マドレデウス

 海原のような、ビロードの絨毯のような、満天の星空のような、あるいは深い霧の森のような。マドレデウスの音楽は、いろいろに表現できる。

 日本でも「ヒーリング・ミュージック」のブームに乗ってわりと知られているポルトガルの大人気グループ、マドレデウスの公演がパリであった。マドレデウスは、美しくも悲しい高音の女性ボーカルと、アコースティック・ギターが2人、それにベースとキーボードの5人組である。歌われるのはひたすらセンチメンタルで優雅な、民謡風の伸びやかな歌曲。

 マドレデウスのフランスでの人気の質は、日本では想像しにくい。今回はあのマドレーヌ教会で2回、パレ・デ・コングレという大会場で1回あったのだが、すべて超満員。しかも、日本では「優しく静かな音楽」という位置づけなので聴衆の雰囲気も上品だと思うかもしれないが、全く違うのだ。ものすごいのだ。1曲終わるごとに「ウォーー」の大喝采。それもどっちかというとむさ苦しい(笑)大の男たちばかり。むしろ「ゴーッ」という轟音に近いほどである。

 この熱狂を理解するには、フランスとポルトガルの関係を知る必要がある。フランス、特にパリには、ポルトガル人が非常に多いのである。わりと近年まで、パリの中流から上流でいわゆる「家政婦」の仕事をしていたのは、ポルトガルから出稼ぎというか移民というか、そういう感じでやってきていた女性たちだったのだ。ポルトガル人の家政婦はよく働くという評判で、たいへん重宝がられた。中には小金を貯めて財をなす人もいただろう。フランスに定住して子孫を残した人たちも大勢いるわけだ。その子孫たちには、自分の故国をほとんど知らない人々も当然いる。彼らにとって、このマドレデウスの音楽は、文字通り魂を揺さぶられるのである。この観客のかなりの部分は、こうしたポルトガル系であることは間違いない。

 この辺の、生まれながら持っている故国への郷愁、民族の心情みたいなものは、日本人にはなかなか理解しがたい。だが、ヨーロッパの人たちは、むしろ自分の民族の住処ではない場所に住んでいる人の方が多いのでは、と思えるくらい、ここパリでは「フランス的でない」名前の人が多い。

 フランスとポルトガルなんて近いじゃないか、と思うかもしれないが、これは距離の問題ではない。出自の問題である。それに、フランスにいる人たちは、買物をしにパリまでやってくる日本人ほど金持ちではない。

 最近はアラブ系やアジア系で同じようなことが起こっているようだ。ぼくの知っている日本人女性で、フランス生まれフランス育ちのベトナム人男性と結婚した人がいるが、彼はベトナムに一度も行ったことがない。彼はそれなりに成功している男だが、それでもそうそう行けないのである。来年、生まれて初めてベトナムを訪れるそうだ。その心というものは、幸か不幸かわれわれにはわからない。

 ぼくは2会場とも行った。特にマドレーヌの方は、バックがクラシックなイエスやマリアの大彫刻。声も巨大な聖堂によく響く。最後の最後にやったアンコールは、係員がもう教会の門扉を開いた後であった。行ったことがある人はわかるだろうが、マドレーヌの巨大な扉が開け放たれるとそこはロワイヤル通りで、少し先にコンコルド広場とオベリスク、さらにセーヌを挟んで正面遠くブルボン宮が望める。パリで最も豪華な場所である。教会からはまだマドレデウスの音楽が流れている。もちろん、夜である。すばらしかった。

 これはおよそ「ヒーリング」とは離れた音楽である。むしろ全身を揺さぶってしまう類のものだ。マドレデウスのライブ盤はすでに出ている。ぜひ聞いてほしい。

白いコンサート

 昨年のワールド・カップのためにサン・ドニに建設された「スタッド・ド・フランス」。パリ郊外のこの競技場は、文字通り「スタジアム級のミュージシャン」がコンサートを行う場所でもある。昨年以来ここへ登場したのは、ローリング・ストーンズとジョニー・アリディ。そして今回、セリーヌ・ディオンがやってきた。

