| 2007-9-1「戦艦大和―生還者たちの証言から 」栗原俊雄(岩波新書) | |
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乗組員たちの証言を軸にして語る戦艦大和。検証とは一線を画した著者の感想が随所にある。生還者や遺族の証言という性格上やむをえない。大和をめぐる歴史の動きが要領よくまとめられている。 生還者たちの終戦以降の動向に著作の半分が当てられていて、戦争のあり方を考える材料として得がたい資料であると思う。 |
気に入り度:◎◎◎ ジャーナリストの手になる本の常として、いくらか浮薄な印象がある。材料の乏しさからすればこのようなまとめ方もやむをえない。 終戦以降の、戦争に対する否定的な証言や、現代へのつながりを生還者や遺族がどう考えているかは、現代から戦争を捉える上で興味深い。 | |
おすすめ度:★★★ 戦争や戦艦大和の戦いに興味がある人には、わかりやすい入門書になる。 | |
| 2007-8-19 「太閤の手紙」桑田忠親 (講談社学術文庫) | |
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1959年の著作を現代仮名表記に改めたもの。戦国時代の武将がどんな生活をしていたのかをうかがい知ることができる。戦闘の指揮者としては厳しく、生活者としては優しくと一般に予想されるとおりだが、政治体制の変化との関連で語られる点で、歴史への理解が深まる。 |
気に入り度:◎◎◎ 太閤の個人的感慨については興味が無い。信長没後から戦国時代の終焉に向けての政治的動向が詳しく語られる点が良い。 | |
おすすめ度:★★★ 太閤秀吉に興味を持ち、その内面に触れたいと考える人に良い。 | |
| 2007-8-7 「太平洋戦争と新聞」前坂俊之 (講談社学術文庫) | |
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フィリップ・ナイトリー「戦争報道の内幕」の大東亜戦争日本版。新聞報道が国家統制の中、どう歪んでいくかを示す。満蒙権益拡大を目指す昭和初年から、戦争終結まで。 |
気に入り度:◎◎◎ メディアは簡単に国家に抑圧されてしまうのだ、というのが最初の印象。400ページを越える本の中で、すでに冒頭で新聞は消極的抵抗に追い込まれる。白紙の紙面を出さざるを得ないというのは、抵抗だとしても消極的なものだ。抵抗の姿勢ではあると思うが。 その後は、段階を追った抑圧があるが、私にはもはや過程でしかなく興味を惹かれない。 当時の皇国論理とか、帝国時代のあらたまった言い回しとかは例として参考になる。 国内の動きとかは、他の歴史物に比べてよくわかる気がする。歴史の副読本としての意味はある。 | |
おすすめ度:★★★ 冒頭ですでに抑圧されて消極的抵抗しかできない新聞が描かれる。抑圧される過程はもはや過程としての意味しかない。この意味で抑圧の過程を検証するかという当初の期待からは外れる。当時の言論界における威圧的な言語表現の例が豊富な点で参考になる。副読本としては良いかも。 | |
| 2007-6-26 「南京難民区の百日―虐殺を見た外国人」笠原十九司(岩波現代文庫) | |
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1937年11月、上海を制圧した日本軍は南京への攻略を開始。12月、南京占領。占領後、翌年1月までに非戦闘状態で死亡したり被害にあった民間人の数は3万をくだらないとされる。 その間の全体像解明の試みの結果が本書だ。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 様々な資料を駆使しても、解明できない部分は残る。それでも、複数の独立した資料が、同様のことを示していればその出来事の信憑性は高まる。南京占領時の出来事を時系列的に、意味を持って並べる点で、少なくともそこで起きた出来事をみずから確認するための手がかりとして意味がある。 南京占領は、戦略的に見れば誤りと判断されるのではないかと思う。無為に多数の犠牲者を出したことは国際非難を招いて、政治的な不利をもたらした。 当時の人たちの行為を、現在の価値基準を当てはめるだけで判断することは慎まなくてはならないが、起きた結果と現在との関係を考察する上ではそこに何があるのかを知ることが重要だ。本書は事件全体のまとまった印象をもたらし、当時の軍隊のありようをうかがうにおいて貴重だ。 | |
おすすめ度:★★★★ 南京大虐殺があったのかなかったのか、ないとする立場に身をおくにしても、学問的方法論から反論するには、あるとする立場から学問的方法論で構成された全体像を把握しておく必要がある。南京大虐殺についての議論は、現代とのつながりにおいて避けていられない。 | |
| 2007-6-5「間に合った兵器―戦争を変えた知られざる主役」徳田八郎衛(光人社NF文庫) | |
