2001-8-31 (金) 22:53
昨日のパーンの歴史、他の人類から孤立して2万5千年と書いたのは一桁違いの2千5百年ということで訂正。25世紀というのはなかなかに微妙な時間設定と思う。
本日の通勤。電車の駅でコンビニの袋を扉に挟まれた人がいた。本人はホームにいて、袋の中身は電車の中。引っ張っても抜くことができない。
電車が停まって、駅員が駆け付ける。当然扉を開けるものと思っていたが、電車内の乗客に向かって電車内部に荷物を引き込むように指示した。荷物は、所有者の手を放れて電車内に移動する。
でもって、窓を開けてその荷物をホーム側に戻す。
なるほど、いったん手放すというのは凡庸な発想ではないなあ。いろいろと手段はあるものだと感心した。
てのとは直接関係しないが、商売を繁盛させる方法。一つは専門性/技能性を高めることで、その筋の人しか提供できないようなサービスを提供すること。もう一つはスケールメリットを追求して、大規模ならではの効果を利用すること。
両者は矛盾せず、両立する場合もある。食いっぱぐれがないのは専門化で、法外な利益が期待できるのはスケールメリットを狙うこと。商売が成り立つにはこのどちらかしか無いように思う。
2001-8-30 (木) 20:15
先頃確認された太陽系最大の小惑星「2001KX76」は、地球から43天文単位離れたカイパーベルト天体であることを認識。小惑星ということで火星と木星の間の小惑星帯にあるのか、そんなものが何で今まで見つからなかったのかと不思議だったのだが、その位置についての国立天文台の記事で納得。宇宙王者の記事にも訂正を加えました。以前の記述を信じてしまった人、ごめんなさい。
パーンの竜騎士シリーズの”大厳洞”Weyr は辞書に載っていない(らしい)言葉なので、この作品での造語(他の人類から孤立して2千5百年経っているので言葉も変化している)であろうと見当を付けて、似た単語を探す。eyrie:(がけや山頂にある猛鳥の)巣。これに”偉大”な感じのWを付けてちょっと形を変えれば竜と竜騎士が住む大厳洞になりそう。そういうことで納得。
2001-8-29 (水) 20:57
「竜の挑戦」入手。本日が発売日。某書店には昨日の夕方から並んでいたと思うが、昨日は私が夏休みで行く機会がなかった。買うときにどきどきする本てのは久しぶり。原書の出版年は1991年で「竜の夜明け」(SF860、SF861)が1988年、「竜の反逆者」(SF1112)が1989年だから、それと近い。話としてはたぶんつながっている。
原題は All the Weyrs of Pern 。Weyrs って何だ。(大厳洞のことを Weyr と呼ぶらしいけど、由来とか?)
H2Aロケットの1号機が成功。午後1時打ち上げの予定が4時になったけど、その後はこれといった問題もなく、きわめて順調。まあ巨大技術の成果が成功する時ってこんなものでしょう。
失敗の場合には長い目で見た景気とか、宇宙技術の推移とかにも大きく悪い影響があったはずで、成功は喜ばしい。
2001-8-28 (火) 20:02
さらに夏休みの続き。明日から出勤。7月の完全失業率が5%を越えたそうで、辛い渡世だなあ。特別な才能は無くとも、まともにからだが動いて、理性も根気もあるのに社会に貢献してその見返りを得る場がない。つまりどうして良いのかわからないという人が20人に1人以上いるということで、しばらく前はそういう人の働く場があったということを含めて、不思議な世界だ。
2001-8-27 (月) 21:35
夏休みの続き。と言って、なすこともなくローダン読みを続けたり。
2001-8-26 (日) 15:08
マキと言えばもちろん、じゅあいよくちゅーるであるが、スター・トレックヴォイジャーのメンバー半数は、宇宙の抵抗組織”マキ”のメンバーだ。
「ゲシュタポ・狂気の歴史」(講談社学術文庫)で、ナチス・ドイツの支配下におけるフランスの抵抗組織も”マキ”であることを知って、もしかしてこれは歴史的用語であるのかと思いついた。
maquis 名詞:第二次世界大戦中ドイツに抵抗したフランスの地下運動組織