 スタッドは屋根が閉まると思っていたのだが、ここは閉まらないのだ。だから、まだ明るい時間とあって野外コンサートの趣きである。昨年のシャン・ド・マルスでの三大テノールを思い出す。8時半開始が既に9時になって出てきたのは、フランスのスター、ダニー・ブリアン。その後セッティングを総とっかえして、ミュージシャンの物まねをするカナダのタレント。テレビでよく見かける人だが、名前は忘れた。たいへんおもしろかったが、会場は「セリーヌ、セリーヌ」のかけ声とウェーブの嵐で、何となく彼はお邪魔であった。

 セリーヌが登場したのは、もうほとんど10時。まあ、フランスではよくあることだが・・・。

 もちろんこれは予定の段取りである。この翌日は恒例の「音楽の日」、ということは、夏至なのだ。パリは10時半まで悠々と明るいのである。いくらなんでも明るくてはムードは出ない。それで、ここまで引っ張ったのである。

 セリーヌにとっては、フランスでのコンサートというのは特別な意味がある。アメリカやイギリス、日本でやるのとは、意味合いが違う。それはすなわち、彼女がフランス語を母国語としている人間だからである。当然だが、しゃべりはすべてフランス語。歌も、フランス語バージョンのあるものはすべてフランス語。というより、フランス語の歌が中心である。フランス語で行われるセリーヌのコンサートは、ケベックとフランスでしか見れないのである。だから、当然彼女の気合いが違ったはずである。両親も来ていた。彼女が最後の最後に言ったひとことは、「私の一番好きな言葉は、フランス語です。」であった。

 仕掛けもすごかった。タイタニックの船首の模型、バーブラ・ストライザンドとのあのデュエット曲ではリアルタイムでビデオと同期してしまう。日本から葉加瀬太郎も1曲参加したが、彼はパリでは無名なので観客はちょっととまどったようだ。そのあと出てきたのがジャン・ジャック・ゴールドマン。セリーヌのアルバムでも何曲か書いている、自他共に認めるフランス最高のミュージシャン兼コンポーザーである。5万人が総立ちになった。

 ひとつだけやめてほしかったことがある。一番最初、ものすごい拍手に包まれて登場した時の衣装。日本風であるのは一目瞭然なのだが、日本人から見たらどう見てもあれは死に装束だ(笑)。うーん、勘違いが・・・。

 さて、タイトルの意味である。今日の数万人の観客は、ほぼ100パーセント白人であった。それを言いたかったのだ。

黒いコンサート

 フランスには、「海外県」「海外領土」というのがある。植民地ではない。まあ、その名残ではあるが。「海外県」への旅行は、どんなに離れていようが国内旅行である。国会に代表も出すし、物価も同じである。県なのだから、当然と言えば当然だが、あまりに遠く気候も違うので、「ここが国内」と言われてもちょっとピンとこないこともある。

 その一つに、カリブに浮かぶマルティニックという島がある。アンティル諸島と呼ばれる島のひとつである。その関係で、カリブのあたりのいわゆる「クレオール」の文化は、フランスの文学にも音楽にも、ひとつのジャンルを築いている。

 今回、カリブの音楽・ズークの大御所、カッサブのコンサートに行って来た。活動20年を記念したツアーで、パリでは屋内会場として最大のベルシーで行われた。

 会場前に着いて驚いたのは、予想はしていたが、数万人の観客のおそらく95パーセントはカリブ系の黒人であること。彼らはみーんな友達のように振る舞うし(笑)、大所帯で来るし、体も声もでかい(ちなみにフランスのアフリカ系黒人はスリムな人が多い)。特に女性は、まあ海洋性とラテンの混合であるから想像つくだろうが、縦・横・奥行きみんなでかい(笑)。

