韓国語<通訳・翻訳>小辞典 韓日編20050430

경외 4/30  가오 7/12 구두줌 5/30 교편을 잡다, 격주말 부부 3/24 개인전 1/10 기회 1/6 


가정집

가정집에 침입하여〜(朝)という用例を見ました。「家庭の家」ですね。역전앞というのもありますね。これは「駅前の前」です。他にも「洋屋집」、「모래沙場」、「三月달」などがあります。日本語でも「必ず必要」「最も最新の」なんて言ったりしますよね。それと同じ、何か強調ないと気がすまない、そんな形が完全に定着してしまったもののようです。

가오

가오가 살잖아.「体面が保てるでしょ」という意味。가오は「顔」。映画のせりふから拾いました。

간 커진

간 커진 한국인에게 11억원이 보잘것없는 액수지<朝>「肝の大きくなった韓国人にとって11億なんて屁とも思わない金額だろ」という皮肉です。

강심장

∼강심장들이 하나둘 아니다.<칼>「〜強心臓は一人や二人ではない。」日本語でも強心臓は言いますから、どうということはないのですが、こういう言い方もするのかと感心。「ものに動じないこと、また遠慮がなくあつかましいこと」。

갈지자

정부가 보여준 갈지자 행태는 아마추어의 전형이었다.(朝)「政府が見せてくれたジグザグの対応はアマチュアの典型であった。」갈지자は「之字」で す。韓国語で漢字の音を言うときよく使う言い方です。「行くという時の之の字」という言い方です。で、それがどうしてジグザグという意味になるかと言うと、之という字の格好がZに 似ていてジグザグだからです。つまり「갈지자」は「Zの字のように折れ曲がって ジグザグしている有様」。

개인전

그 사이 두 전의 개인전을 가졌다.<朝>「その間,2回の個展を開いた」。개인전という言い方が面白いとおもいました。漢字語の似ていながらちょっとだけ違うという用法が面白いです。

갹출

NHKのハングルニュースで、「갹출하는 자금 총액」と聞こえる個所があって、その「갹출」がわかりませんでした。<プ>には載っていませんし、アナウンサー氏のちょっとした間違いか、と思ってネイティブにこの個所を聞いてもらいました。ネイティブは即座に、「これ출ですよ」と。「 各出」でも意味が合うので、きっとそうだと安心しました。ところが、この「갹출」と聞こえるところが同じニュースの中に3回出てきて3回ともはっきり[갹출]と発音しているんです。
<小>を引いて解決。<小>にはちゃんと出ていました。漢字は「醵出」。うん。これはむずかしい。醵出金となると確かに聞いたことがあるような…。耳慣れない音は、どうしても、耳慣れた音に聞きたがる傾向があるようで、要注意です。갹の漢字音は醵しかなさそうです。<プ>とネイティブにたよらず、最初から<小>を引いていればすぐに解決できたのにね。でも、遠回りした分、印象に残りました。

게 걸음

게 걸음,すなわち「かにの横ばい」。経済関連の記事に出てきました。横ばいは「제 자리 걸음 상태」はよく見ますが,게 걸음も面白いですね。

격주말 부부

남편과는 격주말 부부 생활을 한다.<東>「夫とは隔週末夫婦の生活をする」。どうということはないのですが、주말 부부だけでも面白いのに、격주말 と付いているところがさらに面白と思いました。韓国も女性の社会進出が進むとこうい現象が増えて来ているんでしょうね。かくなる僕も、10数年前、週末新婚生活を一年続けました。今となってはいい思い出です。そのほうが新鮮味が長続きしていいかも。これは余談でした。

경외

우주에의 경외(朝)という文言を見ました。これは原文どおり「宇宙への敬畏」ではなく「宇宙への畏敬」でしょう。경외=畏敬。日本語でも「畏敬」と「敬畏」はどう違うのかと言われると困りますが,「畏敬」の方が抽象的な対象に対してよく使うように思います。日本語では「敬畏」は「敬意」との混同も出てくるのでほとんど使わないように思います。

同様の例は「영광스럽다」。これは文字通りすれば「栄光」。しかし実際の文脈では「光栄」という日本語の方がぴったりくる場合の方が多いです。

고로

나는 투쟁한다. 고로 존재한다.<朝>これは「私は闘争する。ゆえに存在する。」です。これは当然「나는 생각한다. 고로 존재한다.」のもじりです。しかし고로というのは,いかにも生硬な韓国語ですね。韓国語の漢字語というのがどうも,いつまで経ってもなじめません。固有韓国語にこだわるのかと思えば,できるだけ固有韓国語を使おうという姿勢のネイティブが,話の中で「가급적이면(できるだけ)」なんてすごい漢字語を突然使って驚かされたり。こういう使い方が知的で格好いいと思っているフシもあるようだし,漢字語の受け入れ,使いこなし,これに振り回されて戸惑いの連続です。
知的ステータスのあり方が極端な気がします。漢字語を使わないかっこよさと,ここぞというところでぽんと漢字語を使うそのタイミングが,どうも標準的な日本語の漢字語の使いこなしの感覚とはまた違った,より先鋭化された使い方をしているような気がします。

