異界からのメッセージ


佐藤 山人

一部 ある夜の夢

 それは奇妙な夢だった。山あいの草蒸した峠道を歩いていた。場面は突然そこから始まった。そこが どこなのかはまったくわからない。それでいて、なぜか妙に懐かしさを覚える。かつて本当にそこを通った ことがあるような…。

 やがてゆるいカーブが現われた。谷間の向こうには滝が見えた。那智の滝や、日光の華厳の滝のよう な雄大で神々しい滝。あるいは各地で白糸の滝と称されているような、細くて霊妙な滝。そんな滝が、五つ も六つも並んで見えた。ほんの谷一つ隔てただけの向こう側に、確かにそれは見えたのに、なぜか水音は聞 こえてこなかった。
 突然、かん高い笑い声がこだまし、その無声映画のような静寂さは破られた。見ると、いつ現われた のかピクニックにでもやってきたらしい若い女性のグループが、谷間を覗き込んで何やらはしゃいでいた。 谷底には沢でも流れているのだろう、せせらぎの音が快い。それにしてもこの女性たちには、あの見事な 滝は全く関心が無いのだろうか? まるで目にすらついていないようだった…。
 女性グループ同様谷底へ目をやると、細い踏み跡が目についた。どうやら谷間の沢へ続いているらし い。迷うことなくその小道へと足が向かった。さも初めから、この踏み跡を目指してきたかのように…。
 踏み 跡はかなりの勾配だった。あたかも登山家が雪の斜面を滑降するときによく使うグリセードのような要領 で、急勾配をたくみに滑り降りた。谷底から踏み跡は平坦な小道となり、なおも進んだ。やがて沢へさしかか ると、今度は半ば朽ち掛けたつり橋が現われた。下手に足を掛けると、底が抜けてそのまま急流にのまれそ うな、そんな危険なつり橋だったが、不思議と恐怖感はなかった。ごく自然にそのつり橋を渡り始めた。
 さすがに歩行はかなり不安定だった。それでも何とか半分程渡り終えたところで、ついに足を踏み外 した、いや、踏み外した筈だった…。まさにその瞬間、どこからか人? の声がした。それは、耳に聞こえて きたというよりも、直接意識の中に響いてきたと言った方がより正確だったかも知れない。しかも、その声? には ある種の力があったらしい。とにもかくにもその不可思議な声? に導かれ、一度は足を踏み外した筈のこのつ り橋をどうにか無事渡り終えていた…。

 どうしたものかこれまでまったく気が付かなかったのであるが、つり橋を渡り終えたところに小屋 があった。中へ入ると舞台のようなものがあり、その上の向かって左側には、梵字らしい文字を刻んだ石碑 が数個立っていた。その右側には、善良そうな老婆が二人すわっており、何やら講釈をしているようだった。 一方舞台の下では、これもまた柔和な顔をした一見杣人風の人々が、酒を酌み交わしながら老婆の話を聞い ていた。
 小屋の中を突っ切り外へ出てみると、例の滝が流れ落ちていた。さすがにここでは水音が激しく聞こ えたものの、なぜか水飛沫はかからなかった。若い女性が一人、滝に向かって無心に手を合わせていた。時折そ の長い髪の毛まで滝に打たせていた。が、身に着けている衣服は全然濡れていなかった。まるで滝に打たせたい と念ずるところのみ濡れているようだった。
 滝の落ちるところに、何やら神仏らしきものが祀られていた。自然と祈り心が沸き起こり手を合わせると、たちまち精神が統一され、これまで経験したことのない深い陶酔感を味わった。やがて小屋の中から 老人が現われ、「何とも善い表情をしているな」と言った。吊り橋から足を踏み外した時に、直接意識の中 に響いてきて救ってくれた、正にあの声? だった。

 「あっ…」と思った瞬間、目が覚めた。まるでもう一人の自分、いや、もしかすると本当の自分が、 この世とは異なるもうひとつの世界をさまよってきたような、妙に真実味のある生々しい夢だった。




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