墓巡り・2:その5年前の墓巡りでは、前回見つけられなかったモディリアーニの墓を初めて見た。これはわかりにくい場所にあるのだが、その辺を探していたらおばあさんが現れて、モディリアーニの墓はこれだ、と言って杖で指し示してくれた。しばらくしたら、そのおばあさんは別の旅行者にも同じように声をかけている。さらに別の人にも。よく見ると、なんというか、表情がなくて、幻の中にいるみたいにゆっくり歩いている。この人は毎日毎日こうしてモディリアーニの墓に人を連れてきているんだろうか。モディリアーニに取り憑かれているんだろうか。うつろな目をしたこの老婆、なんだか不思議な白昼夢のようだった。 もうひとつの白昼夢は、ドアーズのジム・モリソンである。彼はパリで死んだので、ペール・ラシェーズに墓があるのだ。入口からかなり離れているのだが、途中のあちこちに(他人の墓石に)「ジムはこっち」という落書きがある。ここを訪れる若い観光客の多くは、ジムが目当てである。たどり着いたら、何と50人近い若者がジムの墓石のまわりを取り囲んでいた。しかも誰一人として声を出さないのだ。日頃はいかにもけたたましそうな身なりのロック少年・少女が、黙ってじーっと墓を見つめている光景は、これもやはり時間が止まったようであった。彼らの黙祷にも似たあまりの集中ぶりに気後れして、ぼくは写真を撮ることができなかった。シャッターの音すら気まずい雰囲気だったのだ。

墓巡り:ぼくが初めてパリへ来たのは、もう15年以上前になる。2回目までに10年の歳月があったが、その間に変わったことのひとつに、石が磨かれたことがある。革命200周年があったせいかもしれない。ルーブルは見事に白くなった。ノートル・ダムは現在進行中で、上半分が白くて下半分が黒いという、みっともない姿になっている。 ところで、ぼくはパリの墓巡りが好きである。15年前には、ものの本によれば、墓石を写真に撮るのはよくない行為ということになっていた。確かにボードレールの墓を見に行った時、墓の管理人みたいな人がずっとぼくの行動を見張っていた。それが、いつの頃か方針を変えたらしい。墓地を観光地として積極的に売り出し始めたのだ。パリ最大のペール・ラシェーズ墓地の入り口には、墓石マップを売ってるキオスクがあるし、近所にはサンドイッチの店もいっぱい出ている。まあここは元々公園のような明るい場所なのだが、5年前、ここを再び訪れた。そこで発見したのは、これもまたきれいに磨かれた有名人の墓石だった。アングルやモリエール、アポリネールの墓石はすっかり生まれ変わった。バルザックは上記のノートル・ダム状態で、上は白いが下はまだ苔だらけである。石でできた文化は、こうして蘇らせることができるので、うらやましい限りである。

ビル・アケムの太郎:ビル・アケムというのはエッフェル塔へ行く際に降りるメトロの駅だが、ここからエッフェル塔に向かうとまず横断歩道を渡る。渡ったところには観光客向けのカフェや土産物店がある。ここの連中は、場所柄各国の言葉を覚ている。日本人も多いので、特に若い女性あたりがおもしろがって教えるらしく、日本語が上手だ。それもみょうちくりんに上手なので、大笑いである。「コンニチワ」「アリガト」「メンゼイ」ぐらいは、今時パリで物を売る人間なら誰でも知ってる日本語だが、ここの奴らは奥が深い。サンドイッチを持っていると「そこのはまずいよ(ガイジンの日本語なのに思わずひらがなで書いてしまうくらいだ)」、夜通ったら「今夜は遅いね。」と来た。同じように他の言葉を操るので、通りかかる各国の観光客が思わず振り向いたり吹き出したりする。その中でぼくが特に親しいのは、「ぼく、太郎です。」といってるやつだ。ここを通る機会があったら会ってみてほしい。

