麗 江

玉龍雪山

車窓から見る玉龍雪山系
車窓から見る玉龍雪山系
 雲高く聳える玉龍雪山は、標高5,700mで、雲南省の西北部に位置する。頂上付近は春夏秋冬を 問わず現代期氷河が見れる、未だ人類を寄せつけない未踏の高山である。

 この玉龍雪山の南山麓、海抜2,400mの高原にある麗江ナシ族自治県の県城が麗江である。

 なお、 玉龍雪山の北麓にある中甸県は、雲南省チベット族の居住地である。

車窓から見る玉龍雪山系
 その麗江から玉龍雪山をまじかに見るため、バスで約二時間ほどかけ雲杉平に向かう。その道のり の途中で見た納西族の段々畑は素晴らしく雄大な光景を呈していた。遥か山 の麓あたりから段々畑が降り下って来て、その広がりは視野180度にも達 する規模であった。
 日本の山村でかってはよく棚田を見たことがあるが、こ れだけの広がりを持つ棚田は今後どの国に行ってももう二度と見られないと 思うぐらい壮大なものであった。

 雲杉平の麓に着き、分厚い防寒具と酸素袋を借り受け、ケーブカーで標高 3205mの雲杉平へ向かう。喘ぎながら展望所らしき処に辿り着くが、あ いにく小雨まじりでガスがかかっていてその全貌を明確に捉えることは出来 なかった。
 しかし、その当たりの冷気と共に玉龍雪山の持つ厳粛な雰囲気は 十分感じ取ることが出来た。
 

世界文化遺産・麗江古城
麗江2 麗江3
 麗江古城は、数年前に世界文化遺産に選ばれたナシ(納西)族の居住地であ り、八百年前に、わが国で云えば平安期から鎌倉期に移行する時期に、造ら れた町並みがそのまま使用され温存されている。
 街なかの民家の多くは瓦屋 根―それも切り妻屋根の―、木造りの床式家屋である。漢族の従来からある レンガ造りの土間式の家とは異なり、私たち日本人には懐かしさ、親しみ易 さを覚えるものであった。
 街なかは水路がめぐり、玉龍雪山の雪解け水が、 到る所から泉となって湧き出していた。


 涌き水を利用する人達
上段は飲料水、中段は野菜洗い
下段は洗だく用と区別している
涌き水
 
 古城の広場
古城の広場
   この麗江古城は、珍しいことに中国の他の古城や同じ雲南の大理古城と異なり、 城壁らしきものは見当たらない。

 それは、この麗江を治めていた木氏が、木の周りを壁で囲むと困難の『困』 と云う字になるので、忌み嫌ったものであると伝えられている。
 その代わり 街中の通路は迷路のようであり、初めてそこへ足を踏み入れたものは、容易 に退くことも進むことも出来ない仕組みになっている。




古城の一角で談笑するナシ族の娘さん達
  民族衣装(特に後姿)が大変興味深い
ナシ族の娘達
 麗江古城内の石門 数年前の
大地震で倒壊、新しく建造された
麗江の石門
 
  東巴文化
 玉泉公園内の満寿亭
満寿亭
 トンパの英雄を祭った寺院
トンパ寺院
 納西(ナシ)族のエリート支族のことをトンパ(東巴)、またナシ族によって形成され継承されてきた 文化のことを東巴文化と云う。
 古城の北部に広がる玉泉公園には、黒っぽい水の湧く黒龍潭と呼ばれる泉があり、玉龍雪山の影を映した 眺めは素晴らしい。
 中国人観光客が数名、泉の側でいっせいに手を叩いている。何だろう?と思って 近寄る。手を叩き少し空気を振動させてやると、泉の底からブク、ブクと湧いている湧き水の勢いが激しくなる。 大変愉快な現象であった。
 公園内には、東巴の英雄を祭った寺院やトンパ文化を研究するトンパ文化研究所などがある。特にトンパ 民族独自の文字に大変興味を覚えた。

 トンパの文字 1
トンパ文字
 トンパ文字 2
トンパ文字 2