ばらの騎士

 初めてオペラ・バスチーユに行った。

 パリには19世紀のナポレオン3世時代に建てられた有名なオペラ座というのがあって、これが俗に言う「オペラ通り」の突き当たりにあるやつ。新オペラ座ができてからは、設計者の名を取ってオペラ・ガルニエと呼ばれている。新しい方が、オペラ・バスチーユである。

 ぼくは土曜日も仕事があるので、7時開演は少々厳しいのだが、なんとか間に合った。観光客も多いようで、英語がずいぶん飛び交っている。今日は「ばらの騎士」の最終日なのだ。前にやってた「ルル」も惹かれたのだが、オペラは華やかな方がらしいと思って、バスチーユ初体験はこちらを選んだ。

 これは濃厚なベッドシーンで始まってあとは全編ドタバタ、往年のウィーン情緒あふれる豪華絢爛なオペラである。今回の舞台は、何と背景が鏡。だから、客席が全部写るのだ。なかなかおもしろい発想である。服装も時代にこだわらず、現代のと往時のがごちゃ混ぜであった。キリ・テ・カナワのビデオで予習したのだが、それに比べるとさらに下世話な演出で、これはパリの聴衆を意識してのことだろうか。

 休憩も入れて4時間、飽きずに鑑賞できた。さすがにR・シュトラウスとホーフマンスタールの黄金コンビである。実は、オペラ座オーケストラのストライキ騒ぎがあったので心配したのだが、問題なかったようだ。

 このオペラ、料理人の行列シーンがあるのだが、その料理の中に、ドサクサにまぎれてカボチャがあったそうだ。今日はハロウィーンなので、ちょっとしたいたずらである。ぼくは気が付かなかった。妻が気づいたのだ。この女、こういうどーでもいいことには、妙によく気が付くんだよなー。もっと他のことに・・・。

小沢征爾と私

  明日はガーシュウィンのコンサートへ行く。1998年は彼の生誕100年に当たるので、パリでも催しが多く、関係書も数多く出版された。明日のコンサートは指揮が小澤征爾、バイオリンにはジョシュア・ベルという、なかなか豪華な顔合わせで、テアトル・シャンゼリゼで行われる。ここはドニとブールデルが装飾を担当したため、今世紀初頭の独特の雰囲気を持っている。ニジンスキーの「春の祭典」が初演された場所である。また、1920年代にジョゼフィン・ベイカーが例のバナナのスカートでレビューを行ったのもここである。2年前に仕事で楽屋を案内してもらったことがあるが、何となく当時の面影が残っているような気がした。

 ところで、いい席を取り損なって、「サン・ヴィジビリテ」になってしまった。これは、文字通り訳せば「見えない」ということである。フランスのコンサートにはよくこういう席がある。音楽だから聞ければよくて、一応は生演奏なわけだし、安いんだからそれでいい、と考える人はけっこういるのだ。おもしろいのは、オペラでもこういう席があるということ。オペラは見るものなので、「見えない席」では意味がないと思うかもしれないが、事実あるのだ。

 実はぼくは経験がある。初めてパリに来たとき、オペラ座へ「フィデリオ」を見に行った。金がないのでこういう席にしたのだ。ぼくの前の列はほんの少し見られてほんの少し高いのだが、けっこうこの辺の安い席を買う連中は平気ですっぽかすので、空席がある。そこで、手すりをまたいで前の列へ侵入していくのだ。チャンスがあればさらに前へ、少しずつ移動していく。もちろん最初から知っていたわけではない。周りにいた、いかにも金のなさそうな若者たちがそうするので、それをまねしたのだ。最後には、舞台の一番はしにある大道具と、指揮者の鼻から上が何とか見える場所までこぎつけた。