はあ、そういうことでしたか。ちなみにゲシュタポ(GE・STA・PO)はGEHEIME STAATSPOLIZEI(秘密国家警察)だが、これをGE・STA・POと呼ぶのは郵便略号に由来するらしい。
2001-8-25 (土) 23:19
日本の不景気の根幹は、短い視野で見る限りは内需拡大をしていなかったことであると思う。日本はこれまで低開発国向けに、安くて安定した性能の電化製品を作り続けて、その先に売れる新たな製品開発の努力を怠ってきた。でもって、かつての低開発国がそれなりの産業基盤を整えてきた結果競争力を失ってしまった。
長い視野では、技術の発展は速度を鈍らせていて、とりあえずの可能性を実現してしまったことで、さらに有用な技術の発展は原理的に難しいものになっていると思う。
技術分野にはまだ個人情報通信とか燃料電池だとかいくらかの展開の余地は残されている。とはいえ前世紀の経済は未来技術をどれだけ速く実現できるかを競うことで発展してきたわけだけど、そろそろ頭打ちの傾向にあると思う。
今後、これまでのように速くは未来技術を実現できないという状況にあって、いかに生活を安定させていくのかが大きな課題。ていうか、世界の均質化がますます進むわけだから、世界全体の物資供給量を上げるか、今よりも一人あたりの生産量が低い状況でやりくりして行かなくてはならないわけで、その選択を強いられることになると思う。
2001-8-25 (土) 06:51
誤字訂正。昨日の記述
夏至は確かに夏のまん中かその少し後→…その少し前
2001-8-24 (金) 21:52
8月も終わりだなあ。もう秋なんだなあ。秋は9月から3ヶ月だから、9、10、11月と秋なのだ。
春はえーと、冬が12、1、2だから、3月から5月が春だ。なんかこの区別は難しいのではないか。
旧暦では、立春から夏至の間、元旦は立春と接近していて、1月から3月が春、うんぬんで10月から12月が冬というように年の変わり目と季節の変わり目が同じだから、こちらのほうがわかりやすい。閏月(うるうづき)があったりするのは使いにくいが。
旧暦(陰暦)を新暦(太陽暦)に切り替えるときに、どうして春分と1月1日を一致させなかったのか。クリスマスはキリストの誕生日で、冬至と近くて、冬至と年始を一致させるのもひとつの考えではある。
クリスマスはどうして12月かという疑問が追加されてしまった。
冬至は冬のまん中であって、春分はやはり春のまん中なのか。夏至は確かに夏のまん中かその少し前であって欲しい。
ということで、1月は春のはじめ、春分から1ヶ月くらい前の、現在の2月20日あたりに持ってくるのが適当ではないでしょうか。
2001-8-23 (木) 22:36
職場で飲み会。帰路に2箇所乗り換える駅があるが、どちらも降りるべき駅からもう一つ先へ進んでしまった。それぞれあわてて引き返す。つまり、酔っているということですね。
早川書房の9月の新刊ではブリンの知性化の嵐がついに登場。8月のマキャフリイの竜とともに、往年の名作シリーズ新刊の邦訳が続くのはまことにめでたい。東京創元社が今年に入ってSFの新訳を出していないのは寂しいなあ。
台風が北に進むについては、コリオリ力が強い方向に進む性質があるという記述を発見したが、その論理的詳細まで掴んでいない。真偽を含めて今後確認しなくては。
台風の実体は”目”ではなくて、そこに吹き込む風であることを意識しないと、コリオリ力と台風の関係は理解が進まない。台風が進むということは、気圧が局所的に一番低い部分が移動することなんだけど、それをふまえて機構を理解せねば。
2001-8-22 (水) 19:49
台風はどうしてあんな経路を取るのでしょうか、という話。大陸の沿岸に沿う形で日本列島を九州から北海道方面へ向かうのは、気圧の谷間を通って進むからてのはわかるとして。
何物も動くのにあたっては、エネルギーが少ない経路を取ることで納得するが、そもそもなんで台風は動くのか。
赤道から極方面に向かう力が台風に働いていると思えるのだけど、その極に向かって働く力というのは何?