バトームーシュ:わが家からパリの夜景を見ていると、ボーッとした灯りの塊が、遠くをゆっくりと右へ左へ進んでいくのが見える。ああ、あそこにいるんだな、という感じである。何がいるのかというと、バトームーシュである。ご存じセーヌ川の遊覧船のことだ。ディナーが出る高級なのとかいろんな遊覧船があるのだが、もっとも一般的なのが、いまや故ダイアナ妃の聖地となったアルマ橋から出るバトームーシュ。夜になると、この船は自ら煌々たる電灯を発して、両岸の建物を照らしながら進む。建物の中の人たちはたまったもんじゃないだろうが・・・。ところで、バトームーシュは名所にさしかかると5〜6か国語で解説テープが流れる。だが日本語は終わりの方なので、日本語が聞けるときはもう話題の箇所はとっくに通り過ぎていたりする。したがって、あまりこれに頼らないで自力でチェックする方が利口である。

改札Gメン:フランスでメトロに乗ると気が付くのは、まず出口で改札がないこと。メトロはそれでも扉があるので、外へ出た、という感じがするが、国鉄の場合はホームからそのまま駅舎も通らずに町中へ出て行けてしまうので、なんだか拍子抜けする。 次に目にするのは、それゆえ入口さえくぐり抜ければOKということで、入口のバリアを飛び越える無賃乗車の若者達。飛び越えるのではなく、切符を持った人の後ろにピッタリくっついて、バリアを一緒に通り抜ける輩もいる。 さて、大半はそれで日々平安に暮らせるのだが、たまーに恐ろしい仕打ちが待っている。それが改札Gメンである。まず、通路の途中に突然数人の制服が現れる。そして「切符を拝見」となる。これに出くわしたら、不正乗車は万事休すとなる。 もっと迫力があるのは、メトロに乗り込んでくるGメンたちである。パリのメトロはとなりの車両へは移れないので、とりあえず全員が袋のネズミになる。そして車両の端から順番に切符をチェックしていくのだが、不正乗車となると、まず罰金を請求する。あーだこーだ言ってると、他の扉から乗った数人の仲間がやってきて、通路を塞ぐように取り囲む。そして全員仏頂面でにらみつける。この場合の罰金はけっこうな金額になるのだが、一般的にフランス人は現金を持たないので、まずは「金がないので払えない」と言うことになる。しかし、「カードはあるか」という答えが返ってくる。何と彼らは、クレジット・カードの精算機を持っているのである(笑)。カードもないと、「どこまで行くか」と聞く。何と彼らは、行き先まで付いてきてくれるのである(笑)。そして、取り囲んだまま一緒に降りる。その後はよく知らないが、事務所か何かへ連れていくのだろう。ひょっとしたら、最寄りのキャッシュ・ディスペンサーまで付き合ってくれるのかもしれない(笑)。要するに、運悪く捕まったら、絶対に罰金を払わなければならないようにできているのだ。本当の不正なら自業自得であるが、上記の通り出札がないため切符を途中で捨ててしまう人も多く、しかしこの場合でも許してはくれない。あるいは、カルト・オランジュ(定期券)に自分の番号を書き写してない場合も、料金的には何も不正ではないのだが、しっかり罰金を取られる。

メトロは語る:フランスではストライキが非常に多いということは前に書いたが、小さな規模のものは本当に毎日のようにある。一番生活に影響あるのは、おなじみメトロ。完全にストップしてしまうわけではなく、間引運転で小出しに嫌がらせをするのである。しかも、いつやるかはわからない。たちが悪いことに、朝は何も言わずに普通に出勤させといて、帰りのラッシュ時に突然間引きをやるのだ。これが利用者には一番こたえるので、ストライキとしては効果的なのだ(と当人たちは考えている)。 先日、典型的なのに出くわしたので紹介する。まず本数が少なくなっている。ホームでずいぶん待たされる。やっと乗ったら、次の駅で5分ぐらい止まったままになる。ここで車内にアナウンスが入る。「運転手からみなさんにお話があります」ということなのだそうだ(笑)。そして、このようなことをせざるを得ない理由を述べるのである。乗客は慣れているので、笑いながら聞いている。乗客の大半を占めるフランス人たちは、自分も立場が変われば似たようなことをやるので、決して怒りはしないのである。 ところで、メトロの運転手というものは制服がない。Tシャツやセーターにジーンズ、といった服装で仕事をしている。これは意外と効果があるかもしれない。というのは、制服姿の人間が上記のような嫌がらせ、じゃなくて、やむを得ないストライキ(笑)をしたら、客は反発したくなるが、普段着だと、何となく自分たちと同じに見えてしまうのだ。