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判定度の目安

2008-4-12「証言沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか」謝花直美(岩波新書)
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 2007年3月の文部省高校教科書検定で、沖縄「集団自決」についての検定意見が出され、軍の関与があいまいにされたことを機会に、沖縄で高まった体験保存の動き。沖縄タイムスに2007年7月から12月までに連載された記事を大幅再構成したもの。
 沖縄戦の様相を、民間人の立場から体験した人たちへの取材記事。

この本にもとづく随想
 一般論として、新聞記事は記者や新聞社の思惑に沿ってまとめられるが、結局のところ事象の羅列に終わるものが多い。その意味で、書かれた物から何を汲み取るかは読者に委ねられており、科学論文に比べて解釈の余地が大きい。
 軍の関与、といってもそもそも戦争があったこと自体から軍が関係しているのはあきらかだが、文部省の態度にいきどおり、辛い思いをしても体験を語ろうとする人たちは、何を怒り、何を残そうとしているのか、読者は自らの判断を下す必要がある。
 沖縄戦は、軍が「玉砕」覚悟の戦闘を意図し、また臣民は軍民を問わず「玉砕」へと国家意思により導かれた。国家意思とは、天皇が支配する帝国においても、臣民を含む全体の意図を代表しており、臣民が国家の中に生きてきたという前提をふまえるならば、それもまた臣民の意志だったという論理も成り立つ。さまざまな要素が組み合わさって、個々人の行動が決定されていく中で、自らの意思の関与を完全に否定することはできない。
 ともあれ、辛く、恐ろしい体験を強いられた人たちがいて、その原因に国家的決定が関与していたことは否定のしようが無い。私としてこの本から汲み取るものは、いくつかの状況があれば、国家意思のもとで国民が大いに苦しむことがありうるというその可能性だ。

おすすめ度:★★★★
 貴重で得がたい、また後世に語り継ぐべき内容と思う。但し、世間の論調に流されずに、責任を持った判断をするつもりで読まないと、世の中を混乱させてしまいかねない。

2008-4-5「幕末の大奥―天璋院と薩摩藩」畑尚子(岩波新書)
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 NHK大河ドラマ「篤姫」を視野に入れた企画本。本書によると、大奥研究は昭和30年代から平成初期あたりは資料が乏しく停滞期にあったとのこと。その影響か、本書の大奥説明に特に目新しい点が見当たらない。
 一方で、島津と徳川の姻戚関係およびその理由、大政奉還前後に天璋院と和宮が果たした役割、西郷隆盛と勝海舟の動きなどが、私にとって新鮮な視点から描かれている。
 幕末から明治初期にかけての徳川から見た政治の動き、という点で興味深い。

この本にもとづく随想
 本書の前に「西南戦争」(小川原正道:中公新書)を読んでいて、明治政府における西郷の下野から話が始まるのだが、西郷が明治政府の大将になりまた、鹿児島で担ぎ上げられる対象として扱われる理由がわからなかった。それに対して、江戸攻めにおける西郷の役割を本書から知ることができ、胸落ちした。
 この時期の政権交代における島津の役割もまた、私にとって不明だったもののひとつだが、それもある程度わかった。さらには、有力者間の姻戚が政治的にどう機能するのかなども面白い。
 江戸城明け渡しの際の天璋院の室内調度がどういうもので、またどうなってしまったのかなどには、文化的な興味を刺激された。

おすすめ度:★★★
 江戸から明治にかけての、政治変化の状況が徳川とその他勢力との戦いの視野から描かれているのは面白い。

2008-3-30 「ベーダ英国民教会史」高橋博(講談社学術文庫)
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 8世紀に書かれた、英国キリスト教史。当時の英国政治事情と、歴史把握と、キリスト教伝道がどんなふうにされていたかがわかる。

この本にもとづく随想
 7つの王国に分かれていたイングランド。信仰が勝利をもたらし、聖人は奇跡を起こし、天使や精霊が目撃される。
 7王国やら、超自然の存在やらと、某ファンタジー小説はこうしたものをふまえていたのかとあらためて感心。キリスト教も精神的な教えというよりも、現世利益と死後の安心という生活に直結した、証明されなくてはならない事象として人間に浸透していく。
 ここまで現世的な側面がキリスト教にあるのかということを、実証しているところがとても読んでいて楽しい。
 ファンタジー小説と比べると読みにくいのは当然で、小説のほうが現代読者に配慮したさまざまな工夫を凝らしている。その差に注目して現代小説とは何かという考察につなげるのも面白い。

おすすめ度:★★★
 死が身近であっただけに、当時の人たちは宗教に直裁で正直だと言える。人間の基本的な生き方・考え方があからさまに見えてくるのが面白い。現代とはかけ離れた世界の話であるから、そのあたりを自分なりに補いつつ読めないと辛い。

2008-3-29 「ヘレニズムの思想家」岩崎允胤(講談社学術文庫)
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 ギリシャ哲学を源流として、ヘレニズム世界に展開する思想の紹介。中心は、キリスト教哲学にも大きく影響したストア派。皇帝マルクス・アウレリウスもストア派哲学者に数えられるところは興味深い。
 本の後半は、現在に残される各思想家の著作をそのまま翻訳しており、直接的に各思想に触れることができる。

この本にもとづく随想
 インド哲学などにも言えるが、現代論理学が矛盾を排除した議論を展開できていることと比べると、古代思想は導出された命題どうしが矛盾してしまう。だからこそ、神秘的で奥深く見え、さまざまな芸術の基盤にもなってきたという側面がある。
 なかば退屈で的外れのように思うこうした思想の後をたどると、強く考えるのは現代論理学の強力さと、さまざまな実証研究から生まれた科学認識のありがたさだ。そうした強力な道具があればこそ、現代に生きる自分は古代人よりもより深く思索を進めることのできる環境にあるといえる。
 とはいえ、マルクス・アウレリウスの言葉として残る、人は死を避けられないがゆえに…といった前提条件と、それをもとに展開された生き方の方向付けは、現代のそのあたりにいる自称思索家・家庭哲学者のだれかさんが得意気に吹聴する奥深い思想と比べれば遜色が無い。あるいは、現代においてもストア派哲学に傾倒し実生活に反映しようとしている人がたくさんいても不思議ではない。
 こうした過去の思想には、現代と共通するものも多く含まれて、両者の違いを反省する材料にできるところが私にとっては嬉しい。

