クランベリーズ

 クランベリーズがパリへやってきたので、早速ライブに出かけた。

 こちらに来てからは、エスニックやらフレンチ・ポップスやらが主流になっていて、ロックの方は5年前くらいで止まっている。だから、クランベリーズというとデビューの頃しか知らないし、それ以前にインディーズの面々が試行錯誤して作り上げた新しい「歪み系」のサウンドをあれこれ上手に組み合わせた後発のバンド、というイメージがあるので、そんなに新鮮な魅力は感じていなかった。もちろん嫌いではなく、アイルランド音楽の要素もあって好みに合っているのだが、そういった音楽面での認識は今も変わっていない。

 クランベリーズ、というか、ボーカルのドロレスについては、ちょっと思い入れがある。おなじみテノールのパヴァロッティが事あるごとに主催するチャリティ物の中に、「ボスニアの子供たちの救済コンサート」というのがあった。ロックからもU2マイケル・ボルトンを始めとして数組が参加している。このコンサートはCDもビデオも日本で出ているが、白眉のシーンのひとつが、パヴァロッティとドロレスがデュエットするシューベルトの「アヴェ・マリア」である。ここでの彼女の清らかであどけない歌声は、本当にすばらしい。

 さて、当のコンサートである。パリの北東にあるZenithという有名な大会場で、7時半という異例の早さに始まった。もちろん前座があるので、実際は8時過ぎ。バックの3人男がクールに演奏する中、ひたすら元気に飛び回るドロレスは、最近は長年の超短髪・ゾンビメイクではなく、金髪でさわやかに長いので、以前のイメージとはだいぶ違う。いずれにしても、クランベリーズはフランスでたいへん人気があるのだ。

 ドロレスは上下レザーのファッションで最後まですっ飛ばした後、アンコール(「後半」と言ってもいいほど長くかつ準備もされているのがこちらの習わし)ではそのへんのおねーちゃんの格好(Tシャツ+カーディガン+膝下スカート)でまた数曲。ヒット曲は1曲ももれがなく、完成度の高いコンサートであった。

 最後の曲が終わって会場が明るくなった後、満足して去っていく観客の耳に流れてきたのは、あの「アヴェ・マリア」であった。

Enzo Enzo

 日本のフレンチ・ファンにも大変有名なショート・カットの美人シンガーEnzo Enzoが、国内ツアーを行っている。今回は、こちらもソロとしてフランスでは非常に有名なKentという男性シンガーとのデュオ・コンサート、という形をとっている。更に、「コンセール・アンプロンプテュ(即興楽団とでも訳そうか)」という木管の5人組も同格の扱いで参加。そしてこの5月、パリにやってきた。ぼくも昨日行ってきたばかりである。

 というわけで、厳密に言えば、Enzo Enzoのコンサートではない。本来の彼女とはちょっと趣向が異なる。そもそも彼女の持ち歌はぼくの知る限り2曲しかなかったし、生演奏の優秀なバックを揃えたと言うことで、インスト部分も多めであった。このツアーは昨年から続いているので、実はもうライブCDが出ている。日本でももちろん売れているはずだ。結果から言えば、効果音ひとつとっても昨日のライブと寸分違わず、従って、既に見事に完成されていたパッケージであった、ということだ。

 「アンファン・スル」と名付けられたこのステージは、全体が何となく筋になっている。「アンファン」というのは、「とうとう、やっと、遂に」という意味、「スル」というのは、単数なら「ひとりぼっち」であるが、これは複数形にもなる。「ひとりぼっち」が複数になるというのは変だと思うかもしれないが、「スル」とは「他にだれもいない」というのが本来の意味である。だから複数になれば、というか、もちろんここでは「男女ふたり」というロマンチックな意味になるのだが、要するに「二人っきり」という意味である。その二人が、会って、語って、歌って踊ってちょっとけんかして、仲直りして、という非常にフレンチな筋書き(笑)でステージが流れていく。

 かなり複雑な和声なので、踊ったり演じたりしながらデュエットするのは非常に難しいと思えるが、この2人、いとも軽々やってのけるのである。バックの面々も、演奏もいいが芸も達者で、これは残念ながらCDだけでは伝わらない。申し訳ないが、あのすばらしさは見た者でないとわからない。