医者に行くのが嫌いという話。「うーん、これはだいぶ悪いですねえ。ともかく少しでも長く生きられるように頑張りましょう。」とか言われるのが嫌で(恐くて)行くのが嫌なのね。
真実には抵抗しようが無くて、なおかつ前向きに(少しでも長く生きられるように)取り組もうというのは評価できて、それでも避けられない死の不条理に嫌悪を感じるということだと思う。これを解消するには死を不可避のものと認めて、その中で相対的な価値の序列を整理するてなことをするしかないのか。
医者が運命の使者みたいに見えちゃうのは、もちろん医者の責任ではない。
2001-8-22 (水) 18:04
関東への大型台風接近が夕方になるということで、通勤のための交通網が乱れる恐れがあることから自宅待機になる。
夕方には夕焼けが見られたから今回の警戒は空振り。娘たちの塾からも”台風のため休み”の連絡が来たり(夏休み中だから昼間から塾がある)けっこうみんな心配していたらしい。
2001-8-21 (火) 20:05
「高野聖」を知らないと言い捨ててしまうのもくやしいので、青空文庫からダウンロードしてながめる。私の趣味じゃないなあ。あ、「金色夜叉」は尾崎紅葉か。混同してしまった。どうりで事典の説明とイメージが合わなかった。神秘的・浪漫的世界という説明。してみると、あのラーメン屋では実存ではなくて浪漫を観念しなくてはならなかったということなのか。他者の感性に相乗りするというのはなかなかに難しいものだとあらためて思う。
大型で足の遅い台風11号が日本に上陸。明日の昼頃に関東に至りそう。
2001-8-20 (月) 20:41
そーいえば、昨日は立川駅近傍のラーメン屋「鏡花」に行った。泉鏡花の「高野聖」のイメージと関連しているんだそうだ。「高野聖」という作品を私は知らない。店内は外光を遮断していて、光を通さない入り口扉を入るとそこにはみずからの光でその存在を際だたせた自動販売機で食券を売っているのだった。
店内は薄暗くて、足下を照らすのと、カウンタの客が座る場所のそれぞれの前に丸く照明があたっているだけ。じょろじょろじょろという水が流れるBGM。
目はしだいに暗さになれてくるが、葦簀(よしず)が外光を遮る雰囲気とこの暗さはお化け屋敷を彷彿する。
注文したラーメンが、カウンタに置かれてスポットライトを浴び、流水の音に紛れて他の客たちの話し声もほとんど解読不能というこの状態でラーメンをすすっていると、さながらこの宇宙には自分と目の前のラーメンしか存在しないかのような不思議な雰囲気を感じる。
お化け屋敷の例に沿って、出口は入り口とは別にあるのではないかと探してもみたが、そういうわけではなかった。
味はなんていうか、独自で、ハマってしまえば良いのではないかと思う。お化け屋敷の俗な雰囲気に交わって、宇宙に自分とラーメンだけという悟りの境地にもつながりそうな感覚を覚えさせてくれるところがなんかめずらしい。
2001-8-19 (日) 21:21
パソコンショップで、TV録画ボード購入を考えるが、CPUの性能不足で断念。PentiumIII 700MHz以上ですか。我がマシンはCeleron400MHz。実はTVをパソコンで記録してどうするのという目的が全く無い。やってみると面白いとは思う。
今後CPUを換装するとすれば、映像系の能力向上を狙ってのことであろう。それで、そのための必要性が今ひとつ実感できない。
2001-8-18 (土) 15:31
日付の表記方法を変更。これまでの表記方法は特別気に入っていたわけではないのだが、もっぱら楽な方法ということでエディタの日時を表記する機能をそのまま使っていた。今回、クリップアウト2000というクリップ・ボード監視ソフト(で良いのかな)を使わせてもらうことにして、自由に日時の表記を作れるようになったので、日時表記をいっそう好みの形に変えることにした。
このソフトは、クリップ・ボードの監視だけじゃなくてテキストの整形やら生成もできて、カスタマイズも効くから非常に便利を感じる。