おすすめ度:★★
 古い思想を、古代の著作に沿って追いかけていくのは、ある意味貴石を追いかけて土の山を崩していくのに似ている。それなりに退屈な部分も多く含まれる。それでも著作の翻訳を読みたいという熱意あるひとでないことには、読み通すのはつらいと思う。

2007-10-22 「逃げる百姓、追う大名―江戸の農民獲得合戦」宮崎克則(中公新書)
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 江戸初期における逃散を通じて、当時の農業政策のありようをさぐる。

気に入り度:◎◎◎
 江戸幕府成立からしばらくの間は、土地に比べて農業人口が少なく藩主としては農村人口の確保が課題だったという、その実態。当時の大名たちの藩内支配の方法、他藩とのかかわりかたも。

おすすめ度:★★★
 その時代の農村と政治がうかがえる。

2007-10-22 「夏王朝 中国文明の原像」岡村秀典(講談社学術文庫)
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 中国では存在が公認されている夏王朝。考古学と文献学の最新成果をもとに、その実像に迫る。

気に入り度:◎◎◎
 古代夏王朝が、想像していたほど荒唐無稽のものでもないという気持ちになる。少なくともそれに相当する時代の遺跡や遺物は多くあるわけで、そうした古代中国のありようや研究方法には感心されられる。古代の酒器、武器、宮殿の規模や配置など。

おすすめ度:★★★
 専門性が高いが、夏についての常識や古代の器物に興味があれば、研究の成果を知る良い手がかりになる。

2007-10-22「ベースボールの夢―アメリカ人は何をはじめたのか」内田隆三(岩波新書)
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 ベースボールの発祥から、1920年代のベーブ・ルースまで。アメリカの歴史と深く関わるベースボールの変遷からアメリカ社会の変化を透かし見える。

気に入り度:◎◎◎◎
 あれこれと聞きかじった覚えのある、ベースボールの変遷が貴重な図や写真とともに紹介されている。

おすすめ度:★★★
 ベースボールの歴史の話が楽しく語られている。

2007-10-22「金融NPO―新しいお金の流れをつくる」藤井良広(岩波新書)
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 営利を目的としない、自分たちが必要と考える文化や産業のために、お金を集めて融通しようとする金融NPO。その日本での実態から国外の例まで。

気に入り度:◎◎◎◎
 NPOということがそもそもわかりにくい。NPOが統一された目的を持つのではなく、目的も手段も特に類型となるようなNPOは存在していないようだ。
 NPOは特定の概念ではなく、経済の主流である営利企業の立場から見たときに、非営利の傍流的経済活動を一括して、経済の仕組みに連接するための枠組みだと理解した。集団自体が利益を求めないからと言って、その活動は必ずしも善意に基づいたものにならないし、他者から見て意味を成しているかどうかを保障するものでもない。
 その意味のうえで、金融を目的としたNPOという観点からの説明を試みたのが本書だが、営利を目的としない金融の意味がわかった。営利活動にみるような社会的選択がまだ不十分なだけに、活動自体に類型を読みにくいところが社会的に認知されにくい原因の一つであろう。

おすすめ度:★★★★
 NPOとは何なのか、本書を通じてわずかながら理解できたような気がする。

2007-10-22 「外国人犯罪者―彼らは何を考えているのか」岩男寿美子(中公新書)
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 法務省との共同研究としてまとめられた服役中の犯罪者を対象とした大規模アンケート調査の結果。比較の対象として日本人犯罪者があるので、日本人犯罪者の傾向もわかる。但し、質問は外国人・日本人の差を確認するための目的から導かれた内容にとどまる。

気に入り度:◎◎◎◎
 犯罪防止の観点から、犯罪者がどうして犯罪にいたるのかを確認することは重要であり、統計資料を提供する本書はその意味で貴重だ。犯罪者の心理として私が違和感を持ったのは、服役することが罪の償いであり、それによって罪が消えるという考え方。職業的な犯罪者ともなればそうした見方もあるのかとは思う。
 アンケートの結果をどう犯罪防止につなげるのかはこれからの課題。自分が犯罪に巻き込まれないための指針は直接的には得られなかった。間接的には、確信して犯罪を犯す人の存在を知ることができた。

おすすめ度:★★★★
 法務省との共同研究というように、服役者への大規模アンケートということだけでもめったにない貴重な資料になっている。結果の解釈には深く踏み込んでいない。

2007-10-22 「ル・コルビュジエを見る―20世紀最高の建築家、創造の軌跡」越後島研一(中公新書)
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 20世紀最高の建築家とされるル・コルビュジエの業績を概観する。世紀の名作サヴォア邸に至る過程と、その後の変化。

気に入り度:◎◎◎◎
 ル・コルビュジエの何がそんなにすごいのか、読後の今もいまひとつわからないが、それは私が他の建築に無知だからだと思う。都市空間の全体利用をにらんだ住宅の企画・設計をしていて、成果を挙げていたというところはさすが。建てる側の経済的・社会的事情もさまざまに異なる中で、独特の解決策を生み、それが時代を先取りしているところがたぶん偉大な建築家のありようなのだろう。

おすすめ度:★★★
 住空間を建築という視野から見ることがどういうことなのかがわかる。社会に応じた建築を提供することは価値を表現することであって、独自の価値を生み出していくこととは違う。そこが、私が技術的には関心しても建築にいまひとつ強く惹かれない理由のように思う。

