| 2008-3-30 「ベーダ英国民教会史」高橋博(講談社学術文庫) | |
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8世紀に書かれた、英国キリスト教史。当時の英国政治事情と、歴史把握と、キリスト教伝道がどんなふうにされていたかがわかる。 |
この本にもとづく随想 7つの王国に分かれていたイングランド。信仰が勝利をもたらし、聖人は奇跡を起こし、天使や精霊が目撃される。 7王国やら、超自然の存在やらと、某ファンタジー小説はこうしたものをふまえていたのかとあらためて感心。キリスト教も精神的な教えというよりも、現世利益と死後の安心という生活に直結した、証明されなくてはならない事象として人間に浸透していく。 ここまで現世的な側面がキリスト教にあるのかということを、実証しているところがとても読んでいて楽しい。 ファンタジー小説と比べると読みにくいのは当然で、小説のほうが現代読者に配慮したさまざまな工夫を凝らしている。その差に注目して現代小説とは何かという考察につなげるのも面白い。 | |
おすすめ度:★★★ 死が身近であっただけに、当時の人たちは宗教に直裁で正直だと言える。人間の基本的な生き方・考え方があからさまに見えてくるのが面白い。現代とはかけ離れた世界の話であるから、そのあたりを自分なりに補いつつ読めないと辛い。 | |
| 2008-3-29 「ヘレニズムの思想家」岩崎允胤(講談社学術文庫) | |
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ギリシャ哲学を源流として、ヘレニズム世界に展開する思想の紹介。中心は、キリスト教哲学にも大きく影響したストア派。皇帝マルクス・アウレリウスもストア派哲学者に数えられるところは興味深い。 本の後半は、現在に残される各思想家の著作をそのまま翻訳しており、直接的に各思想に触れることができる。 |
この本にもとづく随想 インド哲学などにも言えるが、現代論理学が矛盾を排除した議論を展開できていることと比べると、古代思想は導出された命題どうしが矛盾してしまう。だからこそ、神秘的で奥深く見え、さまざまな芸術の基盤にもなってきたという側面がある。 なかば退屈で的外れのように思うこうした思想の後をたどると、強く考えるのは現代論理学の強力さと、さまざまな実証研究から生まれた科学認識のありがたさだ。そうした強力な道具があればこそ、現代に生きる自分は古代人よりもより深く思索を進めることのできる環境にあるといえる。 とはいえ、マルクス・アウレリウスの言葉として残る、人は死を避けられないがゆえに…といった前提条件と、それをもとに展開された生き方の方向付けは、現代のそのあたりにいる自称思索家・家庭哲学者のだれかさんが得意気に吹聴する奥深い思想と比べれば遜色が無い。あるいは、現代においてもストア派哲学に傾倒し実生活に反映しようとしている人がたくさんいても不思議ではない。 こうした過去の思想には、現代と共通するものも多く含まれて、両者の違いを反省する材料にできるところが私にとっては嬉しい。 | |
おすすめ度:★★ 古い思想を、古代の著作に沿って追いかけていくのは、ある意味貴石を追いかけて土の山を崩していくのに似ている。それなりに退屈な部分も多く含まれる。それでも著作の翻訳を読みたいという熱意あるひとでないことには、読み通すのはつらいと思う。 | |
| 2007-9-1 「誤解された仏教」秋月龍a (講談社学術文庫) | |
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誤解の主体には、一般人だけではなくて仏教の各宗派も含まれる。輪廻があるとは釈尊は言っていないとか、一部宗派の教義とは相容れないことが含まれる。ここで言う仏教とは、釈尊が説いたと著者が考える根本の教えであり、その意味で著者の仏教解釈を示すものになっている。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 仏教の説法は、相手に合わせたものなので、輪廻転生を信じるバラモンの教義になじんでいるひとたちを相手にするときはそれを一概に否定しない。そんなわけで、”誤解”の余地が生まれる。 輪廻を考えると、輪廻の主体は何かということになり、神秘主義に陥ることになる。輪廻的な考え方からの離脱こそが仏教の悟りだというのは私にはわかりやすい。 また、五蘊皆空と言うから宇宙の存在も否定しているのかと思っていたが、そうでもないようで、これまた昔からの私の疑問が一つ晴れたように思う。 誤解を解くというよりも、すっきりとわかりやすい仏教解釈を得られた点で、有意義な読書になった。 | |
おすすめ度:★★★★ 仏経典はさまざまな解釈をもたらす点で、そもそも難解だが、著者の解釈は矛盾が無く納得がいく。 | |
| 2007-6-17 「死を与える」ジャック・デリダ(ちくま学芸文庫) | |
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死は個人にとって不可避で、それを誰かに譲ることも、あるいは代わりに死ぬこともできない。それでも”死を与える”という表現があるということは、何を意味するのか。といったところで始まるヨーロッパ文化の根底にある宗教についての考察。 |