便利なソフトをインストールすると、すごくいろんなことができるようになったような錯覚を覚えるのだが、実際にはホームページの品質が格段に良くなるとかいう劇的な変化があるわけではない。ともあれ、一時的にもそんな錯覚を覚えてしまうくらい私は気に入った。でもってローダンページなどはこのソフトを使って閲覧者には全く関係ないけと、タグを小文字に統一した。タグの大小混在はこれまでかなり気にはしていて、実はこれまでもそれぞれのページに手を入れる毎にちまちまと置き換えをしていたのだが、こういう形で一気に片を付けられるようになってとても嬉しい。
23:17 01/08/17(金)
今年は秋田で開催されているというワールドケームズの競技。オリンピックにない種目を競うということで、どんな競技があるのかと興味を覚えた。ライフセービングとかはなるほど、意義も面白味もありそう。人形を抱いて泳ぐというのも意義深いものではある。ビーチフラッグスもその中に含まれていたとは知らなんだ。
21:29 01/08/16(木)
運動不足を解消しようとして、ゆうべ娘たちと縄跳びしたのが効いて足の筋肉が痛い。
日常的に運動しようと考えると、なかなかきっかけが無い。ふだんパソコンに向かっている生活を改善するには、それなりの目的が欲しいなあ。登山とか、鳥見とか、潜水とか主題があると良い。散歩するにしても目的がいる。
「黄金の幻影都市 3」。”青い犬の導師”は Blue Dog Anchorite かなあ。あんかーらいとってのは私にはなじみがないけど。隠者って訳のほうが合っているのかな。
21:23 01/08/15(水)
口→食道→胃→十二指腸→小腸→大腸→直腸→肛門。このうち、十二指腸とか直腸を教えていない今の教育って大丈夫なのかしら。妻が小腸と大腸の順番を逆に認識していたってのも衝撃ではある。
十二指腸はどうして十二指なのかとか、まあ知らないでも問題は無いと思うが。
本日、健康診断再検査で運動不足と言われたそのあおりでの家庭内の話題。自宅と会社との通勤以外に運動の無いことを反省。
22:29 01/08/14(火)
今年の夏休みはひとまず終わりで、明日からはまた通常の出勤。
今回は長野へ一泊した以外これといった催しもなくて、後半はローダン読みになってしまった。ともあれ100巻まで読破して、今度は150巻からのM86サイクルを始める。謎の巨大構造物が銀河系を脅かすのだ。
でもって、もちろん150巻段階では謎の巨大構造物だが、物語の進展にしたがってその正体は明らかになるわけで、すでに先の方まで物語を読んでいる立場としてはその正体は明らかだ。今回は、その前提知識に立ってあらためて物語の構造的破綻とか整合性をを確認しつつの読みなおしということになる。
物語の先とか結末とかを知って、それに沿った読みなおしもまた読書の楽しみの一つ。繰り返しの効く楽しみてのはそれなりに良い。
ていうか、この世の楽しみは美食や快感を含めて繰り返しによって一層高められるものではないだろうか。より高度な形でそれでいて再体験されることを求めるってのはかなり根元的な希求のような気がする。逆に見れば、経験自体が繰り返さないことには完成しないとも言える。
20:09 01/08/13(月)
ローダン邦訳。松谷健二が亡くなる前は、一人の翻訳だったが、今は複数人での翻訳。では、それだけ効率が上がるかというと、翻訳者は自分の担当分以外の原作についても理解していなくてはならないわけで、人数に比例した効率増加は望めない。効率からみれば一人で翻訳をすすめる場合の方が優れている。とはいえ、年間でのけっこうな量をこなせるかどうかは別問題で、年に10冊を守った松谷はやはりすごい。
17:06 01/08/12(日)
DVDのために映画ソフトを物色する。しかし、アカデミー賞受賞リストを見てもぴんとくる映画は少ない。
先日その話を職場でしたところ、私は映画が見たくてDVDを購入すると言うよりも、DVDを活用するためにソフトを求めているのだと喝破されてしまった。まさしくその通りで、私は映画ファンではない。
そんなわけで、いかなるSF名作であろうと1枚のDVDに4000円も出すつもりはない。ワーナー・ホーム・ビデオが”ハリウッド・プライス”ということで2000円程度から品揃えしていて、そのあたりから選ぶことになる。
本日は「ポストマン」入手。英語字幕で英語音声を聞いて、英語の勉強にもなるといいなあ。