 で、白人はほとんどいない。アジア人などいるはずがない。かなり怪訝な目で見られた。居心地が悪かった。

 会場に入ると、アリーナの立ち見の人たち、これだけでも5000人はいると思われるが、会場に流れるBGMですでに踊り狂っているのである。立錐の余地がないほど牛詰めで。熱気で暑いの何の。先が思いやられた。いすのある客席の方も始まる前から半ば総立ちで(笑)、床がミシミシ揺れている。大丈夫だろうか。売り子の人たちも売るより踊る方に忙しい。

 多少説明すると、カッサブというのは5人のボーカルを擁する総勢20人近い大所帯で、ラテンとカリブの中間の音楽性に、現代風のダンス・ビートを絡めた音楽をやるグループである。もはや原型をとどめていないフランス語(らしきもの)で歌われる。何しろパリには数十万人の仲間がいるので、大人気である。常に新しいビートを取り入れてきたので、20年の長きにわたってずっとトップに立っていた。今回は20周年スペシャルと言うことでずいぶんいろいろゲストも出たが、ズーク以外にも、レゲエや、アラブ系フランス人のゲストも出てきた。ライのハレドも登場した。

 始まりは比較的時間通りで、8時半。それから実に4時間。カッサブの登場前からみんな踊っていたことを考えると、5時間も跳ねていたのである。恐るべきカリブのパワー。終わり頃にはカッサブの女性ボーカルが「もう終電ないわよー」のかけ声にも「イェーッ」の返事で、本当に、遠くのみなさんはどうやって帰ったんだろう。

 前の晩極端に寝不足だったぼくは、ひたすら疲れた。

ビーチ・ボーイズ

 メンバーの顔ぶれからすると、もはや原型をとどめていない3人組ビーチ・ボーイズであるが、ライブ用のバックをなんと6人も従えてパリにやってきた。

 これだけいれば何でもできる。特にハイ・トーンの彼。名前は知らないがうまい。ブライアン・ウィルソンやカール・ウィルソンの穴を十分に埋めていた。今日はオールディーズ大特集みたいなコーナーもあって、彼はフランキー・ヴァリの役までやったのだが、本当にうまい。

 それから、往事の録音技術の粋を集めて作られたあの「ペット・サウンズ」の曲も、この大所帯なら再現できてしまう。「グッド・バイブレーション」をあそこまで見事に生演奏されてしまうと、当時のブライアンの苦労は何だったんだ、という感じまでしてしまう。

 さて、今日のコンサート会場は、先日マドレデウスでも登場したパレ・デ・コングレ。名前の通り、会議や講演会に使われるのが本来で、したがって上品な場所である。この心地よいソファに座って、ロックンロールを聞くのだろうか、と、ちょっと違和感があったが、何のことはない、1曲目からみんな立ってしまって、渋谷区公会堂みたいになった。

 おもしろかったのは客層で、さすがに30年のキャリアを持つバンド、客も年取ってる(笑)。でもって、年とってもヒゲはやしたりジーンズはいてたりする、あの手のおじさんたちばかり(笑)。きっと60年代にはヒッピー風にブイブイならしてたんだろう。たまに「おっ、若い人だ」と思うと、両親が来てる(笑)。しかも両親の方が興奮している。でかい腹に、今日買ったばかりの「ビーチ・ボーイズ・ワールド・ツアー」のTシャツなんか着ちゃって、何というか・・・。

 いやあ、でも、ビーチ・ボーイズの面々も元気の何の。ヒット曲をメドレーで次々に演奏していくので、2時間があっという間であった。もう、コメントのしようがない。ぼくの大好きなビーチ・ボーイズだから、理性的に書けない。小道具(?)の子供たちもかわいくて、楽しい、楽しい。

 例の 'God only knows' ももちろんやってくれた。ただ、あの曲はウィルソン兄弟が歌わないとちょっと苦しい。ブルース・ジョンストンが一生懸命歌った。これは昨年亡くなったカール・ウィルソンに捧げられた。

α + R.E.M.