2007-9-1 「誤解された仏教」秋月龍a (講談社学術文庫)
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 誤解の主体には、一般人だけではなくて仏教の各宗派も含まれる。輪廻があるとは釈尊は言っていないとか、一部宗派の教義とは相容れないことが含まれる。ここで言う仏教とは、釈尊が説いたと著者が考える根本の教えであり、その意味で著者の仏教解釈を示すものになっている。

気に入り度:◎◎◎◎
 仏教の説法は、相手に合わせたものなので、輪廻転生を信じるバラモンの教義になじんでいるひとたちを相手にするときはそれを一概に否定しない。そんなわけで、”誤解”の余地が生まれる。
 輪廻を考えると、輪廻の主体は何かということになり、神秘主義に陥ることになる。輪廻的な考え方からの離脱こそが仏教の悟りだというのは私にはわかりやすい。
 また、五蘊皆空と言うから宇宙の存在も否定しているのかと思っていたが、そうでもないようで、これまた昔からの私の疑問が一つ晴れたように思う。
 誤解を解くというよりも、すっきりとわかりやすい仏教解釈を得られた点で、有意義な読書になった。

おすすめ度:★★★★
 仏経典はさまざまな解釈をもたらす点で、そもそも難解だが、著者の解釈は矛盾が無く納得がいく。

2007-9-1「戦艦大和―生還者たちの証言から 」栗原俊雄(岩波新書)
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 乗組員たちの証言を軸にして語る戦艦大和。検証とは一線を画した著者の感想が随所にある。生還者や遺族の証言という性格上やむをえない。大和をめぐる歴史の動きが要領よくまとめられている。
 生還者たちの終戦以降の動向に著作の半分が当てられていて、戦争のあり方を考える材料として得がたい資料であると思う。

気に入り度:◎◎◎
 ジャーナリストの手になる本の常として、いくらか浮薄な印象がある。材料の乏しさからすればこのようなまとめ方もやむをえない。
 終戦以降の、戦争に対する否定的な証言や、現代へのつながりを生還者や遺族がどう考えているかは、現代から戦争を捉える上で興味深い。

おすすめ度:★★★
 戦争や戦艦大和の戦いに興味がある人には、わかりやすい入門書になる。

2007-8-19 「太閤の手紙」桑田忠親 (講談社学術文庫)
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 1959年の著作を現代仮名表記に改めたもの。戦国時代の武将がどんな生活をしていたのかをうかがい知ることができる。戦闘の指揮者としては厳しく、生活者としては優しくと一般に予想されるとおりだが、政治体制の変化との関連で語られる点で、歴史への理解が深まる。

気に入り度:◎◎◎
 太閤の個人的感慨については興味が無い。信長没後から戦国時代の終焉に向けての政治的動向が詳しく語られる点が良い。

おすすめ度:★★★
 太閤秀吉に興味を持ち、その内面に触れたいと考える人に良い。

2007-8-7 「太平洋戦争と新聞」前坂俊之 (講談社学術文庫)
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 フィリップ・ナイトリー「戦争報道の内幕」の大東亜戦争日本版。新聞報道が国家統制の中、どう歪んでいくかを示す。満蒙権益拡大を目指す昭和初年から、戦争終結まで。

気に入り度:◎◎◎
 メディアは簡単に国家に抑圧されてしまうのだ、というのが最初の印象。400ページを越える本の中で、すでに冒頭で新聞は消極的抵抗に追い込まれる。白紙の紙面を出さざるを得ないというのは、抵抗だとしても消極的なものだ。抵抗の姿勢ではあると思うが。
 その後は、段階を追った抑圧があるが、私にはもはや過程でしかなく興味を惹かれない。
 当時の皇国論理とか、帝国時代のあらたまった言い回しとかは例として参考になる。
 国内の動きとかは、他の歴史物に比べてよくわかる気がする。歴史の副読本としての意味はある。

おすすめ度:★★★
 冒頭ですでに抑圧されて消極的抵抗しかできない新聞が描かれる。抑圧される過程はもはや過程としての意味しかない。この意味で抑圧の過程を検証するかという当初の期待からは外れる。当時の言論界における威圧的な言語表現の例が豊富な点で参考になる。副読本としては良いかも。

2007-7-18 「実録・アメリカ超能力部隊」ジョン・ロンスン(文春文庫)
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 アメリカ合衆国は超能力を軍隊に活用しようとしているか、YESだ。十分な成果は得られているか、NOだ。というあたりがまずは常識的判断。そしてその実態は、となるとよくわからないので、本書も社会的価値を持つことになる。
 1983年の機密軍事超能力スパイ部隊、ジム・チャノンの第一地球大隊というあたりから始まる超能力部隊構想と9.11をふまえた現在への影響を、独自の調査で追求する。

気に入り度:◎
 事実は少なく、伝聞と憶測は多い。人間が何かを信じるとすれば、どんなことを信じるかという例としては興味を引くところもある。

おすすめ度:★★
 どんなに少なくても、この分野の情報が欲しいということなら得るところはある。検証の手がかりとして、またひとは何をどう信じることがあるかという例について知りたいのなら役に立つこともあるだろう。

2007-7-18 「ゆたかな社会 決定版」J.K.ガルブレイス(岩波現代文庫)
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 生産性の向上を目指して組み立てられた経済理論をもとに作り上げられた社会が、豊かになった今、どんな課題を抱えているのか。初版から40年後に改定された第5版。
 前半部分では、社会と経済理論の発展をたどることから、経済理論の入門書としても適当。

気に入り度:◎◎◎◎◎
 歴史的に経済理論が生産性の向上を目的として発展し、現代社会はその目標を達成して、新たな課題が持ち上がっているように見える。経済社会の発展が300年の歴史を持つに至る今、著者の問題提起から50年を経ても、その方面での社会の劇的な変化は無い。
 社会は豊かさを増し、著者の問題提起は一層あきらかになったようだ。著者の提案する解決策を現代社会は適用できるのかどうか、興味深い。
 一つの時代にとらわれない、広範な視野を提供してくれた点で気に入っている。