고무신

고무신을 거꾸로 신다.これ直訳すると「ゴム靴をさかさまに履く」。なんのこっちゃわからん。で『국어 비속어 사전』を引いてみた。ありました。「애인이 변심하다」と。用例は「내가 두 번째 징역을 살구 나올 때 마누라가 고무신을 거꾸로 신었어.」と황석영 어둠의 자식들 の用例が挙がっていました。

고사리 손

모금에 참여한 고사리 손들과 서민들의 십시일반의 정성을 외면하는 것이다.<朝>고사리 손が問題。これは普通「赤ちゃんの紅葉のような手」の意味で使います。ここでは、「小さな真心」というような使い方ですね。십시일반は「十匙一飯」で10人が1匙ずつ持ち寄って1人分の飯を作るという意味。ですから「募金に参加した小市民の真心と助け合いの誠意から目をそむけたのだ」という訳になります。

고엽제

東亜日報の見出しにありました。わかりませんでした。記事内容を読んでもやっぱりわかりません。薬品の剤であることはわかるのですが‥‥。で結局辞書のお世話に。ああ、ありました。「枯葉剤」。なるほど。了解。漢字の読みで日本語で訓訓で読む漢字語を韓国語でいわゆる音音で読む時の違和感は今まで何回も触れてきたけれど、これはその最たるもの。まいった。枯葉剤とは。

곤로

これはNHKのハングルニュースで聞いたもの。〔까스 골로〕って発音していました。ところで「곤로」は焜炉で、日本語じゃないかと思って<>を引いてみると、面白い記述がありました。『곤로 (こんろ、焜炉、)’풍로(風炉)’로 순화』となっています。곤로は日本語から入った言葉だから、これからは풍로といいましょう、ということです。実際풍로って言ってるんでしょうかね? 

공은 공, 사는 사 というのを見ました。一瞬わかりませんでしたが、すぐにわかりました。「公は公、私は私」。公私混同という文脈では十分にわかりますが、それにしても、공은 공, 사는 사だけで前後に公私混同という言葉もない。これで十分通じるんですね。スタンダールの「赤と黒」=「적과 흑」というのと似ている。漢字に訓読みがないから、音読みだけで訓読みの要素まで果たしてしまうところがある。日本語話者としては音読みで訓読み的な要素を果たしてしまうところが新鮮でもある。

공짜점심

경제에 공짜점심이 없다는 말은 국민이 작은 당근에 홀려 훗날 풀뿌리를 먹어야 할 고통을 일깨워준다.<東>「経済にだたの昼飯はないという言葉は、国民が小さな人参に惑わされて、後日草の根を食べなければならない苦痛を悟らせてくれる」。なんだか分かりにくい文章です。まず「경제에 공짜점심이 없다」ですが、直訳は「経済にただの昼飯はない」、つまり「ただほど高いものはない」という意味ですね。ただの昼飯というのはどこかに招待されて御呼ばれをいただくこと。それはあとで「小さな人参」とも言い換えれています。目先のちょっとした利益に惑わされて、国民全体が後日草の根をかじらなければならないような経済危機を招きかねない経済政策を戒めた内容です。

공짜 좋아하지 마라.(ただを喜ぶな) 
공짜 좋아하는 사람은 이마가 넓다.(ただを好む人はおでこが広い)
辞書には載っていませんが、ネイティブに教えてもらった表現です。

과속

과속했다고 경찰서에서 돈 내라는 고지서가 오면〜(칼)「スピード違反したといって警察から罰金を出せという通知書が来れば〜」。ここで面白いのは「과속하다」。「過速する」これだけで「スピード違反」の意味になります。「スピード違反」は「과속 위반」。そういえば과식、っていうのもある。これは「過食」。こちらは「過食する」とも言いますから、違和感はありませんが、過速するの方は、「カソク」で漢字変換しようとしても、「加速」しか出ていなくて、うっかり変換ミスをしてしまいそうです。(実際しちゃいました)。

관광 1번지

관광 1번지인 강원도에 많은 관광객이 다녀갈 것을 홍보하고 있다.(東)こういう文脈です。面白いと思いましたね。観光1番地か。日本語としてはどうですかね。このままじゃだめでしょう。観光名所、じゃちょっと弱いかな。
なぜかこの言い回し「網走番外地」を連想させますね。それに面白いのは、現住所ってやつね。한국 경제의 현주소という使い方で、現状の意味を持たせる使い方。日本語にはない面白い用法です。

