ディックは苦手だ。まあそれでも、まじめに読まなければなんとかなる。と、このところ範囲を広げて本を買っている傾向の一端。
ミステリであるし、タイトルがこれだし、発売時には見送ってしまったが解説をながめて購入。あらたな政策的視野を得ることを期待する。
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第2部開幕ということで心配したが、相変わらずのそれらしい艦隊運営の苦労。さらには、人間とは大いに異なる考え方をする水陸両生異星人。水に住める宇宙人はそういう宇宙船になるのか。 自爆して戦う相手では、なかなか手がかりも得られない。異星人(特定の星にだけ住むわけではないからエイリアンのほうが表現として合っているが)の支配領域深くに入り込んだ艦隊のおもむいた先は。 |
ローダンは買い続けているが、久しぶりに読みたいと思える本が出て嬉しい。第2部開幕で、もうさまよう必要も無いだろうとも思えて、どんな展開になるのか心配もある。
408巻はここにまとめて書いたけど発売日に買ってます。先の見えない話が多くて、先の話を読まないと何が本題かわからないことが多い。これを名著の性質とみるか、たんにいいかげんなのかと言うとまあその。
今回も銀河系が舞台。
これは衝動買いだなと思う。ヴェルヌの紀綱的SFは地底旅行と言い海底二万里と言いそれなりに楽しめる。それでもこれだけ古い作品に手を出してしまうのは、最近のSF出版状況がかなり情けないという事情がある。
前話よりも荒唐無稽さが増している。だからと言って悪いこともない。相手が惑星封鎖を実現するこのやりかたからすると、社会システムを自由に操れるらしい。しかし、社会システムと軍事システムは分離されている。ということで、軍事システムでの対決はお金持ちと、訓練されてはいても劣勢のクリス一行ということで、まずはいい勝負。
軍隊は自給システムとして社会機構から切り離されていても活動できる。システムバックアップとしてはそうしたものが必要なんだよね、でも身勝手な個人がそれを駆使するのならクリスみたいに清廉潔白でしっかりした見通しを持たないとねという話。
クリスナイフはまあ読めると思っていたが、今回はプリンセスとメイドさんが活躍ですか。訳者が正統派の英国メイドの翻訳作品を参考にしたということでちょっとだけ安心。
舞台はローダンのいない銀河系に移行。
今回はちょっと読ませる感じ。
めもがきまでなかなかいかない。
東日本大震災で、記録が止まっていたが、ローダンは買い続けている。他にSFは買っていない。こちらは地震のせいではないと思う。
ハヤカワの紹介によると「シリンダー世界111」はミステリ仕立てとか。それでだいぶ気持ちが割り引かれるが、未読SFの手持ちが無いのでまあとりあえず。
少し未来の地球。人間のオーラを吸い取り、永遠の命を養う侵略者に支配されている。侵略者としても人類滅亡は食料の枯渇だから望むところではない(がなくなったらまた別の世界を探すだろう)。
恐ろしい隷属下において、荒野に隠れ住んで解放を目指すものたちは軍隊を組織している。とはいえ、小規模なゲリラ戦ができる程度のところ。
オーラを吸う侵略者たちという幻想的な設定だけに、物語の可否は戦闘過程の面白さに依存する。荒野の戦いだけではなく、農村への支援要請や、敵地である大都会での人質奪回作戦など、個人戦闘にしてはさまざまな舞台がある。
都合の良い偶然などもあるが、それをうまく活用するところは主人公ならではの機転にもかかる。全体的なつながりが背景に出てくるが、その場ごとの戦闘を追いかけていけるのはわかりやすいので軽い気持ちで読める。
ひとや国家は否応なく戦わなくてはならない時がある。たとえば、侵略的意図を持った宇宙人が大集団で宇宙船に乗って襲来し、土地を武装占拠し始めるというような場合だ。
相手は異様な戦法と異様な武器で襲ってくる。こちらも別途手に入れた宇宙兵器と在来兵器で迎え撃つが、戦闘に従事する戦士のありようは、その他の戦争と変わらない。
作戦計画・兵站確保・部隊の訓練・戦場への配置・戦闘。訓練不足や兵站不足、卑怯者もいれば愚か者も、勇敢なものもいる。
最後にはひるまずに戦う勇敢な者が勝利する、というのは物語の都合であろう。
イデオロギーの差は何の関係も無く、中途半端な誤解の余地無く直面する戦争を主題とすることで、アメリカ的戦闘・兵士のありようを堪能できる。
作品の最後付近で、ある曹長がある解任された中尉に向かって「戦闘の本質を理解していない」と言うが、この作品の評価には、読者の戦闘についての理解のありようが関わると思う。
ポストヒューマンというと、進化人類ものと頭が動くのだが、最近のポストヒューマンはナノウィルスに感染したり、情報処理能力を高めたり、コピーされたりして生まれるらしい。