 その時の指揮者は誰あろう、小沢征爾だった。ぼくは、彼のコンサートはこの2回しか経験がない。で、2回とも「サン・ヴィジビリテ」なわけだ。よくよく縁がないらしい。

ガーシュウィン

 上からの続き 

 というわけで、テアトル・シャンゼリゼに行ってきたのだが、実はガラ・コンサートだった。今回は人に誘われて行ったので内容をチェックしてなかった上に、見えない席だったので、そんなに期待してなかったのだ。座席は天井に届かんばかりの最上席(もちろん一番いいという意味ではない)で、昔の銀行か遊郭のような木の格子が目の前に立ちはだかって、本当に何も見えない哀れな場所であった。これが日本だったら、客を入れるとは信じがたいような場所で、呉越同舟の30人ほどの客は、どっちかというと護送車で送られる一団のような気分だった。

 ガラ・コンサートなので最初にスピーチがいくつかあった。中でも、アメリカが誇るガーシュウィンの記念コンサート、ということで、巨大なスクリーンにクリントン大統領が大写しになり、スピーチが始まったのだ。たいへん間の悪いことに、例のイラク空爆開始のニュースが飛び込んだ日だったので、ブーイングに見舞われてしまった。

 前半はおなじみの曲。美少年バイオリニストとして名高いジョシュア・ベルがソロを弾くが、もちろん見えない。後半になって、ジャズのトリオが加わった。そこへ現れたのは何とジェイムズ・テーラー。すっかり頭が薄くなったが、まさしく彼である。3曲ほど歌って引っ込んだ後「ラプソディ・イン・ブルー」になった。原曲にピアノのアドリブを加えたバージョンである。ところがこのピアノ、どう聞いてもすごくうまい演奏とは言い難いのだ。見えないのでわからなかったのだが、席を立って格子のすきまから見下ろしてみて、初めて理由がわかった。盲目の黒人ピアニストが弾いていたのである。そうなれば話は別で、見事という他はない。

 われわれは業を煮やして、1階フロアに忍び込み、通路で立って聞くことにした。コンサートの最初とかだと追い出されるが、終わり間際なので、入口に立つ誘導係のおねえさんも文句は言わない。たまたま絶好の場所に出くわしたので、あとはよく見れた。

 最後の最後に、もうひとつ見ものが用意されていた。小沢征爾のレジョン・ドヌール(フランスのたいへん栄誉ある勲章)授与式がステージで行われたのだ。カメラマンが殺到し、ポーズを取らせたりする。ジェイムズ・テーラーやベルも再びステージに現れ、出演者一同・観客が大きな拍手で祝福した。われわれの前を通りかかったフランス人女性が、通り際に「(フランス語で)日本万歳!」と肩を叩いてたたえてくれた。

 おかげでアンコールはうやむやになってしまったが、めったに見れないシーンを見れたし、バラエティに富んだ内容だったし、これで50フラン(千円ちょっと)というのはたいそうお得であった。

 華やかなステージの中心にいたわれらがオザワだが、この前夜、ある日本料理店でラフな赤シャツ姿で食事をしていたのを、ぼくは知っている。

プーランク賛江

 フランスの木管のレベルの高さは、伝統的にすばらしいものがある。音楽の構成そのものが、ゲルマン系は建築的なのに比べフランスは絵画的で、したがって木管をフィーチュアした室内楽あたりが最もフランス的な音楽と言えるだろう。ぼくは元より近代フランスの室内楽が大好きで、この分野には名曲も多いのだが、コンサートは意外と少ないことに気づいた。少なくともパリでは、シューベルトやブラームスの室内楽はしばしば演奏されるのに、ラベルやプーランクあたりのものはけっこう稀である。不思議と言えば不思議だ。フランス人の趣向が変わってきているのだろうか。

 フランス近代の室内楽に関しては、ロンドン/デッカからたくさんいいのが出ている。その中でも特にぼくが好きなのは、サン・サーンスからフランセまでの小品を集めたオムニバスで、ロジェのピアノ、ポルタルのクラリネット、カザレのホルンなど、フランスが誇る中堅が一同に揃って、木管の楽しさを聞かせてくれる。邦題は覚えてないが日本盤も出ているので知っている人も多いと思う。

