- 国鉄宮原線(その1) 2002.7
国鉄宮原線は、木材の輸送を目的に戦前から建設が始められました。久大本線の恵良駅から分岐して肥後小国まで全線山岳路線
- です。戦前に建設が始まり、宝泉寺まで開通したところでいったん工事は戦争のために中断しています。戦後すぐに工事が再開
- され昭和29年に全線開通しています。この路線のハイライトは、なんといっても谷あいを渡るためにつくられたコンクリート
- アーチ橋が有名です。資材不足のおりから鉄筋が使えずやむなく竹をつかった竹筋橋です。北里駅付近に4つの竹筋橋がいまでも
- その美しい姿をとどめています。それ以外の廃線跡は、宝泉寺付近、麻生釣付近はバイパスに飲み込まれていて跡が残っていま
- せん。昭和59年に廃止されました。
- 今回は、近くの日田市に住んでいるIさんの協力の元に訪ねてきました。わざわざ下調べまでしてくれてありがとうございます。
扇形機関庫(A点)
- かの有名な扇形機関庫です。久大本線、宮原線の機関車の車庫でした。中央には、ターンテーブルもあります。
- これほどの規模の扇形機関庫はここと、梅小路機関区だけのようで保存運動を展開中です。
裏側(A点)
- 扇形機関庫の裏側です。こんな感じになっています。水田の緑が奇麗...
恵良駅(B点)
- 宮原線は豊後森から列車は出ていましたが実際の分岐はこの駅からです。
乗り換え案内(B点)
- 駅構内に宮原線の乗り換え案内がペンキで消しただけの状態で残っています。よく見ると肥後小国方面と読めます。
分岐点(B点)
- 宮原線乗り換えホームへの分岐です。
築堤と橋台(C点)
- 恵良駅をでて程なく、分岐があります。真ん中の橋台で国道を跨ぎ、そのまま玖珠川を渡っていきます。
錆びた看板(D点)
- 道路脇に錆びたまま残された、町田駅の案内標識です。ちなみに、バス停も町田。
駅名板(D点)
- 駅そばの公民館に残してありました。東京都に町田駅がありますが、ここも町田駅です。町田駅は二つあったようですね。
プラットホーム(D点)
- プラットホームにも当時の雰囲気そのままに駅名が残されていました。
プラットホーム全景(D点)
- 1面1線のシンプルな駅だったようです。わだちはもちろん、線路跡。
- 以前は気がつきませんでしたが(宝泉寺温泉にあった記念館は閉館したということだったので未調査でした)
- 記念館は無いですがモニュメントはのこされたままなのを確認しました。
- 宝泉寺温泉交通会館のそばにある、転轍機とその信号(2003.7)
- これもモニュメントの一つ。腕木式信号機(2003.7)
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