| 2006-12-24 「解剖男」遠藤秀紀(講談社現代新書) | |
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解剖というナマの現実と向き合う行為によってしかわからないことがある。その学問的意味を信じ、主張する著者。その主張を裏付ける例としての遺体から導かれる事実。 学問の現実を憂い、生命進化の驚異に目を見張るという盛りだくさんの内容だが、そのめずらしさについつい引き込まれてしまう。哺乳類の内臓はどうして左右非対称なのかという私の長年の疑問にこれほどわかりやすく答えてもらえるとは思いもよらなかった。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 学問は現実と向き合うことがその本来のありかただということを、私にはなじみの無い分野であらためて気付かせてもらった。病気の治療などという目的論からは、進化に対する知見などは確かに無用だが、では学問とは何かの役に立たなくてはならないものなのか。商業的な意味で効率を重んじる時に、切り捨てられていく学問があることを見据えた上で、決断していかなくてはいけないという問題提起には重いものがある。 | |
おすすめ度:★★★★ 光文社新書の「人体 失敗の進化史」よりも論旨が明快な分、一層読みやすい。普段は触れる機会の無い未知の分野をわかりやすく紹介してくれるという点では同じだし、内容の重複も特に無い。 | |
| 2006-12-24 「人体 失敗の進化史」遠藤秀紀(光文社新書) | |
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失敗とは意図に反してできるものだが、進化がなにものかの意図によって起きていると著者が主張しているわけではなくて、出版社側の事情による書名であろう。ともあれ、人体を特定の機能を付与するという目的において眺めた際に、一見不合理な部分があるように見える、それが種の進化の観点からどう説明されるのか、というような主題。 しかしそれだけでなく、人体と言わず長年にわたって解剖に携わった著者は、学問のあり方についての独自の主張を展開する。ということで、論旨がいくらかゆがんでいる。それに、この本の出版の約4ヶ月前に同じ著者が講談社現代新書から「解剖男」を出している。「解剖男」が生物一般を扱っているのに対して、この本は人間に焦点を当てたその続編として読んだほうが著者の進化に対する考え方や、解剖に対する姿勢との対応がよくわかる。 ともあれ、この道を深く極めたものとして、著者の人体構造に対する見識の深さには感心してしまう。 |
気に入り度:◎◎◎ 失敗という、意図を前提とした解釈に立って人体の進化を見ると、逆に何者かの意図が働いているとは信じられないくらい人体構造は不可思議だ。つまりは本の題名とは逆に、何者かの意図を否定することにつながる。著者の、死体に対する醒めた視点はそこまで見通しているのだと思う。 | |
おすすめ度:★★★★ 道を究めていく人が、素朴さを失わず、また社会とのかかわりを深く保ち続けて、その究めたものをわかりやすく披露してくれている。解剖とか科学とかの前提をおかずに読める。 | |
| 2006-12-24 「ホーキング、未来を語る」スティーヴン・ホーキング(SB文庫) | |
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1988年出版の「ホーキング、宇宙を語る」の時期から変化した宇宙論について2001年にあらためてホーキングが語る。ただし、前作のような直線的な構成ではなくて、木のような構成にしたとのこと。 一般向けの宇宙論を一流の科学者が書くというのは、それだけですばらしいことだが、十分に面白いかというのは別の問題になる。タイムマシンとかワープとか、人間原理だとかの実証されていない論理・技術の可能性を面白く解説するのは、一流科学者の能力とは別の能力であって、残念ながらホーキングが特にその面で優れた才能を発揮しているわけではないと思う。 宇宙ひもの理論について、これほどにわかりやすい解説書を私は他に知らない。その他にも示唆に富んだ項目がたくさんある。ただ、多くの物事が日常的な解釈の中でできてしまうという誤った期待感を読者によっては抱いてしまうのではないかと心配にはなる。 |
気に入り度:◎◎◎ 複数の宇宙ひもの理論が、結局は同じところに落ち着いてくる、というような解説はさすがに最先端に身を置く科学者だと思った。人間原理(この世界は人間が生まれるようにできている)に言及されているとはいえ、宇宙論を突き詰めていくとあまりにも日常生活とかけ離れてしまって興味が離れてしまうような気がする。それがこの世界の真実ならばもちろん受け入れるしかない。 | |
おすすめ度:★★★★ 矛盾も破綻も無く最先端の科学認識に触れられる、すばらしい著作だと思うが、日常生活との接点ということになると著者の努力にもかかわらず乏しい。宇宙とか科学の最先端の認識とかに興味があれば楽しく読めると思うが、一般教養書としては読み通すのがきついかも。 | |
