「仮想空間計画」ジェイムズ・P・ホーガン 創元SF文庫 ホ 1−21 1999 原作1995
amazon.co.jp巻末の著作リストを見ると「量子宇宙干渉機」のひとつ前に発表された作品。創元社からの出版順が逆になったのは、創元社としては「量子宇宙干渉機」よりも劣るという判断があるのか、ともかくホーガンであるからには読まなくては。
という程度の期待で読み始めたのだが「量子宇宙干渉機」よりも楽しめた。最近のホーガンは過程を楽しむ作家になっているようで、物語の結果だけに注目してしまうと期待はずれかもしれない。「造物主の選択」の結末にしても、ねえ。
言ってしまうとハード版マキャフリイ。
んで、内容は楽しめました。主人公ジョー・コリガンのめざめた仮想世界でのAIたちの反応がいかにもそれっぽいところは過去のAI開発に関わるエピソードの集成を未来に投影した一種のジョーク。知ってるひとにはばかげていて、知らないひとにはあんまりぴんとこない。それともここは”俺はここ知ってるぞ”という一種の優越感をくすぐる場所なのか。ちょっとかったるい。
仮想世界が組み上がっていくのに必要な(未来の)理論が積み上がっていくところはご都合主義。技術が実現していく過程を逆方向に眺めるといつでも都合が良すぎるように見える傾向はあるけど、これはやりすぎ。だから読んでいてしらける。
仮想世界からの脱出方式は、本人があたりまえすぎると考えているものをキーにすることにしたのだから、本人はキーに気がつかないで他人がそれに気がつくというのは理にかなっている。それでも少し引っ張り過ぎ。
楽しめたと言いながら悪口ばかり書いているなあ。何が楽しめたかと言うと、気の狂いそうな(あの世界で正常化するということは、実世界では狂うことになる)仮想世界での主人公の内面的な変化。アイルランドのジョーク。それに仮想世界構築に至る科学者たちの探求過程。科学における成功物語。
「量子宇宙干渉機」が似たような科学者成功物語でありながら、現実の問題解決につながらなかった点(このあとの巻き返しの可能性はあるけど)で不満を残したのに比べると、こっちはちゃんと現実の勝利者になっている。ただ、科学での成功がこれほど単純な形で実現するとは思えないあたりが、最終的に不満の残るところ。
蛇足だけど、二度目の記憶消去が効かなかったことになんの説明も無いことが、ホーガンがストーリーの整合以上に重要視しているものがあることを示唆していますね。
初稿:1999.8.8