 いくらみんなすばらしいと言っても、どうしても目はEnzo Enzoに行ってしまう。実は彼女はロシア・ポーランド系なのだが、趣は典型的なパリジェンヌ。すなわち、小柄・細身・黒髪そしてアンニュイなタレ目(笑)である。気取ってる時の指先からつま先、ほほえんだ時の右の目尻から左の口元まで(笑)、見事に客を魅了するようにできていて、さりげないながらも恐ろしい鍛錬の賜物であると思われる。Kentの方は、シンガーとしては決して特徴のある人ではないのだが、本来はいわゆる社会派で、小説家でもあるし、漫画家でもあるそうだ。さすがに全体の把握がしっかりできている、という印象を受けた。

 今回の会場はせいぜい500人くらいの小振りな場所(テアトル・レ・ザベスという所)。真っ赤っかな外観とは裏腹に非常に端正な劇場で、オランピアのような熱気はないがクール過ぎることもなく、木管とマリンバ主体の柔らかい演奏によくマッチした場所であった。

 それにしても、大人の魅力のEnzo Enzoと狂乱ねーちゃんのMylene Farmerは、ほぼ同い年(ぎりぎり40前)なのだが、まあ個性の違いというやつだろう。あ、ぼくも同世代(笑)。

 最後に、日本に帰国中で一緒に来れなかったうちの奥さんに、自分だけ楽しんで申し訳ない、と、ひとこと添えておく(笑)。 それから、一緒に行った千晶ちゃんが、いかにも彼女らしいレポートを書いているので、見てほしい。→ここの5月5日分

ザッパ

 今までフランク・ザッパのことをひとことも書いてなかったのだが、上記のEnzo Enzoのコンサートで彼の曲が出てきたので、何か書かなきゃという気持ちになった。もちろん、Enzo Enzoがザッパの曲を歌うはずはない(笑)。そんなお下劣なことをやったら、彼女の人気にヒビが入ってしまう。バックの木管5重奏団のインスト曲が、ザッパの作品の編曲だったのだ。

 数年前惜しくも世を去ったザッパであるが、今ではすっかり20世紀の重要な音楽家のひとりとして認められている。ロックでも成功し、かつ音楽史に名を残しているのは、イーノとザッパくらいしかいないのだが、見事に音楽性が違う。ひたすらピュアなインテリ・イーノと、縦横無尽の雑食巨人・ザッパ、という感じである。ただ、彼のあの濃厚な猥雑さに関しては、ぼくは関西人じゃないので(笑)、ちょっと付いていけない。日本の某レーベルが、すばらしい資料と共に精力的にザッパを出しているが、あのマニアックでコテコテの邦題が、これまたぼくの感性には合わない(笑)。

 幸か不幸かぼくは英語は得意でないので、彼の猥雑な歌詞は聞いてもわからない。おかげで純粋に音楽だけ楽しめる。マニアに言わせれば、それはザッパの半分も理解してないことになるんだろうが、まあいいじゃない。第一、年に何枚もアルバムを出していたミュージシャンでは、一般人は数枚買って聞くことしかできないんだし、しょせんは部分的に過ぎない。

 おなじみアイルランドのトラッド・バンド、チーフタンズが、スティングやストーンズなど豪華ゲストを招いて作った「ロング・ブラック・ヴェイル」というアルバムがある。これはビデオも出ていて、どちらもトリを勤めるのはあのトム・ジョーンズである。この組み合わせが既にすごいのだが、ビデオでは、最後にトム・ジョーンズが登場してチーフタンズとのセッションを回想するシーンがある。なんとそのセッションの折には、ザッパが同席していた、というのだ。そして、この回想シーンの収録時にはザッパはもう亡くなっていて、さらにこの回想は、トム・ジョーンズがザッパの息子ドゥイジール(これも成功したミュージシャン)たちと語り合う、という形で行われている。重厚なトム・ジョーンズと、例によっておふざけ状態のドゥイジールの会話が、ことごとくかみ合わない(笑)。それがまたおもしろい。