| 2006-12-17 「科学はどこまでいくのか」池田 清彦(ちくま文庫) | |
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現代までの科学の発展史をふまえて、市場原理に裏付けられる現在の科学研究のありかたを問いかける。 前半の科学の発展史は、真理に関する認識と、それをあきらかにするための研究方法がどう移り変わってきたのかをギリシャ哲学、キリスト教、ルネッサンスとたどりながら簡便にまとめている。コンパスを使う神の図などは、きわめて面白い。 後半の、現代職業科学のパラダイムにとらわれた研究、巨大化する科学実験については、現役科学者として堅実な視点から述べられているが、私としてはいささか偏狭ではないかと思う。現代社会への警鐘と言う意味ではかまわないけれど。 |
気に入り度:◎◎ 最近の資本主義(商業主義)が、差異を売ることで発展してきており、その差異を科学的知見に求めることが困難になりつつあること、新たな知見のために巨大実験が企画されることはそのとおりだと思う。それでもだから科学の発展はもはや転機とするのは早計だろう。 | |
おすすめ度:★★ 科学発展史の概略としてわかりやすくまとまっていると思うが、最近の科学・資本主義に関する著者の意見はひとつの見識ということだろう。 | |
| 2006-12-12 「善と悪―倫理学への招待」大庭 健(岩波新書) | |
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みずからを分析哲学に通じた倫理学者と位置づける著者による倫理学入門。 善悪は相手のいる問題だから、決定的な結論を持つことはなかなか難しいと思うが、こうした基本的な疑問に立ち向かうことこそ学問にふさわしい。とはいえ、善悪は倫理というよりも哲学的課題部分が大きいと思われ、倫理学入門のための題材としてはいくらかすわりが悪い。 倫理学とはどういう学問かという話と、善悪の問題がほぼ並列的に出てくる。くだけた語りくちは、鼻に付くところがある。 それでも、善悪の判断がかなり普遍的であることの主張と、道徳と倫理学との違い、道徳規範が無い問題に対する倫理学の効果は、いずれも私にとって新鮮で、若干の読みにくさを押してでもくみ取る価値があった。 |
気に入り度:◎◎◎ 自己を認めながら、他者を認めないという理屈がある種の詭弁を含むものであるということをはじめて納得した。それは認識の構造から当然のことなのだが、単純な記号的推論ではなく、概念の関係に思索を及ぼさなくてはならない。 倫理と道徳の違い、未知の問題に対しては道徳ではなくて倫理が必要であること、という点で認識をあらたにさせられたことも私にとって大きい。 | |
おすすめ度:★★★ 論旨が絡み合っているところと、語り口がいくらかとっつきにくい。倫理と道徳の違いと関係を知ることは十分な価値がある。 | |
| 2006-12-9 「紫禁城の栄光―明・清全史」岡田 英弘、神田 信夫、松村 潤(講談社学術文庫) | |
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明と清の歴史を、シナと中国という観点から語る。シナとはこの場合漢民族の国家、中国は満州、漢、モンゴル、チベット、ウイグルのいわゆる五族による国家を指す。 一般に、元が明に滅ぼされたとされた後、モンゴルはどうなっていたのか、アジア大陸をめぐるさまざまな文化集団が、明・清の時代にどう活動していたのかを通じて、国家の興亡を描くその方法は、初版から40年を経ようという今も強い説得力を持つ。 この本においては紫禁城は栄光の象徴であって、特に紫禁城について詳しく書いたものではない。 |
気に入り度:◎◎◎◎ 国家というのはいたずらに興きたり亡んだりするものではない、ということを実感させられる。また、永続する国家組織というものは幻想に過ぎないのかとか考えさせられる。チベットと中国の関係、満州とモンゴルの違いなど、漠然としかわかっていなかったものが明瞭に示されている点でも認識を改めた。 | |
おすすめ度:★★★★ 世界の中の力関係に多少とも興味があるなら引き込まれる。東アジアの歴史的構造認識をあらたにさせられる。紫禁城は地図程度の登場なので、紫禁城について知りたいのならたいして役に立たない。清の政治組織構造を歴史的経緯に照らして解き明かしていくところは、八旗がどのようなものかをわかりやすく示してくれている。 | |
| 2006-8-15 「華族―近代日本貴族の虚像と実像」小田部雄次(中公新書) | |