관상수

멋진 관상수>という言い回しをみて、なるほどこういうのかと得心がいきました。観葉植物ね。日本語じゃ観賞樹とは言わないね。<プ><教><大同>も「観葉植物」で引けば「관엽식물」とだけ出ていて、「관상수」は出てこない。確かにこれらの辞書は正しいけれど、「観葉植物」で引いて、관상수という言い方もよくする、というような記述がほしいですね。

교편을 잡다

6년간 교편을 잡은 일<東>「6年間教鞭をとること>「教鞭をとる」を全くそのままいうとは驚きました。교단에 서다「教壇に立つ」もそのまま使うようです。ですが、教鞭なるムチを持つことも許されず、最近の学校には教壇もありません。生徒と対等の平面です。いずれ近い将来に死語になる運命の言葉だと思います。

구두

「靴の紐がほどけていますよ」というところを「구두 끈이 풀려 있어요」と僕が言ったところ、ネイティブに次のように直されました。「운동화신발でないとおかしい。구두と言えば、革靴かある程度高級感のあるおしゃれな靴。」だそうです。なるほどよくわかりました。逆に日本じゃ大人がはくスニーカーのようなものは「くつ」というのが一番ぴったりで、「運動靴」とはちょっと言わないですね。신발슬리퍼もふくめて履物の総称。
留学していないので、生活に根ざしたところでの微妙な使い分けに弱い。これから意識して弱点を補強していこう。

구두점

구두점を「靴店」と間違えてしましました。これは「句読点」。発音は[구두쩜]。

구렁이 담넘듯

중대한 문제를 이렇게 구렁이 담넘듯 처리해서는 안 된다.<한>「重大な問題をこっそり処理してしまってはいけない。」<小>には「구렁이 담 넘어가듯」として出ています。意味は「アオダイショウが塀をはって越えるように(物事をこっそり処理してしまう」と出ています。日本ではちょっとこれに似た表現はないですね。

구색

우리나라 선거에서 경제는 구색을 맞추기 위한 장식품에 불과하다.<朝>「わが国の選挙で経済は材料を取り揃えるための装飾品にすぎない」구색は漢字は「具色」で 구색 맞추다となると「いろいろ材料をとりそろえること」となります。

그 나물에 그 밥

그 나물에 그밥인 재정지출 (朝)「その野菜にそのご飯」。「かわり映えのしない、いつも通りの」といった感じでしょうか?

기량

가수의 기량<東>というのがあって、技量か器量か、ちょっとだけ迷いました。おそらく技量でしょう。でも微妙なところでの同音異義語は、漢字を併記しないと区別できないですね。他にも似たような例があるんだけれど、またためておきます。

기회

오히려 기회로 만들려고 하고 있습니다.<KBS>기회は機会ですが、ここではチャンスの意味です。좋은 가회ではなく、そのまま기회だけで、チャンスという意味で使っている例がたくさんあります。

깨소금

料理に詳しくないのですが、깨소금というのはどういうものでしょうか? <小><プ>も「ごま塩」としか出ていませんが、「いりゴマに塩味をつけたもの」程度でしょうか? 日本語でごま塩と訳すとふりかけのごま塩を連想するのでいけませんね。やっぱり実物を見てみないとちょっとぴんときません。 <標>で面白いものを見つけました。
깨소금 맛「人の不幸をみて痛快に思うこと」。用例「잘난 척하다 선거에서 떨어졌다니 깨소금 맛이다.

껌값

'껌값' 이라는 단 두 글자는 매우 상징적이다. 누구도 껌을 팔아서 큰돈을 벌 수 있다고 생각하지 않았을 것이다.<東>「<ガムの値段>という言葉は大変象徴的である。だれもガムを売って大金を儲ける事ができると考えることはできなかったであろう。」面白いのは「'껌값'이라는 단 두글자 これは訳せませんね。2文字にならないのだから。でもこういう表現はよくあるわけで、それぞれ適宜短さを言い換える表現に置き換えないといけません。ここでは短くもないので省略しましたが‥‥。それに、この文では「껌값」は訳す必要はないわけですが、訳すとすると「はした金」「小銭」? ちょっとこれも訳語に困りますね。
この記事、롯데자일리톨껌で大儲けをしたという内容。자일리톨껌とは? これ、キシリトールガムです。

