| 2008-4-12「証言沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか」謝花直美(岩波新書) | |
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2007年3月の文部省高校教科書検定で、沖縄「集団自決」についての検定意見が出され、軍の関与があいまいにされたことを機会に、沖縄で高まった体験保存の動き。沖縄タイムスに2007年7月から12月までに連載された記事を大幅再構成したもの。 沖縄戦の様相を、民間人の立場から体験した人たちへの取材記事。 |
この本にもとづく随想 一般論として、新聞記事は記者や新聞社の思惑に沿ってまとめられるが、結局のところ事象の羅列に終わるものが多い。その意味で、書かれた物から何を汲み取るかは読者に委ねられており、科学論文に比べて解釈の余地が大きい。 軍の関与、といってもそもそも戦争があったこと自体から軍が関係しているのはあきらかだが、文部省の態度にいきどおり、辛い思いをしても体験を語ろうとする人たちは、何を怒り、何を残そうとしているのか、読者は自らの判断を下す必要がある。 沖縄戦は、軍が「玉砕」覚悟の戦闘を意図し、また臣民は軍民を問わず「玉砕」へと国家意思により導かれた。国家意思とは、天皇が支配する帝国においても、臣民を含む全体の意図を代表しており、臣民が国家の中に生きてきたという前提をふまえるならば、それもまた臣民の意志だったという論理も成り立つ。さまざまな要素が組み合わさって、個々人の行動が決定されていく中で、自らの意思の関与を完全に否定することはできない。 ともあれ、辛く、恐ろしい体験を強いられた人たちがいて、その原因に国家的決定が関与していたことは否定のしようが無い。私としてこの本から汲み取るものは、いくつかの状況があれば、国家意思のもとで国民が大いに苦しむことがありうるというその可能性だ。 | |
おすすめ度:★★★★ 貴重で得がたい、また後世に語り継ぐべき内容と思う。但し、世間の論調に流されずに、責任を持った判断をするつもりで読まないと、世の中を混乱させてしまいかねない。 | |
| 2008-4-5「幕末の大奥―天璋院と薩摩藩」畑尚子(岩波新書) | |
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NHK大河ドラマ「篤姫」を視野に入れた企画本。本書によると、大奥研究は昭和30年代から平成初期あたりは資料が乏しく停滞期にあったとのこと。その影響か、本書の大奥説明に特に目新しい点が見当たらない。 一方で、島津と徳川の姻戚関係およびその理由、大政奉還前後に天璋院と和宮が果たした役割、西郷隆盛と勝海舟の動きなどが、私にとって新鮮な視点から描かれている。 幕末から明治初期にかけての徳川から見た政治の動き、という点で興味深い。 |
この本にもとづく随想 本書の前に「西南戦争」(小川原正道:中公新書)を読んでいて、明治政府における西郷の下野から話が始まるのだが、西郷が明治政府の大将になりまた、鹿児島で担ぎ上げられる対象として扱われる理由がわからなかった。それに対して、江戸攻めにおける西郷の役割を本書から知ることができ、胸落ちした。 この時期の政権交代における島津の役割もまた、私にとって不明だったもののひとつだが、それもある程度わかった。さらには、有力者間の姻戚が政治的にどう機能するのかなども面白い。 江戸城明け渡しの際の天璋院の室内調度がどういうもので、またどうなってしまったのかなどには、文化的な興味を刺激された。 | |
おすすめ度:★★★ 江戸から明治にかけての、政治変化の状況が徳川とその他勢力との戦いの視野から描かれているのは面白い。 | |
| 2007-10-22 「逃げる百姓、追う大名―江戸の農民獲得合戦」宮崎克則(中公新書) | |
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江戸初期における逃散を通じて、当時の農業政策のありようをさぐる。 |
気に入り度:◎◎◎ 江戸幕府成立からしばらくの間は、土地に比べて農業人口が少なく藩主としては農村人口の確保が課題だったという、その実態。当時の大名たちの藩内支配の方法、他藩とのかかわりかたも。 | |