おすすめ度:★★★★★
 生産性向上を至上の価値とする現代社会への疑問に、経済理論の面から応えるという正統で納得のいく一冊。

2007-7-18「エスペラント―異端の言語」田中克彦(岩波新書)
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 人工語エスペラントの広範な紹介。言語哲学、他の人工語との比較、基本文法、国際的普及状況、社会主義とのかかわりの歴史など。

気に入り度:◎◎◎◎
 作られてから100年を経たエスペラント。社会的に及ぼした影響の広さに驚く。エスペラントに関わる人物に宮沢賢治、北一輝、大森栄などが挙げられるあたりで、日本の歴史との深いかかわりを感じさせる。

おすすめ度:★★★
 世界共通語という理想がどう社会に受け入れられていくのか、というあたりが興味深かった。エスペラントは今日目覚しく普及しているでもなく、興味を持てるかどうかは読者しだい。エスペラントの概略を知るための要点を尽くしていると思う。

2007-6-26 「南京難民区の百日―虐殺を見た外国人」笠原十九司(岩波現代文庫)
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 1937年11月、上海を制圧した日本軍は南京への攻略を開始。12月、南京占領。占領後、翌年1月までに非戦闘状態で死亡したり被害にあった民間人の数は3万をくだらないとされる。
 その間の全体像解明の試みの結果が本書だ。

気に入り度:◎◎◎◎
 様々な資料を駆使しても、解明できない部分は残る。それでも、複数の独立した資料が、同様のことを示していればその出来事の信憑性は高まる。南京占領時の出来事を時系列的に、意味を持って並べる点で、少なくともそこで起きた出来事をみずから確認するための手がかりとして意味がある。
 南京占領は、戦略的に見れば誤りと判断されるのではないかと思う。無為に多数の犠牲者を出したことは国際非難を招いて、政治的な不利をもたらした。
 当時の人たちの行為を、現在の価値基準を当てはめるだけで判断することは慎まなくてはならないが、起きた結果と現在との関係を考察する上ではそこに何があるのかを知ることが重要だ。本書は事件全体のまとまった印象をもたらし、当時の軍隊のありようをうかがうにおいて貴重だ。

おすすめ度:★★★★
 南京大虐殺があったのかなかったのか、ないとする立場に身をおくにしても、学問的方法論から反論するには、あるとする立場から学問的方法論で構成された全体像を把握しておく必要がある。南京大虐殺についての議論は、現代とのつながりにおいて避けていられない。

2007-6-17 「死を与える」ジャック・デリダ(ちくま学芸文庫)
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 死は個人にとって不可避で、それを誰かに譲ることも、あるいは代わりに死ぬこともできない。それでも”死を与える”という表現があるということは、何を意味するのか。といったところで始まるヨーロッパ文化の根底にある宗教についての考察。

気に入り度:◎◎◎
 独自の視点と切り口。一般的な概念が無いところでの思考を表現するので、日常的な言葉を使いながらも、普通の使い方とは意味が違い、それを説明しながら説明するので、まわりくどく意味がとりにくいという印象になる。
 哲学をするには不可避な現象だが、一時にすべてを理解するのは私としてはあきらめてかかることにした。そこここに、示唆に富む言葉があり、それはそれで面白い。
 責任と宗教の関係などが、最初のほうに出てくるのだが、これ一つとってもヨーロッパ文化は一神教につよく関係していると思える。

おすすめ度:★★★
 難解だが、本書でなくては得られないような考察に触れられる。ともあれ読み通して、自分の中に何が残るのか試してみるのも良い。

2007-6-12 「現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ」丸川知雄(中公新書)
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 中国で発展する現代産業の構造と、その理由。家電、ケータイ、パソコン、自動車など。日本や欧米とも異なる巨大市場は、今後の世界を予想する際の参考にもなる。

気に入り度:◎◎◎◎
 平均収入が日本よりもはるかに低い大人口が住む中国。自分の生活にかかわりが無いなどと判断するのは間違いで、いまだ産業化されていない世界は、日本や欧米よりも中国に似ているように思う。
 異なる前提条件がある場所で、ケイザイの論理がどう適用されていくのかは、ケイザイを知る上でも恰好の題材になる。

おすすめ度:★★★★
 旬な話題なので、時を置いて読むと情報価値は下がると思うが、経済論理の実例として優れている。海外市場を狙う経済人ならこうした認識は必須。海外市場にかかわりが無いとしても、経済の仕組みに触れたいと思う人なら、わかりやすい実例説明として読める。
 日本製品との差異を知ることは、中国製品を自分で使う場合にも大きく役に立つ。

2007-6-5「間に合った兵器―戦争を変えた知られざる主役」徳田八郎衛(光人社NF文庫)
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 「間に合わなかった兵器」の姉妹編。ぎりぎりの段階で開発・運用された兵器は、運用思想や技術前提が国ごとに違うことから、同類の兵器でも大きく違うものになる。技術と運用に焦点を持った戦史。ドイツ戦車、防衛戦闘機ハリケーン、隼、上陸用舟艇、レーダー、ペニシリンが取り上げられる。

気に入り度:◎◎◎
 兵器は目的が絞られていて、どの国も将来を賭けて開発することから技術的な観点からはわかりやすい。とはいえ錯綜した開発の過程をわかりやすく示してくれる本書は貴重だ。戦後への技術転用もあるので、関係技術者としては承知しておきたいところ。

おすすめ度:★★★
 技術開発の要点を示す意味で、また平時への技術転用の経緯を知る意味で参考になる。技術者の常識として押さえておきたいところ。

2007-5-30「アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語」西尾哲夫(岩波新書)
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 18世紀初頭にヨーロッパに紹介されたアラビアンナイト。アラビアでの成立は9世紀ということだから、異本も数多く存在する。そこにヨーロッパ側の事情が絡んで錯綜し、世界文学化していく過程が紹介される。

