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高野山は弘法大師(空海)が、嵯峨天皇に上奏して高野山一帯(和歌山県伊都郡高野町高野山)の地を賜り、
丹生・高野の両明神を伽藍鎮守のため
勧進し、弘仁七年(816年)金堂はじめ諸堂の建立に着手され、一山を金剛峰寺と号されたのが始まりである。
今では宗派を超えた霊場として全国各地から参拝客が訪れている。 |
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その花御堂渡御にさきがけ、地元の小学生の鼓笛隊から高野大学の学生の吹奏楽隊が進む。その後に地元の 中学生や高校生、また全国から来られた一般参加の方々などの大師様を称える踊りの行列が続く。 中でも香川県等から来られた四国民謡研究会の大勢の方々が空海いろは音頭にあわせて演じられる踊りは圧巻でした。
遍照金剛 南無大師 遍照金剛 南無大師 心晴れ晴れ 心晴れ晴れ 身も軽ろし--- と、いう音頭に合わせ 見事に踊られるお姿を拝見していると、なぜか熱くなり涙がにじみ出て止まりませんでした。 平生 信仰心がない 男にとって まことに 珍しい現象でした。 久し振りに感動を頂戴しました。 四国から、遠い紀伊半島の山の中まで来られた皆さん、本当にお疲れさんでした。 有り難うございました。
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金剛峰寺
![]() 高野山真言宗の総本山である。 かって金剛峰寺は高野山の総称であった。文禄二年(1593年)に秀吉が亡母追善のため 建立した青巌寺と、応基上人の立てた興山寺を併せ、明治初年に金剛峰寺と改称された。 中には蟠龍庭と呼ばれる石庭がある。 この庭園は奥殿を中心に五百余坪に及ぶ我が国最大の石庭である。 勅使門より眺めると左に雄龍を、右に雌龍を配して金胎不二を表している 奥の院
六時の鐘
刈萱堂
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