おすすめ度:★★★ その時代の農村と政治がうかがえる。 | |
| 2007-9-1「戦艦大和―生還者たちの証言から 」栗原俊雄(岩波新書) | |
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乗組員たちの証言を軸にして語る戦艦大和。検証とは一線を画した著者の感想が随所にある。生還者や遺族の証言という性格上やむをえない。大和をめぐる歴史の動きが要領よくまとめられている。 生還者たちの終戦以降の動向に著作の半分が当てられていて、戦争のあり方を考える材料として得がたい資料であると思う。 |
気に入り度:◎◎◎ ジャーナリストの手になる本の常として、いくらか浮薄な印象がある。材料の乏しさからすればこのようなまとめ方もやむをえない。 終戦以降の、戦争に対する否定的な証言や、現代へのつながりを生還者や遺族がどう考えているかは、現代から戦争を捉える上で興味深い。 | |
おすすめ度:★★★ 戦争や戦艦大和の戦いに興味がある人には、わかりやすい入門書になる。 | |
| 2007-8-19 「太閤の手紙」桑田忠親 (講談社学術文庫) | |
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1959年の著作を現代仮名表記に改めたもの。戦国時代の武将がどんな生活をしていたのかをうかがい知ることができる。戦闘の指揮者としては厳しく、生活者としては優しくと一般に予想されるとおりだが、政治体制の変化との関連で語られる点で、歴史への理解が深まる。 |
気に入り度:◎◎◎ 太閤の個人的感慨については興味が無い。信長没後から戦国時代の終焉に向けての政治的動向が詳しく語られる点が良い。 | |
おすすめ度:★★★ 太閤秀吉に興味を持ち、その内面に触れたいと考える人に良い。 | |
| 2007-8-7 「太平洋戦争と新聞」前坂俊之 (講談社学術文庫) | |
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フィリップ・ナイトリー「戦争報道の内幕」の大東亜戦争日本版。新聞報道が国家統制の中、どう歪んでいくかを示す。満蒙権益拡大を目指す昭和初年から、戦争終結まで。 |
気に入り度:◎◎◎ メディアは簡単に国家に抑圧されてしまうのだ、というのが最初の印象。400ページを越える本の中で、すでに冒頭で新聞は消極的抵抗に追い込まれる。白紙の紙面を出さざるを得ないというのは、抵抗だとしても消極的なものだ。抵抗の姿勢ではあると思うが。 その後は、段階を追った抑圧があるが、私にはもはや過程でしかなく興味を惹かれない。 当時の皇国論理とか、帝国時代のあらたまった言い回しとかは例として参考になる。 国内の動きとかは、他の歴史物に比べてよくわかる気がする。歴史の副読本としての意味はある。 | |
おすすめ度:★★★ 冒頭ですでに抑圧されて消極的抵抗しかできない新聞が描かれる。抑圧される過程はもはや過程としての意味しかない。この意味で抑圧の過程を検証するかという当初の期待からは外れる。当時の言論界における威圧的な言語表現の例が豊富な点で参考になる。副読本としては良いかも。 | |
| 2007-6-26 「南京難民区の百日―虐殺を見た外国人」笠原十九司(岩波現代文庫) | |
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1937年11月、上海を制圧した日本軍は南京への攻略を開始。12月、南京占領。占領後、翌年1月までに非戦闘状態で死亡したり被害にあった民間人の数は3万をくだらないとされる。 その間の全体像解明の試みの結果が本書だ。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 様々な資料を駆使しても、解明できない部分は残る。それでも、複数の独立した資料が、同様のことを示していればその出来事の信憑性は高まる。南京占領時の出来事を時系列的に、意味を持って並べる点で、少なくともそこで起きた出来事をみずから確認するための手がかりとして意味がある。 南京占領は、戦略的に見れば誤りと判断されるのではないかと思う。無為に多数の犠牲者を出したことは国際非難を招いて、政治的な不利をもたらした。 当時の人たちの行為を、現在の価値基準を当てはめるだけで判断することは慎まなくてはならないが、起きた結果と現在との関係を考察する上ではそこに何があるのかを知ることが重要だ。本書は事件全体のまとまった印象をもたらし、当時の軍隊のありようをうかがうにおいて貴重だ。 | |