気に入り度:◎◎◎◎
 アラビアで語られた寝物語だから、中国の話が出てきても確かにおかしくない。私には意外なアラビアンナイトの多様な性質と、その受け入れ方。
 巻末に本書に登場する主な物語の要約があるから、知らない物語のあらすじもわかってお徳。

おすすめ度:★★★
 18世紀以降のヨーロッパ文化史と、ヨーロッパオリエンタリズムの様相が楽しい。

2007-5-30「ベルクソン―“あいだ”の哲学の視点から」篠原資明(岩波新書)
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 ”あいだ”の哲学を説く著者の立場から解説するベルクソン哲学。進化の中で選択された特質と、選択されなかった痕跡の間において事象が生成するといった考え方がベルクソン哲学とされる。

気に入り度:◎◎
 対立する二つの概念の中間物を認めてしまえば、多種多様なもののあり方への解釈を与えることになる。それはそれなりに多産だと思うが、ものごとの理解の方法としては粗雑な感じがする。

おすすめ度:★★★
 ベルクソンの紹介文としてはそれなりに尽くされているようだ。

2007-5-30 「余は如何にして基督信徒となりし乎」内村 鑑三(岩波文庫)
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 自身の日記をもとにした、回心の告白。

気に入り度:◎◎◎
 著者の「代表的日本人」から興味を持って、その一番有名な著作を読んでみようと思い立った。内側から見たキリスト教的信仰とはどのようなものかにも興味があった。
 日本での信仰活動、アメリカでの文化的衝撃、アメリカでの信仰活動と大きな区切れがある。日本での現世的利益により信仰を得るに至る経緯はわかりやすくまた、当時の大学生活を伝える意味で興味深い。アメリカでのとまどいもわかる。その後の信仰を深める段階では神学的書物の題名が次々に挙げられて共感を覚えたとされているが、それらのどこにどう共感したかは、私には本書から推し量ることができない。
 回心の実像、特に抽象的に信仰を深めていく部分については、容易に窺えないということは納得できる。

おすすめ度:★★★
 渡米後、神学書をひもといて信仰を深めていくその内容については、本書に詳細が語られているわけではない。日本での学生生活とその時期の回心については、当時の雰囲気を伝えていて興味深い。神学的な意味で中身のある文章ではなく、回心の過程もキリスト教徒以外には無意味に思える。
 異教徒としての日本人が本書から得るのは、その時代の暮らしぶりと、著者の心情だろう。読みやすく、当時の情熱が伝わってくる意味で、古典として長く読まれるにふさわしい。

2007-5-30 「科学とオカルト」池田清彦 (講談社学術文庫)
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 オカルトを起源とする科学だが、科学がオカルトから分離するにあたっての差異とは何か。いまあらためて科学とオカルトが混同される理由、現代社会への洞察。

気に入り度:◎◎
 歴史認識や科学の意味についての解説はわかりやすいが、現代社会への洞察を語る上では、論証を欠いた主張からの演繹が多い。緻密な論証を展開するのではなく問題提起に終わる点が不満。

おすすめ度:★★★
 歴史認識としては正当だと思うから、論証を欠いた点について批判的な視点を持って対応すれば、科学のあり方について考える材料を得ることができると思う。

2007-5-30 「古典ギリシア」高津春繁 (講談社学術文庫)
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 ギリシアとはどんな土地で、どんな人が住み、どういう種類のギリシア語が話され、芸術にはどんなものがあり、といったギリシア文化の土台の話だけで一冊の本になっている。昭和21年に出版されたものだけに読み始めのあたりでは当時風の言い回しがいくらか気になった。

気に入り度:◎◎◎
 文化を理解するためには、そこに含まれる一つ一つの概念とそのつながりの独自性に留意する必要があることに気付かせてもらった。

おすすめ度:★★★★
 興味深い内容を多く含むが、ギリシアの個々の哲学や学術・芸術にある程度触れた後のほうが一層触発されるところが多いように思う。

2007-5-30 「西洋近世哲学史」量義治 (講談社学術文庫)
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 8年間放送大学の教材だった本。トマス・アクィナスからヘーゲルまでを、キリスト教的な神との対峙という観点を軸にして概観する。

気に入り度:◎◎◎
 理性や意識、個人などの裏に絶対的存在を予期することで、西洋近世哲学が見通し良く整理されることを示す点に、強い好感を持った。

おすすめ度:★★★★
 独自の哲学観をふまえているとはいえ、広く偏らずという教科書的なまとめ方をする限りは、踏み込んだ議論にはならない。万能の書物があるはずもないから、それをわきまえた上で読むのが良い。

2007-4-17 「ヨーロッパを見る視角」阿部謹也(岩波現代文庫)
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 1995年の岩波市民セミナーでの講演をまとめたもの。ヨーロッパでは12世紀頃までは”世間”の中で生きていた人間が”個人”や”市民”として変わっていったとの史観から、”世間”が継続する日本と対比する視点を解説する。

気に入り度:◎◎◎
 ヨーロッパに残る”世間”の痕跡。という視点は興味深いが、それにとどまらずに当時の社会生活の解説などを取り込んでいることで、話題としての発散を感じる。焦点を”痕跡”に絞って、さらに深めた議論を期待したいが、研究自体がそこまで進んでいないのだと思う。難しい主題だからやむをえない。

おすすめ度:★★★
 いくらか散漫な印象がある。貴族や都市での生活、村落の様子や古い伝説など、教養的な話題が多く含まれる。

2007-4-8 「「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち 」安田敏朗(中公新書)
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 明治の国家近代化による統一、大東亜共通言語としての運用、と「国語」が政治的にどう位置づけられてきたかを示し、またその後の変遷をたどる。政治と「国語」の関連は見通し良くまとめられているが、統合と整理の中で国語自体がどう変化したかについての記述は乏しい。丸谷才一編著の「国語改革を批判する」などを併読すると一層考察を深めることができるだろう。