ローダン272巻。本来であれば次巻に入る予定だった「消えた仮面の男」がこの本の後半に組み込まれているが、それを読みつつ、校正の時間が不足していたと見えてワープロの誤変換と思われる誤字を6箇所みつけた。”六次元的特製”はまだしも、”息のこる”とかはあまりに初歩的。
とはいえ、校正も含めて一冊のまともな本を作るための労力は、一般読者がほとんど意識しないところにも必要であることは理解できて、今回みたいなことがあるとかえって通常編集時の労力が偲ばれる。
20:22 01/08/11(土)
長野県長野市へ一泊で家族で遊びに行った。戸隠の忍法資料館とかちびっこ忍者村とかを訪れる。
からくり屋敷とかあって、各部屋のからくり出口を突き止めて脱出するという趣向。古典的な仕掛けが結構感動。
十字手裏剣を投げるのも悪くない。投げつつ「まいるっ」とか、「てや」とか叫んでいると、全く人気のなかった手裏剣小屋に人が集まってくるのはどういうわけだ。ともかく、こういうところではなりきって楽しむのが良いのではあるまいか。
アスレチックに”昇天の術”とか”飛猿の術”とか書いてあるのも一興。
6:22 01/08/10(金)
「月光」から連想するもの。「少年忍者部隊月光」、「月光仮面」、大戦中の偵察機の名称、「月光(がっこう)菩薩」とか。ということで、かっこいい雰囲気が昔はあったんだけど、今現在に於いて、かっこいいという印象は無い。
最近はふと空を仰ぐと青白い月が凛とした光を放っている、なんて機会がほとんど無いから(昔は灯火が少なかった)月を意識することが少なくて、かっこいいという感覚も薄れてしまったんだろうなあ。
アポロが月へ人間を運んだのは、まだ月が人間に身近な時代のことだった。
22:26 01/08/09(木)
国際宇宙ステーションでは、靴を履くのが普通かどうか。ということでこの写真。でかい方の写真のURL。
それでこちらが足もと(輝度をあげてある)。
なわけで、国際宇宙ステーションでは靴を履かない。じゃああの壁に張り付いていたスニーカーはどんな経緯であそこにあるんだろう。
ローダン272巻入手。構成上のトラブルがあったみたい。知りたい人は、本の最後にある編集部付記をどうぞ。
20:54 01/08/08(水)
「ゲシュタポ・狂気の歴史」(講談社学術文庫)。ゲシュタポに焦点を当てたナチの機構と歴史。ローダン90巻あたりのエピソードで独裁者イラチオ・ホンドロが出てくるけど、現実のナチの支配機構の方が徹底的だ。
ローダンではホンドロは期限内に解毒剤を必要とする毒物を使用して部下を支配するが、ナチの状況は最高支配者が組織的に部下を追い詰める仕組みを持っていれば薬物に頼る仕組みなどは不要であることを示している。こっちの本を見てしまうと、ホンドロの組織の単純さが目に付く。
22:04 01/08/07(火)
「黄金の幻影都市 3」を入手。ちょうど本の切れ目だったが、今日の精神疲労状態を勘案して、読み始めることを断念。数日以内には読み始めることでしょう。
ローダン272巻は10日、「竜の挑戦」は29日発売予定。
DVDで「ライトスタッフ」を見終わる。着水時にリバティ・ベル7のハッチが開いたのは、事故か誤操作か。リバティ・ベル7が最近海から引き上げられたのは覚えているが、原因追及はどうなったんだっけ。ということでNASAのサイトを見に行く。URLは控えていないけれど"Liberty Bell"で検索すると特設ページに行くことができた。でもって、どうやらハッチ自体が見つかっていないので真相不明らしい。いまさら真実を暴いたところでどうなるものでもないから、それで良いのかも。英語力不足なので読み取りを誤った可能性がある。
20:28 01/08/06(月)
”おばあさん”という呼び名。二世代前の血縁者の意味と、年輩の女性の意味がある。寿命が延びて、「おばあさん」とか「おじいさん」とか呼ばれるのに抵抗を感じている人も少なくないらしい。これまでの常識では”親の親=年寄り”ということで矛盾する概念ではなかった。しかし、ここ数世代でその分類が乖離してしまった。今後、不死・不死が開発された場合には”年輩”という概念が無意味になるので混同のしようはないが、そこまで行かずに寿命が延びているような現在は概念の混乱が問題となりうる。