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「間に合わなかった兵器」の姉妹編。ぎりぎりの段階で開発・運用された兵器は、運用思想や技術前提が国ごとに違うことから、同類の兵器でも大きく違うものになる。技術と運用に焦点を持った戦史。ドイツ戦車、防衛戦闘機ハリケーン、隼、上陸用舟艇、レーダー、ペニシリンが取り上げられる。 |
気に入り度:◎◎◎ 兵器は目的が絞られていて、どの国も将来を賭けて開発することから技術的な観点からはわかりやすい。とはいえ錯綜した開発の過程をわかりやすく示してくれる本書は貴重だ。戦後への技術転用もあるので、関係技術者としては承知しておきたいところ。 | |
おすすめ度:★★★ 技術開発の要点を示す意味で、また平時への技術転用の経緯を知る意味で参考になる。技術者の常識として押さえておきたいところ。 | |
| 2007-4-8 「「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち 」安田敏朗(中公新書) | |
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明治の国家近代化による統一、大東亜共通言語としての運用、と「国語」が政治的にどう位置づけられてきたかを示し、またその後の変遷をたどる。政治と「国語」の関連は見通し良くまとめられているが、統合と整理の中で国語自体がどう変化したかについての記述は乏しい。丸谷才一編著の「国語改革を批判する」などを併読すると一層考察を深めることができるだろう。 |
気に入り度:◎◎ 国語改革は政治的にも重要な歴史事件だと思うが、国語から失われた要素が日常生活においては政治的な意味以上に重要だと思う。その意味で、政治的な意味合いだけを強調する本書は、読者に全貌を伝えきっていないと思える点で不満が残る。 | |
おすすめ度:★★★ 言語が政治的な材料になることに気付くのは重要だ。その上で、「国語」から取り去られた要素が何であるかを知れば、その意味をより深く考えることができると思う。 | |
| 2006-1-15 「島原の乱」神田千里(中公新書) | |
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島原の乱に、戦国的な特徴が多く出ていることから、中世から近世への移行を象徴する出来事と捉えて解説する。武士と農民が、まだ越えられない身分制度の壁で完全には仕切られていなかった時代、キリスト教が他の宗教との共通点を持って存在していた時代を背景として、島原の乱の経過をたどっていく。 戦国末期の日本の精神風土がどのようであったのか、当時の戦闘はどのように行われたのかが興味深い。 |
| 2005-9-24 「BC級戦犯裁判」林博史(岩波新書) | |
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戦犯としては、A級戦犯が最も重大な罪に問われているので、戦争犯罪・戦争裁判に関わる関心もまずはA級戦犯に向くのだが、そこで問われる「平和に対する罪」が実は私にはうまく飲み込めない。特に事後的に作られた法によって裁かれる点が特にわかりにくい。 それに引き換え、B級戦犯は「通例の戦争犯罪」つまり、捕虜を虐待したり無抵抗の非戦闘員を殺した罪などだから、何が裁かれているのかはっきりしていて、事実認定も比較的容易だ。罪を犯した側が、それを悪いことだと意識していたかどうか(戦時においてはやむをえないと考えていたかもしれない)はまた別だが。 BC級戦犯裁判を通じて、そうした虐殺や虐待の事実が認定され、それを通じてまた大東亜戦争(本書の主題が日本帝国軍人の裁判だからこう呼ぶが)でどんな残虐行為が行われたかにも想像がつく。 そうしたことから、本書が示すBC級戦犯裁判の総括が示す資料は貴重だ。また多くの認定されていない(できない)事実が存在することをもふまえて、当時何が行われていて何が現在につながっているのかを認識することは、必要なことだと思う。 |
| 2005-9-23 「言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家」佐藤卓己(中公新書) | |
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第二次世界大戦までの日本の言論統制全般の話ではなく、昭和期の言論統制の中心人物とされた鈴木庫三の人物像を描く。 鈴木庫三の日記から読み取れるのは、それなりに日本の将来を深く憂いていたということ。欧米列強のアジア進出の危機に、日本が生き延びる道は天皇中心の国防国家しかないとの決意には説得力を感じる。 翻って、弾圧された側は国家中心主義や全体主義に反対するが、当時の状況で自由主義的な選択がありえたのかどうかは、本書の記述範囲を超えている。日本が大東亜戦争に敗れて自由を唱えた側は勝ち組になったのだが、その結果として勝ち組側に都合の悪い事実は見えにくくなったはずだ。みずからの信念にもとづいて行動することと、結果としての勝敗は異なる。信念にもとづかずに勝ち組となった者も多くいる中で、信念を貫くことの重さをあらためて考えてみたい。 |