television

 もうすぐパリにR.E.M.がやってくる。その関係か、最近テレビでよく取り上げられている。先週見たのはドイツでのライブだったが、テレビ収録用のライブのようで、客が異常に静か。ちょっと彼らもやりにくそうであった。その中で数曲他のアーティストのカバーがあって、テレビジョン(バンドの名前である)の 'See no evil' が出てきた。テレビジョンのデビュー・アルバムのそのまた冒頭を飾る曲であり、そういう意味でいわゆる「新しい歴史の幕を開けた曲」のひとつである。最初のリフを聞くと、ぼくはいまだに理性を失って、ギターを持ってかきむしりたくなる。リーダーのトム・ヴァーレインの名はフランスの詩人ヴェルレーヌをそのまま持ってきている、というのは有名な話で、フランスとも無縁ではない(ちょっと無理なこじつけだ)。彼らがずっと後に再結成されたと言う事実は、あまり考えたくない。

 さて、アルバム3曲目が有名な 'Friction' になるわけだが、さらに人を狂わせるフレーズを持ったこの曲も、カバーが非常に多い。何たってテレビジョンであるから、言うまでもなくオリジナルが一番下手くそなわけだが(笑)、それでもオリジナルの説得力というのは大したもので、越えられるようで越えられない。そんな中で圧倒的にすばらしいのは、エコー&ザ・バニーメンのライブ・バージョン。彼らの編集盤ライブに入っている。ここでのエコバニは、大胆にもドアーズやヴェルヴェットのカバーもやっていて、どちらもすばらしい。80年代の全盛期のエコバニ、イアンのあのヘア・スタイルと悲しい声が懐かしい。彼らも再結成され、いまだに存在している。

 そして実は、エコバニは来週パリにいる。もちろん見に行く。実に17年ぶりの再会である。まさかパリで再び会えるとは思ってもみなかった。たいへん感慨深いものがある。テレビジョンのカバーをやってくれないだろうか。

エコバニ

 (上からの続き)

 というわけで、ピガールにあるおなじみの La Cigale というライブハウスで懐かしのエコバニに会ってきた。前座の時には100人もいるかいないかだったので心配したが、いざエコバニが登場したら超満員。今時このバンドにこれだけ入るとは思わなかったが、フランスにも根強いファンがいるようだ。実はステージから見て正面突き当たりの、唯一の座れる場所だけは、最初から満員だった。往時のファンはもう、立ちっぱなしで聞ける年齢ではなくなっていたようだ(笑)。

 最新アルバムの彼らはアコースティックで静かに枯れており、全盛期の激しい曲とライブでどのように折り合いを付けるか注目していたが、意外とすんなりなじんでいた。80年代以降に大きな影響を残したウィル・サージェントの狂乱のカッティング・ギターは昔ほど聞けないし、イアン・マッカロクの声もずいぶんかすれてしまったが、この2人がいれば紛れもなくエコバニである。今でも青白く光っている。1曲目(やっぱり 'Rescue' だった)の感じでは、今後あの高音の裏返りは出せるのだろうか、と思ったが、徐々に調子が上がってきた。

 フランスで見るイアンは、まるでゲーンスブールである。とにかくひっきりなしにタバコを吸っていて、そのせいで声も渋いし、サングラスをかけっぱなしだし、細身にがに股でよたって見せると、ゲーンスブールとの違いはヒゲの濃さくらいである。思うに、イアンはたいへん童顔なので、ロック界屈指の「ヒゲの似合わない男」であろう。サングラスかけてて童顔見せてくれなかったけど(笑)。

 ほぼ同期のキュアーが世界でも指折りのロック・バンドになっているのを見ると、ちょっと差がついた感じはする。どう見てもロバートの方が才能があるし図太そうなので、やむを得ない。この2人は歌い方がたいへんよく似ているのだが、ルックスが極端に違うのが楽しい。キュアーのロバートというのは、ふくよかで顔がデカイのである。その暗く沈んだ音楽性と裏腹に、日本の女性ファンには「ロバちゃん」と呼ばれて親しまれている(笑)。

