読んだ本

講談社現代新書

2007-1-17 「現代建築に関する16章 〈空間、時間、そして世界〉」五十嵐太郎(講談社現代新書)
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 建築に関するあれこれということで、各章の関連は希薄だが、現在の建築動向が語られている。話題としては、個別の建築、巨大建築、都市設計、時間・空間とのかかわりとしだいに大きくなっていくように思える。

気に入り度:◎◎◎
 自宅の維持管理に役に立つ情報をと期待していたのだが、個人住宅は範囲から外れていたようだ。ビル全体を巨大スクリーンにするような話も出てくるが、自分の家の外壁をスクリーンで囲うなどはやりたくないので、本の主題からはずいぶんとずれてしまった。
 ともあれ、都市空間がどのように創造されるか、また時代認識の反映のされ方など、生活者として興味深い話題も多い。意外に建築は時代の後を追っているようなところがあるという印象を受けた。建築は具体性を要求されることからそのような結果になってくるのだろう。建築は設計者の現実認識の結果を強く反映しているようだ。

おすすめ度:★★★
 空間を区分して生活するものとして、また多数の人間が関わる都市居住者として、建築の考え方に親しむことは、現実の理解をより深めるものだと思う。とはいえ、話題が多岐にわたることから、本としては散漫な印象を持った。

2006-12-24 「解剖男」遠藤秀紀(講談社現代新書)
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 解剖というナマの現実と向き合う行為によってしかわからないことがある。その学問的意味を信じ、主張する著者。その主張を裏付ける例としての遺体から導かれる事実。
 学問の現実を憂い、生命進化の驚異に目を見張るという盛りだくさんの内容だが、そのめずらしさについつい引き込まれてしまう。哺乳類の内臓はどうして左右非対称なのかという私の長年の疑問にこれほどわかりやすく答えてもらえるとは思いもよらなかった。

気に入り度:◎◎◎◎
 学問は現実と向き合うことがその本来のありかただということを、私にはなじみの無い分野であらためて気付かせてもらった。病気の治療などという目的論からは、進化に対する知見などは確かに無用だが、では学問とは何かの役に立たなくてはならないものなのか。商業的な意味で効率を重んじる時に、切り捨てられていく学問があることを見据えた上で、決断していかなくてはいけないという問題提起には重いものがある。

おすすめ度:★★★★
 光文社新書の「人体 失敗の進化史」よりも論旨が明快な分、一層読みやすい。普段は触れる機会の無い未知の分野をわかりやすく紹介してくれるという点では同じだし、内容の重複も特に無い。

2004-7-14 (水)「「しきり」の文化論」(講談社現代新書)

 文化論的に「しきり」を扱って、それを建築に適用することであらたな建築デザインを提案する著作かと期待したのだが。
 著者は、自己と他者、自国と他国といった対比から「しきり」の概念を引き出し、分類することはしきることだと言う。このあたりは建築を前提とした議論ならば許容範囲だが、私の感覚とはずれていて、一般的な意味での文化論としては肩すかしのように感じる。例えば湯豆腐を食べるときにトウフとハクサイを意識して食べることと、それをトウフとハクサイをしきっていると捉えることは等価だとは思えない。ともあれ前半では、ひとは何をしきり、何をしきらないかという文化論的な話題が展開される。
 後半は具体的な建築における仕切の話になり、第三章では歴史的話題、第四章では現代的話題が取り上げられる。とはいえ最新の話題は個人住宅で1960年代、オフィスで1980年代のものだから、十分に定説化した議論の範囲に留まっていると言える。
 日本の古い住宅と新しい住宅でのしきり方の違いをまとめて紹介しているという点では、自分の住み方を考える上で参考になると思う。
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2004-7-4 (日)「ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951」(講談社現代新書)