おすすめ度:★★★★ 南京大虐殺があったのかなかったのか、ないとする立場に身をおくにしても、学問的方法論から反論するには、あるとする立場から学問的方法論で構成された全体像を把握しておく必要がある。南京大虐殺についての議論は、現代とのつながりにおいて避けていられない。 | |
| 2007-4-8 「「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち 」安田敏朗(中公新書) | |
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明治の国家近代化による統一、大東亜共通言語としての運用、と「国語」が政治的にどう位置づけられてきたかを示し、またその後の変遷をたどる。政治と「国語」の関連は見通し良くまとめられているが、統合と整理の中で国語自体がどう変化したかについての記述は乏しい。丸谷才一編著の「国語改革を批判する」などを併読すると一層考察を深めることができるだろう。 |
気に入り度:◎◎ 国語改革は政治的にも重要な歴史事件だと思うが、国語から失われた要素が日常生活においては政治的な意味以上に重要だと思う。その意味で、政治的な意味合いだけを強調する本書は、読者に全貌を伝えきっていないと思える点で不満が残る。 | |
おすすめ度:★★★ 言語が政治的な材料になることに気付くのは重要だ。その上で、「国語」から取り去られた要素が何であるかを知れば、その意味をより深く考えることができると思う。 | |
| 2007-3-10 「代表的日本人」内村 鑑三(岩波文庫) | |
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日本ではぐくまれた信念のもとに、偉大な生涯を送り、後世にも影響を及ぼしている日本人を、西欧諸国に紹介することを目的として書かれた著作。維新、統治、殖産、学問、宗教を代表する5人が選ばれている。 それぞれの記述は、著者なりの解釈のもと理想化されているように思える。それは、著者の精神的土壌に対する自己認識のありよう、決意を反映しているかのようだ。 |
気に入り度:◎◎ キリスト者として自分を位置づけ、自己のあり方を確立しようとする著者の意図・自己弁護が、著書の対象にされ、選択・美化された人たちの生き方の記述に反映しているように感じられる。それは、著者および当時の時代意識の反映でもあるから、そのようなものを知る一端になりうる。 史実を知ろうとするのであれば、本書だけによらない心構えが必要。 | |
おすすめ度:★★ 読みやすく、読者の自意識に訴える文章ではある。自己探求の一端としてこのような著作に触れるのも良いが、幅広く書物を選ぶ気持ちをあわせ持つことが大切と思う。 | |
| 2007-2-22 「武士道」新渡戸稲造(岩波文庫) | |
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義を武士の掟の最も厳格な教訓と位置づけて、武士道の徳目である勇、仁、礼、誠…と解き明かしていき、各種の習慣、現在とのかかわり、その行く末へと話が展開する。もともと宗教によらない日本の道徳のありようを外国人に説明するために書かれたものとして、欧米の古典から多くの例を引きつつ、武士道を解説する。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 道徳の発生を過去の長期の戦闘に求めるという論は、説得力がある。また、相互の生存共栄を約束するものとしての武士道は、その時代の中で合理性を持つ。社会が人とのつながりで治められるのではなく、法によって治められるようになったことで、武士道は衰退せざるを得ない。 とはいえ、あらゆる行為を法が規定するものではないから、歴史的規範は社会生活において相変わらず効果を発揮するだろう。この意味で武士道をわきまえておくことは現代に生きるうえでも有用であろう。 一方で、武士道は人間同士の誓いに淵源を持つことから、アウトロー社会の掟としての親和性がある。そうした人たちには歴史的正当性が無いということをこの際あらためて自覚しておくことにしたい。 | |