世界構造への内面的な認識変化が起きて、さてどうしたというような話。
収録されている作品のうち、コーニイのものが1971年もので一番古く、90年代、0年代のものが多い。
ポスリーン・ウォー第2部の「地球戦線」には期待している。量で押してくる異星人というのはなかなか希少な存在。4巻が揃ったので読み始めようと思う。
数十億体の宇宙人ポスリーンが地球を襲ってくる。<連邦>の警告と技術援助を得て対応を強いられる地球。<連邦>も単なる博愛主義から警告してきたわけではない。
ポスリーンの襲来を前に、地球はどこまでの準備を整えられるのか。
大量の兵士を対ポスリーン向けに訓練し、兵器を製造するとともに、偵察部隊を他の星系に派遣して、少しでもポスリーンの侵略の実体を掴まなくてはならない。ポスリーンの地球到着前に、なすべきことは多い。
このところ軍隊ものばかりが目立つハヤカワ文庫SF。だが、突然の侵略に現代の地球が巻き込まれるというこの不条理さは好きだ。(2011.1.16)
宇宙活劇”老人と宇宙”の続編。人類社会と宇宙人社会の複雑な関係と闘争。その中でも特殊な存在となった少女ゾーイは、いかにして人類社会を救うのか。
ゾーイの特殊な生い立ちが物語の結末と強く関係しているところがさすが。(2011.1.16)
ポッドという、複数の人間が一つに統合された存在形態。2人構成、3人構成などのポッドがある中で特異な5人ポッドであるアポロ・ハパドプロス。人間であるからには経験によって成長する。訓練の仕上げ過程からやがては人類の生存に関わる事件まで。
それぞれの話は短編として発表されていて、つないでいけば一つの物語になるが、ちょっと話のつながりが気になるところも。
世界への認識を深め成長していく若いポッドだが、ポッドとしての特殊な問題があってそのあたりが読みどころ。(2011.1.16)
時間テーマの短編集。1941年の作品から2009年の作品までと幅広く集められている。時間移動は現実の技術進歩とあまり関わらないからそういうことになるのかも。とはいえ、時代はやはり作品に影響を及ぼすので、そのへんを気にして読むのも楽しいと思う。(2011.1.15)
宇宙開発テーマの短編集。米国の宇宙開発はやはり西部開拓の雰囲気に重なるのか。アポロ計画が打ち切られていなかったらなんて話が1995年になって書かれるのも、そうした感覚につながっているように思う。飛行士の地道な努力といった現場的な匂いが感じられる作品が多いようだ。(2011.1.15)
植民惑星の山師ラモン・エスベホは、人里離れた山中に異星人の基地を発見。異星人基地で目を覚ましたエスベホはしかし、オリジナルの複製でオリジナル追跡のため異星人に使役されることに。アイデンティティの危機と、生命の危機と、文化的危機に同時に襲われ、先の見えない追跡行が始まる。
ヒスパニック系の悪役が主人公なのもとても良い。(2011.1.15)
イリアム 上 amazon.co.jp 下 amazon.co.jp の続編。ポストヒューマンと関連するオリュンポスの神々は、地球のトロイア戦争に介入するが、人類が残した惑星ロボットの後裔たちがからんで、もう一つの地球では平行宇宙から来ていたらしい怪しい存在と、取り残されたらしき古典的人類とがいろいろで、ポストヒューマンの遺物がこれまた。という錯綜した話。
ここまでいろいろな要素が出てくると、別に結果を出すことも無いのではと思うが、トロイア戦争と古典的人類は若干収束方向に。
トリノ聖布がなんで当初から古典的人類のところにあってトロイア戦争と関係していたのかとか、説明しきれないところもあり、物語はさらに続く要素があるらしいが続編は書かれていないようだ。
これをまがりなりにもまとめきれるシモンズの力量はたいしたものと認めるが、途中の個々の要素を面白いと思えるかどうかが評価の分かれ道。出てくるガジェットで斬新なものはあるかなあ。(2011.1.9)
14世紀のドイツに不時着した異星人一行。ディートリヒ神父はこれを受け入れ援助しようとする。
残された手がかりを追う現在と、異星人たちがいた当時のエピソードが平行して進む。もとは現在版の短編があって、これに当時版を追加した作品とのこと。
14世紀にはすでに現象をそれ自体として観察して判断する自然科学的な対応の萌芽がありディートリヒ神父もその方法論を心得ている。それでも解釈は神を前提とした当時風のものにならざるを得ない。
神学的観点からの異性人技術の解釈は読みどころの一つ。とはいえ、14世紀に存在した異星人はほとんど痕跡を残さずいなくなってしまう。そして何も起こらなかったという古典的結末からすれば、途中経過が問題だ。フリンはそれを飽きさせないで引っ張っていくだけの力を持っていると思う。(2011.1.9)