꿰다

꿰다の面白い用例を見つけました。줄거리를 꿰고 가자(朝)「あらすじに目を通してから行こう」ですね。꿰다の原義は「刺し通す」ことで、よく使われるのは「針の穴に糸を通す」ことですが、上の用例のようにまさに「ざっと目を通す」と言う意味でも用いられるのです。

꼭두각시

과거엔 관료들이 전문성 없는 명망가들을 꼭두각시 위원으로 앉혀놓고 뒤에 숨어서 조직개편을 좌지우지했다<東>「過去には官僚たちは専門性のない名望家たちを傀儡委員にして、後ろに隠れて組織改変を思いのままに操った」。꼭두각시は「操り人形」。좌지우지は「左之右之」思いのままにすること。

꼼수

이런 ‘꼼수’는 북방도서에 대한 러시아의 영유권 주장을 강화기켜 주는 측면도 있음을 〜<朝>「このような‘みみっちいやり口’は北方島嶼に対するロシアの領有権主張を強化させる側面もあることを〜」。꼼수はみみっちいやり口。‘’は原文にもついていました。
ところで-수という単語が多いのでオムロンの「楽々韓国語」の逆引き機能で調べてみました。까딱수(まぐれをねらう定石はずれの手)、꾐수(そそのかす手段),비김수(引き分けになること),첫수(初手),횡수(まずい手),하수(下手),응수(応手)などの語が拾えました。

꼼짝

<朝>の見出しです「목걸이 버튼 하나로 도둑/치한 '꼼짝마!'」「ネックレスのボタン一つで泥棒・痴漢’動くな!’」。で、面白いのが「꼼짝마」。「꼼짝」は副詞ですから、正しくは「꼼짝하지 마라」でなくてはいけません。それが、そんな悠長なことを言っていられない緊急時には、動詞を省略して「꼼짝마」〔꼼짱마〕でなくっちゃいけないんでしょうね。「꼼짱마」なんて言われたら、その発音がききとれなくて、僕なら、「すいません、今なんて言いました?もう一回言ってもらえますか?」なんて言っているかも。

꽁꽁조여

東亜日報の見出しに「효용적은 씀씀이는 꽁꽁조여」というのがありました。これ「効用の少ない出費はぎゅうぎゅう締めて」という程度。조여,というのがわかりにくい。これは「조이어여」で、原型は「죄다」=「引き締める」とい意味。新聞の見出しは、分かち書きも原則が守られないから、とまどうことが多いです。

꽃가루 뿌리듯

꽃가루 뿌리듯 유혹한 것까지<東>「花粉を まくように誘惑することまで」直訳するとかような意味にまります。 <標>にもこういう用例は出ていません。エンパスでは次のような用例がヒットしました。

꽃가루뿌리듯 왕자와 공주 들 사이를 살금살금 돌아다니며 자주빛 보석을 깔아 주느라 부산합니다.

「花粉を撒き散らすように王子と王女の間をひそかにいったりきたりしながら赤紫の宝石をしいてやろうとせわしない」‥‥文脈がとれないからちょっとよくわからないけれど、 要するに、꽃가루 뿌리듯の意味は「ひそかに、巧妙に」ということのようです。

학생들이 숨은 끼를 유감없이 발휘할 수 있는 장<朝>「学生たちが隠れた才能を遺憾なく発揮できる場」。問題は。これは漢字では気にあたるもので、本来は「」なんでしょうね。それが、固有語として単独で使われるときは、濃音化して、となって、定着してしまった、ということなんだろうと推測がつきます。
7/17書き足し 韓国語の「気」は日本語の「気」と同じ意味ですが、「」は「才能」という意味合いで使います。「」は「気」からきているとしても、違う意味で使われます。

끼리끼리

끼리끼리 먹자판という面白い表現が12/17<朝>にありました。12/18には<東>に끼리끼리 나눠먹는 학문의 근친 번식이〜という類似の表現が。さて、翻訳ですが。끼리끼리 먹자판は「同士どうしで一緒に食べよう」ということですので「同じ穴の狢(むじな)の会食会」、う〜ん、ちょっとちがうな。

끽소리도 못하다

한일 어업협정을 명백히 위반하고 있는데도 정부는 끽소리도 못하고 있다.<中>「韓日漁業協定に明らかに違反していても、政府はいささかの反論もできない」。끽소리だけで「ほんの小さな反論」という意味があるんですね。僕は擬声語のそれかと思っていました。擬声語の끽なら「鋭く叫びたてるようす、きゃっ」と小学館に出ています。もちろん由来はそうなんでしょうが、慣用表現として定着しているとは知りませんでした。

掲示板でnull43さんに教えてもらいました。끽소리도 못하다は「ぐうの音(ね)もでない」とおぼえるといいと。なるほどこれで脳みその引き出しにちゃんと残りそうです。ありがとう。