気に入り度:◎◎◎ 独自の視点と切り口。一般的な概念が無いところでの思考を表現するので、日常的な言葉を使いながらも、普通の使い方とは意味が違い、それを説明しながら説明するので、まわりくどく意味がとりにくいという印象になる。 哲学をするには不可避な現象だが、一時にすべてを理解するのは私としてはあきらめてかかることにした。そこここに、示唆に富む言葉があり、それはそれで面白い。 責任と宗教の関係などが、最初のほうに出てくるのだが、これ一つとってもヨーロッパ文化は一神教につよく関係していると思える。 | |
おすすめ度:★★★ 難解だが、本書でなくては得られないような考察に触れられる。ともあれ読み通して、自分の中に何が残るのか試してみるのも良い。 | |
| 2007-5-30「ベルクソン―“あいだ”の哲学の視点から」篠原資明(岩波新書) | |
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”あいだ”の哲学を説く著者の立場から解説するベルクソン哲学。進化の中で選択された特質と、選択されなかった痕跡の間において事象が生成するといった考え方がベルクソン哲学とされる。 |
気に入り度:◎◎ 対立する二つの概念の中間物を認めてしまえば、多種多様なもののあり方への解釈を与えることになる。それはそれなりに多産だと思うが、ものごとの理解の方法としては粗雑な感じがする。 | |
おすすめ度:★★★ ベルクソンの紹介文としてはそれなりに尽くされているようだ。 | |
| 2007-5-30 「西洋近世哲学史」量義治 (講談社学術文庫) | |
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8年間放送大学の教材だった本。トマス・アクィナスからヘーゲルまでを、キリスト教的な神との対峙という観点を軸にして概観する。 |
気に入り度:◎◎◎ 理性や意識、個人などの裏に絶対的存在を予期することで、西洋近世哲学が見通し良く整理されることを示す点に、強い好感を持った。 | |
おすすめ度:★★★★ 独自の哲学観をふまえているとはいえ、広く偏らずという教科書的なまとめ方をする限りは、踏み込んだ議論にはならない。万能の書物があるはずもないから、それをわきまえた上で読むのが良い。 | |
| 2006-12-17 「科学はどこまでいくのか」池田 清彦(ちくま文庫) | |
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現代までの科学の発展史をふまえて、市場原理に裏付けられる現在の科学研究のありかたを問いかける。 前半の科学の発展史は、真理に関する認識と、それをあきらかにするための研究方法がどう移り変わってきたのかをギリシャ哲学、キリスト教、ルネッサンスとたどりながら簡便にまとめている。コンパスを使う神の図などは、きわめて面白い。 後半の、現代職業科学のパラダイムにとらわれた研究、巨大化する科学実験については、現役科学者として堅実な視点から述べられているが、私としてはいささか偏狭ではないかと思う。現代社会への警鐘と言う意味ではかまわないけれど。 |
気に入り度:◎◎ 最近の資本主義(商業主義)が、差異を売ることで発展してきており、その差異を科学的知見に求めることが困難になりつつあること、新たな知見のために巨大実験が企画されることはそのとおりだと思う。それでもだから科学の発展はもはや転機とするのは早計だろう。 | |
おすすめ度:★★ 科学発展史の概略としてわかりやすくまとまっていると思うが、最近の科学・資本主義に関する著者の意見はひとつの見識ということだろう。 | |
| 2006-12-12 「善と悪―倫理学への招待」大庭 健(岩波新書) | |
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みずからを分析哲学に通じた倫理学者と位置づける著者による倫理学入門。 善悪は相手のいる問題だから、決定的な結論を持つことはなかなか難しいと思うが、こうした基本的な疑問に立ち向かうことこそ学問にふさわしい。とはいえ、善悪は倫理というよりも哲学的課題部分が大きいと思われ、倫理学入門のための題材としてはいくらかすわりが悪い。 倫理学とはどういう学問かという話と、善悪の問題がほぼ並列的に出てくる。くだけた語りくちは、鼻に付くところがある。 それでも、善悪の判断がかなり普遍的であることの主張と、道徳と倫理学との違い、道徳規範が無い問題に対する倫理学の効果は、いずれも私にとって新鮮で、若干の読みにくさを押してでもくみ取る価値があった。 |
気に入り度:◎◎◎ 自己を認めながら、他者を認めないという理屈がある種の詭弁を含むものであるということをはじめて納得した。それは認識の構造から当然のことなのだが、単純な記号的推論ではなく、概念の関係に思索を及ぼさなくてはならない。 倫理と道徳の違い、未知の問題に対しては道徳ではなくて倫理が必要であること、という点で認識をあらたにさせられたことも私にとって大きい。 | |