気に入り度:◎◎
 国語改革は政治的にも重要な歴史事件だと思うが、国語から失われた要素が日常生活においては政治的な意味以上に重要だと思う。その意味で、政治的な意味合いだけを強調する本書は、読者に全貌を伝えきっていないと思える点で不満が残る。

おすすめ度:★★★
 言語が政治的な材料になることに気付くのは重要だ。その上で、「国語」から取り去られた要素が何であるかを知れば、その意味をより深く考えることができると思う。

2007-4-8 「シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う」I・イリイチ(岩波現代文庫)
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 歴史学者の立場から、現代社会・経済をながめて、経済成長によってなにが破壊されるかを示すエッセイ集。シャドウ・ワークの他にヴァナキュラーな価値の話など、現代生活が当然としているものが、いかに当然でないかを気付かせてくれる。

気に入り度:◎◎◎◎
 普段意識していないもの、そこにあることすら気付かないものを気付かせてくれた点で、おおいに気に入っている。ヴァナキュラーな価値は、しかし守るべきものかどうか、そこまでは教えてくれない。
 新しいとされる考え方にも、歴史的に必ず先駆ける者がいるという歴史観も新鮮。すでに思考を尽くして道をつけているひとがいたのであれば、それをふまえてさらに考えを進めるという方法論は、思考の節約と効率の意味で適切だ。

おすすめ度:★★★
 読む上で、前提を求める本書は難解ではある。見えないものを見せてもらえる点で、それを押してでも読む価値がある。

2007-3-16 「処女懐胎―描かれた「奇跡」と「聖家族」」岡田温司(中公新書)
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 聖母マリアとその家族に関する、教義や捉え方の変遷を、主に絵画の意匠の変化から読み取る。マリアが無原罪であるという表現は、どう工夫されたのか、マリアの父ヨセフの取り扱いは、時代によりどう変わるかなど。
 宗教絵画が教義を表すために、どんな要請を受けて、どんな表現になるかなどは、美術的観点から宗教絵画を見るうえでも心得ておくほうが良い。

気に入り度:◎◎◎
 抽象的な性格のある宗教教義を、いかに絵画に置き換えるのかについて、さまざまな工夫がなされる、というあたりは人間の創造性の一面を見るようで面白い。
 本書の主張のもうひとつ、教義は社会の変化に影響されている、というのは当然の事実についてのあらたな実例という意味で記憶に値する。
 前著「マグダラのマリア」が教義上の変遷に焦点を当てていたのに対して、技術的・文化的な論点がより多く取り込まれているようだ。そのぶん散漫な印象もあるが、論点としてはこちらのほうが好き。

おすすめ度:★★★
 キリスト教・絵画、両者への興味が無いと読み通すのは辛いだろう。

2007-3-10 「代表的日本人」内村 鑑三(岩波文庫)
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 日本ではぐくまれた信念のもとに、偉大な生涯を送り、後世にも影響を及ぼしている日本人を、西欧諸国に紹介することを目的として書かれた著作。維新、統治、殖産、学問、宗教を代表する5人が選ばれている。
 それぞれの記述は、著者なりの解釈のもと理想化されているように思える。それは、著者の精神的土壌に対する自己認識のありよう、決意を反映しているかのようだ。

気に入り度:◎◎
 キリスト者として自分を位置づけ、自己のあり方を確立しようとする著者の意図・自己弁護が、著書の対象にされ、選択・美化された人たちの生き方の記述に反映しているように感じられる。それは、著者および当時の時代意識の反映でもあるから、そのようなものを知る一端になりうる。
 史実を知ろうとするのであれば、本書だけによらない心構えが必要。

おすすめ度:★★
 読みやすく、読者の自意識に訴える文章ではある。自己探求の一端としてこのような著作に触れるのも良いが、幅広く書物を選ぶ気持ちをあわせ持つことが大切と思う。

2007-3-04 「オリエント急行の時代―ヨーロッパの夢の軌跡」平井正(中公新書)
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 1883年のオリエント急行開通記念列車は、どのような列車で、どのような国を、どのような政治・社会状況のもとで走ったのか。また、それ以降のオリエント急行は歴史的社会変化にどう追随したのか。
 オリエント急行の歴代車両構成とか、室内調度の変遷とか、時期毎の代表的ディナーメニューとか、機関車とかは特別詳細に触れられていない。ヨーロッパを中心とした歴史や文化の変遷と、それがオリエント急行に与えた影響が主題。
 時代の象徴だった鉄道の隆盛と衰退をオリエント急行に託して語っていると見るのが良い。

気に入り度:◎◎◎◎
 新しいヨーロッパの象徴としての鉄道、というのは同時代感覚なので、一般にわかりにくい。その雰囲気を伝えるという意味で好きだ。

おすすめ度:★★★
 オリエント急行はあこがれの象徴。その思い入れの程度によって、本書の受け取り方が変わってくると思う。

2007-2-22 「武士道」新渡戸稲造(岩波文庫)
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 義を武士の掟の最も厳格な教訓と位置づけて、武士道の徳目である勇、仁、礼、誠…と解き明かしていき、各種の習慣、現在とのかかわり、その行く末へと話が展開する。もともと宗教によらない日本の道徳のありようを外国人に説明するために書かれたものとして、欧米の古典から多くの例を引きつつ、武士道を解説する。

気に入り度:◎◎◎◎
 道徳の発生を過去の長期の戦闘に求めるという論は、説得力がある。また、相互の生存共栄を約束するものとしての武士道は、その時代の中で合理性を持つ。社会が人とのつながりで治められるのではなく、法によって治められるようになったことで、武士道は衰退せざるを得ない。
 とはいえ、あらゆる行為を法が規定するものではないから、歴史的規範は社会生活において相変わらず効果を発揮するだろう。この意味で武士道をわきまえておくことは現代に生きるうえでも有用であろう。
 一方で、武士道は人間同士の誓いに淵源を持つことから、アウトロー社会の掟としての親和性がある。そうした人たちには歴史的正当性が無いということをこの際あらためて自覚しておくことにしたい。

