不思議なレクイエム

 ここで言ってるのはモーリス・デュリュフレのレクイエムのことだ。静謐で美しい葬送の音楽で、オーケストラ伴奏ではショウ/アトランタのものが定盤と思うが、去年オルガン伴奏でいいものが出た。

 これは大昔からあるグレゴリオ聖歌のレクイエムをそのまま旋律にして、デュルフレが近代的な和声を使って再構成したものだ。だから一度これを聞くと、もうオリジナルの聖歌は聖歌として聴けなくなる。どうしてもデュルフレの和声が頭の中にほんのり漂ってしまうからだ。それがいいか悪いかは別として、不思議な雰囲気に包まれる。

 この曲には思い出がある。CDは前から持っていて、もちろん大好きな曲なのに、通して聞いたことがなかった。30分程度の曲なのに、不思議といえば不思議だ。ところが数年前の夏のある夜、なぜか「今夜は最後まで聞かないと」という切迫感に強く襲われたことがあった。もう夜の2時だったのだが、そういうわけで初めて最後まで聴いた。

 翌朝出勤したぼくに、父危篤の電話があった。すぐに名古屋へ帰ったのだが、結局父は亡くなった。ぼくは占いやら予言やらUFOやら、超自然なものは信用しないのだが、この時は違った。今にして思えば、虫の知らせだったに違いない。

サン・サーンス

 日本でサン・サーンスというと、きれいでよくできてるけど何となく平凡で、あまり深みはないということになっているらしい。日本のクラシックが長らくドイツの精神至上主義に毒されていたからだが、最近の若い人はもっと自由気ままに聴いてるみたいだし、フランス系のデュトワがN響に来たし、3番の交響曲が人気アイテムになってきたし、けっこうなことだ。

 彼が軽く見られるのは、やたらに作品が多いのも一因だろう。「動物の謝肉祭」も災いしている。でもぼくは本物の大家だと思っている。総合的で明晰で、一貫性がある。しかも彼は文学・哲学も修めた、近代フランスの巨大な「知」なのだ。現に国葬されている。それに彼はオルガニストだった。フランスで、宗教曲・オルガン曲の作曲家は、日本では想像できないほど存在が大きいのである。ベルリオーズもビゼーもドビュッシーももちろん人気があるが、ヴィエルヌもヴィドールもデュリュフレも同じようによく演奏される。軽さが売り物のプーランクも、「グローリア」の作曲家としても認識される。

 サン・サーンスで一番好きなのは、ピアノ協奏曲だ。3番と5番がいい。自分でも弾けそうなのがまたいい。5番の協奏曲は、中学生の時カセット・レコーダーなるものを買ってもらった日に、たまたまFMで流れた。生まれて初めて録音した曲、ナレーションの直後の空白に緊張してスイッチを押した曲なのだ。オマケに付いてた30分の無印テープで、B面には翌日くらいにラヴェルを入れたと思う。フランスものに縁があったらしい。まだモノラルだった。演奏者は書き留めなかった。

 長じてCDでこの曲を買った。そのチッコリーニの演奏は寸分違わず、まさしくあの演奏だった。録音の日付を見ると、あの時は新譜紹介だったようだ。もう25年も前になる。サン・サーンスがオルガニストをしていたのはサン・メリ教会というが、将来そこをよく通りかかることになるとは、もちろん想像だにしなかった。

三大テノール

 フランス・チームの決勝進出が決まってから、パリは騒然としていた。そしてワールド・カップ恒例の三大テノールのコンサートが行われた。エッフェル塔の膝元シャン・ド・マルスに、数万人が集まってきた。

 大半は無料の芝生席、というか、芝生に自由に座り込んで聴くのだが、観光シーズンとあっていろいろな国の人がいる。車座、カップル、家族連れなどなど。とっくに敗退したスコットランドや、クロアチア、イタリアの連中も、そのまま観光で留まったのか、自国の旗を持って集まっている。開演前に、立ち上がってうれしそうに旗を振り、数千人の喝采を浴びている。他の国の連中も負けじと立ち上がる。さらに大喝采。日本人にはできない行為である。