 パリ中の音楽ファンが待っていたR.E.M.のコンサートが、昨日あった。パリは何度目になるのか知らないが、超ビッグネームであるから、当然会場はまたまたベルシーである。

 前座に従えて来たのは、ぬあんとパティ・スミスである。格から言ったら、どっちが従ってるのかわからない気もする。あとからマイケル・スタイプと1曲デュエットしたし、「ジョイント」と言えなくもないのだが、今日の客はR.E.M.を見に来ているのだからパティ・スミスと言えども前座は前座である。初めて生で見る伝説のパティ・スミスは、思ったより声量があった。もちろん、彼女はフランスでも大変知られている。彼女は過去、2回にわたる引退をしているが、最近は地味ながらライブをよくやっている。

 うれしかったのは、パティもR.E.M.も、今日行ったヴァン・モリソン(後述)も、「一番最後はあの曲をやってほしい」というのを、期待通り最後にやってくれたこと。パティ・スミスの最後の曲は、もちろん「グロリア」であった。

 で、肝心のR.E.M.だが、音楽はよかった、音楽は。問題は、ステージの装飾である。中華街の場末というか、満艦飾というか、赤と黄色を主体にしたネオンサインで作られたポップ・アートがステージ中を覆い、ギラギラ点滅し、ところどころ怪しげな漢字(「強烈反対実施核実験」とあった)や日本語(「でんわ」???)が踊る。これ以上はない、というほど、センスが悪いのだ。ちょっと、表現のしようがない・・・。一体誰が、ああしようと決めたのだろうか。

 それから、話には聞いていたが、マイケル・スタイプの、ボーカリストとしては致命的な声量のなさ。大会場でやるには、ちょっとバランスが悪かった。そもそもぼくは、マイナー・レーベル時代の彼らが好きで、ここ10年くらいのはあまり知らない。昔は小さな会場でやってたんだろうから、彼の声で十分だったのかも知れない。それと、相変わらず、彼の英語はよく聞き取れない。

 そうは言っても本物のR.E.M.であるから、数万人の観客は熱狂の渦。ぼくも楽しかった。

 そして、最後の曲は、"It's the end of the world" であった。

グロリア

 2日続きのコンサートは疲れるが、昨日のR.E.M.に続いて今日はヴァン・モリソンである。会場は、ミュージシャンのステータス、オランピア劇場。

 さて、ぼく自身は、ピアノにギター、はたまたトランペットなど、いくつか楽器はやるのだが、実は一番好きで一番得意なのは声という楽器、すなわち歌である。ぼくは日頃割とボソボソしゃべるのに、歌うと全く違う声量と音程を出すので、けっこう意外がられたりする。

 そのぼくが常に目標とし、憧れていたのが、今日聞いたヴァン・モリソンである。ご承知の通り、昨夜パティ・スミスが最後に歌った「グロリア」のオリジナルは、彼である。もちろん、ロックの歴史に残る名曲のひとつで、もう一人のモリソン、ドアーズの故ジム・モリソンも、ライブでよく歌っていたらしい。この顔ぶれが取り上げる曲、という事実だけでもしびれてしまう。 とはいえ、オリジナルは録音も悪く、彼のあまりの声量がマイクロフォンをビビらせてしまうほどなので、迫力はあるが声の深みは、この録音からは伝わらない。

 ぼくが彼に打ちのめされたのは、ザ・バンドの例の「ラスト・ワルツ」での彼である。ここでは「キャラバン」という曲を熱唱するのだが、「ヴォーカルとはこういうものだったのか」ということを、当時中学生だったぼくに強烈に教えてくれた。翌日から毎日、この曲を自分のものとすべく(笑)、ピアノを弾きながら大声で歌い、近所から「子供が勉強できない」と苦情が来た(実話)。でも、本当は、受験生だったのはぼくの方なんだけど・・・(笑)。

