| 「ゴールデン・エイジ1 幻覚のラビリンス」ジョン・C・ライト ハヤカワSF文庫<SF1585> 2006.10 原作2002 | |
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三部作のうちの1。いつとも知れぬ未来、超光速飛行は実現していないが、人工の超知性や、記憶・人格の保存、仮想的現実などは、人類社会を多層的に構築するに至る。エネルギーや物質の取り扱いも大きく自由度を上げている。 記憶喪失状態で登場する主人公ファエトン。彼は何らかの犯罪を犯した結果、自らの記憶と引き換えに何かを受け入れることにしたらしい。しかし、彼を取り巻く環境は、必ずしも彼の過去と無関係ではなかった。 自分は記憶を取り戻すべきなのか、また身に覚えの無い事件の結果をどう受け止めれば良いのか。逡巡と模索を通じて、彼の過去の計画は、彼を一つの方向へと向かわせる。 |
こんなことを考えた: 記憶の無い主人公、というのは現在とは異質な社会を読者が受け入れていくための方便として機能する。したがって、混沌としか見えない社会の仕組みを事件を追いながら少しずつ理解していくのが、読者の取るべき正しい態度だ。そうしてあきらかになる広大な風景に、読者は何を見るのか。 肩透かし、というほど質の悪い未来社会ではなく、一つ一つの要素を見ていけばなるほどとうなずけるところは多い。 それにしても、望めばはるかに超越した知性を利用できるはずの人間たちが、さまざま・独自の現実感を持って同一の宇宙を解釈しようとするこの世界は、知的活動を通じて単一最良の宇宙解釈に至るという私の信念とは異なる世界だ。どう思弁をこらしても、結局最良の生き方というものは手に入らない。だからこそこの世界の人間は相変わらず、そして技術が許す限りに多様な独自の解釈にこだわっている。 そういうものかもしれないが、そうした社会が無条件で成立するとも思えない。しかし、それに関する説明は特に無い。 惑星とか太陽とか人体などと、情報空間との関連は確かにあるはずなのだが、その関連がよくわからない。作中で、ある人物が太陽に飲まれて死んでいるのだが、その死は肉体的なものを伴っていたと思える。すると、情報世界に再現されたその人物は肉体を伴っているのかいないのか。あるいは実はファエトンは合成された人格であるのだが、現実世界にも対応する肉体を所有しているらしい。その由来はなんなのか。 説明を与えられていない事象は多いが、現実に対する多様な解釈の幅こそがこの物語の読みどころだと思う。自分の解釈に沿って多様な認識を許す世界の中で、どれほど飛躍した思弁が展開するか、そのあたりを楽しみたい。 | |
おすすめ度:★★★ 理屈を追っていくと追いきれない、推理物とすれば寄り道が多い、やはり仮想現実のさまざまな可能性を個別に味わっていくのが良いと思う。 | |
初稿:2007.1.13