◆◆◆偏見と差別◆◆◆

難病について語る以上、差別や偏見については触れずにはいられないでしょう。

ですが、幸い私の場合はひどく差別された事はありません。
これは私が大学時代に発症し休学・退学が容易であった事と、
女性であったために“家事手伝い”という立場を
とる事ができたためだと思います。
男性でしたら毎日家にいれば御近所の方の目も気になるでしょうし、
将来、結婚を考えているのであれば尚更仕事をして収入を得なければ
ならないという考えも根強く残っている事も事実でしょうから。
私はある意味“女性軽視”という差別に自ら甘んじる事で
病気に対する差別を逃れられたのだと思います。


◆◆◆病院内での偏見◆◆◆
そんな私にもそれなりにつらかった経験があります。
それはいちばん最初に入院した病院でのイジメにも似た偏見です。
私が発病した当時は潰瘍性大腸炎という病気はかなりマイナーで
医師・看護婦にもあまり知られておらず(それが病気を悪化させる原因となった)
特に看護婦は潰瘍性大腸炎についてはまったくの無知だったと思います。

外科病棟に入院して1ヶ月も過ぎた頃でしょうか。
お手洗いから病棟のいちばん奥の病室に戻ろうと
いつものように点滴をおして歩いて行くと
私の病室のひとつ手前の男性部屋から話声が聞こえてきました。
私の名前が話題に上がっていたようなので顔を出そうとした時
聞き慣れた看護婦の声で
「あの人、潰瘍性大腸炎っていう病気なの。難病だから治んないのよ。
食事もしていないのにブクブク太ってみっともない。
喜怒哀楽も激しいし、頭おかしいんじゃないの。気持ち悪い」
私は耳を疑いました。
看護婦が患者のプライベートな事をいいふらすのさえ信じられないのに
よくもそこまで…。
その後の事は覚えてません。
でも泣いた記憶もないし、たぶん普通に病室に戻って
いつもどおりの生活をしてたんじゃないかな。
それほど、衝撃がありました。
何より、点滴を連れて歩いている音が看護婦に聞こえなかったとは思い難いのです…。

それでもまだそれは直接的ではなかっただけにマシだったのです。
入院してから2ヶ月後、外科的処置の必要もなくなり
食事も徐々にとれるようになった私は
内科・整形外科病棟に移されました。

その頃は副作用もいよいよひどくなり全身が小錦はいかばかりかと
思う程にむくみ、しかし、手足の筋肉が全て落ちて立つ事すら
不自由になってきたので移動には車椅子を使う事が多くなっていました。
なのに車椅子でお手洗いにでも行こうものなら年輩の看護助手がやって来て
「あなたは若いし、そんなに太っているのだから歩いてダイエットなさい。
車椅子は整形外科のものなのよ」
と遠くにわざと持って行ってしまうのです。

その事を訴えようにも頼りになるはずの主治医は研修医で何もできず、
それどころか私が病気の事について質問しても答えられず、
あまつさえ私の顔を見ると逃げるようになり回診にさえ来なかったのです。
(結局、回診は主治医の担当の医師がかわりに来てくれていました)

病院関係者がそんな様子ですので
患者、特に長期入院でお局状態の患者などは洗面所で会うたび
「あんた、でぶね。でぶだから病気になるのよ」
「もういいんでしょ。さっさと退院しなさいよ。気持ち悪くて。」
などと言い出す始末でした。
でも、私が退院する時は
「そんなに太る程副作用が残ってて退院するなんておかしいんじゃないの」
とか言ってましたけど。
(^_^;)


◆◆◆患者友達◆◆◆
そんな事があっても気丈でいられたのは
内科・整形外科病棟で向いのベッドにいた
2歳上の気管支喘息の女性のおかげでした。
むくみさえなければとても美人であろう彼女は
とても聡明で、病気が違っても同じ薬(ステロイド)を飲んでいたので
その作用・副作用について事細かに、おしゃべりに交えて教えてくれたからです。
「むくみも薬さえ減れば元に戻るよ。
つらくても、いま自殺したら棺桶の中でまでむくんだ
みっともない姿をさらすのよ。
自殺するならむくみがひいてから…って思うけど
むくみがひくと自殺する理由もなくなっちゃうのよねぇ」
と、笑って言った言葉が私の励みになりました。
退院後も彼女との文通でどれだけ励まされたか知れません。
いまは年賀状を交わす程度になってしまいましたが…。

退院してからはもうその病院に通院に行く事もなく、
いまとなってはその人達もその病院にはいないでしょう。

それから一年後、2度めに入院した病院のスタッフは皆優しく、
年の近い看護婦などは友達のように私の心配してくれて
相談やグチを聞いてくれました。
私は安心していまもその病院に通院しています。


◆◆◆友人だと思っていた人◆◆◆
私の殆どの友達は
私が病気になり、醜くなった事で差別をしたりしませんでしたが
何人かは去って行ったのも事実です。
お見舞いと称しながら見せ物をみるような目で見ていた人もいました。
それはつらいというよりも
「ああ、この人はこんな人だったんだ」
と踏み絵を踏ませたような気持ちでした。

その人達にはこちらからもきれいさっぱり縁を切りました。
いま、私の友達は最高に素敵な人ばかりです。


◆◆◆自分自身への偏見◆◆◆
偏見や差別は受ける側に立ってみないと本当のところは理解できないと思います。
でも、こうして冷静に振り返った時、
私にいちばん偏見を持っているのは自分自身だと思いました。
何かある度に「こんな身体になったばかりに…」「病気にさえならなければ…」と
嘆いていた時期もありました。
それって病気のある自分に対する偏見なんですよね。
ですが、何度か死にそうな目に会って
「どうせこんな目にあうなら、ありのままの自分を受け止めてみよう」
そう思った瞬間から心が軽くなって
いままでできないと思っていた事ができるようになってきました。
そして周りの雑音もさして気にならなくなりました。
まず、病気である自分を真直ぐに見つめ、受け入れる事、
そしてひとりでも優しく見守ってくれている人がいる事に気づけば
偏見や差別を乗り越えられる勇気も持てるのだと思います。


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