向ヶ丘遊園モノレール線
 2002年3月31日をもって閉園となった、川崎市多摩区にあった小田急グループの遊園地、向ヶ丘遊園。遊園そのものは、普通のありふれた
遊園地でしたが、観客数の減少による赤字が拡大したための閉園でした。今では、遊園の遊具(観覧車やジェットコースターなど)はあらかた
撤去されてますが、バラ苑だけは、川崎市が管理をしていて年2回のバラのさく時期になると公開しています。
 その遊園の閉園の前の2001年末に、小田急向ヶ丘遊園駅からモノレールが出ていました。確か、ロッキード式という珍しいタイプの跨座式
のモノレールでした。私は、遊園には行ったことは無いですし、モノレールも乗ったことはありませんでしたが、モノレールがゆっくりと走っ
ているのは、府中街道を車で走る時にみたことが、あります。
 その、モノレール跡を辿ってみました。
 この跡ですが、つい最近までは線路が残されていたのですが、油断している内に線路はおろか、橋脚までいっさいが撤去されてしまいました。
そんな、感じなのとモノレールなのであまり廃線跡らしくないかもしれませんが...


小田急向ヶ丘遊園駅(A地点)
近々、この駅まで複々線にするべく工事が進行中です。
駅前ロータリー(A地点)
ちょうどこの写真の左にあいている空間にモノレールはありました
駅跡(A地点)
かつて駅があった場所は駐輪場になっていました
(B地点)
この道路のまん中をモノレールは通ってました。橋脚の撤去も完了しもはやモノレールの跡らしいものはまったくありません
二ケ領用水(B地点)
ダイエーのすぐ脇をこの二ケ領用水の写真左手に沿って進んで行きました
点々と...(C地点)
このま新しい四角い鋪装は、まさに橋脚を撤去した跡を埋めたものです。
新しい切断跡(C地点)
まだ、撤去したての橋脚跡。引き抜くわけでは無くこのようにカットしたようです。
府中街道(C地点)
この場所でモノレールは府中街道を鉄橋で渡っていました。この鉄橋が最後まで残されていたモノレール線の遺構でしたが
それも撤去されました
そしてまた跡が...(D地点)
府中街道をわたるとまた、新しいアスファルトが点々と続いて行きます。
これも跡?(D地点)
終点(塀の向こう)に遊園前駅がありました。その手前で用水を渡った時の橋脚跡
橋脚(D地点)
用水内にも橋脚の跡とおぼしきものがありました。

都会の中にあるということで、跡は急速に変化して行くのを感じました。たった2年で、ここまで跡が無くなるとは思いませんでした。
おそらく、もう2年もすれば全く跡は判別できなくなるのではないかと思います。

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