おすすめ度:★★★ 武士道とはどんなものかを、現在の我々にわかりやすく説いてくれる点は良い。過去の物語や時代劇を見るための前提としても、また現代の社会習慣を理解するにも役立つ。 本書は武士道の姿勢・考え方を示すもので、その点でまさに正統だが、基本情報にとどまる。情報の使い方は読者しだいだから、読者の姿勢によって有用性の程度は異なるだろう。 | |
| 2007-02-02「中世日本の予言書―〈未来記〉を読む」小峯和明(岩波新書) | |
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過去の日本で、予言は政治の方向付けを変えるほど重要な存在だった、としても過去の人たちの考え方や信条にかかわる問題だから、歴史的に取り扱うのは難しい。それを資料でどう裏付け、歴史認識につなげるのかという課題への取り組みを語る。 取り扱われるのは5世紀末の人である宝誌和尚が書いたとされる「野馬台詩」。それに加えて<聖徳太子未来記>が中心だが、それ以外のさまざまな未来記についても触れられる。 時代が下がるにつれて、未来の記述が過去になり、それに伴ってどう取り扱いが変わるかなども論じられる。 |
気に入り度:◎◎ 書名に「未来記」とありさえすれば、なんでも未来記として括ってしまってよいかという問題も一方にある、と著者の言うとおり、未来記は現実でないものと関わるだけに視点を定めるのが難しい。 ともあれ、12世紀から13世紀にかけての神々の逃亡と談合の話などは特に興味深い。また、江戸期において「野馬台詩」が一般教養化していて、さまざまなパロディのネタになっていたなどというのは意外ですらある。現実と希望が交錯する未来記という素材をもとに当時の信条や考え方に踏み込んでいくというのは方法論として期待が持てる。 | |
おすすめ度:★★ 未来記という素材は今後の研究発展に期待を持つに十分だが、まだ取りまとめ方にいまひとつの感がある。個々の成果にはおおいに興味を惹かれるものがある。 | |
| 2007-1-12 「復元安土城」内藤昌(講談社学術文庫) | |
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織田信長の居城として、本能寺の変の約3年前に天主が完成、本能寺の変とともに灰燼に帰す安土城には、その役割・運命ともに興味を引かれる。 資料の収集・吟味、現地調査を経て安土城を復元するその試みの過程をしるしている。城の構造図や立面図を含み、また関連資料についてのまとめがあり、見通しが良い。復元した上で、安土城の持つ政治的意味、信長の構想と歴史的意義についての考察がなされている。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 歴史的建築物の復元過程が、これほどにさまざまな要素を含むとは思っていなかった。構造・内装・外装を含む検証には結局のところ曖昧さがある。例えば外壁のどれだけの部分が漆喰だったかとか、窓枠がどう装丁されていたかなど、詳細に踏み込んでいけば必ずどこかでわからない部分が出てくる。 そうした明確な部分と不明確な部分を切り分けて、復元結果を評価しなくてはいけないことを改めて思った。 | |
おすすめ度:★★★ 資料の検証過程が綿密に示されており、また復元の結果にも説得力を感じる。城の構造がこれほどまでに政治的意図を反映するのかという点でも興味深い。専門的に詳細である点で、一般読み物として見た場合には興味が付いていかないところがある。 | |
| 2006-8-15 「華族―近代日本貴族の虚像と実像」小田部雄次(中公新書) | |
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かつて日本にあった特権階級。彼らはいかにして華族となり、どんな社会貢献、どんな生活をして、どう見られていたか。 本文にもあるとおり、華族と言ってもさまざまな経緯を持ち、さまざまな経済状態にあったから、ひとくちにまとめてしまうことはできないようだ。その結果この本はまとまった華族の描写を提供しているが、ある意味焦点を欠いている。ともあれ、現在の大物政治家や資産家の一部が華族の血筋と財産を受け継いでいる点では、現在の社会の理解にそのままつながっていく部分もある。 |
