異界からのメッセージ
佐藤 山人 |
| 第二部 見えない「存在」 私が未だ小学生の頃の話しである。当時我が家では、チャーという名の犬を飼っていた。雑種犬ではあるが妙に茶目っ気のある犬で、人の言葉こそ話せないものの、その愛嬌のある表情からは間違いなく意思の存在が感じられた。 |
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もともとは私の兄が友人宅からもらい受けてきた犬である。以前飼っていたスピッツのコロが老衰してしばらく経った頃であり、動物好きの兄としては代わりが欲しかったのだろう。最初のうちは自分自身で良く世話をしていたが、何時の間にかそれは母の役目になり、兄は私同様専ら遊び相手を務めるに過ぎなくなっていた。然程動物好きでもないのに、こういうことは必ず自分の役目になるとこぼしていた母の愚痴が思い出される。 |
| 我が家から15分程歩いた所に、かつて鳴沢館と呼ばれた館址に造られた公園がある。公園といっても丘に毛の生えた程度の小山に過ぎないが、そこからの眺めは爽快で、広く故郷の平野を一望できる。 その公園に隣接した丘陵の一角に、地元でシンゴロ様と呼ばれる稲荷神が鎮座している。私自身幼い頃からその神名を耳で覚え、何の疑問も持たずに同じように発音してきたが、今にして思えば「シンゴロー」稲荷が訛ったものだろうか? 地域民の安寧の為、領主の過酷な圧政に異を唱えて直訴に及び、極刑に付された後、地域民によって神として祭られる例はよそではよく耳にする話しであり、権力者への憚りからか、こういうパターンでは稲荷神として小祠を建立することが多かったと聞く。もしかしたらそうした一環か、あるいは単に「シンゴロー」なる人物が奉祀した稲荷とでもいう意味かも知れないが、残念ながら祖父母が亡くなった今、身内でそれを知る者はいない。 参拝路には、稲荷神に特有の赤い鳥居が立ち並び、その勾配のある地形が巧く活かされた造りになっており、最初の鳥居を潜るとこの地の主神のものと思しき祠が突然視覚の正面に飛び込んでくる。そうして鳥居を潜るに従い、徐々に徐々に祠が迫ってくるような威圧感を覚えさせられる。特に神社のような社がある訳ではない。参拝路を数分歩くと到達する広場のような場所に、かつてはまるで稲荷神の一族が、その主神を上座にして一同に会したような配列で、小さな祠群が鎮座していた。 正面の二祠を中心に、左右にほぼ同数の祠が建立されていたと記憶するが、何故か一祠、二祠と移転され、今では正面左側には一祠もなくなり、正面右側にも空きが目に付く。又、これらの祠群と背中合わせに、雑木林を挟んだ反対側にも、別の地区で祀る稲荷神の祠群がやはり同じ配列で鎮座している。こちらの方が祠の数は多かったかも知れない。 |
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幼い頃祖母に、故郷に関する伝承を聞かされた。往古この地は大きな池が大半を占めていた。今でも残る玉の池や藤崎、船岡、等々の地名はその名残りである。又、その為に作物を耕作できる土地は自ずと限られ、収穫も少なく民人の暮しは貧窮していた。 | ![]() |
| そんな民人の窮乏を救おうと、ある日稲荷神が一房の稲の穂を手にしてこの池を支配する龍神のもとへやって来た。 「龍神よ、我はもはやこの地の民の窮乏を見過ごすことは出来ない。水を支配する汝と稲を支配する我が力を合わせれば、この地は必ずや豊穣の大地に一変し、民の暮しも楽になろう。共にこの地の民を守護しようではないか。」 |
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稲荷神のこの提案に龍神も同意し、以来この地は北方に位置しながらも、秋には良質の稲が、まるで黄金を敷き詰めたように一面にその穂首をたれる豊かな大地に生まれ変った・・・。 我が家で龍神を奉祀し、又何か事がある度にシンゴロ様に参拝するのはこの為であると云う。 |
| こんな伝承を知ってか知らずか、シンゴロ様の霊験はこの地区では定評があり、私も幼少の頃からよく参拝に連れられた。又、この付近は子供心にはちょっとしたアドベンチャー気分を味わうことができたこともあり、参拝とは別に単に遊びに出かけることも多かった。 長々と思い出を綴ってきたが、話しはいよいよ佳境に入る。ある日この稲荷神へ参拝に出かけた折のことである。その日、家の者は何故か皆都合がつかず、私が独りだけで出かけることになった。何の為の参拝だったかまでは思い出せないが、ともかく独りだけでお参りするのも何となく億劫だったので、飼い犬のチャーを連れて出かけることにした。 途中館址の公園でチャーの鎖を外し、存分に遊ばせた。豊かな自然の中に開放され思いっきり駆け回れるとあって、何時になくチャーも上機嫌だった。しばらく自由にさせた後、呼び戻して再び鎖につないだ。いつもなら、この局面になると嫌がって決まって手をやかせるのだが、十分満足したせいかおとなしく従った。 |
| そのまま隣接する稲荷神の神域へと進み、壱の鳥居を潜った。例によって正面に稲荷神の祠が大きく浮かび上がってきた。弐の鳥居、参の鳥居と進み、そして最後の鳥居を潜ると、目の前はもう稲荷神の祠群が鎮座する広場である。このあたりから、何故かチャーの様子がおかしくなった。あれ程機嫌の良かったチャーが、目の前の広場を睨み付け、足を大地にしっかりと踏ん張り、決して前に進もうとしなかったのだ。何と低い唸り声まであげていた。 広場に何か小動物でもいるのかと目を凝らしたが、私の目には何も映らなかった。藪の中にでも潜んでいるのかと全神経を集中したが、その気配も感じられなかった。それでも態度を変えないチャーを叱り付け、何とか広場に進ませようと鎖を引く手に力を込めたが、決して前に進もうとはしなかった。 やむを得ず、広場の入り口付近に門のように根を張った松の木の一本にチャーの鎖をつなぎ、独りで広場に入った。いつものように正面の祠から参拝し、建立されているすべての祠に順番に手を合わせた。やはり何ら異常は認められなかった。 一通り参拝を済ませ、松の木につないだチャーの鎖を外して帰路につくと、嘘のようにチャーの機嫌は良くなった。先程までのあの不可解な態度は微塵もない。往路同様力強く私を引っ張り、当然のように家路を急いだ。 |
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| 稲荷神の祠群が鎮座する広場前で見せた、まるで何か得たいの知れない「存在」に遭遇したようなあのチャーの行動は、いったい何だったのだろう? |