おすすめ度:★★★ 論旨が絡み合っているところと、語り口がいくらかとっつきにくい。倫理と道徳の違いと関係を知ることは十分な価値がある。 | |
| 2006-2-19 「空間の謎・時間の謎―宇宙の始まりに迫る物理学と哲学」内井惣七(中公新書) | |
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科学哲学による時間・空間の考察。物事の意味を問うのが哲学の特性であるから、時間と空間の科学哲学は特に物理学の最近の発展をふまえてその解釈を示すものであろう。科学哲学を語るためには、物理学にも通じている必要がある。 なかなか手ごわい学問分野だと思えるが、日常生活に必要なのは物理理論そのものより解釈だと思えるから、そうしたものへの導きが得られるのならこれは大変にありがたい。 本書では主にニュートンによる絶対空間の概念と、それに反論するライプニッツの関係説を対比して、現代物理学理論がどちらの立場になじみやすいかを考察する。とはいえ、前提として相対性理論や量子力学、宇宙論などの解説もあり、なまじの解説書よりもわかりやすい。 量子力学や超ひも理論に言及するあたりになると、哲学部分が少なくなって通俗的な科学解説書の色合いを帯びてくるところはやや不満。 |
楽しんだところ: ライプニッツは、神の完全性において関係説を唱えているようだ。しかし、”神の完全性”を”合理性”(理とはそもそも何かという問題はあるが)に置き換えて読んで違和感が無い。 確かに、”絶対空間”は不必要な仮説のように本書を読んでいて思えてくる。ニュートン力学を深く刷り込まれているこの身としては、関係説に沿う宇宙の描写は考え方の根源を揺すられる思いだ。 相対論的時空の距離においてどうして時間の二乗が減算としてあらわれてくるのか、この本で良くわかったというのは、自分が情けないが、この本の書き方がそれだけ良くできている証拠とも言える。意外に深く現代物理学に食い込んでいる関係説に触れることができただけでも十分に面白かったが、現代物理学の概説としても楽しかった。 量子論とエントロピーの関係については名前の紹介だけというのが私にとっては残念。エントロピーは最近私が興味を寄せているところ。 | |
| 2005-12-30 「ラッセルのパラドクス―世界を読み換える哲学」三浦俊彦(岩波新書) | |
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ウィトゲンシュタインが指摘した(と私は思っているが)ように、人間はパラダイムによって隔てられていて、相互理解を阻まれているが、それ以前の問題としてそれぞれの人間は自分なりの論理を持たなくては、自分なりに世界を解釈することができない。 ラッセルは、論理学の構築に貢献した人物だと思っていたが、この本でその突き詰めた思想がどのようなものだったかを知ることができたと思う。 数学の集合論で、集合の集合が禁じられている理由、またそれによって起こる矛盾をどう回避できるのかをより深く理解できた。 センシビリアは、観測可能性と置き換えても良いように思うが、観測ではなくて知覚が世界を構築することにつながっていくのだからやはりセンスという観点が重要なのであろう。わかったように思っている、あるいは単純だと思える論理学も、世界を記述する手段として考えるときには深い思索を必要とするのだといこうとを知ることができて良かった。 |
| 2005-10-22 「友情を疑う―親しさという牢獄」清水真木(中公新書) | |
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友情とは何かという、哲学的考察。古来、キケロやアリストテレスから、モンテーニュ、ルソーにいたるまで哲学者は友情を考察の対象とした。現在における友情とは何か。 私はいわゆる「おともだち」や「友人」の意味については日ごろから疑問に思うことがあって、それで手に取った本だ。歴代の思想紹介の後は当然現代における友情の意味についての考察があると期待したのだが、残念ながら歴代思想を通じて現在を評価することで終わっていた。それにしても、ルソーの思想がフランス革命に影響して、それが現在の社会構造に関わってくるというのは興味深かった。自分で友情の意味を考えようとするなら、歴代思想の変化は参考になる。 |

この本に興味を持ったきっかけは、自分の周囲にいる人たちの”40歳台の危機”の話が気になっていたし、自分にもそうした傾向があるように思えて、本書にそれにかかわる一般論が書かれているらしいとわかったときには、ある種の恐いもの見たさもあってもう読まずにはいられなくなった。
本書の主張によれば、年齢に強い相関を持った発達段階が共通して認められ、”40歳台の危機”もそうした発達段階のひとつとして位置づけられそうだ。
ともあれ、実際の観察結果から導き出された結論から受けた私の印象は”平坦な人生を過ごしている人はいない”というものになる。浮き沈みの状況はそれぞれに異なるのだが、誰もが同じ時期に似たようなことに悩む。アメリカの限られた地域の人たちの話なので、自分とは少し年齢のずれがあるのではないかとか思うところもあったが、ともあれ多くの人の(特に30、40歳台の)”生き方”を垣間見ることができたという点で意義深いものだったと思う。