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かつて日本にあった特権階級。彼らはいかにして華族となり、どんな社会貢献、どんな生活をして、どう見られていたか。 本文にもあるとおり、華族と言ってもさまざまな経緯を持ち、さまざまな経済状態にあったから、ひとくちにまとめてしまうことはできないようだ。その結果この本はまとまった華族の描写を提供しているが、ある意味焦点を欠いている。ともあれ、現在の大物政治家や資産家の一部が華族の血筋と財産を受け継いでいる点では、現在の社会の理解にそのままつながっていく部分もある。 |
楽しんだところ: 社会の発展の特定の相では、特権階級もまた大きな役割を果たしたように思う。社会が豊かでない状況で、文化の急速な発展が可能になるのは、特定の人たちに資産を集中した方が良い場合もある。 自分たちのもたらした社会発展に足を取られて零落するのもまた、特権階級の定めなのかもしれない。ともあれ、その存在の余波は現在においても残っている。そうした状況を知ることは、自らのおかれた社会の知らなかった部分を理解するという点で興味深い体験だった。 | |
| 2006-8-13 「オルガスムスのウソ」ロルフ・デーゲン(文春文庫) | |
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オルガスムスとはどんなものかということを、現代医療・科学のさまざまな視点で論じ尽くしている感がある。人間以外の実験動物にそのようなものがあるかとか、アンケートの結果ではどうかとか、心理学で唱えられたさまざまな説は十分な裏づけがあるかとか、事実と確認できない説明が社会的にどんな影響を与えているかとか。 これまで自分が信じていたさまざまなことが、整理されて説明されている。冒頭の生物学的方法論を適用する部分は実証的だが、社会への影響を論じていくあたりになると、さすがに発散的になってくる。ともあれ、その時どんなことが起きているのかについての生理的説明は実生活で生きてくることがありそうだ。 |
楽しんだところ: 性についての知識は、興味本位で取り扱われたり、ハウツー的に取り扱われたりと、統合的で一貫性のある印象で捉える機会が少ない。根拠の乏しい怪しい知識を前提に、体験的に物事を捉えていくことを否定するものではないが、私としては探求された科学的知識が世の中にあるのであれば、それを踏まえたうえで生活に役立てて生きたいと思う。 統一的で一貫した印象が得られたという点で良かった。また、世の中に言われていることで、自分としては疑わしいと思っていたことの真偽に関する主張も知ることができて、自分の生活を見直す上での手引きになる。 おおっぴらに議論する生活習慣が無いところで、本という手段が一定の役割を果たす、というのも割と珍しい体験だと思う。 | |
| 2006-2-19 「空間の謎・時間の謎―宇宙の始まりに迫る物理学と哲学」内井惣七(中公新書) | |
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科学哲学による時間・空間の考察。物事の意味を問うのが哲学の特性であるから、時間と空間の科学哲学は特に物理学の最近の発展をふまえてその解釈を示すものであろう。科学哲学を語るためには、物理学にも通じている必要がある。 なかなか手ごわい学問分野だと思えるが、日常生活に必要なのは物理理論そのものより解釈だと思えるから、そうしたものへの導きが得られるのならこれは大変にありがたい。 本書では主にニュートンによる絶対空間の概念と、それに反論するライプニッツの関係説を対比して、現代物理学理論がどちらの立場になじみやすいかを考察する。とはいえ、前提として相対性理論や量子力学、宇宙論などの解説もあり、なまじの解説書よりもわかりやすい。 量子力学や超ひも理論に言及するあたりになると、哲学部分が少なくなって通俗的な科学解説書の色合いを帯びてくるところはやや不満。 |
楽しんだところ: ライプニッツは、神の完全性において関係説を唱えているようだ。しかし、”神の完全性”を”合理性”(理とはそもそも何かという問題はあるが)に置き換えて読んで違和感が無い。 確かに、”絶対空間”は不必要な仮説のように本書を読んでいて思えてくる。ニュートン力学を深く刷り込まれているこの身としては、関係説に沿う宇宙の描写は考え方の根源を揺すられる思いだ。 相対論的時空の距離においてどうして時間の二乗が減算としてあらわれてくるのか、この本で良くわかったというのは、自分が情けないが、この本の書き方がそれだけ良くできている証拠とも言える。意外に深く現代物理学に食い込んでいる関係説に触れることができただけでも十分に面白かったが、現代物理学の概説としても楽しかった。 量子論とエントロピーの関係については名前の紹介だけというのが私にとっては残念。エントロピーは最近私が興味を寄せているところ。 | |
| 2006-2-19 「カラー版 絵の教室」安野光雅(中公新書) | |
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絵本作家として有名な安野光雅によるNHK人間講座を下敷きにした本。物事の観察とか、遠近法の実験とか、ゴッホの話とか全体として統一した主題を追い求めるような内容ではなく、安野光雅が絵について考えるあれこれといった内容。ともあれ、絵描きとしての視点を持つ安野の物事への傾倒の仕方は、私のそれとはいくらか違う。それでもその突き詰めていく姿勢についつい引き込まれてしまうところが読んでいて嬉しい。 |