 8時過ぎにいよいよ始まった。ちょっと冷え込んだのと、芝生が少し濡れてるのを除けば、空は晴れている。芝生はとっくに一杯になって、まわりの林の中まで人があふれている。実は芝生からはステージは全く見えないのだが、大きなスクリーンで見られる。思ったよりはずっと音質もいい。何より雑然と楽しむ雰囲気がいい。

 これは共演ではなく競演である。3大テノールはなかなか3人一緒には歌わない。冒頭にまず1曲ずつ歌ったのだが、満を持して最後に出てきたパヴァロッティは他の2人よりはるかに長い曲で、この男の性格がよくわかる。9時を過ぎてようやく暗くなり、佳境へ入っていった。このコンサートはビデオやCDでも出たが、現実にははるかに長時間やったのだ。終わったときにはほとんど12時だったから、4時間近く。

 もちろん途中に休憩もあった。妻はトイレに行ったのだが、戻ってからおもしろい話を聞いた。芝生の会場にはトイレはなく、シャン・ド・マルスの外、人混みをかきわけて10分くらい歩かなければならないことがわかった。妻はあきらめて戻ってきたのだが、途中の茂みから、そこで用を足したらしい人があちこち出てきたんだそうだ。それが男だけじゃなくて、女性もけっこういたというから驚きだ。三大テノールの華やかな競演の陰(文字通り)では、誰にも言えないことが起こってるのである。

オルガンと筋肉

 パリでは教会もコンサート会場である。宗教曲はもちろん、普通のクラシックや、およそ教会に似合わないジャンルの音楽もけっこうここで聴ける。概して数十フランと安く、無料のことも多い。

 教会であるから、パイプ・オルガンがある。オルガンはミサに行けば聞けるが、コンサートもある。まだ音大生のオルガニストが演奏したりする。みんなしっかりチェックしているようで、けっこう満員になる。ぼくは特に、サントゥスタッシュ教会で行われる日曜の定期演奏会によく行った。オルガンはでかいのが好きなので、サン・シュルピス教会のもいい。

 ところで、古い教会の椅子は、小さくて樹皮のようなものを編んでできている。オルガン音楽は心地よく聴きたいのだが、これが痛くてたまらない。おまけにとなりとも窮屈である。10分もすると尻の底から痛くなってきて、しだいに腰全体が鈍痛に襲われる。足を踏ん張って腰を浮かせていると、今度は足が痛くなる。狭いから身動きも取りにくい。こうなるとなかなか音楽に集中できなくなる。

 さて、パイプ・オルガンというものは教会入口の上にあるから、演奏者は客から見ると、というか見えないのだが、背中側のはるか上にいるわけだ。観客が演奏者に背を向けて聴くというのは奇妙な光景だ。演奏が終わると、拍手をしなくてはならない。だが演奏者はうしろにいるのだ。したがって、座ったまままず体を180度ひねり、さらに首を天井の方に向けなければならない。これがまた痛いのだ。演奏がよければ延々とこのポーズだ。

 ぼくは昔、オルガン科に在籍するガール・フレンドがいた。彼女の練習にくっついて、弾かせてもらったことが何度かある。あの楽器は演奏する方もたいへんだ。オルガンの足鍵盤は音域がたいへん広いので、一箇所に座ったままではできない。浅く座って、左右にスライドしながら弾くのだ。足鍵盤で速いフレーズをやる時は、ほとんど踊っているように見える。

 ちなみに、彼女の仲間でたいへん太った人がいた。この人は足鍵盤の2度(ドとレのように隣り合ってる鍵盤)が押さえられなかったそうだ。なぜか? 太股がつかえて、足の先が離れてしまうからだ(笑)。

