メロウ・フォーラム 秋の行楽
伏見オフ
―― 平成12年10月21日(土)、京都市伏見桃山 ――



 掃部さんの幹事、風子さんの幹事補佐、お二人のお世話で名所旧跡探訪、酒蔵訪問・利き酒、舟遊びありの 楽しいひととき を、愉快な仲間と共にすごすことが出来ました。有難う御座いました。



 豊かな湧き水(伏水)、縦横に流れる河川。緑に覆われた桃山丘陵。風光明媚なこの地は、平安時代になると京の別荘地として注目されるようになり、 橘俊綱により“伏見山荘”が営まれると多くの人々に知れ渡るようになった。
 十六世紀末に伏見城が築かれると城下町となる。十七世紀・江戸時代に水運が整備されると大和、難波、京都、近江を結びつける交通の要となる。 やがて参勤交替が始まると大名も逗留、船宿や運送問屋、材木問屋が軒を並べる宿場町、港町として賑わうようになる。
 


御香宮神社

御香宮1


 伏見は、かって“伏水”と書かれたほど良質の水に恵まれたところである。貞観四年(862年)に、この地に 清泉が湧きだし、これを飲むとどんな病気でも快癒したことから、これを香水として祀り、御香宮と称したと 云う説などがある。
 『日本名水100選』の第一号に選ばれた御香水が湧くことでも有名な神社である。また、徳川御三家の始祖、 頼宣、頼房、義直の各公もこの水を産湯として使われたことでも知られている。
御香宮4


御香宮2 御香宮3


 この御香水神社内には、寛永年間伏見奉行であった小堀遠州の造った庭園もある。

御香宮5



伏見の酒蔵/月桂冠大倉記念館

酒蔵1  豊かな地下水(伏水)に恵まれた伏見の地。この水が伏見酒の伝統を育んできました。酒つくりは古くから 行われてきましたが、本格的に開始されたのは江戸初期だと云われています。寛永二年(1625年)伏見奉行で あった小堀遠州が酒造米を開発し、明暦三年(1657年)に初めて約八十人の人に酒造株が許可され、酒造屋 仲間が組織されたとされています。
 月桂冠大倉記念館は、伏見の酒造りの歴史を知って貰うために、酒蔵の雰囲気を再現しつつ、樽造りの道具 約六千点のほか、明治初期の商品実物などが展示されています。
 いまは、「京都市指定・有形民俗文化財」に指定されています。

酒蔵2 酒蔵3


十石舟

十石舟1  江戸時代の伏見は、大坂から船で伏見に着き、陸路を進む旅人で賑わった宿場町、港町であった。 十石船は三十石船よりひとまわり小さく、その頃は米や酒などの資材や人を乗せた舟であった。
十石舟から見える 柳に酒蔵が映える風景が印象的であった。
酒蔵風景


寺田屋

  “京へ来たなら 一度はお寄り
  伏見寺田屋 坂本龍馬 昔白刃の 裏梯子”

 いまも維新当時のままで営業されています。宿の娘おりょうとの恋の宿としても知られています。梅の間の 横の裏階段は、龍馬に急を告げる為に、恋人のおりょうが風呂を飛び出して裸で駆け上がったというエピソード が残っています
寺田屋


竜馬  幕末の頃、三十石船で栄えた船宿で、薩摩藩の定宿となっていた。坂本龍馬は薩長の連絡のため、京の宿として利用していた。
 二階には、龍馬が定宿していた“梅の間”があり、柱には龍馬が襲撃されたときついたとされる刀傷やピストルの弾痕も残っています。

弾痕


伏見いっぷ蔵館
休憩2
 この日のコースは、すでにご覧いただいたように、御香水神社を参拝・見学後、神聖の蔵元直営“鳥せい本店”で 昼食をとる。月桂冠大倉記念館の見学及び利き酒、十石舟で遊覧、史跡・寺田屋見学を見学する。
 その後、黄桜記念館/キザクラカッパカントリーを見物し地ビールも味わう。
 最後は、かって月桂冠の本店を改造して出来た「伏見いっぷ蔵館」で休憩・歓談する。全員お酒入りのアイス クリームに古酒をかけて食べる。お店といい食べ物と云い伏見ならでの風情を感じるものであった。
休憩1

なお、この日の参加者は次ぎのとおりです。
 幹事・掃部さん、幹事補佐・風子さん。 大正坊やさん、花より団子さん、キタノホマレさん、Panさん、三蔵志郎、 紫竹のさん、浮雲さん、宮水さん、甲子園の金魚さん、季寿(きよし)さん(エントリー順)の以上十二名でした。
 皆さんお疲れさんでした。有り難うございました。 再見!