怪光の出現する山…釈迦の墓伝承「梵珠山」


 津軽半島の脊梁をなす中山山系には、馬神山・魔ノ岳・大倉岳、等々霊域が多く、古くは山岳信仰・修験の霊地として栄えた。鐘撞堂山、釈迦堂山、観音堂山と連なる梵珠山もその一角をなし、山頂からは津軽平野一帯、むつ湾と一望に見渡せ、かつてはそれぞれお堂があったと言う。
 山名は奈良時代、道昭上人が釈迦・文珠・普賢の三尊をこの山に祀ったことに由来し、登山口にある大釈迦の地名も又、桓武天皇の頃鬼門封じに釈迦像をかの地に安置したことによると云う。
 この梵珠山には、古くから不思議な発光現象の目撃談が伝わる。旧暦7月未明にかけて、鐘撞堂山頂の釈迦堂から、御灯明と呼ばれる霊妙な火の玉が出現するというのだ。目撃者は近代になっても跡を絶たず、何と地元浪岡町ではそれを観光の目玉に仕立て上げた。「火の玉探検隊」と銘打ったこのツアーには、毎年各地から大勢の参加者が押し寄せ、盛況であると聞く。





梵珠山頂のお堂



鐘撞堂山頂の釈迦堂 
 梵珠山には、他にもさらに驚くべき伝承がある。山頂を目前にした辺りに、「寺屋敷跡」と呼ばれる文字通りかつて寺が建っていたと伝わる鞍部があり、この一角にいつのものとも知れぬ古い塚がある。この塚が実は釈迦の墓だと云うのである。何故釈迦の墓がここに在るのかに関しては何の言い伝えも残されていない。又、前述した謎の発光現象は、この釈迦の墓に高僧の霊が帰って来る時の後光であるとの説もある。
 「火の玉探検隊」ツアーも終わり、訪れる人もまばらなある夏の日、この釈迦の墓と伝わる古い塚の前にたたずんだ。理屈では説明できないある種の精神的威圧感を覚えさせられた。が、決して禍禍しいものではない。何か強い”念”の力に遭遇したような感覚である。
 そう言えば、この山はやはり古代から聖地として崇拝されてきた石塔山に連なっている。石塔山には、修験道の祖と崇められる”円小角”の埋葬伝承が残されている。釈迦の墓とはあまりにも荒唐無稽に過ぎるきらいを否めないが、ふと”円小角”の墓であるならば信じてみたい思いに捕らわれた。いずれにしろ、かなり霊力の強い修験者か高僧の塚には違いあるまい。



寺屋敷跡の古塚(釈迦の墓?)


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