 これは筋肉でなく贅肉の問題である。

N響来たる

 ぼくがパリへ赴任して1週間、N響がぼくの後を追うように(?)パリへ現れた。パリ指折りのサル・プレイエルでの演奏が行われる。竹澤恭子さんのソロでシベリウスのコンチェルト、そのあとプロコフィエフの6番の交響曲である。この曲目は、後にデュトワ/N響初のCDとして発売されたものでもある。

 デュトワはパリでもよく知られているので、当日のプレイエルは超満員。ぼくは運良く前から2番目のいい席で聞くことができた。プロコフィエフの交響曲と言えば、ぼくは有名な5番がことのほか好きなので、6番というのはあまりなじみがない。というか、初めて聞いたので、いい演奏だったのかどうかわからない。

 今回の思わぬ体験はシベリウスの方にあった。演奏自体は竹澤さんだし、悪いはずがない。思わぬ体験、というのは、演奏とは別の所にあったのだ。

 ぼくがこの曲を初めて聴いたのは、中学生の時。日曜の朝、AMラジオでやったのを、布団の中でたまたま聞いてとりこになった。その時の演奏は、録音は古いしAMだし、元々がああいう曲だし、いわゆる「模糊」としたイメージで、それがかえって気に入った理由だった。

 今ではCDを持っていて何十回と聞いたし、生演奏も、後ろの方の席だったけど聞いたことがある。ところが今回は、指揮者のタクトも見える前から2番目である。当たり前のことなのだが、指揮者はタクトで拍子を振る。本当に、当たり前のことだ。けれど、拍子を感じさせない模糊とした暗さが、ぼくにとってのこの曲だったのだ。

 この曲に拍子を意識してしまったこの時以来、前のようには聞けなくなった。結果から言えば、いい席に座ったのは不幸だったかもしれない。

ローマの風呂場

 ローマの風呂場、というのは、パリの中央部にあるローマの遺跡のことだ。ここはクリュニー美術館といって、むしろ中世の博物館なのだが、そもそもがローマ時代の公共浴場の上にあるので、その遺跡も公開している。二つの時代の博物館である。有名な「貴婦人と一角獣」のタピスリーはここにある。

 この風呂場の遺跡で、100人程度が集まる定期コンサートがある。場所柄、中世・ルネサンスのものが多く、古楽ファンのぼくにはたまらないプログラムが目白押しである。一番最近行ったのは、もう数ヶ月前になるが、オランダだったかドイツだったかからやってきた中世合唱団による、マショーの「ノートルダム・ミサ」だった。これを生で聞くのは初めてだが、ぼくのイメージよりテンポが速いし力強すぎて、いまひとつだった。ただ、教会もいいけど、こういう場所も古楽にはよい。まわりは全部石で天井も高い。だからよく響く。廃墟、というのもロマンを感じさせる。ヨーロッパの古代・中世・現代が一箇所に集まっているわけだ。古楽ファンの日本人もしっかりチェックしているようで、意外と思えるほど日本人もいる。といっても、5〜6人だが。

 我々から見るとローマもマショーも古〜い時代、としか感じられないが、しかしよく考えると、ローマ時代からマショーの時代の隔たりは、マショーの時代と現代との隔たりよりもはるかに長いのだ。当たり前の事だが、歴史の流れというものに思いを馳せずにはいられない。

 ところで、古楽ファンには垂涎の情報がある。この冬、パリでは次の人たちがたった3ヶ月の間に聞けるのだ。クリスティ、セイ・ボーチ、エルヴェ・ニケ&コンセール・スピリチュエル、レーヌ、ヴィス、ボストン・カメラータ、ペレス&アンサンブル・オルガヌム などなど。これを見逃す手はない。ぼくは調子に乗ってずべて手配した。

 その結果、妻に生活費を無心することになった。だって、行きたいんだから、しょうがないだろうが。