秋の南河内 河内長野の
観心寺と延命寺



 晩秋の一日、大阪府老人大学東部講座のOG・OB(第一期生)と福祉推進財団シルバーアドバイザー講座受講中の有志が 会い語らい、新河内長野八景になっている観心寺と延命寺を訪ね、江葉の彩りを愉しんだ。


観心寺

観心寺1  

 観心寺は文武天皇の大宝元年(701年)に修験道の開祖役小角によって開かれ、初めは雲心寺と呼んでいた。
その後、平安時代の初め大同三年(808年)に弘法大師空海がこの地を訪れた時、境内に北斗七星を勧進され、 その後弘仁六年(815年)に衆生の除厄の為に本尊「如意輪観世音菩薩」を刻まれ寺号を『観心寺』と改称された。 


 霊宝館 
11面観音 『如意輪観音(木造・平安時代)』(写真 右)は秘仏本尊の試作と伝えられている。

 観心寺霊宝館には塔内四仏と云われる弥勒菩薩、宝生如来、釈迦如来、薬師如来が安置されている。

 このほか、聖観音四体、十一面観音(写真 左)も安置されている。これらの多くは重要文化財となっている。

なお、館内には楠正成の添え状、書状が多く保管されている。
如意輪観音



大楠公 楠木正成        bajyou
 
もみじ  楠木正成は当寺の中院で八歳から十五歳まで仏道修行に励んだと云われている。
 後醍醐天皇は当寺を厚く信任され、建武新政後(1334年頃) 正成を奉行として金堂外陣造営の勅を出され、現在の金堂が完成した。

 正成も当寺に報恩のため三重の塔建立を誓願したが延元元年(1336年)神戸湊川で討ち死にのため未完に終わっている。 初重にして止んだもので「建掛塔」と称されている。

 湊川で討死後、足利尊氏の命によって、その首が当寺に送り届けられ「楠木正成首塚」(写真・右)として祭られている。
首塚
 

   


延命寺

延命寺1  南海電車高野線三日市町の東南約三キロの山間部にある。

 弘法大師がこの地方を巡化された弘仁年間に、一寺を建立し地蔵菩薩を刻んで安置したのが起源だと 伝えられている。

 特に樹齢1000年ともいわれる楓の巨木は、夕陽に映えるその美しさから『夕照モミジ』と呼ばれ、 大阪府の天然記念物に指定されている。


延命寺2



 夕照の楓 

 弘法大師のお手植えと言い伝えられている、晩秋の夕陽に映える姿がひときわ美しいので「夕照の楓」 と呼ばれている(写真・左)

延命寺3 延命寺4