 これと同趣向で、プーランクの木管室内楽(という言い方はないが)を集めたものもある。これはぼくの愛聴盤だったのだが、今年1999年はプーランク生誕100年ということで、ものすごい数のCDが発売になっている。5枚組CDボックスが3セットという豪華企画盤でほぼ全作品を網羅するものから、トリビュートものまで、およそ15種類くらい一斉に店頭に並んでいる。これだけあると、今まで知らなかった隠れた名曲・名演奏にも出会えそうである。

 しばしばモーツァルトになぞらえられる一方で、晩年は妙にたくさん宗教曲を書いたこの作曲家、現在でもいまひとつ把らえきれていない部分もあり、再評価・見直しを巡り、昨年末あたりから音楽雑誌でしばしば特集が組まれている。去年のガーシュウィンもそうだったが、今回は生粋のフランス人作曲家ということで、国を挙げて気合いの入れ方が違うようだ。

古典オペラ

 いわゆるクラシック音楽の本場では、音楽の最高峰はオペラである。日本で話には聞いていても、なかなか実感できなかったが、最近何となく分かってきたような気がする。別にオペラそのものを見なくても、現にCDの売場ではどこもコーナーの3分の1はオペラに割かれている。個々の作曲家についても、オペラこそが第一に語られる作品である。そのことは、ぼくの予想以上に徹底している。

 つまり、ドビュッシーの最高傑作は「海」でもピアノ曲でもない。「ペレアスとメリザンド」である。ベルクは「ルル」の作曲家である。また、こちらでのヴェルディの存在は、絶対的と言ってもいいくらい巨大だ。また、オッフェンバックやマイアーベーアも「大」作曲家である。

 ぼくが興味をそそられるのは、ロマン派以降のオペラとは直接関係がなさそうな、フランス古典音楽(バロック)の時代でも、それが通用していることである。日本でバロックというと、どうしても器楽が主になっているが、決してそうではない。リュリが偉大なのは、傑作オペラがやたらにあるからだ。同時期の他の国でも同じで、モンテヴェルディもまず第一にオペラの作曲家と思われているし、パーセルもである。ヘンデルは言うまでもない。オペラを全く書かなかったバッハは例外である。だからこそ、彼は長らく大作曲家とは思われてなかったのだ。

 あれこれ聞いているとワンパターンだが、確かにリュリのオペラはよくできている。さすがに舞台で上演されることはまずないが、ルイ14世+リュリ+モリエールの輝かしい時代の音楽は、フランスにまだ生きている気がする。

ハ長調

 来週、オペラ・コミック座で「カルメン」をやるので見に行く。意図的なのかどうか知らないが、同じ頃に別の所でも「カルメン」をやる。フランス人はエキゾチックなもの、異国情緒のあるものが好きで、「アイーダ」「イーゴリ公」「トゥーランドット」とかが大好きなようだ。

 「カルメン」は、作品の良さもさることながら、作ったのがフランス人ビゼーということもあってフランスでは一番人気と言っていいだろう。ビゼーは早世したのであまり作品はないが、若い頃作った「交響曲ハ長調」も好まれている。オルセー美術館のすばらしいCD−ROMのテーマソングはこの曲から取られている。フランスらしい明晰さと若々しさがあふれる曲で、普通交響曲に「愛すべき」という形容詞は合わないのだが、この曲にはぴったりくる。

 それにしても、ハ長調である。一般に作曲家たるもの、交響曲を書くというのは、自分なりの集大成、代表作を作り上げるんだという自覚があると思うが、それを何と素朴にもハ長調で書くというのは、あまり聞いたことがない(笑)。思いつく限りでは、シューベルトのあの長いのがそうだっけ。

 実はもうひとつ超有名なハ長調の交響曲がある。これもまたフランス人である。ベルリオーズの「幻想交響曲」だ。しかしこれは素朴の対局にある複雑な曲なので、あまりハ長調のすがすがしさは感じられない。

 何を言いたかったかというと、フランス人っていかにも交響曲をハ長調で書きそうな国民だと思う。もっと端的に言えば、フランス人ってハ長調だと思う。言いたいことがわからない? 住めばわかるんだな、これが(笑)。