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三 峡 下 り
長江は中国では第一、世界では第三番目の大河である。チベット高原のタングラ山脈に源を発し、蕩々として6,300kmの
道程を経て東シナ海へと流れ込む。そののうち山がそのまま河に落ち込むような奇秀で壮観な風景が断続的に現われる流域は、四川省
と湖北省の境界が接するところにある三峡であろう。 三峡は西の方 奉節の白帝城から、東の方 湖北宜昌の南津関までの全長
193Kmである。
瞿溏峡(くとうきょう)、巫峡(ふきょう)、西陵峡の3つの大峡谷が連なっているので三峡と呼ばれている。
かっては、長江最大の難所と怖れられていた三峡も、今では大型観光船が行き交う観光の名所となっている。しかし、その三峡も
2009年の三峡ダムの完成と共に、その大部分が水の中に姿を消すことになる。
神農渓 上り・下り
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神農渓は、湖北省の神農架に源を発する長江の支流である。神農渓の山水は秀麗で、中でも流れに逆らって進む「豌豆角」や引き手が
引き綱を引く昔ながらの仕事のやり方は、一種独特の情景である。
「豌豆角」は20人乗りぐらいの小船であり、船頭等の船を操る仕事は土家族の男性数名がその任に当たっていた。
その船頭が素晴らしい美声で民謡を歌って呉れたのがとっても印象的であった。
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「豌豆角」が急流に逆らって上り行くときは、駆け上がるような岸辺があると土家族の男性たちは、分厚い竹の皮を編んで作った
ロープを持って岸にのぼりそのロープを引っぱり上げて船を進める。駆け上る岸辺が無いときは河淵の崖に竹ざおの先に鉤をつけ、
それをぐいーと引き寄せて 小船「豌豆角」を上流に進めて行く。
いづれにしても大変しんどい作業である。
山の中腹以上の場所には、湖底に沈み行く民家の代わりに高層住宅が徐々に建設されている。

エンドウのさや−「豌豆角」−を操る船引きに人夫のいでたちも時の流れとともに、大きく様変わりしていった。この神農渓が観光開発
されるまでは下図(左)のようなスタイルで小舟を操っていた、それ以前は右のような格好でやっていたようだ。

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