おすすめ度:★★★
 武士道とはどんなものかを、現在の我々にわかりやすく説いてくれる点は良い。過去の物語や時代劇を見るための前提としても、また現代の社会習慣を理解するにも役立つ。
 本書は武士道の姿勢・考え方を示すもので、その点でまさに正統だが、基本情報にとどまる。情報の使い方は読者しだいだから、読者の姿勢によって有用性の程度は異なるだろう。

2007-2-12 「法哲学入門」長尾龍一(講談社学術文庫)
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 法哲学者を自認する著者が、法哲学について書こうとしたらこうなったという本。哲学の本質は知救心の暴走だそうで、法に関わる哲学にはこんなものがあるというような内容が含まれている。

気に入り度:◎◎◎
 法は正義をどう反映しているのか、という疑問を持っていたのがこの本に引かれた理由で、確かにその回答がなされている。とはいえ、普段から私が感じている以上の深遠な回答ではなかった(と思う)。法が社会的習慣を反映している以上、法のありようも千差万別種々様々ということだろう。そんな様々な内容からうかがい知れることが、歴史の中でだれによってどう語られているかについて硬軟取り混ぜた形で展開されている。
 実践を目指した哲学というのは、こんなふうなのだなあという実例にもなっている。
 「現在多くの人々は、何ものかを「拾う」ために読書をする。」という原本あとがきに示された見解は、その通りだと思うが、思うと悲しい。

おすすめ度:★★
 哲学とはともあれ考える習慣から生まれるものだから、考えるための材料が豊富に含まれる点は良い。とはいえ、知救心の暴走という形で哲学している本書は、題名を根拠に多くを期待すると落胆を招くのではと思う。

2007-02-10「悪文―裏返し文章読本」中村明(ちくま学芸文庫)
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 文章について日ごろ気になっていたことをまとめた26章。良い文を中身があってそれを読み手に伝える文と位置づけた上で、悪文になるさまざまな状況を解説する。

気に入り度:◎◎
 あらためて、文が悪くなる原因がいくつもあるということに気付かされる。日ごろ自分が注意を配っているのはそのうちのほんのいくつか。普段書いている文ではあまり気にしなくて良い注意もあると思うから、話題の半分くらいは直接の参考にはならない。
 生活していくうちには、いろいろな文に出会うわけで、いろいろな悪文を読み解かなくてはならない機会もある。悪文の原因については、すぐには役に立たないにせよ心得ておくに越したことは無い。

おすすめ度:★★
 さすがその分野の専門家と思える、さまざまな悪文の原因が挙げられている。悪文になる原因も、文の性格によってさまざま。普段の生活で、これほどさまざまな性格の文に会うことはない、という意味で直接的に身にしみて感じるところのあるものは一部にとどまる。
 とはいえ、いつそうした性格の文を相手にしなくてはならなくなるかは予断を許さないから、心得ておくにほうが良い。
 当然ながら内容は、話題の選び方にも読者への配慮が感じられ、読みやすい文だ。

2007-02-02「中世日本の予言書―〈未来記〉を読む」小峯和明(岩波新書)
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 過去の日本で、予言は政治の方向付けを変えるほど重要な存在だった、としても過去の人たちの考え方や信条にかかわる問題だから、歴史的に取り扱うのは難しい。それを資料でどう裏付け、歴史認識につなげるのかという課題への取り組みを語る。
 取り扱われるのは5世紀末の人である宝誌和尚が書いたとされる「野馬台詩」。それに加えて<聖徳太子未来記>が中心だが、それ以外のさまざまな未来記についても触れられる。
 時代が下がるにつれて、未来の記述が過去になり、それに伴ってどう取り扱いが変わるかなども論じられる。

気に入り度:◎◎
 書名に「未来記」とありさえすれば、なんでも未来記として括ってしまってよいかという問題も一方にある、と著者の言うとおり、未来記は現実でないものと関わるだけに視点を定めるのが難しい。
 ともあれ、12世紀から13世紀にかけての神々の逃亡と談合の話などは特に興味深い。また、江戸期において「野馬台詩」が一般教養化していて、さまざまなパロディのネタになっていたなどというのは意外ですらある。現実と希望が交錯する未来記という素材をもとに当時の信条や考え方に踏み込んでいくというのは方法論として期待が持てる。

おすすめ度:★★
 未来記という素材は今後の研究発展に期待を持つに十分だが、まだ取りまとめ方にいまひとつの感がある。個々の成果にはおおいに興味を惹かれるものがある。

2007-1-27 「昆虫―驚異の微小脳」水波誠(中公新書)
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 昆虫は小さな身体で複雑な行動を取る。昆虫の行動を一つ一つのニューロンの働きに還元して理解したいという著者が、その研究の成果を語る。脳の働き、と言っても視覚などの感覚器の構造と情報伝達、飛翔の仕組み、学習、記憶など、いわゆる”思考”よりはいま少し幅広く説明されている。ミツバチのダンスなど、有名でありながらまだ完全に解明されていない昆虫行動の最近の研究成果も含む。

気に入り度:◎◎◎◎
 久しく忘れていた、あるいはすっかり当たり前のこととして受け入れてしまっていた昆虫の不思議にあらためて思いを致すことになった。感覚器−情報処理系とみても大変合理的にできているように思う。ロボット開発などの参考にもなる。
 著者が最後に言うように、進化の二つの戦略の結果として人間と昆虫を見ることで、人間としてのあり方を考える新たな視点を得たように思う。
 生物の実際の行動や構造を見て、新たな知見を引き出していくという姿勢には「解剖男」(遠藤秀紀)に共通するものを感じる。