楽しんだところ: 社会の発展の特定の相では、特権階級もまた大きな役割を果たしたように思う。社会が豊かでない状況で、文化の急速な発展が可能になるのは、特定の人たちに資産を集中した方が良い場合もある。 自分たちのもたらした社会発展に足を取られて零落するのもまた、特権階級の定めなのかもしれない。ともあれ、その存在の余波は現在においても残っている。そうした状況を知ることは、自らのおかれた社会の知らなかった部分を理解するという点で興味深い体験だった。 | |
| 2006-1-28 「天皇誕生―日本書紀が描いた王朝交替」遠山美都男(中公新書) | |
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「日本書紀」に書かれた天皇の系譜を最近の研究成果をふまえて、著者の見解として解説する。ということで、神武から継体にいたる天皇が「日本書紀」にどう書かれ、それが他の史実とどう対応し、また書かれた当時に何が意図されていたかを読み解く。 史実と考えられている当時の日本の状況との対照が扱われていれば、「日本書紀」に対する私の理解がより深まったと思うが、それは本書の範囲ではない。ともあれ「日本書紀」から何がどのように読み取れるのかという考察は「日本書紀」に何が書かれているのかと相まってなかなか興味深い。 |
| 2006-1-15 「島原の乱」神田千里(中公新書) | |
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島原の乱に、戦国的な特徴が多く出ていることから、中世から近世への移行を象徴する出来事と捉えて解説する。武士と農民が、まだ越えられない身分制度の壁で完全には仕切られていなかった時代、キリスト教が他の宗教との共通点を持って存在していた時代を背景として、島原の乱の経過をたどっていく。 戦国末期の日本の精神風土がどのようであったのか、当時の戦闘はどのように行われたのかが興味深い。 |
| 2005-11-19 「日本文化の形成」宮本常一(講談社学術文庫) | |
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当初日本に住んでいた縄文人はどこへ行ったか。また、大陸や島伝いに日本に来た人たちはいつごろどんな経路をたどったか。日本から大陸への移住の様相はどんなだったか。どのような文化がいつごろ伝わってきたか。 そうした問いに、各地を踏査して得た経験と、多数の文献を通じて著者が到達した全体像を示す。民俗学の方法を示すとともに、過去を探る上での豊富な示唆を含む。 |
| 2005-11-4 「信長と十字架―「天下布武」の真実を追う」立花京子(集英社新書) | |
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標題どおり、キリシタンと信長がどう関係していたかを主題とする本だが、冒頭の「天下布武」の意味を中国の故事や源頼朝にさかのぼって考察するところでは、主題との関連がなかなかあきらかにならない。 キリシタンと信長が政治的・軍事的意味で深く関係していたという証拠は乏しい。しかし本書の示すようにさまざまな資料を突き合せたとき、その関係が確信されてくるというのは、歴史研究の醍醐味であろう。だが、確信が確証に変わるには更なる事実の積み重ねが必要で、本書の示す内容は確信の域にとどまる。 そのような本の評価は、歴史研究の醍醐味を間近に感じさせてくれると見るか、単なる仮説の披瀝と見るかで、変わってくる。歴史研究の方法を示すとともに、当時のキリシタン布教に関わる資料を提示してくれる本としてとらえるなら、その価値を認めることができる。 |
| 2005-10-14 「戦国時代の終焉 - 「北条の夢」と秀吉の天下統一」齋藤慎一(中公新書) | |