 とまあ、そういう思い出もあるヴァン・モリソンなのだ(強引にまとめ)。

 彼は初期のソウルフルでパンキッシュなイメージから、ある時期突然先祖返りし、自らのルーツであるアイルランド音楽にどっぷりつかるわけであるが、その頃からは、もはや何をやっても高く評価される、「高いところにいるミュージシャン」という位置づけになっている。

 とは言え、今日はバックの揃え方からして、ブルースとジャズのコンサートであった。 とにかく声の迫力が桁違い。特に昨日マイケル・スタイプなんぞを聞いたもんだから、2桁も3桁も違う。そして、深い。陰影がすばらしい。会場はイングリッシュの客も多く、ヴァンと観客の掛け合いも絶妙で終始熱気が溢れていたが、ぼくはというとただボーゼンと見て聞いていただけである。「本物」なのだ、やはり。圧倒されてしまった。

 ところで、今日のゲストは、これまた何とキャンディ・ダルファー。日本では、実力もある超美人サックス奏者として、ヴァン・モリソンよりもはるかにCDが売れているミュージシャンである。が、ゲストとは名ばかりで、完全にバックバンドの一員として演奏していただけであった。まだちょっと格が違うようだ。でも、聞いてた通りの「超美人」だった。スタイルも抜群だし。得した。

 2日のうちに、パティ・スミス、R.E.M.、ヴァン・モリソン、キャンディ・ダルファーが見れるなんて、なんと贅沢だったんだろう。それ以上に、今日の最後の曲、これまたもちろん「グロリア」だったのだが、パティ・スミスとヴァン・モリソンの生声で2日のうちに聞けたことの方が、はるかに贅沢なことと言えるだろう。

ライブのこと

 久々にシャンゼリゼのヴァージンへ行ってきた。ポピュラー・ミュージックのCDは、やはりここが一番である。長らくヴァージンの独壇場だったシャンゼリゼにFNACが進出したのは数年前だが、さすがのFNACもここではかなわない。なにしろ、世界のシーン、特にエスニック・ブームをここ10年以上に渡ってリードしてきたのは、この店なのだ。だから、単なるCDショップではない。流行の発信地である。

 今日はアフリカものやハウスを買ってきたのだが、セリーヌ・ディオンフィル・コリンズ・ビッグ・バンドのライブCDが目に入った。どちらもなぜかパリ公演がCD化されたのだ。そして、どちらもぼくは行ったのだ(ここここを参照)。自分が立ち会ったライブがそのアーティストのライブCDとして全世界に出回るというのは、気分のいいものである。そういえば、これはフランスのアーティストだから当然かもしれないが、パトリシア・カースもぼくが行ったオランピア公演がライブになったし。そういえば、セリーヌのライブ報告に書いた例の白装束、なんとあれがジャケットになってしまった。まあ、いいんだけどね、やっぱりあれは死に装束に見えるよなあ。

 さて、当然のごとく夏の間ロクなコンサートがなかったパリであるが、秋になってシーズンが始まった。ここから11月までの間、すでにいくつか押さえてある。ポピュラーはいいのだが、悲しいのはクラシック。「これ行きたい」と思っても、もう来年の4月以降、つまりぼくが日本に帰ってからのものがかなりあるのだ。残念無念。

 ところで、今週はミレーヌ・ファルメールのライブがある。彼女の場合は、前回のツアーのライブCD及びビデオがすばらしく、これで十分なのだが、今回は更に満を持しての「ミレネール(千年祭)・ツアー」ということで、間違いなく今度もライブが出ると思われる。ベルシーで4回もコンサートをやるとは、さすがである。毎回超派手なステージであるから、今回はどんなことになるやら。

 というわけで、近々ミレーヌのコンサート報告をする。