そこで、”第n次先行世代者”という名称を考えた。”おとうさん”と言わずに”先行世代者”(”一次”は省略可)と呼ぶ。”おじいさん”と言わずに”第二次先行世代者”と呼ぶ。
敬意とかは名称に付いてくるものであるから、そのつもりで使っていればそれなりに雰囲気は出て来るであろう。
用語が硬いというのなら”にーは”(二次+はは)とか”にーち”、”さんは”とか翻訳しちゃう。平均寿命がさらに伸びていくようなら、そのうちそういうような言葉が一般化して来るであろう。
言葉が対応しきれないあらたな状況が生じた場合には、言葉が本来の意味を外れた段階で、言葉のもとの意味にこだわっていても仕方がないってことかも。とはいえ、意味を大切にしないことには、言葉の役割が果たせないのだと思う。
17:07 01/08/05(日)
DVDの映画を見るのに夢中。といっても1本2時間以上で、時々再生ソフトのオプションを切り替えて様子を見たりなんてことをしているのでこれまでに2本半。手元に置いて何度も見たいような映画は数が限られているようだから、この先そんなにアツくならないとは思うけど。
夜中に音声をヘッドホンで聴きながら見ていたら、ディスクの回る音がうるさいと妻に文句を言われた。はい、確かに。
18:18 01/08/04(土)
なかなか興味深い写真なのででかい方の写真(2MB)のURLを紹介。それでもって、私が面白かった場所をいくつか切り出した。
知人からDVDドライブを譲ってもらったのを取り付ける。DVDソフトの値段がずいぶん安くなったので、そろそろ買い時かと狙っていたのでまことに都合がよい。IDEのケーブルに普通に接続すると問題なしに動作した。再生ソフトを約3000円で購入。これも調子が良いがCeleron400MHzでは、動きが多少ぎこちない。とはいえ、我慢できる範囲であるし、映画っていいなあ。
20:46 01/08/03(金)
無重量空間は上下の無い世界だけど、人間の精神安定のためには高いところと低いところみたいな区別を付けておくのが良いのだそうだ。昨日の左の写真、右下にスニーカーが壁にとめてある。何のためか不思議。
無重量空間では靴をはく必然性も無いと思うが、たぶん軌道作業員は靴をはいているはすで、これも西欧(西は地上での相対的概念だが)文明の影響であろう。宇宙(無重量状態)で必要のない習慣は結構ありそう。
20:31 01/08/02(木)
ISS(国際宇宙ステーション)からアトランティス帰還(先月24〜25日)。
ISSの様子だが、シャトルオービタ内の状況と比べると、いかにも”仕事の場”って雰囲気。狭い空間を有効利用していこうというその姿勢に親近感を感じちゃったりする。左の写真の、無重量状態で壁に何かを保持するための留め具に注目。
22:25 01/08/01(水)
「柳田国男の民俗学」(谷川健一:岩波新書)。日本に飢えない時代が到来したのは1960年代という記述。それまでは飢えて死ぬ人がたくさんいたというのは記憶しておいて良いことだ。世界にはまだ飢えて死ぬ人がたくさんいる。
青空文庫に旗本退屈男が入っていたので入手。右門捕物帖と同じく佐々木味津三の作品とは知らなかった。ちょうど新聞のTV欄で北大路欣也がかつての父親の当たり役を引き継いだとかいう記事があって、設定が気になったところ。
将軍に”天下御免”を賜った無役の旗本一千二百石の早乙女主水之介。要するに何をしても良い、金も力も時間も美貌もあるというとんでもない人物らしい。そういう都合が良すぎる設定でどんな話が生まれるのかには、ちょいと興味がある。
第二作が「続旗本退屈男」。第三作が「後の旗本退屈男」。第四作が「京へ上った退屈男」。第五作が「三河に現れた退屈男」。その後「身延に…」、「仙台に…」と続く題名も全国巡りの風情がなんともいえない。
それにしても「天下御免」てのは何なんだろう。殺しの許可はさむらいなら誰でも持っているから、もちろん違う。たぶんどこかに定義が書かれているであろうからそれを期待したい。
取り急ぎテキストに検索であたったところ、直参旗本だから将軍以外に頭を下げる必要なしということみたい。でもそれだと退屈男だけの特権とは言えないなあ。