便利になって往き来する船も大幅に増えると予測されている。その頃になればこの 峡上航標站も無用のモノとなっているであろう。
![]() 三峡ツアーのクルーズ船「三峡の星号」の客室、及び甲板で行われた太極拳の講座模様。 |