 エコバニの往年のヒットはここで接することができる。→ここ

Brian Setzer

 パンク・ロックというものは音楽的にはスリーコードへの回帰であったため、その後当然のようにロカビリー復帰のバンドがいくつか現れた。その中心はストレイ・キャッツだったわけであるが、ギター&ボーカルのブライアン・セッツァーのテクニック、ノリ優先にして演奏を雑にするワザも含めたテクニックはものすごいもので、これは本物のミュージシャンである、という印象が強かった。ただ、これで売ってしまうと他のことはできなくなる、という辛さもあったのも確か。

 ストレイ・キャッツは日本でも大変人気があった。顔がかわいくておしゃれなリーゼント、ということで、多少アイドル的な売られ方もしたが、英米でちょっと忘れられた時期も日本では特別編集盤が出ていたし、これがなかなか、やるべきやつがやってるな、というツボを押さえたものだった。来日も何度もした。フランスでも同様である。元々、ロカビリーがヨーロッパではやるのは常にアメリカに大変遅れていて、例えばジーン・ヴィンセントがアメリカで落ちぶれた後もヨーロッパでは死ぬまで大スターだったのは有名である。ストレイ・キャッツも、発売された数少ないビデオのひとつは「ライブ・イン・パリ」である。ここでのメンバーは思いのほか老け込んでいるが、記憶は不確かだがかなり大きな会場でやっている。

 そして、さすがに実力のある人は、きっちりおとしまえをつける。その名も Brian Setzer Orchestra を率いて帰ってきたのは5年前。何と「オーケストラ」である。ジャズ・オーケストラをバックにロカビリーしてしまう。すばらしい。かっこいい。最新アルバムがフランスでも売れに売れている。昨年のアルバムだが、パリのFNACではいまだにプッシュが続いている。

 今となってはたいへん保守的な音楽ではあるが、見事に大人の音楽になっているので、ぜひ聞いてほしい。

Art Garfunkel

 何と今日はアート・ガーファンクルのコンサートに行って来た。「何と」というのは、何を今さらという感じを言っているのだが、けっこうまだまだ人気はある。

 ご存じの通り、作曲・演奏も一流で常にシーンの先頭にいるポール・サイモンと違い、彼は単なるシンガーである。もちろん俳優や学者という他の顔も持っている人であり、音楽がすべての活動というわけではない。しかし今時のミュージシャンとして、自分で曲を作らず他人の歌だけを歌ってこれほど長い間人気がある人は、よく考えるとほとんどいないのである。それは言うまでもなく、彼の声が魅力的だということだ。

 会場は「カジノ・ド・パリ」という所。名前の由来は知らないが、今は別にカジノではなく普通のコンサート会場である。天井やステージの裾はほこりだらけで、いい意味での「年代物の場末」という感じ。ちゃんと椅子に座れる場所である。400人くらいの収容かと思うが、けっこう空席が目立った。

 前座もなくいきなり登場。細くてノッポというイメージの強い彼だが、さすがに年月は彼の腹を大きくした。ヘア・スタイルはそのまま。バックはギタリストとピアニスト(キーボード兼)のみで、サイモン&ガーファンクルの曲と彼自身のヒットが半々くらいであった。彼の初のソロ・アルバムは「天使の歌声」という邦題がついていた。その声はまだまだ健在である。しゃべりはどうしても、サイモン&ガーファンクル時代のことになるが、いかに自分は単なるシンガーというちっちゃな存在だったかということを、おもしろおかしく語る。そんなに自嘲的にならなくてもいいと思うが、その方が笑いが取れるのだ(笑)。例えば。

 ★大ヒット「ミセス・ロビンソン」で、ぼくは作曲に大きく貢献した。ポールが作った原曲の合いの手は「イエイエイエ」だったのが、それを「ウォウォウォ」に変えるよう提案したのはぼくだ。(会場笑)

 ★最初、本当は「ガーファンクル&サイモン」という名前を提案したが、ポールに「サイモン&ガーファンクル」と変えられた。ポールは「アルファベット順にこだわる必要はないよ」と言った。(会場笑)

 最高潮になったのはやはり「明日に架ける橋」。ブラヴォの嵐になったが、全体に静かで落ち着いたコンサートであった。ちなみに、バック・ミュージシャン、彼が取り上げた曲の作曲者、すべてユダヤ系であった。

 彼らの琴線は日本人によく合う。