おすすめ度:★★★
 非常に興味深い主題を見通しよく扱っているが、あえて神経系の模式図やその中での情報変換まで踏み込んで解説されている点で、読みこなすにはそれなりの素養を要求される。昆虫の行動に素直に驚異を読み取れる人や、情報処理分野での知見を求めている人など、いくらか強い動機付けを持たないと読みきれない部分があるように思う。

2007-1-21 「十二世紀ルネサンス」伊東俊太郎(講談社学術文庫)
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 ヨーロッパ世界で現在につながる文化の基盤が築かれたのは、12世紀。その端緒は、ギリシャ・ローマの古典を受け継いだアラビア世界からの文化の輸入にあった。
 アラビアからの文化はどのような経路もたらされ、どんな人物によって担われ、どんな種類のものがあったのか。当時の貴重な図版等を含む。

気に入り度:◎◎◎◎
 14、15世紀に起こるとされるいわゆるルネサンス。その前提として、アラビア文化の影響、あるいはアラビア世界を通じたギリシャ・ローマの古典の流入があった、ということは知っていたが、その実態となるとなるほどこうだったのかと思わされる。
 ヨーロッパ文化に与えたアラビア文化の影響もこれまた大きなものがあるようだ。

おすすめ度:★★★★
 わかりやすく、興味を引く語り口。中世暗黒ヨーロッパに、いきなり花開くルネサンスという図式がいまひとつ信じられなかったが、この本のおかげで歴史の連続性についてあらためて信じることができる。

2007-1-17 「現代建築に関する16章 〈空間、時間、そして世界〉」五十嵐太郎(講談社現代新書)
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 建築に関するあれこれということで、各章の関連は希薄だが、現在の建築動向が語られている。話題としては、個別の建築、巨大建築、都市設計、時間・空間とのかかわりとしだいに大きくなっていくように思える。

気に入り度:◎◎◎
 自宅の維持管理に役に立つ情報をと期待していたのだが、個人住宅は範囲から外れていたようだ。ビル全体を巨大スクリーンにするような話も出てくるが、自分の家の外壁をスクリーンで囲うなどはやりたくないので、本の主題からはずいぶんとずれてしまった。
 ともあれ、都市空間がどのように創造されるか、また時代認識の反映のされ方など、生活者として興味深い話題も多い。意外に建築は時代の後を追っているようなところがあるという印象を受けた。建築は具体性を要求されることからそのような結果になってくるのだろう。建築は設計者の現実認識の結果を強く反映しているようだ。

おすすめ度:★★★
 空間を区分して生活するものとして、また多数の人間が関わる都市居住者として、建築の考え方に親しむことは、現実の理解をより深めるものだと思う。とはいえ、話題が多岐にわたることから、本としては散漫な印象を持った。

2007-1-12 「ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉」塩野七生(新潮社)
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 ローマ人の物語最終巻。1年1冊のペースで15年かけてローマ史を書くという著者の構想が完成した。最後のローマ人といわれる将軍スティリコの戦い、ローマの劫略と西ローマ帝国の消滅、いわゆるヨーロッパ暗黒時代における蛮族国家の変転まで。
 第1巻から続く、著者独自の歴史を見る視点は最終巻まで変わらなかった。ローマとは何であったのか著者はようやく”わかった”と言うが、一読者としてほとんど著者の書いたものだけを通じてローマに接していた私には、いろいろと納得の行かないところがある。とはいえ、それは著者の問題ではなくて私の問題だ。長大な歴史作品を完成した著者に対しては賛嘆の声を送りたい。

気に入り度:◎◎◎◎◎
 ローマとは何で、なぜ起こりなぜ滅んだのか、それは解釈の問題だから、現象だけを見ていたのではわからない。思索のための糸口は、多くこのシリーズに語られている。ローマ時代には蛮族世界の限界は知られていなかったが、現代は地球全体の状況が知られるようになった。その意味で、歴史は決して同じ繰り返しにはならないものの、ひとつの巨大帝国の歴史は人間のあり方を知る上で大きな手がかりになる。
 当然のことながら、ローマの外から来る蛮族の全体的統計情報はありえないから、その規模や切迫した精神状態などを数値的に裏付けるのは困難だが、これはもちろんやむをえない。

おすすめ度:★★★★
 当然ながらシリーズの最初からの通読を勧める。15巻、15年を通じて著者の姿勢が貫かれている点はすばらしい。面白いかどうかは、著者の姿勢に共感できるかどうかにかかる。細部を知って初めて全体が見通せるのであり、手早く結論を知りたいという態度では15巻を読みきることは難しい。じっくりと、こだわりながら巨大な物語を味わって行こうとする気持ちが必要だ。

2007-1-12 「復元安土城」内藤昌(講談社学術文庫)
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 織田信長の居城として、本能寺の変の約3年前に天主が完成、本能寺の変とともに灰燼に帰す安土城には、その役割・運命ともに興味を引かれる。
 資料の収集・吟味、現地調査を経て安土城を復元するその試みの過程をしるしている。城の構造図や立面図を含み、また関連資料についてのまとめがあり、見通しが良い。復元した上で、安土城の持つ政治的意味、信長の構想と歴史的意義についての考察がなされている。

気に入り度:◎◎◎◎
 歴史的建築物の復元過程が、これほどにさまざまな要素を含むとは思っていなかった。構造・内装・外装を含む検証には結局のところ曖昧さがある。例えば外壁のどれだけの部分が漆喰だったかとか、窓枠がどう装丁されていたかなど、詳細に踏み込んでいけば必ずどこかでわからない部分が出てくる。
 そうした明確な部分と不明確な部分を切り分けて、復元結果を評価しなくてはいけないことを改めて思った。

おすすめ度:★★★
 資料の検証過程が綿密に示されており、また復元の結果にも説得力を感じる。城の構造がこれほどまでに政治的意図を反映するのかという点でも興味深い。専門的に詳細である点で、一般読み物として見た場合には興味が付いていかないところがある。

2006年の読んだ本

(1998.1.31〜)