「グローリー・シーズン」デイヴィッド・ブリン ハヤカワSF文庫 SF1280、SF1281 1999 原作1993
amazon.co.jp (上) (下)理想の実現を目指して構築された異質な文明社会、それが破綻無く緻密に構成された中で、読者の冒険心をそそる。ブリンはそういうものを書くのがうまい作家だとあらためて思う。
昔々、技術の支えなしに継続し、なおかつ柔軟な対応力を備えた社会を作ろうとライソスは意図しました。そのために惑星ストラトスを選び、ある遺伝子的改変を植民者に行いました。この試みは成功し、その社会は何千年も続いたのです。
というわけで、この本を読む私の第一の視点は異質な社会機構の緻密さを味わおう、言葉を換えていうならその欠陥を暴いて笑わせてもらおう(こういうのもSFの楽しみだと思う)というものだったんだけど、緻密さを味わえたもののこれといった欠陥を指摘することはできなかった。
強いて言うならこのストラトス世界ではなくて、それにちょっかいを掛けてくる宇宙文明、ヒューマン・ファイラムの構造が捕らえにくいのだがこれはもちろん本書の主題ではないからしかたがない。
異質文明ものというと、それが現代社会の規範と無関係な世界の物語だと興味が失せてしまう。異質でありながらいかに現代社会との関連を持たせていくのかが作者の腕の見せ所だが、ストラトスは現代文明規範の反省に立って作られているのことからして、本質的に現代社会を考え直すものになっている。自らの失敗も考慮に入れたライソスの夢がどう実現したのかが、じっくりと味わえる。ところでヒューマン・ファイラムでは時間の基礎単位に秒を用い、まとまった時間の経過をメガ秒で表すらしい。時間単位の関係が現代と変わらず、メガの意味が現代と同じ10の6乗を意味するなら、1メガ秒は約11日。訳者が千秒にMsとルビを振っている理由がすっきりとわからない。
初稿:1999.9.15