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本能寺の変で信長が死んだその時期、まだ関東には北条氏が、西方には毛利・島津・大友・長宗我部の各氏がいて、日本は統一されていなかった。にもかかわらず、信長の死が戦国の終わりの時期と重なるのはなぜか。秀吉の天下統一までになされなくてはならなかったのはどんなことだったか。 というわけで、きわめて興味深い主題のもと、関東北条氏の滅亡の過程と秀吉の天下統一までの足跡を追う。その時期、徳川家康はどうしていたのかとか、信長の息子たちはどうなっていたのかとか、気になる疑問への答えもここに含まれる。 |
| 2005-10-14 「樋口一葉「いやだ!」と云ふ」田中優子(集英社新書) | |
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樋口一葉の作品解説。一葉のあの文体は難解で作品を読みきれないが、まずは一葉のなにが良いのかは知りたい、という私にはありがたい一冊。江戸文学の専門家である著者が、江戸文学からみて一葉を理解するという道筋を示してくれている。 西鶴と一葉の作品には共通するところが多いが、一葉の作品には別の要素もあって、そのことが明治の時代性を示すという議論は興味深かった。江戸から明治にかけての吉原の変遷などという話もあり、明治という時代の雰囲気をつかむこともできる。 |
| 2005-9-24 「BC級戦犯裁判」林博史(岩波新書) | |
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戦犯としては、A級戦犯が最も重大な罪に問われているので、戦争犯罪・戦争裁判に関わる関心もまずはA級戦犯に向くのだが、そこで問われる「平和に対する罪」が実は私にはうまく飲み込めない。特に事後的に作られた法によって裁かれる点が特にわかりにくい。 それに引き換え、B級戦犯は「通例の戦争犯罪」つまり、捕虜を虐待したり無抵抗の非戦闘員を殺した罪などだから、何が裁かれているのかはっきりしていて、事実認定も比較的容易だ。罪を犯した側が、それを悪いことだと意識していたかどうか(戦時においてはやむをえないと考えていたかもしれない)はまた別だが。 BC級戦犯裁判を通じて、そうした虐殺や虐待の事実が認定され、それを通じてまた大東亜戦争(本書の主題が日本帝国軍人の裁判だからこう呼ぶが)でどんな残虐行為が行われたかにも想像がつく。 そうしたことから、本書が示すBC級戦犯裁判の総括が示す資料は貴重だ。また多くの認定されていない(できない)事実が存在することをもふまえて、当時何が行われていて何が現在につながっているのかを認識することは、必要なことだと思う。 |
| 2005-9-23 「言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家」佐藤卓己(中公新書) | |
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第二次世界大戦までの日本の言論統制全般の話ではなく、昭和期の言論統制の中心人物とされた鈴木庫三の人物像を描く。 鈴木庫三の日記から読み取れるのは、それなりに日本の将来を深く憂いていたということ。欧米列強のアジア進出の危機に、日本が生き延びる道は天皇中心の国防国家しかないとの決意には説得力を感じる。 翻って、弾圧された側は国家中心主義や全体主義に反対するが、当時の状況で自由主義的な選択がありえたのかどうかは、本書の記述範囲を超えている。日本が大東亜戦争に敗れて自由を唱えた側は勝ち組になったのだが、その結果として勝ち組側に都合の悪い事実は見えにくくなったはずだ。みずからの信念にもとづいて行動することと、結果としての勝敗は異なる。信念にもとづかずに勝ち組となった者も多くいる中で、信念を貫くことの重さをあらためて考えてみたい。 |
金融が引き締められると、インフレ傾向の時代には隠れていたさまざまの経営上の不備が表面化するのは、平成のバブル崩壊後の現在の不況期に通じるものがある。とはいえ、イギリスの覇権のもとに確立していた金本位制の崩壊や帝国主義的列強の対立を背景にする意味で、大きく現在と異なるところもある。
歴史的視点からは、満州事件に至る経済的な背景状況が描かれていると見ることもできるし、政治・経済的視点からは、経済的見通しにもとづく政治的に困難な決断のケーススタディと見ることもできる。私としては、どちらも興味深いところ。