楽しんだところ: 安野はこだわりを持って描く人だとは以前から気が付いていた。それでも、職業としての画家であることと、絵にこだわりを持つこととは必ずしも両立しない。とことんのめりこんでいくという姿勢はプロではなくアマチュアの特典だ。 この本で見せる遠近法の誕生に関わる追求などは職業としての枠を超えているように思う。職業画家でありながら、趣味としての絵画もこなすところが安野の魅力のようでもあると思う。但し、趣味の追求の話は同趣味の人間にしか通じない。この本の扱っている範囲は、楽しめたが私の趣味にはぎりぎり沿う程度。 趣味と職業の違いなどという考察に私の頭は向かってしまったが、おかげて思いもよらない知見を得るにいたった。 | |
| 2006-2-8 「西太后―大清帝国最後の光芒」加藤徹(中公新書) | |
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現代中国人が抱く中国のイメージは西太后の時代にあるとする著者が、その時代を解説する。私は西太后には”暴君”的な印象しか持っていなかったのだが、単なる暴君や愚者が47年間も大国支配できるはずもなく、それなりの才能を持っていたらしい。 現代中国の精神風土に大きな影響を持つ、西太后の時代とはどんな時代だったのかを知る手がかりとして良い。また、政治における贅沢の効用についても納得させられるものがある。 |
| 2006-1-28 「天皇誕生―日本書紀が描いた王朝交替」遠山美都男(中公新書) | |
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「日本書紀」に書かれた天皇の系譜を最近の研究成果をふまえて、著者の見解として解説する。ということで、神武から継体にいたる天皇が「日本書紀」にどう書かれ、それが他の史実とどう対応し、また書かれた当時に何が意図されていたかを読み解く。 史実と考えられている当時の日本の状況との対照が扱われていれば、「日本書紀」に対する私の理解がより深まったと思うが、それは本書の範囲ではない。ともあれ「日本書紀」から何がどのように読み取れるのかという考察は「日本書紀」に何が書かれているのかと相まってなかなか興味深い。 |
| 2006-1-22 「イヌイット―「極北の狩猟民」のいま」岸上伸啓(中公新書) | |
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文化人類学的見地からみた、現在のイヌイットの生活状態。スノーモービルをあやつり、ライフルでアザラシを狩るひとびとが果たしてイヌイットの名に値するのかといった疑問を持ちつつ読んだ。 良く言えば文化的適応、悪く言えば伝統破壊。ひとは誰でも自分の好むように生きられるとはいえ、また産業汚染で否応無く世界のほかの部分と関わらざるを得ないとはいえ、厳しい自然とだけ向き合って生きる生き方がこの世から消えていくのはいくらか寂しく思う。 自分の属する文化の側から、別の文化の変遷を見ることで、自分のありように対する反省材料にもなる。 |
| 2006-1-15 「島原の乱」神田千里(中公新書) | |
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島原の乱に、戦国的な特徴が多く出ていることから、中世から近世への移行を象徴する出来事と捉えて解説する。武士と農民が、まだ越えられない身分制度の壁で完全には仕切られていなかった時代、キリスト教が他の宗教との共通点を持って存在していた時代を背景として、島原の乱の経過をたどっていく。 戦国末期の日本の精神風土がどのようであったのか、当時の戦闘はどのように行われたのかが興味深い。 |
| 2006-1-4 「キリストの勝利 ローマ人の物語XIV」塩野七生(新潮社) | |
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コンスタンティウス帝からテオドシウス帝まで。タイトル通りこの時期に、キリスト教がローマ皇帝の権威を越える。 しかし、キリスト教の浸透をローマの滅亡・溶解・解体の原因だとするわけではなく、帝国はさまざまな困難への対応を余儀なくされている。歴史においてはさまざまなことがおきるのだが、それがローマを主題として語られるというこれまでの流れにそった叙述。 私には、初期キリスト教史として、また近代ヨーロッパにつながる民族移動史として興味深い。古代キリスト教最大の神学者と呼ばれる聖アウグスティヌス登場に先立つ1世代前に聖アンブロシウスがどのように教義を整えたのかとか、フン族やゴート族、アングロ族など近代ヨーロッパにつながる部族がどんなふうにローマに浸透してきたのかとか。 |