 2000年になって、2万ページにおよぶウィトゲンシュタインの遺稿がCD−ROM版として出版された。これにより、これまでの出版物に書かれた彼の思想の意味が一層良く理解できるようになるとともに、彼の思考活動の方法が明らかになった。
 本書は、ウィトゲンシュタインの遺稿をたどりながら、その思想の軌跡を紹介する。
 読みどころのひとつは、もちろん私的確実性と超越確実性言明に至る彼の思想そのものだ。さすがにそこに至るまでの詳細な論理過程すべてを400ページほどの本の中に盛り込めてはいないが、それがどのようなものであるのかは私はこれまで以上にわかったような気になっている。
 読みどころのもう一つは、ウィトゲンシュタインが自分の思想を検討し組み上げていく過程だ。日常の中でいつ考え、どう思考結果をまとめていたのかを通じてすさまじいまでの哲学者としての生き方が伝わってくるように思う。
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2004-3-15 (月)「ゼロからわかる個人投資」真壁昭夫(講談社現代新書)

 私は株を買ったこともないし、貯蓄もほとんど無いが、ケイザイの仕組みには興味があるし、もしも儲かるものであるのなら金融商品を買うのも悪くはないなとか思う。
 そういうわけで、たまたま目に付いたこの本だが、最初の心得編に書いてあるのが”一寸先は闇”という言葉。もうそこで読むのを打ち切ろうかと思ったくらいだが、そのあとの実践編ではバランスシートとか、キャッシュフロートか、現在価値と将来価値の定義などなど。プロのディーラーによる個人投資家向けの啓蒙書という意味で、たぶん基本的なところがしっかり押さえられているようだ。少なくとも、聞いたことのある用語の定義が、私の常識と矛盾無く理解できるように、興味のある順序で示されていた。
 この本を読み進みながら、さっそく株を買ってみようかという思いがわいて、あれこれと会社情報を収集すると、いくつか興味をそそられる会社があった。インターネットを使うだけでもそれなりの情報が得られる。たしかに株を買うというのはある面の社会情勢に興味を持つきっかけとしても良いようだ。
 ところで”一寸先は闇”という言葉には悪い意味を読みとらずたんに”先のことはわからない、良いこともあれば悪いことも起こる”という解釈もある(こっちの方が普通かもしれない)。たぶん著者が言うのはその意味なのだろう。どうなるかわからない中で、どうしたら市場の中でより多くの利益が出せるか、それを人にだまされたり、人をだましたりせずにやるための入門書が本書だ。人にだまされないためだけにでも、本書の内容程度のことは知っていたほうが良さそうだ。
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2004-2-27 (金)「はじめての死海写本」土岐健治(講談社現代新書)

 死海文書と言えば、その一部が公表された1960年代にセンセーショナルな取り扱いをされたことで印象が深い。発見場所が”死海”という冥界を連想させる名前であるし、そこに古代の予言書などがこの時期、(まあ、世界は常に危険な状況にあるのだが)発見されたことが、ある種の神の意志を示していると解釈して、来るべき世界の終わりに向けて神がこの時代に向けた特殊なメッセージを含んでいることを期待する人がいてもわからなくはない。
 この本はそうしたキワモノではなくて、1991年に写本の全容が公開されたことを受けて、発見の経緯と総合的な解説を行うもの。
 興味深いのは、紀元前後に死海付近で活動していたクムラン宗団とユダヤ教やローマとのかかわり。本には死海文書に関わる網羅的な手引き書の雰囲気がある。
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2003-12-14 (日)「源氏と日本国王」岡野友彦(講談社現代新書)

 姓と苗字は別物だ、という冒頭の主張でまずは自分の既成概念に打撃を受けた。”藤原の”とか”平の”とか”〜の”付きで呼ばれるのが天皇から賜るところの姓なのだそうだ。苗字は一家の呼称だから天皇とは関係なく変わる。織田信長は平氏で、足利尊氏は源氏というのも、これで無理なく説明できる。
 そうした姓の系列から見た日本の歴史を、征夷大将軍位との関連から読み解く。平安時代、戦国時代、江戸時代と続く歴史に断絶感を覚えていた私としては、それらをつなげる意味で目が覚めた思いがする。
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